第12話 その意識はいずこ? 後


「さて、どうするか、ですが」

「うぅ……、ごめんなさい……」


 凪が完全に復活するまでに要した時間、約三十分ほど。

 涙目なのは健在だが、先ほどまでの狼狽っぷりは、既に鳴りを潜めている。

 とはいえ、再度あれと対峙すれば同じ事になるのは明白だ。凪はこのまま戦わせるよりも、みんなの元へ帰した方が良かったのかもしれない。そんな風に考えてしまうのだろう、和佐の表情は芳しくない。

 しかしながら、通信が何らかの理由で出来ない以上、向こうの状況が分からず、迂闊にこちらから凪を送る事は出来ない。そう考えると、今の状態は良くは無いが、悪くも無いと言ったところか。


「とりあえず、あの中型は直接戦闘を仕掛けてくるタイプじゃないと思うんです」

「……その根拠は?」

「罠。これに尽きます。仮に、罠も張れるし、腕っぷしにも自信があるなら、わざわざ小型に誘導させる必要なんて無いんです。自分で誘き出せばいいんだし。それをしなかった以上、あれの戦闘力は通常の中型以下、もしかしたら小型と同レベルかもしれません」

「でも、蜘蛛よぉ……?」

「だから何ですか。やっぱり罠や、糸が厄介になってくる。直接戦闘が苦手なんだったら、搦め手で攻めてくると思うし、最悪俺たちの事は無視されるかもしれない。だから、出来るだけここにくぎ付けにする必要があるし、それが出来るのは俺たち二人だけ」

「うぐぅ……」


 和佐の言葉に、小さく唸るだけだった凪だが、しばらくそれを続けた後、唐突に自身の両頬を平手で打った。


「いったぁ……、強くやりすぎた……。でも、これで何とかイケる。悪かったわね、変なところ見せて。ここからは普段通りでいくわよ」

「普段通りだと逆に困るんだけどなぁ……。まぁいいや」


 座り込んでいた場所から腰を上げ、小さな路地から顔だけ出して通路の先を見る。幸いにも、まだ温羅は追ってきてはいないようだ。


「それじゃ、どうします?」

「正面から迎え撃つ!」

「話聞いてたのかね、この先輩は」


 盾を構え、通路のど真ん中に仁王立ちする姿はいつもの凪だった。いや、少し足が震えているところを見ると、まだ蜘蛛の形をしたあの温羅が怖いらしい。


「待ち構えるだけじゃ、後手に回るなぁ……。せめて誘導だけはしておくか」


 和佐がそこらにあるものを利用して通路を狭めていく。こうしておけば、こちらも大きく動くことは出来ないが、向こうもその巨体を自在に動かす事は出来なくなる。


「あとは、上か……」


 仰ぎ見るも、狭い路地から見える空の広さなど、たかが知れている。


「そうか、上が選択肢としてあるなら、こちらそれを封じてしまえばいい。問題は、あと一人足りない……」

「呼んだ!?」

「うわっ!?」


 考え込んでいた和沙だが、唐突に横から声をかけられてその場から飛び退いた。いつの間に来ていたのか、和佐のすぐ傍にいたのは、満面の笑みを浮かべた風美だった。


「引佐妹!? おま、何でこんなところに!?」

「むぅ……、仍美も言ってたよ、和佐先輩が名前で呼んでくれない~って。観測のお姉さんがね、二人と通信が途絶えたから見てきて~だって」

「なるほど、それでか……」


 どうやら、例の観測担当官が向こうのメンバーに、和沙と凪の通信が途切れた事を連絡していたようだ。


「あれ? 風美じゃん。どうしたのよ、こんなところで」

「凪ちゃーん! 一人でここまで来れたよ、偉い?」

「偉いっつーか、あんた、よく独断専行するじゃない。むしろ、一人で来れないなんて事あるの?」

「ん~、どうだろ?」


 凪と風美のやり取りを眺めながら、和佐が作戦を立てる。いつ敵が来るか分からない以上、彼女達の配備は早い方がいい。

 元々作戦を立てる事が得意ではないのか、少し時間がかかったが、何とか頭の中で整理がついたようだ。和沙が凪と風美に指示を出す。


「うげ、それ私がやるの……?」

「凪ちゃんが日頃から育てているお腹のお肉の活躍どころだね!」

「ふ、ふふふふふ太ってないわぁ!」

「はいはい、とりあえず、今言った通りの作戦でいくから、二人は所定の位置に待機」


 納得がいかなそうな表情の凪と、それすらも無意識に弄り倒す風美を促すと、和佐自身も指定の位置へと向かう。

 作戦、などと言っているが、やることはいたってシンプル。追い込んで、叩く。それを上でやるか下でやるかの違い程度だ。

 ここからは、しばらく中型が来るまで待機だ。堪え性の無い風美が少し心配なのか、そちらにちらちらと視線を向けている和沙。が、意外にも彼女のいる場所から特に音は聞こえてこない。妹もいる事だし、実は結構落ち着いた性格をしているのかもしれない。

 そう思っていたが、和沙が念のため確認しに行くと、何やらSIDをいじっている。画面を見ると、ゲームをしているようだ。


「何やってんの……?」

「んゅ? バタモンだよ。一緒にやる?」

「そういうことじゃないんだけど……。まぁ、いいか。大人しくなるんなら」


 重苦しいため息を吐きながら、持ち場に戻る和沙。今はゲームをしているが、彼女はどちらかと言うとバトルジャンキー寄りの人間だ。温羅が来れば否が応でも思惑通りに動くだろう。そう願いながら、和沙は息を潜める。

 しかしながら、


「ここまで他のメンバーに気を使わなきゃいけないなら、俺にこういう役目は向いてないな……」


 ぼやいた言葉は、未だ誰も来ない路地の先へと溶けていった。




 待機状態に入ってから十五分程経った頃、視線を向け続けていた暗闇の中で動きがあった。


「……来た」


 蠢いている影の大きさから察するに、中型ではない。おそらく、斥候と陽動を兼ねた小型だろう。しかし、今その役目を果たせるのは、和佐が逃した一体のみだ。つまり、あれをどうにかすれば、強制的に中型を引きずりだす事が出来る。


「……」


 和佐が風美が待機している場所に視線を送る。ゲームをやめて、路地の奥を覗き込むようにして見ていた風美が和沙の視線に気づく。そして、ウインクをすると、隠れていた場所から飛び出して、手に持った二丁のハンドガンで温羅に斉射する。


「……よし!」


 温羅は、真正面から撃たれて驚きはしたものの、冷静に横に躱し、撃ってきた風美に狙いを定めた。が、


「はあああ!!」


 意識が完全に風美の方へと向いていたため、側面に注意がいっておらず、まんまと和沙の接近を許し、そのまままともに刀を受けるかと思われたが、先ほどの前に飛んでダメージを抑えた動きとは逆に、後ろに躱そうとして下がる。

 しかし、それこそが和沙の狙い。

 一撃目は空振りに終わるも、長刀を振った遠心力を利用し、その場で一回転しながら前に踏み込む。そして、先ほど以上に勢いが乗った刃が、温羅の頭部へと襲い掛かった。


「――――――」


 もはや外殻など完全無視な一撃を受けて、両断された温羅の骸は、そのまま地に伏す直前に散りになって霧散する。


「おぉ、やっぱすごいよね~、その刀」

「刀、ね……。まぁ、いいけど」


 少し気落ちしたように肩を落とすも、その次に控えているであろう中型の事を思い出して、背筋を伸ばす。あの中型はまだ来ていないのか、再度待機場所に戻ろうとした時、突然凪の声が路地に響き渡る。


「和沙、上!!」


 その言葉に吊られ、和沙が上を見ると、彼のほぼ真上に顎を大きく開けた中型の温羅が逆向きにぶら下がっていた。

 なりふり構わず、その場から飛び退く和沙。一瞬前まで体があったところに、温羅が噛みつき、地面のコンクリートをまるで抉る様にして削っている。

 まともに受ければ大怪我なんてものでは済まないだろう。ぶら下がった糸を手繰り寄せるかのような動作で、再度上に上がっていく温羅。しかし、完全に登り切ろうとしたところで、そこで待っていた凪が飛び掛かる。


「残念だったわね。あんたを上に行かせるわけにはいかないのよ!!」


 凪が盾を上から叩きつけるようにすると、温羅を支えていた糸がその勢いで千切れ、盾を挟んで凪が上に乗る様な恰好で落下する。まるで鉄の塊でも落ちてきたかのような音を響かせ、温羅が路地の地面へと叩きつけられた。


「いったぁ~……。もう二度とこんなことやりたくない……」


 勢いで少し離れた場所に落ちた凪が、涙目になりながら和沙の元へと近づいてくる。


「ん~? 動かなくなったよ? 死んだのかな」


 地面に叩きつけられた状態のままの温羅に近づく風美。凪と地面に挟まれたその拍子に炉心が潰されたのか? そう思っていた三人だったが……


「引佐姉、離れろ!!」


 和沙が叫ぶも時すでに遅し。温羅の尖端がまるで槍のように鋭く尖った足が風美を貫く。


「風美!!」


 凪の悲痛な声に、風美は答えない。

 和沙が刀で風美に向けられている足を斬り落とす。その勢いを保ちながら、風美を抱きかかえ、温羅から距離をとった。


「ちょっと風美、あんた大丈夫……」

「うぅ、ちょっと痛い……」


 足が刺さっていたのは、胴ではなく腕だった。幸いにも、血管から外れ、致命傷にもなっていないが、それでも出血が多い。それを抑える為、和佐が自分の御装の一部を使って止血を行う。その間も、背後では蠢く音が聞こえている。どうやら、まだ健在のようだ。


「……」


 風美の応急処置を行っている隣で、凪が温羅を凝視している。先ほどまでの痴態はどこへ行ったのか。その目は怒りに燃えているようにも見える。


「見た目通りなら、表側の攻撃は通りにくい。出来れば、裏返して攻撃した方が……」


「そんなの、関係無い」


 凪が盾の裏側で何かを引っ張ると、それに併せて盾の内部から何やら駆動音が聞こえてきた。大盾の真ん中から左右に分かれ、中心部分に長方形のようなでっぱりが出来る。その変形のせいか、盾としての性能は普段よりも落ちているだろう。だが、それ以上にでっぱりの先から見えている物が強烈過ぎた。


 杭、である。


 正確には、鉄でできた杭。俗にパイル、と呼ばれる物であり、それを撃ちこむ物、と言えばもはや説明など不要だろう。

 盾はあくまで防御形態。その本来の姿は、パイルバンカーである。

 凪が温羅に向かって突進する。それを迎え撃とうと、動かない体から鋭い尖端を持った足をいくつも凪に向ける。が、形態が変わったとはいえ、盾の機能を失っていないそれを貫く事が出来ない。

 足を難なくさばいた凪は、そのまま温羅の至近距離まで近づき、そして……


「ふっっっとべええええええ!!」


 パイルバンカーを温羅の頭に殴る様にして撃ちこんだ。その瞬間、空気が振動し、すさまじい衝撃と轟音が周囲を駆け抜ける。少し離れていた和沙と風美も、その衝撃から身を守らなければいけないほどだ。当然、そんなものを直接受けた温羅が無事であるはずもない。

 少しすると、辺りを駆け抜けていた衝撃が収まり、ようやくまともに動けるようになる。肝心の温羅はと言うと、外殻どころか、中の炉心までまるで抉りぬいたような状態で倒れており、二度とその場から動くことはなかった。


「ひっさしぶりに使ったけど、やっぱこれキッツイわね~……」


 反動で後ろに吹き飛んでいた凪が、ひどく疲れた様子で仰向けに倒れこんでいる。


「先輩、怪我は?」


 駆け寄った和佐が問いかけると、何も答えない代わりに、手を力無く振っている。どうやら大事には至っていないようだ。


「この間言ってた無茶って、もしかしてこれの事だったんですか?」


 改めて見ると、穿ったのは温羅だけではない。路面が大きく抉れ、舗装し直すまでは、ここを通る事自体が危険だと思えるほどの惨状になっている。

 火力は絶大だが、周囲に与える影響と、自身の安全が保証出来ない。まさしく諸刃の剣だ。


「風見は大丈夫?」


 和佐に手を引かれながら、瓦礫の中から身を起こす。和佐が視線を横に向ける。その先を追っていくと、どこかと通信している最中の風見が目に映った。どうやら特に問題は無いようだ。


「さて、それじゃあ凱旋と行きますか」


少人数で中型を倒した事が嬉しかったのか、凪が意気揚々と路地をみんなの方向へ歩いて行った。




「全く、上手くいったから良かったものの……、下手をすれば犠牲者が出ていた可能性もあるのよ! 分かっているの!!」

「どうしてこうなった……」


 帰還した和佐達を待っていたのは、賞賛ではなく、菫先生によるありがたい説教だった。


「でもさ、あの不利な状況で中型を倒せたんだから、結果的には良かったんじゃ……」

「結果オーライだからと言って見逃せるものではありません! 次に繋がるものと言うのは、結果ではなく、過程にあるの。そこを疎かにしていては、繋がる物も繋がらないでしょ!」

「全く以ってその通りでございます!!」


 凪と和佐が揃って土下座を行う。風見は救急車で運ばれた為、この場所にはいないが、彼女にも後ほど同様の説教が待っているのだろう。悲しい事だ。


「何より凪さん!」

「はいぃぃ!!」

「本来貴女が気を付けなきゃいけないものを、何故和佐君に任せるの! 風見さんが怪我をした原因の半分は貴女にあるのよ!」

「せ、精神的に余裕が無かったもので……」


 凪が菫から視線を逸らす。実際、あの時の彼女は、自身の苦手な巨大な虫を目の前にして余裕が無かったのは確かだ。故に、安易に彼女だけの責任とは言えないのだが……。


「なら、何故退がる事を選択しなかったの? 無理に倒す必要は無いの。そのまま他のみんな

と合流しなかったのは悪手よ」

「え?……、あそこで退がれば、最悪包囲圏外に出ると思って……」

「何の為に警備がいると思っているの。倒す事は無理でも、ある程度追い返すことは出来るわ。貴女はもっと周りの人間を信用するべきよ」

「おっしゃる通りでございます……」

「はぁ……」


 一通り言いたい事を言い切ったのか、菫が大きく息を吐きながら改めて凪と和佐に向き直る。


「貴方達のやっている事がどれほど危険なのかは承知しています。だからこそ、私達が全力でバックアップを行なっているのだから、次からはそれを理解して、常に冷静に立ち回る事。分かりましたね?」

「はい……」

「分かりました……」


 力無く項垂れる最年長と唯一の男性巫女。その様子を見て、菫が何かを考えついたのか、追い討ちのように口を開く。


「とはいえ、貴方達の意識の向かいどころは問題ね。変に気落ちさせるくらいなら……、絞りましょうか」

「え゛」

「決めました。合宿をします。期間は一週間。この間、みっちりと訓練を行います」

「え゛え゛!?」

「あ、授業に関しては問題無いわ。それぞれ担当の教師に来てもらうから」

「あの、先生」


 小さく手を上げたのは七瀬だ。


「テストの方はどうなるんでしょうか? もうすぐ中間考査ですけど……」

「特例で免除されます。とは言っても、条件付きだけど」

「条件?」

「合宿先で行う小テストを受けること、それと、合宿先付近でボランティアを行なってもらうわ」

「あ、やっぱりテストあるんですね」

「当然、訓練も普段のものと比べると激しくなるから、摂るべきものは摂っておきなさい。でないと、倒れるわよ」

「あぁぁぁ……」


 菫の宣告を受け、凪がその場に崩れ落ちる。どうやら、彼女だけはこの合宿の内容を知っているようだ。


「まさか、このタイミングで来るとは……」


 絞り出すようにして漏れた凪とは反対に、日向や七瀬は合宿と聞いて嬉しそうだ。

「合宿だって、楽しみだね!」

「え、えぇ……。凪先輩のあの反応を見るに、素直に楽しめるものではなさそうですけど……」


 訂正。流石に、七瀬は凪の反応から、少なくとも楽しめるものではないと察してる模様。


「合宿、ねぇ……」


 一喜一憂している他の面子を眺めながら和佐は小さく祈る。

 せめて、必要以上の波乱に巻き込まれないように、と。

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