第13話 合宿 前

「う、みだあああああ!!」

「五月だからまだ泳げないですよ」

「そんなっ!?」


 祭祀局が貸し切ったバスに揺られる事一時間。一行は、海の傍に建てられた旅館に来ていた。

 風見や日向は目の前の海にテンションが上がりっぱなしだが、それを冷静な七瀬が突っ込み、何故か海に突撃しようとする風見を仍美が体を張って止めている。


「あぁぁぁ……来てしまった……」

 合宿が決まった日から、ずっと気分が落ち込んでいた凪の調子は、ここに来てドン底にまで落ちる。一体、彼女は過去にここでどんな地獄を見たのか。

 そして、和佐はと言うと……。


「うぷ……、なんとか、耐え……」


 真っ青な顔で口を抑えながら草むらに向かっていた。軽い衝撃でも与えれば、今にも嘔吐しそうだが、なんとか耐える事が出来たのか、青い顔はそのままで、みんなの元へと戻ってくる。


「はいはい、それじゃあ荷物を置いて砂浜に集合すること。当然、洸珠持参で。……いや、やっぱり少し休憩してからにしましょう。だからそんな今にも出そう、と言いたげな目で見つめてこないで」


 菫が一人先に旅館の中へと入り、その後にみんなが続く。

 祭祀局が手配しただけあって、なかなか豪華な旅館のようだ。広いだけではなく、天井に描かれた絵や、壁に掘られた彫刻など、職人の手が入っていると思われるインテリアが数多く見受けられる。


「皆さま、お待ちしておりました」


 深々と頭を下げ、一行を迎えたにはこの旅館の女将だろう。その両サイドに、これまた総動員しているのではないかと思うほど大勢の仲居がこれまた深々と頭を下げていた。


「少し早いですが、大丈夫ですか?」

「ご安心下さい。早速お部屋の方へご案内させていただきます」


 菫の言葉に笑顔で返して来た女将は、一行を宿泊する部屋へと案内する。


「ほわ?、すっごいねぇ?」

「お姉ちゃん、そんなキョロキョロしてないで早く」

「七瀬ちゃん、見てみて、すっごい豪華!」

「そうですね。でも日向、前を見ないと転びますよ?」


 各々がそれぞれの反応を示しながら女将へついていく中、未だに顔の青い和佐と、渋々とした表情を浮かべる凪が最後尾に付く。この二人に関しては、先程から一度も声を発していない。


「こちらが皆さまのお部屋となります」


 そう言って案内されたのは、大きな窓から海を一望出来る広い部屋だ。窓から見える景色に、一部を除いた全員が、感嘆の声をあげている。


「すごーい、広ーい、きれーい!」

「お姉ちゃん、走り回らないで……」

「七瀬ちゃん、見てほら、海がすぐそこだよ!!」

「これはまた、いいお部屋ですね……」

「前来た時はこんないい部屋じゃなかったわねー」

「喜んでいただいて恐縮です」


 女将が凪達の反応に笑みを浮かべ、深く頭を下げる。


「先生もここに泊まるの?」

「いえ、私と和佐君はそれぞれ別の部屋を取ってるわ」

「え? じゃあ和佐先輩って一人部屋?」

「そうなるわね」

「それじゃあ、和佐先輩だけ一人かぁ……。淋しくない?」

「……女子生徒と男子生徒を一緒にするわけにはいかないでしょう。当然の配慮です」

「えー」

「えー、じゃない。貴方達はもう少し貞操観念というものを持つべきよ」

「貞操観念なんて今更言われてもねぇ……。それに、和佐って見た目は男っぽくないから、どうしても勘違いしちゃうからねー」

「とにかくっ! 和佐君は別の部屋です。案内をお願いします」

「ふふ……。分かりました、こちらです」


 女将は一連のやり取りを眺めながら、優しそうな笑みを浮かべていたが、菫に促され、菫と和佐の二人を案内する。


「お部屋はこちらになります」


 菫、和佐共に、案内された部屋は、凪達があてがわれた部屋よりも一回りほど小さいものの、そこまで違いは無い。一人で使うには、勿体ない部屋だろう。


「それじゃあ、30分後に砂浜に集合よ。遅れずに来ること」

「善処します……」




 30分後、時間通りにに集まった和佐達は、菫の前で横一列に並びながら、彼女から説明を受けていた。


「事前に伝えていた通り、ここでの訓練は主に戦闘時にどこに意識を向けるか、を重視したものになります。充実した訓練を、だなんて思っていたら、怪我程度では済まない事を常に頭の隅に置いておいて」


 いつも以上に厳しい表情をした菫が言い放つ。そんな彼女の言葉を聞き、仍美が恐る恐るといった様子で手を上げる。


「具体的に、何をするんでしょうか……」

「そうね……」


 菫の視線が風見を捉える。腕の傷はまだ完治していないが、多少の無茶なら問題無い事を事前に確認している。


「防いでもらいます」

「……は?」

「あの、防ぐと言うのは、もしかして防御の訓練ということですか?」

「半分当たりね。残念だけど、防御するだけでは済まないわ」


 菫がリモコンを取り出し、何かの操作を行う。その直後に、砂浜に現れた物を見て、一同は絶句した。


「……銃?」

「あたしあれ知ってる。軍の軽機関銃だよ」

「モノホンの兵器じゃない!?」

「いえ、それよりもたちが悪い……。あれは自律式の重火力ターレットです」

「その通りよ。これらは防衛軍から借りた物。御装が守ってくれる貴方達なら、当たってもそう簡単に死にはしないわ。けど、当たりどころか悪ければ……、分かっているわね」

「あんた鬼じゃないの!?」

 凪がそう叫びたくなるのも理解出来る。あれらの装備は、現在対温羅戦を専門としている防衛軍が使用している現役の物だ。その火力は、中型の外殻こそ撃ち抜けないものの、コンクリート製の壁ですら、一瞬で崩してしまう程の火力がある。一発二発ならともかく、複数被弾すれば、大怪我にもなりかねない。


「リスクは承知の上。そこまでしてでも、貴方達には強くなってもらわなければならないの」

「ぬぐぐ……」


 納得は出来ないのだろうが、菫の言うことにも一理あると感じている凪達は、反論も反対もできずにその場で動けずにいた。

 が、そんな中で一人、表情を顰めながらも、訓練に賛同する奇特な者がいた


「まぁ、とにかく、弾に当たらずに奥のターゲットを破壊すればいいんですよね?」


 一歩前に出たのは和佐だ。とうに準備が出来ていたのか、長刀を片手に、今にもターレットの密集する中に突っ込んで行きそうだ。


「えぇ、そうね。ただし、簡単に行くとは思わない方がいいわよ」

「なるほど、それは怖いな、っと!」


 和佐が前に進む。すると、待機状態だったターレットが一斉に反応し、和佐に照準を合わせる。が、そこはここ最近一撃離脱戦法をこれでもかと言うほど復習させられてる和沙。ターレットの間をくぐり抜け、一気にターゲットに肉薄すると、上段からの一刀で一気に破壊……しようとした。


「うべっ!!」


 何かに跳ね返されたのか様に後ろに吹き飛ぶ。そのまま頭から砂浜に突っ込むと、その状態のまま、動かなくなった。


「……」


 一同の視線が集中する先には、無様に砂浜に頭を突っ込んだ和沙……、ではなく、ターゲットを囲むようにして立ち上がった壁、壁、壁。温羅のような黒い光沢を放つものの、それは禍々しいものではなく、無機質的な光だ。


「何よあれぇ!?」

「軍が使用している特殊シールドよ。カーボン製で、中型温羅の攻撃を受けてもビクともしないわ。銃による攻撃と、シールドによる防御。これらを上手く攻略してあのターゲットを破壊することが第一目標となります。ターレットは、和沙君のように戦闘不可と判断したらその人を狙う事はしなくなるから安心しなさい」


「安心できるかああああああ!!」


 五月半ばの青空に、凪の声が響き渡る。




「はぁ……、嫌な予感はしてたのよ……」

「なら何故言ってくれなかったんですか?」

「ブクブクブクブク……」


 訓練が終わり、旅館の露天風呂で傷ついた体を癒す一同。彼女達が宿泊している別館は、貸し切りと言ってもいい状態であるため、他に客はいない。その為、悠々と足を伸ばして入る事が出来るのだが……。


「ブクブクブクブク……」

「お、お姉ちゃん、大丈夫!?」


 普段なら真っ先にハメを外しそうな風美が湯の中に沈んでいくところを見るに、相当厳しい訓練だったようだ。擦り傷や打ち身程度で済んではいるものの、怪我を負ったということは、被弾したということ。怪我が増えるたびに菫の怒声が飛び、昼間の訓練中、彼女達の心が休まる時など、一瞬たりとも存在しなかった。

 そして、それはこの壁一枚で隔たれた向こう側にいる少年も同じことだろう。


「それにしても……」


 先ほどからチラチラと凪が壁の方を見ている。何かよからぬ事を企んでいるのか。


「変な事はしないでくださいね」

「ん~? 違うわよ、こんな壁一枚しか障害が無いのに、覗きに来ないなぁ~、って」

「の、の、の、覗きって、誰がですか!?」

「おやぁ、くふふふ……、初心な奴よのぉ」


 手を厭らしく動かした凪が仍美へと迫る。その様子は、セクハラ親父のそれとしか見えない。


「先輩、みんな疲れているんですから、ここは大人しく疲れをとることに専念しましょう」


 七瀬らしい正論で凪を諫める。が、今の彼女は疲労からか、少しばかり頭がショートしているようだ。七瀬を見る目つきが非常に危ない。


「ほ~う、七瀬ちゃんのその白魚のようなお肌はどんなお味がするのかしら? この私が味見してくれるわぁ!!」

「きゃっ、ちょ、何してるんですか!!」

「よいではないか、よいではないか?」

「先輩っ!!」

「うにゃっ!?」


 凪が頭を抱えて蹲る。かなり良い一撃が入ったようだ。


「凪ちゃん頭にでっかいタンコブ出来てるよー」


 風見がその様子を見てケラケラと笑っている。流石の仍美も今回の事に関しては、自業自得だと思っているのか、慰めることもせず、苦笑いをするに留まっている。

 姦しい、という表現が似合う女湯だが、何故か日向が大人しい。いつもなら、風見程ではないものの、それなりにはしゃいでいるはずなのだが……。


「あれ、日向? どうしました?」

「七瀬ちゃん?……。逆上せちゃったよ?……ブクブクブク……」

「あ、ちょっと、沈まないでください! 日向? 日向ー!」




「…………、はっ! ダメだ、もう少しで寝落ちするとこだった……」


 女湯から響いてくる悲鳴や怒号を聞いているのかいないのか。和佐は和佐で、広い男湯を独占し、平穏なひと時を送っていた。


「あ゛~……」


 まるで中年男性のような声を漏らしながら、湯船に深く沈み込む。これだけで今日一日の疲れは取れないが、そこは気の持ちようだろう。

 昼間、ギミックによるクリティカルKOとなった和佐だったが、その後すぐに起きると、何度かターゲットに向かって行き、その悉くを防がれた。流石に軍が使用している物は、普段和佐達が訓練で使用している物程甘くない。結局、今日の訓練が終わるまで、誰一人としてターゲットを破壊出来なかった。


「何が足りないんだろうな?……」


 茹だった頭で考えても、答えなど出るはずもない。

 考えるのであれば、もっと頭が冴えている時にすべきだろう。少なくとも、今、いや今日一日は不可能だ。

 大人しく養生するのが吉と判断したのか、湯船の縁を枕にして、仰向けになりながら目を瞑る。

 和佐の体の溜まった疲労と、それを癒そうとする温泉の争いを布団にして、和佐の意識は闇に落ち……


「青春してるか少ねーん!!」

「どわぁっ!?」


 頭ごとずり落ちた。お湯を頭から浴びた事により、落ちかけていた意識は覚醒したが、受けた身体的、精神的ダメージはそれに見合わないものとなった。


「あははははは!! 何やってんのよあんた」

「ゴホッ、ゲホッ……、き、気管に入った……。それはこっちの台詞だ! ここは男湯だぞ!!」

「あはぁん、どうせ私達以外に客なんて居ないんだから、男湯も女湯も関係無いわよ」

「分けられてる以上は関係あるだろ!!」

「ダイジョーブ、許可は取った!!」

「ざけんな! そう簡単にまかり通ってたまるか!!」


 湯船の中で立ち上がり、出て行こうとする和佐。だが、すぐさま凪が目の前を仁王立ちで塞ぐ。


「ふははははは! ここを通りたくば、この私を倒して行けい!!」

「そんな馬鹿な事をやっ……ってか、タオルは!? なんであんた真っ裸なんだよ!?」

「タオルで隠さなきゃいけないような恥ずかしい体じゃなわっ! さぁ、特とご覧なさい!! 我が至高の肉体を!!」

「恥じらいの一つも持ってないのかこの先輩は!?」

「さあさあ、我が肉体美に溺れるがよい! クラスでも、喋らなければ美人とか、動かなければ芸術にも勝ると言われた我が美貌を褒め称えるがいいわ!」

「馬鹿にされてんじゃないの、それ」

「うるさいやい! そんなもん、私が一番理解しとるわ!!」


 もはや男湯の様相は阿鼻叫喚と相成った。ここを抜け出すのは不可能に近いだろう。


「誰か! 誰かあああああああ!!」


 女湯に向かって助けを請うも、反応は無い。面倒事が嫌われるのは男女共通という事か。


「あははははははははは!!」

「やめろ、やめろおおおおおおおお!!」


 何が彼女にそこまでさせるのか。バーサーカーと化した凪を抑えた後、廊下にて満身創痍を超え、屍となった和佐が日向に発見された。




「あなたはホントに……、節度や恥じらいというものが無いの!?」


 その後、凪に菫の雷が落ちたのは言うまでも無い。

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