十六話 守護隊

「遅れてごめんね~。もう始まってる~?」

「遅いぞ薬師! 今まで何を……そいつはなんだ?」


 現場に到着した日和を出迎えたのは、紅葉とさして年が変わらないように見える少女だった。灰色の御装に軽装甲を追加したような装備に身を包み、組んでいる腕に抱えた妙にメカメカしいランスが彼、女を巫女とは違う存在だと教えてくれる。


「えっと~、この子は~」

「初めまして、鴻川鈴音です」

「鴻川……? あの鴻川か?」

「どの鴻川かは存じませんが、おそらくそちらの想像通りかと」


 一瞬、少女が顔を顰めると同時に、鈴音を睨みつけた。しかし、すぐにその厳しい視線は鳴りを潜め、少女は鈴音から顔を背ける。


「佐曇の英雄が何のようだ? 私達の仕事ぶりを笑いにでも来たのか?」

「そんなつもりは……。ただ、私は自分が戦うであろう相手を見極める為、こうしてここまで来ました。作戦行動の邪魔はしません。ただ見るだけで結構ですので、同行させてください」

「同行? 冗談じゃ……」

「まぁまぁ~、鈴音ちゃんはわたしの小隊が連れて行くから~、許可だけもらえないかな~」

「許可だと? そんな事出来るわけが無いだろ。万が一、足でも引っ張って我々のメンバーに怪我でもさせてみろ。私はお前を絶対に許さないぞ」

「重々承知しています。ですが、言いました。邪魔はしない……足手まといにはならないと」

「……」

「……」


 鈴音が少女の目を見つめる。反対に、少女は鈴音を睨み返しており、傍から見ればいつ終わるとも知れない視線での応酬が続いていた。

 が、こういう事程、終わる時はあっさり終わるもので、鈴音の熱意に負けたのか、少女が小さく溜息を吐いて視線を逸らした。


「……分かった。ただし、手は出すな。何があっても守護隊の連携を崩すような要因を作るなよ? それが守れるなら、薬師と共に行け」

「ッ!! ありがとうございます!! えっと……」

「充だ。八田はたみつる。さっさと準備してこい」

「はい!!」


 威勢よく返事をした鈴音は、そのまま少し離れた場所まで行き、そこで準備を行っている。その様子を見送った充の傍に、日和が近づいてくる。


「ありがとうね~、みっちゃん~」

「みっちゃん言うな。それよりも、覚悟しておけ。あれの扱いはお前が思っているよりも遥かに厄介だぞ」

「分かってるよ~。でもね~、あんな真っ直ぐな目で言われるとね~、断れなくなっちゃうの~」

「……ふん、お前も甘いな」

「みっちゃんと一緒だよ~」

「だから……もういい、さっさと行け。東部十一ブロックがお前の小隊の担当だ。確認されているのは小型ばかりだが、分かってるな? 小型と言えど、地形的にはかなり厄介だ。油断はするな」

「分かってるよ~」


 小さく手を振り、充に背を向ける日和。彼女の行く先では、既に鈴音が御装に変身して待っている。

「……本当に大丈夫なのか」

 心配そうにつぶやく充の目が映すのは、日和か、それとも……。




「は~い~、それじゃあ~、私達の担当はここになりま~す」


 先ほど充に指示された東部十一ブロックにやって来た日和の小隊は、まずは周囲を索敵して温羅がいないかどうかの確認に入っていた。

 普段は繁華街の一角なのだろう。しかし、今は厳戒態勢。普段なら人が溢れるこの場所も、現在は人っ子一人どころか、猫の子一匹すらいない。


「ん~? 問題無し~?」


 日和を筆頭として、この小隊のメンバーは全体的に年齢が低めだ。おそらく、小隊長である日和に合わせた編成となっているのだろう。年齢は近い方が指示する方もされる方もわだかまりが発生しにくい。一つのミスが最悪死につながるこの戦場において、ほんの小さなわだかまりでも命取りになりかねない。この編成はベストではないが、それでも妥当とは言えよう。


「……」

「……」

「……」


 ……なのだが、先程から刺さる視線を前に、鈴音はこの編成を素直に褒める事が出来ずにいた。


「……あの~」

「は、はいっ!! 何でしょう!?」

「……」


 思わず閉口せざるを得ない。彼女達のそれは緊張だろうか? 少なくとも通常時の状態とは思えない。


「……ねぇ、日和」

「なぁに~?」

「あの子達、どうしたの?」

「ん~? あぁ~、さっきみっちゃんも言ってたけど~、鈴音ちゃんの肩書きって~、ここじゃ~、佐曇で天至型を撃退した英雄って事になってるの~。そんな英雄に声をかけられたら~、誰でも緊張しちゃうんじゃないかな~」

「あぁ、そういう……」


 合点がいった。……のだが、正直なところそう萎縮されても、鈴音自身はその肩書きに見合う実力が無いと自覚している。だからこそ、彼女達がそういった態度を取ると、少女達の見ている自分が虚像である事を否応にも理解させられる。


「……ねぇ、貴女、学年は?」

「は、ひゃい! 中等部二年です!」

「同級生じゃない! そんなにかしこまらなくても大丈夫。ここでは貴女が先輩なんだから」

「……」


 鈴音が声をかけた少女が、後ろにいた残りの二人の少女達と目を合わせる。少し困惑している様子だが、同時に鈴音に先輩と呼ばれたのが嬉しかったのか、それとも皮肉と感じたのか、少し複雑な表情をしている。


「大丈夫だよ~。この子はいい子だから~、変な意味じゃないよ~」


 流石に見かねたのか、日和がフォローを入れる。そのおかげか、彼女達の表情に安堵が混じる。……が


「ちょっと、変な意味ってどういう事?」

「ん? ん~……」


 鈴音に問い詰められても、どこ吹く風と言った風に日和はそっぽを向く。相変わらず、その表情はほんわかとしたもので、一体何を考えているのか分からない。


「ふふっ……」

「……笑わないでよ」

「あ、ご、ごめんなさい……」

「謝らなくてもいいよ。それよりも、貴女達の名前を教えてくれる?」


 鈴音がそう言うと、一人ずつ名乗りだす。

 先程から鈴音に話しかけられ、困惑したり笑ったりしているのが朝谷あさたにこずえ。困惑した表情を一瞬見せたものの、終始無表情な五色ごしきりん。この小隊の中では一番背が高く、また唯一の三年生である平磯ひらいそれい。この三人と小隊長の日和を加えた四人で第八小隊との事。


「ホントに小隊長だったの……」

「ふふ~ん」


 ささやかな胸を前に突き出し、腰に手を当てて、誇らしげな表情を見せる日和。しかしながら、彼女は鈴音が感心しているのではなく、単に驚いているだけ、という事に気付いていない。悲しい事に、他の三人は鈴音の言葉に含まれるニュアンスに気付いたようで、どこか遠い目をしていた。


『……ち小隊、第八小隊、聞こえるか?』

「は~い、聞こえてま~す~」


 突如として入った通信に、これまた普段のペースを崩す事無く、間延びした声で返事をする日和。通信の向こうの人物が、小さく溜息を吐いたようにも思えたが、気のせいだと思いたい。


『……こちら第三小隊。迎撃を潜り抜けた奴が、そちらへ向かった。すぐに対処してくれ』

「は~い、は~い~」


 通信を聞いて、表情を強張らせた三人とは違い、日和の表情や話し方が変わる事は無い。慣れているのか、それとも状況を理解していないのか。……出来れば前者だと思いたいのはここにいる誰もが思っている事だろう。


「それじゃあ~、みんな~。準備してね~」

「完了してます」

「じゃあ~、れっつご~」

「……随分と軽い」


 呆れた声を漏らす鈴音。そんな事も気にせず、指定のポイントへと向けられた日和の足は、いつも通り軽いものだった。

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