第17話 新たな脅威 前

 合宿から一ヶ月が経った。


 この間、様々な事があったものの、比較的平和に日々を過ごしていた巫女隊の一同。

そして、今日も今日とてこれといった大きな変化が無いまま、一日が過ぎようとしていた。


「こら、サボるな」

「痛い!」


 階段に腰掛けて休んでいた和佐に、隊長の鉄拳が落ちる。少し涙目になりながら抗議の姿勢を見せるも、仁王立ちで妙に笑顔な凪に逆らう事など和佐には出来なかった。

 今日は市内の公園でゴミ拾いのボランティアだ。自然公園に一種なので、敷地がかなり広い。六人で周り切るとなると、それなりの距離を歩き回る必要がある。普通なら、和佐のように疲れて座り込む者がいてもおかしくはないのだが……、いかんせん、ここにいるメンツは普通からはかけ離れた者ばかりだ。


「随分お疲れですね。さては、また食事を減らしましたね?」

「ちょっと待ってくれ、あれは山盛りなのを普通の量にしてもらっただけだ。決して必要以上に減らしたわけじゃない!」

「スタミナ切れで倒れられても困りますし、当然だと思いますが? いくら洸珠の力で身体能力が全体的に上がるとは言っても、ベースになる部分が貧弱では、変身後にも影響します。よく食べ、よく寝ることで健全な身体を作りましょう」

「うえぇ……」


 もう説教は聞き飽きたとでも言いたげに、和佐が自分の耳を塞ぐ。それを見た七瀬は、これ以上言うことは無かったものの、呆れた表情を浮かべながら、首を横に振っていた。


「にしても、いくら管理が行き届いていても、こういうことする輩は減らないものね。……そういや、あの双子ちゃんどこ行ったの?」


 ゴミ袋の中身をいっぱいにした凪がキョロキョロと辺りを見回す。確かに、あの双子の姿が見えない。


「少し離れた場所まで行っているのかもしれませんね。呼びますか?」

「んや、ほっといたら戻ってくるでしょ」

「そんな無責任な……」

「考えてもみなさい、風見に振り回されるのがどれほど疲れるか。犠牲が一人で済むなら安いものよ」

「その考えには賛同するけど、あんたが言うのもどうかと思うぞ、隊長」

「うっさい」


 ここ最近、和佐と彼女たちの距離が随分と縮まった気がする。普段の付き合いの賜物か、合宿の影響もあるのだろう。……雑になった、とも言えなくもないが。


「せんぱーい、こっちはほとんど終わりましたよー」


 先程から周辺をチョロチョロしていた日向が、手にゴミが大量に詰まった袋を持って、凪の元へと戻ってくる。

 こういった作業に躊躇いが無いのは結構だが、彼女の場合、人の為に、を信条としているのか、自分が汚れるのも厭わない節がある。今も、そこかしこが汚れており、日向の傍で七瀬が汚れを拭き取っている。


「またそんなに汚して……。もう少し貞淑さを持ったらどうなのよ」

「あんたがそれを言うのか……」

「何よ、どこからどう見ても私は淑女でしょ?」

「そのボケといい、ノリといい、いいとこ近所のおばちゃんだろ」

「だれ゛がお゛ばち゛ゃ゛ん゛よ゛!!」

「そういうところだよ……」


 最近、凪の扱いが若干雑になってきた和沙。仲が良くなったというよりも、慣れたと考えるべきか。夫婦漫才や、痴話喧嘩のようにも見えない事はないが、それを口にしたところで、二人が恥じらいを見せる事はないだろう。


「そういえば、風美ちゃんと仍美ちゃんは?」

「まだ戻ってきてないわよ。全く、どこほっつき歩いてるんだか」

「探してきましょうか?」

「待ってください日向。行き違いになる可能性もあるので、ここは端末で連絡した方が早いです」

「そうね。とりあえず、風美……は出ないわよね、どうせ。仍美に連絡しといてくれる? 今どういう状態か、こっちに合流できそうか」


 七瀬が端末を操作し、コール音が二度、三度と鳴り響く。少し待っていると、受取音が聞こえ、端末の向こうから、やけに疲れた声で仍美が応答する。


『……はい、引佐仍美です……』

「だ、大丈夫ですか?」

『お、お姉ちゃんが張り切り過ぎちゃってて……』

「そうですか……。キリの良いところでこちらに合流できますか? と言うより、今どこにいるんですか?」

『え~っと……、結構距離が離れてますね。多分、徒歩だと十分ちょっとかかると思いますので、それまで待っていてもらえますか?』

「分かりました。こちらはこちらであらかた終わりましたので、解散場所で待機しておきます」

『すみません……、よろしくお願いします』


 通信が切れる。どうやら二人が合流してくるまで、待機になるようだ。それを聞いた面々は、各々その場でくつろぎだす。


「そういえば、最近温羅の襲撃が無いな。せっかく合宿でパワーアップしたのに、これじゃ不完全燃焼だよ」

「何言ってんの、本来、襲撃のインターバルってこれ以上に長いのよ?」

「え? どういうこと?」

「先輩の言葉通りです。温羅は、短くて一か月や二か月に一度、通常であれば、三か月以上のインターバルで襲来します。前回の二週間が異常であって、今が平常だと思ってください。むしろ、今来られたら、連戦と言っても過言じゃありません」

「マジかよ……」


 思わず和沙が絶句する。まさか、初陣が想像以上に早かったうえに、連戦状態だったなどとは思ってもいなかったのだろう。しかし、それは他のメンバーも同じ事だ。


「ほんと、ここ最近は忙しいのなんのって。メンバーが一人増えたとはいえ、ほとんど素人も同然。更には、その状態で連戦なんて……、このまましばらく来なきゃいいのに」

「先輩……、そういうことを言っていると……」


 七瀬がそう言いかけた瞬間、端末からけたたましいアラーム音が鳴り響く。また、それと同時に、町中に響くほどの大きなサイレンが温羅の襲撃を告げる。


「……おう」

「フラグの回収速度が早すぎます。これからはフラグ先輩とでも呼びましょうか」

「やめてくださいお願いします。な、なにはともあれ、さっさと行くわよ!!」

「誤魔化した……」


 立ち上がった凪が、周りの非難の目から逃げるようにして、端末に表示されたポイントに向かって走っていく。


「はぁ……」


 その後ろ姿を見て、溜息を吐いたのは一体誰だったか。全くもって、いつどんな時でも期待を裏切らない隊長である。……悪い意味で、だが。




『今回の敵ですが……、少々厄介な状況です』


 避難区域から少し離れた地点。警備本部を設立されている場所に到着した和沙達は、連絡を受けた風美と仍美と合流した後、警備隊に一言断り、区域へと侵入する。その道中、SIDから聞こえてきた観測担当官が、一瞬躊躇ったものの、現状を口にする。


「厄介な状況って?」

『中型が五、小型が二十体ほど確認されてます』

「中型が五体って……」


 厄介な状況、と言うからにはそれなりに覚悟はしてたものの、告げられたものは、実働部隊にしてみれば厄介どころではない状態だった。


「普段は多くても二体か三体程度、それが五体ですか……。厳しいですね……」

「いいじゃない、一気に出てくるってことは、後続が無くなるってことなんだし。何より、合宿の成果を見せるのには最適じゃないの」

「合宿って言っても、一か月も前の話ですけどね……」

「感覚は残ってる! 大丈夫!」


 事態を重く見る事も重要だが、凪のようにポジティブに考える事も大事だ。時にはそれが救いにもなる。


『今のところ、ばらけてはいないようですが、気を付けてください。小型の中には、足の速い敵も混ざっている可能性があります』

「だからって、セットで倒すのはめんどくさいわよねぇ……。ある程度の分散は仕方ないか」

「突出した敵から各個撃破が無難でしょうか? 長引かせるのは得策ではありませんね……」

「めんどくさそうな相手は後回しにして、まずは小型から殲滅していく。中型は近づいてきたやつを随時迎撃していくこと。分かったわね」

「はい!」

「了解しました」

「は~い」

「分かりました」

「了解」

「よっしゃあ、それじゃ行くわよ!!」


 ……とまぁ、ここまで意気込んだは良かったものの、その五分後、侵攻を行う温羅と接敵した一同は、さっそく躓く事になる。


「……なんであんなに綺麗に並んで進んでんのよ」


 隊列を組んでいる、と言うほどではないが、和沙達がようやく発見した温羅達は、大通りと言うほど大きくは無い道路を、不自然なまでに綺麗に並んで侵攻していた。


「私知ってます。あれ、鶴翼の陣って言うんですよ」

「こんな狭いところでなんて陣形組んでんだよ……」


 仍美の言葉通り、少し大きめの温羅が一番後ろにおり、その他の四体がそこから放射状になって並んでいる。中型だけ見れば、確かに鶴翼の陣と呼んでもおかしくは無い。しかし、問題は……。


「中型はともかくとして、小型が分散していないのは厄介ですね。数の勝負になると、有利なのは向こう側ですし」

「下手に群れの中に突撃するわけにもいかないしねぇ……。どうしよっか?」

「幸い、侵攻速度が遅いので、猶予はありますし、一度作戦を練るためにも下がった方が……」

「ね、ね、あれは?」


 一度下がることを進言しようとした七瀬の服の裾を風美が引っ張る。彼女の指差した先には、古ぼけた廃ビルがあった。


「確か、ここら辺って再開発の為に色々建物壊してる、って話を誰かから聞いたような……」

「確かに、中心部の人口密度が過密化している事を問題視している、と言う話は聞きました。その人口を分散するために、湾岸部の一部地域を再開発する予定であるという事も。と言う事は、ここいらの建物は全て壊しても怒られない……?」

「怒られるかもしれない、って可能性があるのが悲しいわよねぇ……。被害は最小限に、って言うけどさ、それが出来るんなら最初っからやってるっての」

「話が逸れてるぞ」


 和佐の冷静なツッコミが二人を現実に戻す。


「あのビルを使って分断するって事ですか……?」

「そうなりますね。ただ、どうやって倒壊させるか、ですが……」

「よこから大きな鉄球をぶつけてるのは見たことあるんだけどね~、ここにはそんなもん無いし……」

「鉄球、ねえ……。大きさ的には足りないけど、それは別で代用すればいいのか……?」

「……? 何よ、和佐。私の方をジッと見て。ハッ!? もしかして、今更私の御装姿の美しさに見とれてるの!? 駄目よ、こんなところで! そういうのはもっと雰囲気を考えて……」

「パイルバンカー」

「……は?」


 凪が身を抱きながら行った全力のボケをスルーしながら、凪が持っている盾を指差す和沙。


「だから、パイルバンカー。それの火力なら、ビル一つ倒壊させることなんて訳ないだろ」

「そっちかい!」

「先輩、あまり大声は……」


 仍美の諫言を受けて、慌てて口を手で抑える。幸いにも、こちらに気づいた様子の温羅はまだ見受けられない。


「パイルバンカーで支柱を破壊し、その勢いでビルを丸ごと倒壊させる。問題は、攻撃を打ち込んだ方に倒れる可能性が高いから、支柱を壊すと同時に反対側から押してやらないといけない。それに、この作戦は凪先輩を敵の前に晒す事になる。……集中砲火は覚悟してください」

「あれ? 私の意見ガン無視で進んでる気がするんだけど? 私の役目上仕方ないと思うんだけど、私の護衛は? え、もしかして単騎で敵の目の前に行けって?」

「……(グッ)」

「ねぇ、その親指は何!? 健闘を祈るとかじゃないわよね? ちゃんと守るから大丈夫とかそういう意味よね!?」

「さて、こっちはこっちで頑張るぞー」

「待って! 話を聞いて! いや、聞かせて!」

「先輩、声」


 凪が和沙に縋りつくも、引き剥がされる。

 和佐の作戦は簡単だ。倒壊させるビルの前を温羅が通ったら、ビルを倒壊させ、上手く半分になるように温羅の群れを分断させる事。また、ビルの倒壊の方法も、木を切り倒す方法を使う。すなわち、凪のパイルバンカーで切れ目を作り、反対側から押し倒す、というもの。言ってしまえばシンプルだが、倒すのは木ではなくビル。また、本来の方法ではなく、本当に上手く倒れるのかすら怪しい。実際、やってみるまでどうなるかは分からない。


「……ま、こんなところだ」

「分かりました。それで、押し倒すと言っても先輩以外は何をすれば?」

「ん? 押すんだよ、ビルを」

「……だから、ビルをどうやって押すのかと……。え? もしかして普通に、って事ですか?」

「そうだ。とは言っても、下から押したんじゃ意味が無いから、近くのビルの屋上まで行かないといけないが」

「うわぁ、この力技……」

「シンプルでいいだろ? それじゃ、各々位置に……、っていうか、なんで俺が仕切ってるの?」

「あんたが考えた作戦でしょーが。考えた本人が指揮を執る。そっちの方が分かりやすいでしょ」

「言ってる事は正しいんだけど、納得いかない……」


 そうこうしている間にも、温羅の侵攻は進んでいく。とはいえ、ここいらは未だに住民がいる地域ではあるものの、廃墟と化している建物も多い。住民の避難も済んでいるはずなので、被害自体はそこまで大きくなることはないだろう。

 和佐が指示し、凪は道路側、和佐達はビルの裏側へ周る。ビルを倒壊させるタイミングは凪の判断次第となり、それまで和沙達はビルの裏の建物の屋上で待機することになる。


「で、実際どんな方法でビルを押し倒すんですか?」

「ん? それはまぁ、ちょっと考えがあってね」

「はぁ……」


 はっきりとした答えを得られなかったことに、訝し気な表情を浮かべる七瀬。しかし、和佐には何らかの考えがあるようだと判断し、目の前の事柄へと思考を切り替える。


「準備は?」

『オッケー』


 端末から聞こえてくる軽い声に、和佐は一抹の不安を隠しきれない。が、そこは凪、やるべきところはきっちりとやるのが彼女の流儀である。


『対象の作戦ポイント到達まで、あと一分ほど』


 動きが遅い事が幸いし、準備を整えるには十分な時間がある。端末の向こう側からは、凪の声と一緒に、機械の駆動音が漏れている。あちらも準備が完了したようだ。


『ターゲット、ポイントまであと十秒、九、八……』


 和佐が四人に目配せをする。各々がそれに対し、肯定のアクションをとる。……サムズアップは違うような気もするが。


『三、二、一……ゴー!!』


 凪が通信の向こうからそう言った瞬間、ビルの反対側から温羅の咆哮が響き渡る。と、同時に、その咆哮を打ち消すほどの轟音が鳴り響き、和佐達の目の前のビルが大きく軋んだ。


「よし、今!!」


 和佐がビルに向かって跳躍し、壁に到達すると同時に刀を壁に突き立てた。

 足場にでもするのか? 一同はそう考えたが、その考えは和沙の行動によって覆される事となる。


「今だ、撃ってこい!!」


 そう言った和沙の刀には、結界の陣が浮き出ていた。つまるところ、彼女達一人一人の攻撃では、点の攻撃になる。それを面にするために、結界を使った、という事だ。

 一応、この中では常識人に分類される七瀬が一瞬躊躇ったが、風美と日向、それに続いて仍美も一斉に攻撃をし始めた為、七瀬も弓を引き絞る。


『ちょっと、何やってんの! 早く!!』


 端末から悲痛な声が聞こえる。向こうは向こうで温羅の集中砲火を受けているのだろう。まぁ、事前に説明はしていたので問題にするほどではない。

 立て続けに攻撃を加えられ、徐々にビルが傾いていく。それと同時に、ビルの向こう側の戦闘音も激しさを増していく。おそらくは一方的にやられているだけだとは思うが。


「これでぇ、倒れろ!!」


 七瀬が撃ち込んだ矢に、日向が渾身の一撃を加える。すると、ビルが大きく軋みを上げ、反対側に傾いた。


「よし……、先輩、離脱!!」

『え、嘘、ちょっと待って……、ギャーッ!!』

「何やってんだあの人……」


 想定とは違う倒れ方をしたのか、凪が端末の向こう側で何やら喚き散らしている。が、そんな事お構いなしにビルは道路の上に影を作り、そして……


「倒れたぁ!!」

「お姉ちゃん、そんな嬉しそうに言われても……」


 大きな轟音を伴いながら、道路に横たわった。想定通り、ちょうど半分になる形で温羅の群れを分断しながら。


「遅い! あと、殺す気か!!」

「倒れそうになったらさっさと離脱しろって言っただろ」

「こっちは集中攻撃受けて、ロクに動けなかったのよ!!」

「そりゃまぁ、ご愁傷様」

「扱いが雑!!」


 凪の泣き言を適当に流しながら、和佐がまずは前の方にいた温羅と対峙する。数は中型が二だが、ビルが倒壊した際に一体潰されたらしい。霧散していく中型の残骸と、いくらかの小型が見えた。


「なるほど、こういうやり方もありか」

「準備に時間がかかるから、あんまりやりたくないって、局の人たちが言ってましたよ」


 どうやら過去に実践したらしい。確かに、効率云々の話をすると、あまりいい手段とは思えない。やはり、巫女が直接叩くのが一番なのだろう。


「何はともあれ、ここからが本番だ。ちゃっちゃと終わらせようや」

「そうですね。では各個撃破といきましょう」

「は~い」

「承知しました」

「分かった!」

「みんな、私の事をもっと労わって!!」

「はぁ……」


 最後までなんとも締まらない話だ。

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