七十二話 増援

「これはこれは……ボク達も人気者になったものだね」

「言っている場合か。流石にこれはシャレにならない。すぐに撤退だ。あの数はまともに相手をするわけには……」

「なぁ」


 完全にこの場からの退却を視野に入れていた紅葉に、和沙が声をかける。ただし、視線は百鬼の方を向いたままだ。


「アンタらは元々、アイツらがいる所を目指してんだよな?」

「……そのアイツ、というのが誰かは分からないが、お前の妹がいる場所、という意味ではそうなる」

「だったら、このままそっちに向かえ。あれの相手は俺がやる」

「正気か!? 一体ですら、撃退するのがやっとだと言うのに、それが徒党を組んでいるとなると、勝ち目なんて無いぞ!」

「さて、そいつはどうだろうねぇ」


 目の前の事態に冷静さを忘れているのか、まるで訴えるかのような紅葉を前に、こちらは反対に冷静な様子の和沙。


「痛た……、和沙君、踏みつけるなんて酷いんじゃない?」

「緊急事態だ。それぐらい大目に見ろよ」


 そして、本来であれば紅葉と同じように取り乱す側であるはずの睦月も、何故か冷静な姿を見せる。その理由は単純なものだ。


「隊長、ここは和沙君に任せて、アタシ達は先に行った方がいいと思いますよ?」

「真砂、お前まで……。どういうつもりだ?」

「あ~……、えっと……、ちょっと前に百鬼が出て、それをアタシ達が撃退した、って話があったじゃないですか?」

「そうだな」

「あれ、実は和沙君がやったんです」

「………………は?」

「しかも、撃退じゃなくて討伐……、百鬼を倒しちゃったんです」

「……」


 何やらすさまじい目で和沙を見つめる紅葉。その顔は、信じられないと言うよりも、何を言っているのか分からない、といった様子だ。

 だが、ここで予想外の人物が口を挟んで来る。


「意味が分かんない。百鬼を倒せる筈が無い」


 瑠璃だ。彼女もまた、和沙を睨みつけてはいるが、その目にはどこか嫉妬か、それとも羨望のようなものも混じっている。そういえば、瑠璃は唯一この神前巫女隊で百鬼と単騎でやりあい、そして撃退までもっていける人物とされていた。しかし、こうして自分以外に百鬼と一対一で戦い、あまつさえ倒してしまったとなれば、彼女のその代名詞は失われる事となる。


「そりゃあ、才能しか無い奴には無理だよ」

「……才能しか、無い?」


 和沙の言葉に、明確な戸惑いを見せる瑠璃。そんな彼女の傍に千鳥がやって来る。


「……本当に一人で大丈夫?」


 今の今まで戦っていた相手に向ける言葉としては異質なものだ。しかし、それがすぐに出てくるという事は、切り替えが早いという事。そして、少なからず和沙の事を信用するに値すると判断しているのだろう。まぁ、先程の実力を見れば、考えが変わるのは無理も無いだろう。


「しかしだな……」

「いいんじゃないか? ここは彼に任せてはどうだい?」


 明すらもそう口にする。あれほど徹底的に叩きのめされたら、否が応でもその実力は理解せざるを得ない。例え、あの数の百鬼を倒しきれなくとも、減らす事くらいは出来る。そう思ったのだろう。


「というわけで。君らには鈴音の援護に行ってもらいます」

「いけしゃあしゃあと……。最初に我々の前に立ち塞がったのは一体誰だと……!」

「あの時と今じゃあ状況が違う。臨機応変に対応するのも、重要だゾ」


 ぞ、の部分をやけに強調するその喋り方に、一同は少しばかり苛立ちを覚えたものの、和沙の言う事は至極真っ当な事だ。ここは大人しく従っておくのが一番だろう。何より、一番厄介な百鬼の相手をすると言うのだから、ここは感謝してもし足りないくらいのはずだ。だが、こうして憎まれ口を叩くのは、やはりこの街を守ってきた自負からか、それとも単にプライドが許さないのかは分からないが、こうしているうちにも百鬼の侵攻は止まらない。


「……仕方ない、ここは貴様に任せる。我々は当初の予定通り、鴻川の援護に向かう」


 渋々といった様子ではあるが、紅葉がそう判断した以上、他のメンバーがそれに逆らう事は無い。和沙を一瞥した後、その足を元々向いていた方向へと向け、走り出す紅葉。それに続くメンバー達だったが、一部は後ろ髪を引かれるように逡巡を見せるも、先に向かった隊長へと続く。

 先に進む彼女達の姿を横目で見送った和沙は、改めて自らに迫りくる百鬼の群れと対峙する。


「さて……、少なくとも、アイツらよりかは歯ごたえがありそうだ」




「これは~……、ちょっと疲れるかも~……」

「そんな呑気に言ってないで! 早く撃って下さい!! 目の前まで来てるのが見えないんですか!?」


 梢の悲痛な叫び越えが響き渡る。しかしながら、その言葉を向けられた本人は動かずに、ただ目の前の惨状をジッと眺めている。……いや、表情はいつもと変わらないが、その目が絶え間なく動いているところを見るに、ただ眺めているわけではなく、隙を伺っている事が分かる。だが、どれにどうターゲットを絞ればいいのか分からないうえ、隙自体はあるものの、こちらの攻撃がたった一発では決定打にならず、複数発撃ち込む間に別の敵に見られた時点でアウトな事を考えると、迂闊に動く事が出来ない。決してサボっているわけではないのだが、傍目から見れば、それが怠けているように見えるのかもしれない。……いやまぁ、どう考えてもそんな状況ではないので、軽口のようなものだとは思われるが。


「あぁもう、めんどくさい!!」


 日和が敵の動きを見計らっている下では、鈴音が怒涛のように襲い来る温羅の攻撃をいなしていた。しかし、まともに受ければ痛いではすまない事を本人も理解しているからか、あくまで受け流すか、完全に避けるかに徹している。縦横無尽に動き回るその姿は、彼女の実力が非凡ではない事を教えてくれる。しかしながら、そんな鈴音であっても、今受けている攻撃の雨霰を完全にいなし切るのは至難の業らしく、掠りこそしないものの、衝撃波などによって徐々にその身に傷が増えているのが見て取れる。このままでは、いずれ掠りから体勢を崩し、直撃を受けるのは必至と言える。


「鴻川、左!!」

「分かって……る!!」


 横から危機を伝えるのは、鈴音と同じく、敵の眼前で陽動と攻撃を担当している玲だ。彼女もまた、大型からの攻撃をいなし続け、尚且つ鈴音のフォローや大型への攻撃を随時行ってはいるものの、やはりと言うか火力が足りなくて泣き寝入りをしていたところだった。

 大型もどきとはいえ、その防御力は一般的な中型と同等か少なくともそれ以上だ。一応、玲達守護隊の武装は中型の外殻が相手でも問題無く戦える程度の性能はしているものの、複数体を同時に殲滅出来る程の大火力があるわけでは無い。それこそ、梢や燐のグレネードならば可能性はあるだろうが、実際のところそこまで期待は出来ないというのが事実だ。

 結局、順調にいって一体か二体を倒す事は出来ても、それに続く大量の大型もどきを仕留めるにはまた同じような手順を踏み、時間をかける必要が出てくる。増えるのが一体や二体で済むのならば、それはそれで問題無いが、かなりの生産力を誇るのか、その数の増え方は異常の一言に尽きる。

 まともに付き合っていては、日が暮れる前に鈴音達の体力が無くなるだろう。未だ予想程度に留まってはいるが、先程のようにある程度離れれば攻撃をしてこなくなる事を利用して、この場から撤退するのも一つの手だが、それでは後に地獄を見るのは明らかだ。ここで数を削っておかなければ、いずれ自分達に負債が降りかかる。


「くっ……!!」


 杭が地面に突き立った衝撃波に体勢を崩されながらも、その場に踏ん張り、逆に思いっきり地面を蹴って温羅の懐まで潜り込む。そのまま、一体目と同じように外殻を切り裂こうとしたが……


「鴻川!!」

「え? きゃぁっ!?」


 完全に攻撃の体勢に入っていた為、衝撃の余波を思いっきりその身に受ける。鈴音の近くに着弾した……わけではない。彼女の体は完全に温羅の懐に入っていた。そもそも近くに着弾する事自体あり得ない事だ。

 答えはただ一つ。味方温羅の体を貫いたのだ。


「同士討ち!? いや、違う、これは……」

「大量生産できるからって、味方ごと撃つなんて……、普通じゃない!!」


 衝撃波は受けたものの、大したダメージは受けていない。しかしながら、一度崩した体勢は、直そうと思ってもそう簡単には整えられない。


「まずい……!!」


 味方の攻撃で倒れた温羅に阻まれるようにして鈴音の体が囲まれる。そして、包囲された鈴音の体を今度こそ木っ端微塵に吹き飛ばさんとせん為、先程とは別の個体が鈴音へと照準を合わせる。

 鈴音はまだ狙われている事実に気付いていない。声で伝えるには少々離れすぎた。だからと言って、彼女の傍まで近づくには温羅の倒れ伏した体が邪魔だ。

 もはや一瞬の猶予もなく、その口に装填されている杭は吊り上げられたギロチンの刃のようにも思えた。

 そして無情にも、体勢を整える事すらままならない鈴音へ向けて、鈍い音と共に、温羅の口から黒く、長い杭が放たれた。


「……」


 放たれた……のだが、何故か鈴音は無傷だ。それどころか、彼女に近くにすら着弾していない。

 温羅は確かに攻撃を行った。なら、撃ち出したはずの杭はどこにいったのか。その行先はすぐに見つかった。

 鈴音がいる場所から五十メートル程離れた場所にあるビル、その中腹辺りに深々と突き刺さる黒い棒状のものは、紛れもなく、今しがた大型温羅の口から放たれたものだろう。しかし、何故そんなところに刺さっているのか。その理由はただ一つ。


「ホント、ギリギリ……。もうちょっと余裕持って戦ってほしいかな」


 大型のライフルを構えた紫音が、日和が陣取っている場所のすぐ傍で呟いた。

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