七十一話 苦戦? からの……

 鈴音達が相手をしていた大型は、結論だけ言ってしまえば、討伐完了と相成った。しかし、その実態は小型温羅が集合した形であり、実際の大型とは似つかない程の戦力しかなく、苦戦と言う程の苦戦はしなかった。あくまで一撃が重い程度のものだ。


「なんか……呆気なかったですね」

「ん~……」


 拍子抜けした、とでも言いたげな梢だが、彼女の隣に控える日和の方はそうでも無さそうだ。


「何か気になる事でもあった?」

「ん~? そうじゃ~、ないんだけど~……」


 彼女にしては珍しく歯切れの悪いセリフだ。言いづらい事でもあると言うのか?


「じゃ、何?」

「……あの温羅~、どうやって大型の大きさや形を模したのかな~、って~」

「そんな事、知ってたに決まってるでしょ」

「なんで~? あれ~、多分だけど~、自分の意思じゃ動かないタイプだよ~? 私達が近づいたせいで~、防衛本当として動いただけで~、普段は絶対動かないんじゃないかな~?」

「それは……」


 その兆しは確かにあった。しかし、それとこれとがどう関係してくるのか。


「指示する側が~、大型だったら~、形なんて簡単に分かるよね~?」

「まさか……」

「そのまさかじゃない~?」


 あの大型の原型となった大型、もしくはその形を記録した何かがいる。前者であれば、その原型を倒してしまえばどうにでもなるが、厄介なのは後者だ。記録しているのならばその形を温羅に向けて指示するだけで形作る事が可能だ。つまり、大量生産が可能という事と、何がどうやって記録しているのかが分からないが故に、対応に手間がかかる事だ。


「……もしかして、マズい?」

「かなり~」


 日和が予想しているのは後者だろう。そんな大型がいるのなら、わざわざ温存はしないだろうし、何より小型の集合体が複数体出てくるよりも、その大型一体の方がよほど脅威だ。

 残念ながら、日和のその予想は的中する事となる。


『日和!!』


 端末から聞こえてきたのは、どこか切羽詰まった様子を窺わせる鈴音の声。その声の原因が気になったのか、日和がスコープ越しに鈴音が見ているであろう方角へと視線を向けると……


「あ~……」


 彼女の視線の先には、先程と同じ形の温羅が三体程、今にも地上に出てこようと根の下から這い出てきていた。


『日和、援護!! 他の三人も順次対応を……うわっ!?』


 矢継ぎ早に指示を飛ばしている鈴音目掛けて、杭が飛来する。先ほどと同じで、連射は出来ないようだが、元の数が増えただけに波状攻撃を仕掛けてくる。今は上手く避けられているものの、温羅の数が増える可能性がある事、そしてこの状態が続けば鈴音の体力が確実に削られ、いずれはどこかで攻撃を受けかねない事も相まって、非常に厄介な状況だ。


「言われた通り~、私がここで援護するから~、二人は当初予定してたポイントに移動~。それから玲さんは~……、鈴音ちゃんのカバーに行ってあげて~」

「はい!」

「うん」

「了解」


 三者三葉の返事を返し、その場から一斉に離れていく。その様子を見送った日和は、再びスコープを覗いた。


「ん~、これだけで終わってくれればいいんだけどね~」


 そんな風に呟きながら、引き金を引いた。




「……このっ!!」

「ハァッ!!」


 上からは紅葉の大剣、横からは瑠璃の居合が襲い掛かり、背後は睦月が控えており、その横にはいつでも飛び出せるように明が構えている。完全に八方塞がりにも見えたが、いかんせん三次元的な動きを得意とする和沙には通用するはずも無い。

 瑠璃の居合の軌道を瞬時に見切ると、それを右手の長刀で受け止め、その体勢のまま前へと踏み出す。そして、今にも和沙の頭を両断せんと振り下ろされている大剣の刃を通り過ぎ、柄の部分を掴むと、振り下ろされる勢いを利用して背後に放り投げる。


「くっ……!!」


 その状態から今度は体勢を低くし、回し蹴りの要領で瑠璃の足を払うと、彼女の五体が一瞬宙に浮く。こちらもまた、首元を掴み、ハンマー投げのように遠心力を利用し、先に放り投げた紅葉目掛けて投げ飛ばす。


「……ッ!?」


 起き上がろうとしていた紅葉だったが、そこに瑠璃が投げ込まれたのだからたまったものじゃないだろう。そのまま二人は巻き込まれ、もみくちゃになりながら転がっていく。コントのような光景ではあったが、和沙はそれを一瞥しただけで笑いもせずに次の相手へと視線を向ける。

 いつの間にか、明が目と鼻の先にまで迫って来ていた。紅葉と瑠璃の相手をしている隙に踏み込んできたのだろう。隙があればそこに食らいつく。まるで普段の彼女の女性への接し方を見ているようだが、この牙はそれ以上に鋭い。ハンマーが弾倉部分を激しく打つ。その瞬間、握った拳の速度が加速し、それを和沙へと叩きつけんと体全体を使って放って来る。

 それを避ける為、一瞬和沙は足を半歩引いた。それを見たのか、明の足がもう一歩踏み込んだ、その瞬間……


「……え?」


 何故か、明が宙に浮いていた。いや、その理由は明確だ。単に和沙に投げられたに過ぎない。

 簡単な話、和沙が後ろに退いた事でそれを追撃しようと明が踏み込み、それを見た瞬間に和沙が明の懐に潜り込み、突き出された腕をとって投げた、というだけだ。しかし、その一連の動作があまりにも早かった為、明には自分が何故宙を舞っているのか理解が出来なかったのだろう。地面に叩きつけられて、ようやく事態を理解したのか、起き上がろうとするも上手く受け身が取れなかったため、ダメージで起き上がれない。

 それを確認し、体勢を整えようとしたその瞬間、何かの気配を感じたのか、上体を倒して回避する。一瞬前まで和沙の体があった場所を巨大な鎌が通り過ぎていく。千鳥の大鎌だ。ギリギリまで気配を殺した状態での不意打ちだったが、それすらも和沙に避けられた。その事実に和沙は口の端を歪める。が……


「残念ね」

「あん? ……うお!?」


 睦月の声が聞こえたと思い、そちらを振り向いた瞬間、和沙の体に何かが巻き付いた。それは和沙の取り付く為、と言うよりは行動を封じるような巻き付き方をしている。巻き付いているのは鎖だ。そして、一定間隔で見た覚えのある色の短い棒が配置されている。これは……


「多節棍か!!」


 一般的によく見られる三節棍よりも節が多く、それ故に使いづらさが目立つ武器だが、慣れればこうした捕縛武器としてだけじゃなく、鞭のようにしなりを利用した武器としても使う事が出来る。習熟するにはどれだけの時間をかけたのか。少なくとも、対温羅としては効果的な武器とは思えない。本人の趣味だろうか?


「当たり。私の役目は中距離からのサポート。至近距離でも対応できる薙刀型の多節棍はかなり有用なの」

「だからってなんでわざわざこんな武器を選ぶんだよ……。もうちょいマシなのあっただろ」

「そこはほら、ロマン?」


 睦月にしてはかなり具体性にかける理由に、和沙は呆れると共に溜息を吐く。その様子を見て、観念したと捉えたのか、どことなく睦月の顔が得意げだ。


「ここらで大人しくしておく事ね。紫音ちゃんも狙ってるし、こうなったらそう簡単には逃がさないわよ」


 グッ、と手に持った柄の部分を引っ張り、縛る力を強める。それにより、ますます和沙の体を拘束する鎖もキツくなるが、和沙本人の表情は特に変わらない。しかし、ここまで拘束されているにも関わらず、それをほどこうとしないのは本当に観念したのか、それとも何か別の思惑があるのか。

 どうやら睦月達は諦めたと解釈したようだ。動きを封じられた和沙を見張る睦月と、体勢を立て直したメンバーが集まって来る。


「上手くやったものだな……。まさか直接捕まえるとは」

「イタタ……背中が……。千鳥ちゃん、ちょっとさすってくれないかい?」

「(プイ)」

「ああん、ひどぅい」


 流石に和沙とて、この状況では満足に動けない。まるで戦闘は終わったと言った気な彼女達だったが、不意に鳴り響いたコール音に眉を顰めた。


「ん? また鈴音か?」


 呑気にそんな事を言いながら、懐の端末へと手を伸ばそうとするが、そもそも気を付けの体勢で固定されているのだからロクに動けない。


「無駄よ。貴方からは色々と話を聞くまで、そのままで……」

「あぁもう、めんどくさい」

「え……、ちょっ!?」


 体全体を力任せに捻る。すると、その力に負けたのか、柄を握ったままの睦月が和沙のすぐ目の前まで引き寄せられる。そして、瑠璃にもしたように、足を払って体を宙に浮かせると、投げるのではなく、かかと落としの要領で睦月の体を地面に叩きつけた。

 流石に考えたのか、地面が陥没する程の威力は無い。それでも、かなりの勢いで叩きつけられた睦月へのダメージは計り知れない。事実、悲鳴すら上げられずに、その場でなされるがままになっていた。


「どうかしたか?」


 睦月が倒れ伏した事で拘束が解かれた和沙は、そのままの体勢で呼び出し音に応じる。その様子は、ほんの一瞬前まで窮地に陥っていたとは思えないものだ。いや、そもそもアレがピンチだったのかどうかすらも怪しいところだが。


『緊急事態です、兄さん!!』

「いやうん、まぁ、こうして連絡してくるって事はそうだとは思うけど、具体的に言ってくれないと分かるものも分からんよ」

『なら率直に言います。大型が増えました』

「そりゃ、増援が来れば増えるだろ」

『単なる増援ならここまで切羽詰まっていません! 同じのが増えたんです!』

「はぁ?」


 意味が分からない、とでも言いたげな和沙の表情だ。実際、鈴音の説明はざっくりとしていて要領を得ない。これでは助言をするにも、助けに行こうにも対応が出来ない。


『……説明不足なのは分かっています。ですが、実際大型が複数体出現してるんです。正直、私達だけでは対応しきれません!』

「大型が複数、ねぇ……。そりゃキツイわな。俺だってそんな状態になったらめんどくさくて放り投げだしたくなるからな」

『兄さんはそれで済むかもしれませんが、こちらは死活問題なんです! ですので、すぐにこっちに来てください!!』

「……」

『兄さん?』


 端末から聞こえる妹の声に耳は貸しているが、その目は別の場所へと向けられている。流石におかしいと思ったのか、鈴音が呼びかけるも応答が無い。


「和沙君……?」


 足蹴にされながらも、様子がおかしい事に気付いた睦月は、下から見上げるようにして和沙に視線を向ける。だが、やはり和沙の目は別の方角へと向けられていた。

 和沙の様子が変わった事に疑問を覚えた面々ではあったが、その目が見ている方角へと一斉に視線を送ると、何故和沙が黙りこくったのか、その理由が分かった。


「……鈴音、悪いが俺はまだそっちには行けない」

『はい? それってどういう……』

「代わりを送る。それで対応しろ」

『え? ちょっと、兄さん……』


 返事を聞き終わる前に和沙は通信を切り、端末を懐へと戻す。そして、睦月を踏みつけていた足を退けると、視線と同じ方向へと向けた。


「随分と……、盛況じゃないか」


 その視線の先には、二十に上るかと思われるほどの百鬼が、ゆっくりとこちらに歩み寄って来ていた。

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