二十二話 ミカナギ

「らぁっ!!」


 頭上から唐竹割にするようにして、和沙の刀が仮面の女性を襲う。相変わらず恐ろしいほどの反応速度を見せるも、和沙が現れたのは完全に予想外だったようで、一瞬、ほんの一瞬だけ反応が遅れた。

 というのも、和沙の神立を使った高速移動には、制限は無いものの制御に癖がある。アンカーとなるものを用意出来なければ、静止が障害物頼りになるうえに、止まるときにダメージを受けかねない。それは佐曇でも実証済みだ。

 だが、アンカーを用意すれば話は別だ。これが普段彼が行っている、長刀を投げ、そこにピンポイントに移動する、という技に繋がる。

 しかし、この瞬間、和沙の長刀は彼の手元にある。投げる素振りも、実際に投げる事も無かった。にも関わらず、その姿は何もない宙より現れた。どうやって? 何をした? 女性の頭にはその疑問が渦巻いていただろう。


 ……簡単な話だ。鈴音の刀をアンカーにしていただけの事。


 佐曇市でも黒鯨との決戦の折、和沙は鈴音の刀をアンカー化していた。それを咄嗟に思い出し、鈴音と瑠璃で不意打ちを仕掛けると見せかけ、本命は鈴音の刀をアンカーにし、確実のこの場所まで飛ぶ事が可能な和沙だった。そしてそれは今、確実に相手に傷を負わせた。

 追撃をするかどうか、一瞬迷ってはいたが、既に女性の意識は完全に和沙へと向いている。今攻撃すればどうなるか分からない以上、ここは下がるべきと判断し、両脇にいた二人を抱え、温羅から飛び降りる。


「……」


 見上げると、仮面にクリーンヒットしたようで、先ほどまでその顔を覆っていた仮面が破壊され、地面へと落下していく。まるで見せないようにしているかのように、女性は仮面を失った顔を手の平で覆っており、上手くその全貌を見る事が出来ずにいた。


「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの!?」

「……」


 女性は顔を抑えたまま、俯いている。ダメージがあまりにも大きすぎた、とは思えない。あの仮面が本体だった、という可能性もあるが、それなら智里が心配して声をかける必要など無いはずだ。仮面は既に破壊され、地に落ちているのだから。


「ん~……、あ~……、大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」


 ゆっくりと、その手が顔から離れ、ようやく仮面の下にあった顔が露わになる。それを見た約一名を除いた一同は、驚きの表情を隠せずにいた。


「意外な成長にびっくり、ってね」


 晒けだされたその素顔は、和沙と全く同じ顔だった。




「……どういう、こと?」


 睦月がゆっくりと和沙へ視線を移す。目の前の光景が理解出来ない、といった様子だ。そして、それは彼女だけでは無く、和沙を除いた全ての者が同じ顔をしていた。当然、女性の隣にいた智里も同じだ。


「ほんと、よく考えるわ、あんたも」

「前に一度言ったな。力、才能、勘、その全てが秀でているからこそ、それに頼りがちになる。その結果、裏をかかれる事もあるって」

「子供ならがらよく見てるとは思ってたけど、まさか齢十弱の子に言われるとは思ってなかったわね~」

「あと、大雑把なんだよ。茜がよく言ってたろ。……まぁ、俺も人の事は言えんが」


 呆然とした表情を浮かべるメンバー達を他所に、和沙は平然としている。それもそのはずだ。今の会話から、彼は最初からあの女性の事を知っていたのだろう。これまで有耶無耶にしてきたのは、彼女の素性を隠し通すためか、それともあの仮面が剥がれるまでに仕留めようとでも思っていたのか。


「……待て、どういう事か聞かせてもらおう。何故、あの女はお前と同じ顔をしている!? そして、何故、そうも平然と会話が出来る!? 自分と同じ顔なんだぞ!!」


 敵を前にしているにも関わらず、掴みかかって来る紅葉に対し、和沙の返答は実にシンプルなものだった。


「逆だ、逆」

「……逆?」

「アレが俺に似ているんじゃなくて、んだ」

「……意味が分からん。それなら、何故お前があの女に似ている? あの女とお前は一体どういう関係だ!?」


 もはや冷静を保つ事すら難しくなった紅葉を前に、心底面倒くさそうな顔になる和沙。周りにいるメンバーに助けを請おうにも、彼女達もまた、紅葉と似たような雰囲気を醸し出している。


「それに関してはまた後でな。今はあれをどうにかするのが先決だ」

「先決だと!? 敵と同じ顔をしている者が味方側にいるんだぞ!? そんな者に背中を預けろと言うのか!!」


 力が強く、解くには和沙もそれなりに乱暴にいく必要があった。だからこそ、もはやこの場では戦いにならないと判断し、上空にいる女性に向かって声を上げる。


「こっちも、そっちも、もう戦いになりゃしない。ここは一度お互い引くべきだと思うんだけど……、どうだ、?」

「……母さん?」


 和沙の唐突な提案に対し、彼から母と呼ばれた女性もまた、手を肩の位置まで上げ、首を竦めている。その目は、今の和沙の一言で完全に目が丸になった智里へと向けられている。未だ戦意の衰えない彼女であったが、もはや今の一言で完全に放心しているようだ。今、この場で何が起きているのか、頭で処理しきれていないのだろう。


「帰ろうとしたところに仕掛けてきたのはそっちだけどね。まぁいいわ。次に会う時はちゃんと仕上げてくるのよ?」

「余計なお世話だ」


 未だ襟首を掴まれ続けている和沙を尻目に、女性は智里へと帰るように促す。こちらもこちらでようやく我に返り、明らかに和沙との関係を問いただしたい、という強い意志を感じるも、今ここでやるべきではないと考えたのか、口を真一文字に噤んでいる。

 彼女達の足元の温羅が踵を返し、樹の下へと戻ろうとしたその時、何か思い出したかのように振り返った。


「そういえば……、神立は使い手の心象により元の色から変わる事があるけど……、あんたの”白甲”、何をどうすればあそこまでどす黒くなるのよ」


 和沙の身体に宿る神立は。内一つは母親の心臓を移植した際に受け継がれた”蒼脈”、遺された妹の意思によって託された”紅命”。そして残る一つが……、和沙が時々要所で使用する漆黒の稲妻を迸らせる”白甲”だ。

 しかし、先二つは色と名前が連動しているにも関わらず、白甲だけは色が違う。白なのに黒。さらに言えば、今しがたの女性の言葉をよく考えると、以前は白色だったような言い方だ。となると、和沙の”白甲”は白から黒に変色した、という事になる。

 神立は心象を映し出す。

 その言葉の通り、神立という能力は、使い手の心中の色によって、その色を変える事がある。それによって、威力が上下する事もあるが、今はその事はいいだろう。

 ”白甲”が変わったのに、”蒼脈”は変わっていない、と言われればそれもそうなのだが、そもそも”蒼脈”は彼自身に宿っていたものではなく、あくまで母親の心臓を移植した際に宿ったでしかない。変色しようにも、和沙の心象心理に直結していないのだ。それ故に、蒼脈は蒼のままだった。

 だが、”白甲”は違う。

 こちらは和沙が本来所持していた神立であり、心の影響を強く受けていた。つまり、心中が黒く染まるほどの、負の感情が渦巻いていた、という事だ。

 ……その原因が何か、とはもはや語るまでも無いだろう。少なくとも、和沙の内側は、様々な負の感情に支配され、その身に宿った力にまで影響していたのだ。


「……少なくとも、あんたがあそこでくたばらなければ、こうはならなかっただろうよ」

「そ。それは悪い事をしたわ」


 お互い、本心では無いのだろう。両者とも、相手に責任を押し付けるような表情をしてはいない。この二人がそれぞれ苦境に立っていたのは、時代の流れのせいと言えよう。


「じゃあな、次は覚えてろよ。母さ……、いや、御巫みかなぎ……神流かんな

「楽しみにしてるわ。御巫千里」




「……情報量が多すぎる」


 当初の目的も果たし、目下の強敵は既に撤退済み。にも関わらず、紅葉が頭を抱えてうんうんを唸っていた。

 それもそのはず、今まで対峙していた相手が、異例とも言える男性の巫女、その人物の母親だというのだ。それならまだ壮絶な親子喧嘩、で終わるだろうが、問題は最後に二人が発したお互いの名前……。御巫、という名だ。

 まさか、自分達の組織のトップと同じ姓だとは思わなかった、などとは言わないだろう。今の日本において、この名と同名を名乗るのはあまりにもハードルが高すぎる。遠い親戚、ともとれなくも無いが、それならそれで、この御前市に集まっている織枝の親族が一切口を出してこなかった事に疑問が湧いてくる。踊らされていた、とも考えられるが、単純に知らなかった、と思うのが妥当だろう。

 そんな風に何度も頭を横に振ったり抱えたりと、挙動不審な紅葉から少し離れた場所では、鈴音が何やら考え込んでいる。その深刻な様子に、針のむしろ状態の和沙は当然の事、睦月でさえも話す事を躊躇っているようだ。


「とりあえず、帰りましょうか?」


 とはいえ、このままここで無為に時間を消費し続けるわけにもいかない。睦月の提案に、応える者はいなかったが、それぞれが無言でその場を後にする。

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