二十一話 痛み分け

「チッ……、一体どれだけの戦力を……筑紫ヶ丘!!」

「任せて!!」


 悪態を吐く途中ではあったが、伸ばされる棘のような足を回避し、地面に突き刺さったところを睦月の薙刀が薙がれる。おそらく、すぐに再生されるだろうが、その間は武器らしい武器は無い。この隙に叩く!! と意気込んで飛び掛かったものの、温羅という生物の全容は未だに分かっていない。だからこそ、無防備に見えたとしても、実は……なんて事もある。まさしく、今のように。


「なっ!?」


 まるで羽のように上下に動かされていた部位が、突如として本体を離れる。そして、向けられるのは鋭利な切っ先だ。

 急いで防御態勢をとるも、空中では満足に動く事が出来ない。大剣を盾のように構えるが、踏ん張る事が出来ない以上、壁としての役目は期待できない。まるで弾丸のように唸りを上げながら飛来する薄羽が、紅葉の身体を引き裂こうと襲い掛かる。

 辛うじて防ぐ事は出来たが、攻撃の勢いまでは殺せず、地面に叩きつけられたところに追撃を入れようと彼女の目の前にふわりと浮き上がるが、どうやら迂闊な行動だった模様。


「……はぁ!!」


 足は再生しておらず、残った攻撃手段である羽も紅葉にかかりっきり。本体ががら空きの状態で、その頭上に体を躍らせたのは瑠璃だ。刀を納刀し、腰だめに構え、落下の勢いと共に腰の回転で刀を引き抜く。

 これぞ本職の居合、とでも言うべきか。

 刃は一切の抵抗を受けた様子も見せず、温羅の身体を縦に切り裂いていく。流石に刀身の長さも相まって真っ二つとはいかなかったものの、瑠璃が着地する頃には、その深手に体を大きくうねらせている。


「私を囮に使うな!!」

「いいじゃん、もともとはそういうのが役目なんでしょ?」

「それはそうだが……」


 盾と陽動、それが本来の紅葉の役割ではあるが、こうもあからさまに囮に使われると思うところの一つや二つは出てくる。文句の一つくらいは言いたくなるというものだ。

 例の色の薄い大型とは違い、こちらは本来の大型だ。その戦闘力はかなりのもののはずだが、ここ最近の訓練の成果が出たのか、これといって苦戦しているようには見えない。上手く噛み合っているようだ。


「向こうはどうだ?」

「もうすぐ終わるみたいよ」


 紅葉が指したのは、壁付近で外に向かって攻撃を行っていた温羅の討伐だ。明と千鳥と鈴音がそちらに向かっている。が、こちら程苦戦してはいない模様。中型が一体確認されているが、それ以外は小型ばかりで、そもそも苦戦する要素が存在しない。


「なら、すぐにこちらに合流できるな。問題は……」


 紅葉が視線を向けた先には、これまた量産型の大型が三体程軒を連ねている。その中心の一体の頭の上には、例の少女が仏頂面で紅葉達を見下ろしていた。


「どうするの?」


 睦月の問いかけに、紅葉が黙り込む。これは、彼女をどう引きずり降ろすかではなく、説得をするかどうか、という事だ。

 あの少女の身元が判明し、祭祀局に牙を剥く理由も分かった。それは祭祀局に所属している彼女達からしても十分同情出来るものであり、このまま真正面から戦ったとしても、お互いに益があるとは到底思えない。

 また、織枝からは出来る限り話し合いの場を作って欲しい、と言われている以上、問答無用で襲い掛かるわけにもいかない。


「まずは投降の意思があるかどうかを確認する。筑紫ヶ丘、何かあったら頼むぞ」

「私はぁ?」

「灘は……好きにしろ」

「はーい」


 好きにしろ、と言われたからには、全力でそうする、とでも言うかのように瑠璃はすぐにこの場を離れる。いや、離れたように見えたが、実際は違う。不測の事態、というものに備えているのだ。

 果たして、それが事態に対応する為なのか、それとも事態の後の事を期待しているのかは不明だが。


『さて……。あ、あ~、聞こえるか、そこの少女。いや……吉川智里!!』


 自身の名前が呼ばれると同時に、目に見えて明らかに動揺した様子が確認出来る。自身の身上など、追えるはずも無い、とあの経歴では確信していたのだろう。それが自分の本名を叫ばれているのだから、その心中はただ事では無いだろう。


『こちらは君と対話を行う準備が出来ている。もし、これに応じるのであれば、すぐさま戦闘行為を停止し、その温羅達を下がらせてくれ』


 小さな拡声器を口に当てたまま、相手の出方を窺う。智里は動揺を見せてはいるものの、なかなか動き出そうとはしない。警戒……は当然しているのだろうが、突然剣を交えていた相手から、対話をしようと言われたところで、はいそうですかと頷けるはずも無い。


「……反応は?」

「ありそうで無い……感じ? なんだか微妙な反応ね」

「そうか……。まぁ、彼女の目的は祭祀局への復讐だ。本来ならば、戦いをやめて対話に応じる理由は無いのだが……、迷ってくれているだけでも僥倖か」

「そうね……あ、動いた」


 睦月の言う通り、智里が動きを見せる。と言っても、流石に武装解除をする、といったものではない。むしろ、その逆だ。ほとんど横並びになっていた温羅を、ほぼ同時に前に進ませている。


「戦闘の意思あり。対話は不可能と判断した。なら、プランBといこう」

「プランB? そんなのあったっけ?」

「殴って、従える。それだけの話さ」

「……和沙君みたいな事言ってない? 私の気のせい?」

「あれも一つの理想形だと思えば、類似したとしてもおかしくはないさ。それより、来るぞ!!」


 紅葉が大剣を構える。その横は同じように睦月が薙刀を握りしめている。

 戦闘態勢を作ったところで迎撃を……と思ったが、何故か侵攻が止まる。いや、何故か、ではない。原因は判明している。不測の事態に備えていた瑠璃だ。彼女が近くの建物から温羅の背に飛び移り、件の少女目掛けて疾走している。事前に倒すのではなく、あくまでも捕らえる事を頭に置いておけ、と紅葉が念を押したから大丈夫だろう、とは思うも、やはり抜き身の刀を持って嬉々として走るその姿には不安を感じえない。


「――!!」


 智里が何かを叫んでいる。おそらくは、自身の身を守るように温羅に指示を出していると思われるが、小柄な上に凄まじい敏捷性を兼ね備えた瑠璃には追い付かない、追いつけない。

 本当に生け捕りにするつもりがあるのか、と聞きたくなるような勢いで飛び掛かった瑠璃は、そのまま智里目掛けて刀を振り下ろした。……が、その刃は寸でのところで静止していた。


「だから護衛は必要だって言ったでしょ?」

「こんな簡単に近づかれるなんて思わなかったの!! でも、助かった」

「どういたしまして。貴女に倒れられると、私の身の振りようがね……」


 和沙が相手をしていたはずの仮面の女性が、瑠璃の刀を素手で止めていた。咄嗟の事だったせいか、先ほど和沙の刀を受けた時のような防御態勢をとる事は出来なかったらしく、刃を受け止めた手からは、赤い筋が滴っていた。


「このっ……!!」

「はい、残念」


 受け止めた刀を掴んだまま、目のも止まらぬ速さで瑠璃を振り回し、そのまま放り投げる。速さと力はイコールではないが、彼女の場合は比例するもののようで、大きく投げ出された瑠璃の身体は、体勢を立て直す暇も無く近くの建物へと叩きつけられる。その顔が苦痛に歪むが、戦意は衰えていない。

 仮面の女性が合流したことで、戦力の差が大きく傾いた。和沙がいれば何とかなっただろうが、おそらく先日と同じく女性に昏倒でもさせられたか。


「……瑠璃ちゃん!!」


 壁際での片付けが終わった三人がいつの間にか合流しており、その中でも千鳥が悲痛な声を上げている。自分が留守の間何があったのか、彼女は今にもそれを問い詰めたいと言いたげな表情をしていたが、それ以前に瑠璃の容態の方が心配らしい。


「……鴻川兄は負けたか」

「負けてねぇ!!」


 紅葉の呟きに答えるようにして、和沙が頭上を飛び越えていく。御装にはいくらかの汚れはあれど、大きな怪我などは見受けられない。身動きが出来ない状態にでもさせられていたか。


「くそ、唐突に逃げ出すからなんだと思ったら……、仲間のピンチに駆け付けたってか? 泣かせるね!!」


 セリフとは裏腹に、半狂乱になりながら叫ぶその姿は、見る者に恐怖を与えかねない。優先順位が自分の方が下だと認識された、と彼女の行動からそう判断したのだろう。戦いの最中にそっぽを向かれれば、相対している側としては自身を無視していると思われても仕方がない。


「ちょっと、アイツまだピンピンしてるんだけど?」

「ん~……、もしかしたら私の手には負えないかもな~」

「アンタがやるって言ったんでしょうが!?」


 しかし、助けられた側も助けた方と何やら揉めている様子。今のうちに不意打ちでも叩き込むか、と考えたが、今和沙が何をやっても彼女には止められる。もう一つ、何らかの要素があれば完璧に不意を突けるのだが……。


「ま、今回は引き分け、って事で」

「納得できるかぁ!! あいつらさえ倒せば、祭祀局は目の前よ!? 最後の障害を前に、おちおち背中を向ける事なんて出来るわけないでしょ!!」

「でも、私が帰ってこなかったら、ちーちゃん危なかったのよ?」

「ちーちゃん言うな!! ……奥の手はある。何なら最後の一押し、なんて言わず、あいつらを排除する為に使うべきだったわ」


 その言い方だと、機会を見失った、とでも言うのだろうか。何にしろ、女性の方からは既に戦意を感じられない。和沙を倒しきるのは不可能だと判断したか。先日にしろ、今日にしろ、受けたダメージを片っ端から回復されては、それこそ即死以外の選択肢は無い。だが、それが簡単に行くほど、和沙も大人しくは無い。腕がもがれようが、足が吹き飛ぼうが、首が削げようが、生きている限りは問題無いのだ。……首がとれれば流石に死ぬだろうが。


「あれぐらいの壁なら、大型を二、三体ほど集めればどうにでもなる。その為に一発が大きい奴らを連れてきたんだ。今日やらなきゃ……何時やるの!?」

「手を晒し続ければ、いつかは対応される。早期決着を望むのなら、それに越したことは無いけど……、どうやら壁は高そうよ」

「壁なら壊すって……っ!?」

「……チッ」


 今度は先ほどのように手のひら受け止めるような事はせず、手の甲で逸らすようにして弾く。不意打ちが空ぶり、忌々し気に舌打ちをする瑠璃に対し、女性はあくまで落ち着いた様子を見せる。


「意識を刈り取ってなかったのは失敗だけど、不意打ちは意味無いわ。全部防ぐもの」

「……」


 そうだ。和沙の高速移動を交えた攻撃にもその全てに対応して見せた。不意打ちだろうが、奇襲だろうが、今のこの女性に対応出来ない攻撃は無い。


「それは確かに恐ろしいですね」


 突如すぐ傍から聞こえた声に対し、仮面の女性が反応する。いつの間にか、かなり近い距離まで鈴音が接近していた。気付かなかったのか、それとも気付いていながらもスルーをしていたのか分からない。分からないが、速さでは瑠璃には劣るものの、精密さでは勝ると思われた鈴音の剣だが、振り下ろす前に柄頭の部分を押し上げられ、両手を上げた状態で固定される。

 鈴音に意識をとられた一瞬、反対側にいた瑠璃が何かに気づき、すぐに地を這うようにして体勢を低くしたまま、女性に斬りかかる。が、空いていた右手でいとも容易く受け止められた。

 不意打ち、陽動、全てが空振りに終わった。そう思われた。


「そうだ、意識されている時点で反応される。……なら、意識していなかった場所からの攻撃はどうだ?」


 その声に気づくも、時すでに遅し。長刀を振りかぶっていた和沙の刃が、遂に彼女を捉えた――

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