一章 幕間
幕間一 緋色のリボン 前
和沙が退院してから一週間が経ち、そろそろ腕が無い生活にも慣れてきた頃。この時期になると落ち葉拾いくらいしかやる事の無くなり、途端に巫女隊の活動は鳴りを潜めていた。故に、凪が各所を回り、仕事まではいかないでも、何か手伝いの一つでも無いかと東奔西走するのだが、復帰したばかりの和沙は、その姿を呆れた目で眺めていた。
「そこまでして仕事が欲しいか? 最近の若者ってのは勤労精神に溢れてるな」
「何じじ臭い事言ってんのよ。別に市民へのプロモーション、ってわけじゃないわよ。ただ、こう、何かしてないと落ち着かないって言うか……ねぇ?」
「こちらに振られましても……」
少し離れた場所で携帯ゲーム機をプレイしていた七瀬が困った表情を向ける。優等生然とした彼女にしては珍しい光景のようにも思えるが、実のところ、彼女のカバンの中には常に最低一台はゲーム機が入っている。別段これといった理由は無いが、改めて考えると、実にゲーマーな彼女らしいと言える。
「ついこの間まで忙しかったんですから、たまにはこういうのもいいんじゃないですか? 平和である事に越した事はありませんし」
「そうは言ってもねぇ……」
「別にそんな急いで働かなくても、必要になればお呼びがかかるんだ。それまでのんびりしてたらいいじゃないの。それともあれか? 腕が炭化する程頑張ったのに、まだ何かやれってのか?」
「んな事誰も言ってないでしょうが。単純に気持ちの問題よ。普段忙しいのに、いきなり暇になったら不安になるでしょうが」
「そうか? 考えすぎだろ」
「これだから就労意識の低い奴は……。少しは若者らしく労働意欲の欠片でも見せたらどうなの?」
「俺は働くよりもダラダラしたい派なんだ。仕事は食っていけるだけ、必要最低限でいいんだよ」
何とも無気力な話だ。しかしながら、今の時代にありながら、非常に現代の若者らしい感性である。いや、昔も今も大して変わらないのか。どちらにしろ、今の和沙には働く意思など無いように思える。
どのみち、ここにいる面子で、本日真っ当に活動を行おうというのは極めて少数、いや一人だけだ。他の者達はそれぞれ思い思いの事を進めている。
和佐にしても、それは変わり無い。七瀬と葵が進めているゲームを後ろから覗き見ている。七瀬は気にしていないようだが、葵はどこか居心地が悪そうにしている。後ろから見られるのが気になるのか、それとも見ているのが和沙だから気になるのかは分からないが。
流石の凪も、ここまでやる気が無い様子を見て、強引に何かをしようという気が無くなったのか、溜息を吐きながらも、近くのパイプ椅子へと沈みこむ。本人達にその気が無い以上、強制的にやらせたところで粗が目立つだけだろう。ならば、好きにさせておけばいい。
「けど、何もやる事が無いのは問題よねぇ……」
「予習、復習、課題、何でもあるじゃないですか」
「勉強ばっかじゃない!?」
「分からないところはすぐ先生に聞きに行けますよ」
「いや、そうだけどさ、もっと他に無いの? なんかこう……新たな活動の一環みたいな、さ」
「思いついてるなら、とっくに実行に移していると思いますが……」
「残念ですが、私達の中にそこまで奇抜な発想をしている方はいないようです」
「発想力の貧困な奴らめ!!」
「同じ穴の貉が何言ってんだ」
喚きたてている凪も、結局は他のメンバーに案を求めている辺り、他と大して変わりは無い。その事を理解しているのか、ぐうの音も出ないようだ。
悔し気に歯を噛みしめながら黙りこくる凪をしり目に、やる事の無い和沙は左腕の代わりに付けている義手を左右に振って、まるで暇である事をアピールしているようだ。
ちなみにこの義手だが、本当にただ付けて《・・・》いるだけで、特殊な機構はおろか、まともに動かす事すら出来ない。ようはただの飾りだ。一応、義手を着ける為の土台の手術は終わっているのだが、肝心の義手本体がまだ完成していない為、周りからの目を誤魔化す為、飾りの義手を装着し、それを三角巾で吊るす事で怪我をしているように見せかけている。本人は腕が無い事を気にしてはいないのだが、周りの目と、和佐が巫女である事を隠す為の措置だとの事。
「むむむ……、こうなったらまだここに来てない日向に賭けるしか……」
「そう毎度毎度何かあるわけでもなし、期待するだけ無駄……」
「あるんです!! 実は!!」
唐突に開かれた扉に、驚いた一同の目が集中する。そこから大仰な動作で部屋に入ってきた日向の手には、何やら紙切れが握られていた。
頼りになる後輩の姿から、まだ茫然としている和沙の顔へと視線を移した凪の顔がにんまりと苛立ちを覚えさせるような笑みへと変わる。
「流石はウチのムードメーカー! 日向には我が隊のワークライフバランスコンサルタントの称号を与える!!」
「わーい! ところでわーくらいふばらんす? こんさるたんと? って何ですか?」
「知らん。本人に聞け。あれの考える事はすべからくロクでもない事だ。どうせ、その称号も一緒だ」
「じゃあいらないかな」
「和沙ぁ!! 純粋な日向に余計な事を吹き込むなぁ!!」
「どっちが吹き込んでるんだよ……」
相も変わらずな二人の様子に、勢いよく入ってきた日向も頭の上にクエスチョンマークを浮かべるしかない。
そんな親友を見かねてか、七瀬が葵と共にプレイしていたゲームを切り上げ、日向へと近づく。
「それで? 何があったんですか? 今の会話から考えるに、私達への作業依頼ですか?」
「あ、そうそう、忘れてた」
握りしめ、少し皺が目立つ紙を広げて見せる。そこには、つたない字でこう書かれていた。
『おばけやしきのちょうさをおねがいします』
手紙を覗き込んだ和沙が首を傾げる。
「お化け屋敷?」
「前に言ったじゃない。お化け屋敷、放棄された神社の傍の家……って、アンタの実家でしょあそこ!」
「そういやそんな話もあったなぁ……」
この街で最も高い山、その中腹辺りにあり、今ではまともな管理すらされず、野ざらしのままになっている廃神社、
かつては和沙の実家であり、二百年前の英雄と持て囃された
この街の市民の間では、その神社の傍にある和沙の生家をお化け屋敷として認識されており、実際に幽霊に出会ったという者も少なくはない。
「まぁ、神社だし、幽霊の一人や二人はいるだろ」
「アンタそんな虫みたいに……」
実家がお化け屋敷と化しているというのに、かつての住人は実にあっけらかんとした様子だ。実家に未練は無いのだろうか? 悩んだ時、あの神社に度々足を運んでいたところを見るに、それは無いと思うが……。
「ま、何にしろ、これは立派な調査依頼よ! 私達が動かない道理は無いわ!」
「わー探索ー!」
「お化け屋敷……ちょっと面白そう、かな?」
「えぇ~……」
めんどくさそうな声を漏らす和沙とは違い、この依頼を持ってきた日向は当然の事、葵も少し乗り気になっている。インドア派の彼女にしては珍しい。
が、約一名、顔色を真っ青にして茫然としている人物がいた。
「?? 水窪さん、どうかしましたか?」
気を遣った鈴音が声をかけるも、七瀬の反応は薄い。というのも、七瀬はこういった怪談話が大の苦手らしい。ましてや、体験するなどもってのほかだろう。
「あぁ、その子、こういうホラー系が苦手なのよ。ホラーゲームとかやってるのに、なんでこういうのが苦手なのやら」
「リアルとバーチャルは違うんです!!」
「そらそうだろうよ」
和沙の冷静なツッコミも耳に入っていない程狼狽えている。しかしながら、そんな様子を見せたところで、逆に面白がるのが藤枝凪と言う人物だ。
「んじゃ、これを機に克服すればいいじゃない。ほら、立った立った、行くわよ」
「え゛、今から行くんですか?」
「当然じゃない。こういう依頼は早めに片づけるのが一番よ」
「でも、もう夕方ですよ? 目的地に着く頃には夜になってるんじゃ……」
「明るい内に出る幽霊なんている訳ないじゃない」
「あぁ、そう言えばそうでした……」
納得がいくかと言われると、首を傾げるだろう理由だが、今の七瀬にはそれをまともに考えるだけの思考能力は無い。
凪の勢いに押され、肩を落としながら渋々と彼女に付いていく七瀬の背中には、普段見られない哀愁が漂っていた。
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