十八話 彼女達の現実
「とまぁ、こんな事があったわけです」
テーブルの反対側、煮物を突いている和沙に今日あった事を身振り手振りを加えながら報告する鈴音。対する和沙は、鈴音の話よりも煮物の方が重要だと判断しているのか、その視線はずっと下を向いたまま妹の方へと向けられる事すら無い。
「ほ~……」
「兄さん、聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
なんとも曖昧な返事だ。思わずむっとした表情になる鈴音だが、和佐の方は特に気にしていない。
「守護隊……主に候補生だけで構成された部隊だろ? 話だけならそこらで聞くさ。ウチのクラスにも何人かいたしな」
「一小隊四から六人で構成された部隊が約十五程あるそうです。訓練生も合わせると、百人弱いるみたいですね」
「んで、その中から選ばれた巫女が、今の六人か……。お前の感想はどうだ?」
「感想ですか? う~ん……」
難しい顔で鈴音が唸りだす。どうだと言われても、巫女とは訓練での模擬戦のみで本格的に戦ったわけではなく、また守護隊に関しても、実力をはっきりと見たのは第八小隊、つまり日和の小隊だけだ。それ以外の実力等さっぱりだろう。
「……一つ言えるのが、彼女達の最大の武器は個々の能力ではなく、チームワークだという事です。それだけなら、佐曇支部の巫女隊メンバーにも勝るかと」
「お前がそこまで言うからには、相当なやるんだろうな。しかし、そうか。チームプレイをメインにするなら、装備をバラバラにする必要は無い。ある程度規格が揃っている方がやりやすいし、訓練も同じで済む。何とも合理的な話だ」
「そうですね。ただ、中型以上になるとかなり辛いのではないか、というのはあります。やっぱり一人一人の装備がそこまで強力ではないのが欠点でしょうか」
「まぁ、数を量産しようとすると、どこかしらをデグレードをしなきゃならん。本隊がいる以上、守護隊にそこまでの火力は必要無いと判断されたんだろうな。もしくは、別の理由があるか、だ」
「別の理由?」
鈴音が首を傾げる。和沙の言う別の理由が思い当たらないようだ。反対に、和佐はと言うと、その可能性を口にすべきかどうか迷っているような素振りを見せている。
「……まぁ、これに関してはいいだろうさ。どのみち、守護隊に対処出来ない時点で、本隊の出番ってわけだ。それに、ここの戦力が不足している分に関しては、こっちにとっちゃ好都合なんだ。気にする必要は無いさ」
「好都合って……そんな言い方は……」
和沙の物言いを、一瞬咎めようとしたが、自分体がここに来た理由を思い出したのか、口を噤んだ。
「一先ずは様子見だ。派手に動く必要も無いし、今のところおかしな動きがあるわけでもない。なら、ノンビリと役目を果たすとするさ」
「それに関しては同意見ですが……ちゃんとやってます?」
「やっとるわ。全く、こっちが地道に情報を収集してるのに、お前ときたら……」
「ふふ……」
今度は和沙が表情を顰めている。その様子を見て、笑いを堪えられずにいる鈴音だったが、彼女には一つ気になっていた事があった。
「そういえば、温羅の種類の事なんですが……」
「なんだよ。新種でもいたってのか?」
「いえ、そうではないんです。ただ、佐曇でもそうだったんですが、飛行タイプの温羅ってなかなか見かけないな、って」
「飛行タイプ? 黒鯨とやった時に散々見ただろ」
「それ以外、の話です。中型の中には、ホバリングの要領で浮いているものはいますが、小型で飛んでいるのはそれこそ黒鯨との戦い意外では一度も見ていません。その理由を兄さんは知っているのかなぁ、って思って」
「うーん……、そうだなぁ……。知らん事も無いが、あくまで考察だしなぁ……」
顎に手をやりながら、和佐が唸る。今まで多くの温羅を目にしてきた和沙ならば、その理由を知っているのではないか、と思うのは妥当だが、昔から和沙は倒す事ばかりで温羅の都合を考えた事などは無かった。今ならば、子応札する程度の余裕はあるものの、それもあくまで自分の目で見て、頭で考えただけの持論に過ぎない。合っているかどうかなんて分からないし、本人にもそこまで自信は無いのだ。
「おそらくだが、飛行能力を高めると攻撃力が関わってくるから、じゃないか? 温羅の目的としては、人間の居住区を制圧するよりも、その排除がメインとなってくる。なら、どうしても体の大きさが小さくなるうえ、体重も軽くなる飛行型は不利になりやすい。高高度からの狙撃なんかは別の話としても、そもそも小型に関しては特殊技能よりも身体能力で襲い掛かってくる奴がほとんどだ。軽い、ってのはそれだけでデメリットになりかねない。偵察なんかの目的が無けりゃ、飛ぶ必要はまず無いのかもな」
「……はぁ、そうなんでしょうか」
和沙が口にした内容の内、一部に違和感を感じたものの、その正体が分からなかった鈴音は、一先ずその違和感を振り切る。
「まぁ、奴さんにも事情があるんだろ。わざわざこっちに合わせてきてくれてるんだから、今はそれを享受するしかないんじゃないか? むしろ下手に飛行型なんざ出てこられても、面倒なだけだろうに」
「それもそうですが……」
納得がいかないといった様子の鈴音。和沙の言う事も理解は出来るものの、それ以外の理由がある気がしてならない。そんな感じの表情だ。
とはいえ、あくまで敵対している関係である温羅の事情など分かるわけもなく、ただ黙って和沙の言葉に頷くしかなかった。
「敵の勢力の詳細を暴くのは俺らの仕事じゃない。お前はただ、自分に課せられた役目をこなしていればいいんだよ」
「……はぁ。そうですね、分かりました。この件に関しては、もう触れないようにします」
「そこまでは言わないが……、まぁ、お前がそうする事できっちり切り替えられるならそれでいいさ。どころで、だ。この煮物、ちょっとしょっぱくないか……?」
「文句があるなら食べなくて結構です。どうせ、兄さんは何食べても美味しいとは言わない癖に、文句だけは一人前に言うんですから」
「待て待て待て待て! 食べないとは言ってない! なんかいつもより味付けがおかしいな、って思っただけだ!」
「はぁ……、兄さんはもう少し女心を理解するべきです」
「知らねぇよ。俺は身も心も男なんだからよ」
「はぁ……」
溜息と共に、呆れたような視線を兄へと向ける鈴音は、下げかけていた皿を元に戻す。相も変わらず感想と言うより文句の方が多い和沙だが、結局はこうして許してしまう鈴音の方にも問題があるのではないだろうか、と思うのは決して本人だけだろうか。
結局、これ以降和沙が料理に文句を言う事は無かったが、口出しを許さないとでも言いたげな鈴音の視線を受け、終始萎縮していたのは言うまでも無い。
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