十九話 面会
週末、特に予定も無く、偶には兄と共に家でのんびりとしようと思っていた鈴音だったが、そんな彼女に予想外の急用が舞い込む。
それを告げられたのは、金曜日の夜、訓練が終わり、家へと帰った後に思い出したかのように鴻川宅へとやって来た睦月の口からだった。
「言い忘れてたんだけど、明日、本局に行くから
それだけ告げると、睦月は自分の家へと戻って行った。どこか忙しい様子だった為、何の用かは聞かなかったものの、睦月が直々に伝えてくるという事は、重要な話なのだろう、と考えていた。
そして、現在。つまり、土曜日の朝。
そろそろ準備が終わりそうな鈴音は、いつまでも部屋から出てこない和沙に溜息を吐いていた。
「兄さん、準備出来ましたか?」
「……」
返事が無い。部屋から出てこない云々以前に、起きてすらいない可能性がある。本局に行く旨は事前に伝えてある。忘れて寝坊しているのだろうか?
「兄さん! そろそろ時間ですよ!」
「ん~……」
扉を開き、中に入った鈴音の声に反応したのか、ベッドの上で盛り上がった布団がごそごそとしているものの、すぐにうんともすんとも言わなくなる。
「に い さ ん!!」
鈴音が勢いよく布団を引っぺがす。中では、寒そうに丸まった和沙が恨めし気な視線を鈴音へと向けていた。
「……何だよ、こんな朝っぱらから……」
「昨日言いましたよね? 今日は本局に行くので、早めに準備をしておくように、って」
「あー……、そんな事も言ってたような、言ってなかったような……。でも、よく考えてみろよ。俺が行く必要なんてあんのか? 巫女関連なら、お前一人で済むし、そもそも俺が本局の連中に認識すらされているかどうかも怪しいのに」
「……それもそうですね」
「だろ? という事で、おやすみ~……」
「あぁもう! それとこれとは話が別です! 睦月さんが直接言いに来たんですから、何か関係があるはずです! だから、早く起きて下さい~!!」
「い~や~だ~」
ぐいぐいと掛布団を引っ張り合うその姿は、どこか微笑ましさすら感じさせる。しかしながら、当の本人達にとっては死活問題で、特に鈴音は今後の本局での動きに制限が掛かる可能性すらある。
「ごちゃごちゃ言わず、とっとと起きて、下さい!!」
「あぁ……」
朝一番から、和佐の実に情けない悲鳴がこだまする。
「うぅ……寒い、眠い、寒い、眠い……」
「……兄さん」
マフラーでぐるぐる巻きになった口元から、呪詛のように漏れ続ける言葉に、流石の鈴音も額に青筋が浮き出ている。
寒さのせいか、いつも以上に情緒不安定な和沙を引きずり出した鈴音は、未だに布団を恋しがる兄を何とかここまで引きずり、待ち合わせの場所までやって来た。待ち合わせとは言っても、指定された場所はマンションの前だ。特に迷うはずもなく、時間通りに到着した。
「……で? 待ち合わせを申し出て来た本人はまだ来てないみたいだけど?」
「兄さん、そういう事を言わない」
和沙の軽口を咎めていた鈴音だが、遠目に目的の人物がやって来るのを目にし、身を引き締める。隣にいる和沙もまた、口を噤み、あくまで人畜無害な大人しい少年を演じている。
「ごめんね、待った?」
「いえ、私達も今来たところです」
「本当にごめんね、色々と準備に手間取って……」
「大丈夫ですよ。さぁ、行きましょう」
まるで恋人のようなやり取りを交わした後、歩き出した二人の後に黙って続く和沙。その構図は、ここ最近の朝によく見る光景そのままだ。
「それで、今日は何故本局に? 訓練じゃない……ですよね?」
横目で和沙へと視線を向けた鈴音。確かに、訓練が目的ならば、和佐が付いて来る必要は無い。巫女でも守護隊でも無い者を訓練に招く必要は無いからだ。
「ある人を紹介する為よ。以前の顔合わせの時は、忙しくてアポを取る事すら出来なかったけど、ようやく取る事が出来たから、こうして二人を紹介しておこうかと思って。和沙君はともかく、鈴音ちゃんは今後何かあった時にお世話になる事があるかもしれないからね」
「顔合わせ……ですか? その人はどんな方なんですか? アポがなかなか取れないって話から、それなりに重要ない位置にいる方だとは思いますが……」
「それは会ってからのお楽しみ、かな」
人差し指を唇に当て、悪戯っぽくウインクをする睦月に、どことなく凪の姿を重ねる和沙。しかし、彼女の笑みは、あの自由奔放と破天荒を闇雲に混ぜ合わせただけの性格をしている先輩とは似ても似つかないものだ。
しかしながら、そんな男一人を問答無用で悩殺しそうな仕草だろうと、和沙の抱いている嫌な予感が解消される事は無く、むしろ増大させていっている事を、当の本人は気づいていなかった。
鈴音は普段から訓練場を使う為に足を運んではいるが、和佐にとってはこれで二度目の本局になる。今では、鈴音も顔パスで奥へと進む事が可能になっており、巫女がいかに特別扱いされているのかを改めて実感していた。
しかし、今睦月が歩を進めているのは、以前ここに来た時に使用した通路ではなく、また別の方向へと向かうものだった。更に言うなら、以前の通路は道中に会議室やオフィス等が多く見られたが、今和沙達が進んでいる通路には、そういった部屋は一切無い。いや、そもそも部屋自体があまり見当たらない。
また、何故か光源の弱い灯りを使用しており、通路全体が薄暗く、先が見えづらくなっていた。通路の両側に部屋が無い事もあり、夜になれば、どこぞのホラー映画やゲームに出てきそうな不気味な通路と化しそうな印象がある。
しばらく歩いていると、突き当りに何やら異彩を放つ扉……いや、もはや門と言った方が良いだろう。それが見えてきた。
その異様な雰囲気に、鈴音は思わず身を強張らせる。これほどまでに仰々しい門の向こうにいる人物、それが予想出来てしまうだけ尚更だろう。どうやら、睦月もこの場に慣れているわけではないようだ。彼女もまた、心無しか緊張しているように見える。
鈴音達が門の前へと近づく前に、非常に重々しい音色を奏でながら、門がゆっくりと開いていく。
門の先に広がっていたのは、玉座だった。正確には、
玉座とは言ったものの、椅子は無く、一段盛り上がった場所にこれまた金箔を散りばめられ、いかにも上質な素材で出来ているであろう座布団が敷いてある。
そして、その上。
そこには、長い黒髪を後ろで纏め上げ、豪奢な巫女服のような物に身を包む女性の姿があった。
「お待たせして申し訳ありません。筑紫ヶ丘睦月、ただいま参りました。御巫様」
「御巫……様……?」
御巫様、そう呼ばれた女性の視線が、ゆっくりと和沙達へと向けられた。
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