十三話 たまには……

 この学校に転校してきて一週間が経った。

 大人しい一般生徒を装っていた和沙だが、始めは慣れない学校生活に四苦八苦するも、新しく出来た友人のおかげで徐々に慣れ、今ではすっかりクラスに溶け込んでいた。


 ……なんて事は無く、この学校でもまた、特に意味の無い孤立をしていた。

 原因の一つとしては、やはり会話が続かない事だろう。

 会話する能力はあれど意思が無いため、何か話題を振られたとしても相槌程度で終わらせてしまう。クラスメイトもまた、珍しい転校生ということもあり、根気よく話かけてはくるのだが、結局は全員が同じ結果に終わる。

 そして、今日もまた授業が終わり、他の生徒が部活や帰路に付く中、一人で荷物を纏め、同じように帰路に付こうとする和沙だったが、この日はちょっと違った。


「鴻川、ちょっと良いかな?」


 ふと、背後から声をかけられ、振り向こうとして……やめた。その声音には聞き覚えがあったからだ。

 一瞬止まった足が再度動き出し、後ろの声に気付かないふりをして教室を出て行こうとするも、現実はそう甘くはない。


「ちょ、鴻川、ちょっと待ってくれ」


 肩を掴まれ、停止を余儀なくされた和沙は、振り向くと同時に眉を顰める。


「……何か用?」

「いやほら、鴻川もそろそろここに慣れてきた頃だと思ってね。ちょっと俺たちと遊びにでも行かないか?」

「……」


 前髪のせいで顔が表情が見えづらいが、少なくとも唐突の提案に対し、肯定的でない事は確かだ。


「美味いクレープの屋台ができたんだ。もしよかったら行ってみないか?」


 なんとも……女生徒であれば、その誘い文句でどうにかなっただろうが、何故それを男である和沙に言うのか。何を考えているのか分からない笑みを浮かべながら、立花はただ和沙をジッと見つめている。その視線に多少の居心地の悪さを感じながらも、数瞬、和佐はその提案について考える。

 行くべきか、行かざるべきか。

 普通の学生ならば、特に考える事も無く付いていくのだろうが、いかんせん和沙は普通とは言い難い。故に、色々とこうやって考えてしまうのだが、その考えている時間は相手にとってあまり好意的なものではない。

 考えた末に断るか、それとも付いていくか。好印象に取られるのはどちらか、それこそ考えるまでも無いだろう。


「……分かったよ」

「本当か! それじゃ、ちょっと待っててくれ」


 立花が足早にどこかへと向かう。その背中を見て、和佐は自身の判断が決して間違いではなかった事を祈るばかりだ。

 立花の提案に乗った理由としては、やはり彼らの覚えが良い事にメリットはあれどデメリットは無い事が挙げられる。また、ここ数日立花の様子を見て分かった事だが、彼はクラス内はおろか、学年が違う先輩後輩にも非常に人気がある。となると、必然的に所持している情報は多くなる為、彼に付き合う事でその情報を手に入れる事が出来るかもしれないからだ。

 ……まぁ、シンプルに立花から誘われた事で周りからの視線が突き刺さり、断りづらくなった、というのもあるだろうが。

 何にせよ、これはチャンスでもある。街の事をもっと知る必要があったからだ。まだこの街に来てから日が浅く、更に言うとそこまで活動的なわけでもない。故に、こうして連れて行ってもらえるのは、非常にありがたい事と言える。

 行った先で良い情報が得られるか否かは、和佐の話術にかかっている。




「なんでこの人がここにいんの?」


 立花が連れて来たのは、正面から話したのは一度だけ、それ以降は同じクラスにいながら、一切話す機会すら無かった巫女隊メンバーの真砂紫音だった。今日はモデルの仕事も無く、暇だったらしく、立花が声をかけると二言目には既に了承していた。

 そんな彼女の薄いリップで彩られた口から出たのは、なかなかに厳しい険のある言葉。人付き合いをそもそも得意としない和沙にしてみれば、そんな言葉を正面から投げかけられれば、今後話す気など起きないようなものだったが、幸いにもそれは和沙に向けられたものじゃなかった。


「あら、私がいたら何か不都合でも?」


 明らかに邪魔者扱いされたにも関わらず、その口調は嫌味なものではなく、ただこの状況を楽しんでいるようにも思える。

 腕を組み、明らかに不機嫌な表情を変えようとしない紫音の目の前に立っていたのは、睦月だった。


「そういうわけじゃなくてぇ、何で呼ばれてもいないのにこうやってついて来るんですか、って聞いてるんですけど?」

「理由? そうねぇ……訓練の時に顔を合わせる以外の紫音ちゃんが見たいのと、そこにいる和沙君……正確には鴻川兄妹の、だけど、一応は面倒を見るように言われてるの。だからこうして、悪い同級生に誑かされないか見張ってないと」


 悪い同級生とはどういう意味だろうか? 少なくとも、和佐の目からは立花は善良に見えるし、紫音に関しても、その見た目と話し方がギャルっぽい事を除けば不良というわけでもない。

 そう、和佐から見れば。


「筑紫ヶ丘先輩、その辺で……」

「そうね、あまりこんなところで無駄話をしてても仕方が無いし、そろそろ行きましょうか」

「ちょっと、何で先輩が仕切ってるんですか!?」

「うふふ……、先輩だから、よ」


 傍から見て、だが、クラスではそれなりに人望があり、その上女子生徒の纏め役のような紫音にしては珍しく、随分と声を荒げている。その様子を見て、小さく首を傾げた和沙が、ススス……と気配を消して立花へと近づく。


「……ねぇ、あの二人、仲悪いの?」

「うん? いや、そうでも無いと思うんだけど……。先輩は面倒見が良いんだけど、結構踏み込んでくるし、何よりお節介を焼いてくるから、あまり踏み込まれたくない内情を持っている人にとっては良く思われないだろうね」


「踏み込まれたくない内情……? 家庭環境とか?」

「そんなところだよ。紫音はちょっと家庭環境に問題があって、前にその辺りを突っ込まれてからずっとこんな感じかな」


 確かに、睦月は妙にお姉さんぶるところがあり、また割と人の事情に問答無用で踏み込み、お節介を焼く印象が強い。が、どうやらそう思っているのは和沙だけではなかったようだ。

 二人の口喧嘩? を後ろから苦笑いを浮かべながら眺めている立花の隣を歩く和沙。しかし、こう殺伐としていると、到底遊びに来ているとは思えない一行だ。周囲から警戒されないかどうかだけが和沙は心配だったのだが……


「ん~! これおいひい!!」


 どうやら杞憂に終わったようだ。

 立花が言っていたクレープ屋台の前には、紫音や睦月のような少女から女性まで色んな人が並んでおり、目的の物にありつけたのは、屋台に辿り着いてから十五分程経った後だった。しかし、紫音の反応を見るに、待っただけの甲斐はあったようだ。先程まで睦月に厳しい言葉を投げていた口は、今はクレープの甘さにただ蕩けている。


「おいしいわね、これ」


 睦月の方も、クレープの味に、年相応の反応を見せている。今だけで言えば、普段の姉ぶった様子は見る影も無い。


「それ一口ちょーだい」

「あ、おい!」


 さっきとは打って変わって、和やかな笑みを見せていた立花の手に握りしめられていたクレープから、到底一口とは思えない量を奪い、満面の笑みを浮かべている紫音。それに対抗して立花も紫音の手から何とか奪おうと画策しているが、そこは神奈備ノ巫女、簡単に奪われるほどガードは緩くはない。

 そんな仲睦まじい光景を眺めながら、和佐もまた無表情で手に持ったクレープを口に運んでいる。しかしながら、表情が変わらない為、その口に合っているかどうかが分からない。……いや、そもそもの問題として、和沙は腹に溜まればそれでいい、という考え方の人間だ。故に、こういった嗜好品を味わう事自体あまり興味が無いのかもしれない。


「か~ず~さ~君、えいっ」

「むぐっ……」


 不意に名前を呼ばれ、そちらに振り向くと和沙の口に何かが突っ込まれる。そして、目の前には満面の笑みを浮かべた睦月がいる。


「どう? おいしい?」

「……」


 美味か否かよりも、その表情は困惑していた。この場合、どう答えればいいのか判断しかねているのだろうか? 以前、佐曇で凪達とショッピングモールに行った際は、妨害やら略奪やらが横行していたせいで、そういったやり取りの機会は無かった。だからというわけでは無いが、和沙の反応は少々薄い、と言うよりも戸惑いの方が強いように思えた。


「……美味しい、です?」

「ほんと? 良かった」


 睦月は自身のチョイスが間違っていなかった事に喜んでいる。しかし、だ、和佐とは違い、料理も得意な睦月が選んでいる以上、間違いはまず無いだろう。


「ね、和沙君のはどんなの? ちょっとちょーだい」


 あーん、と小さな口を開けて和沙へと向ける。一瞬、本当に誰の目にも止まらない一瞬ではあったが、目の前で口を開けている少女を見て、和佐の目は何だコイツ、と語っていた。しかし、すぐにそれは鳴りを潜め、彼女の口に自分のクレープを一掬いし、放り込んでやる。


「ん~……、ん? これ、何?」

「漬けマグロ巻き」

「漬けマ……え?」

「漬けマグロ巻き」

「……」


 睦月にしては珍しい微妙な表情だ。だがしかし、そんな表情をするのも分からないでもない。和沙の味覚がおかしいのはその料理の出来を見てから分かっていた事だが、こんなものを販売している屋台の方にも問題はある。味としては極端にマズいといった事は無いが、それでも合うか否かと言われれば合わないと言い切れる妙ちくりんな味である事には変わりはない。


「……なんでそれ選んだの?」


 もしかすると空腹だったのかもしれない。思えば、そろそろ夕食の時間でもある。いくら味を気にしない和沙だとしても、空腹には勝てなかった、と言われれば納得のしようはあるのだが……


「……見え見えの地雷って、踏みに行きたくならないですか?」

「…………」


 完全に予想外の言葉に、睦月は和沙の本質を垣間見た気がした。

 普段あまり話さないだけに、こうしてスキンシップの機会を得たのだが、どうやら睦月は知るべきでは無かった事を知ってしまったらしい。


「……??」


 頭を抑える睦月を不思議そうに眺めている和沙だったが、どうやら自分が失言をした事に気付いたらしい。慌てて言い訳を口にする。


「あ、いや……、こういう珍しい物って、体験してみたくなるじゃないですか?」

「うん……、まぁ、そうよね……。そのチャレンジ精神は買うわよ? でも、流石に限度があると思うの」

「あはは……ですよね」


 睦月の真剣な声色に、流石の和沙も自身のチョイスに反省の色を見せる。

 そんな二人の様子を傍で紫音と立花が目を丸くして見ていた。


「……なんか、恋人みたいなやり取りしてると思ったら、急に説教が始まったんですけどぉ……」

「でもまぁ、確かに漬けマグロは無いよなぁ……」


 立花が呟いている隣で、紫音がうんうんと頷いている。この中では少数派、と言うより、もはや異端とも言える和沙の漬けマグロ巻きではあったが、当の本人は何食わぬ顔で口に運んでいた。


「美味しいのになぁ……」

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