十二話 間
「それで、天至型ってどんなの?」
「その剣術は誰に教えてもらった?」
「佐曇には強い人、いる?」
神前に来て、初めての訓練からの帰り道、いつも通り睦月と共に並んで帰る鈴音の隣には、何故か先程から怒涛の質問攻めを繰り出す瑠璃の姿があった。その隣には、やはり口を開かない千鳥がぴったりと付いて来ている。
曰く、帰る方向が一緒との事だが、耳打ちしてきた睦月からは、方向こそ逆では無いものの、少なくとも遠回りにはなっているとのこと。
訓練所を出る直前までは、紅葉の手前、大人しく話を聞いていたが、こうして別れた以上はその必要は無いんじゃないか、と瑠璃の言葉を半分聞き流しながら自問自答していた。
その様子を見て、流石に不憫に思ってきたのか、睦月が助け船を出そうとしたその時、予想外の人物により、鈴音の悩みは解消する事になる。
「あれ? 鈴音? 今帰るところ?」
そう、声をかけてきたのは、和佐だった。どうやら、兄の方も今帰る途中のようだ。
「おかえりなさい、兄さん。兄さんもこんな時間まで何をしてたんですか?」
「え? えっと、それは……」
何故か口ごもる和沙。何か人には聞かれたくない事でもしていたのだろうか? それはこの兄妹両方に言える事だが。
「こんにちは、和佐君」
相も変わらず気さくに声をかけてくる睦月に、思わず狼狽える和沙。そこだけ見れば、女性を苦手とする初心な少年、という風に見えるが、実態は全く異なる。
「ちょうど良かった。一度帰ってからにしようかと思っていたんですが、兄さんがいるなら話は別ですね。これから夕食の買い出しに行きたいんですけど、荷物持ちを頼めますか?」
「え? あ、うん。別にいいよ」
「では……」
「帰る」
「はい?」
和沙が現れてから、それまでずっと楽しそうに鈴音に(一方的ではあるが)話しかけていた瑠璃の口が止まっていたが、ここに来て唐突に帰宅の意思が伝えられる。……というより、どこか面白くなさそうに一方的に吐き捨てる感じだ。
「あれ? 灘さん?」
鈴音が少し慌てたように呼び止めようとするも、彼女の背はぐんぐんと離れて小さくなっていく。
「どうしたんでしょうか……? 何か気に障る事でも言いましたっけ?」
「う~ん……多分違うと思うなぁ……」
チラリ、と睦月の目が和沙を捉える。唐突に視線を向けられた和沙が戸惑った表情を浮かべるも、睦月はただ苦笑いをするだけで何も言わない。
「……??」
「ただまぁ、そこまで気にする必要は無いと思うわ。別に嫌われたわけじゃないだろうし。ただ、今はちょっとタイミングが悪いだけ……かな?」
「タイミング……ですか」
顎に手を当てて考え込む鈴音だったが、すぐに何かを思いついて勢いよく和沙へと振り向いた。
「兄さん……もしかして、何かしました?」
「な、何かって……?」
ズイ、と顔を和沙の目と鼻の先まで近づけると、狼狽えた和沙の顔を下からジト目で見上げている。
「例えば知らない内に失礼を働いた、とか、話した時に何かおかしな事を口走ったとか……」
「いやいやいや、失礼どころか、あの子と話した事すら無いんだから、口走るも何も無いでしょ」
「ほんとうですかぁ~?」
「本当だよ! 顔を見たのも、さっきので二回目だし……多分」
「と、言っておりますが、どう思いますか? お姉さま?」
「そうねぇ……和沙君が原因なのは明らかなんだけど、多分何かしたとかじゃないのが厄介ねぇ……」
どうやら和沙自身が問題なのであって、行動が問題なわけではないようだ。それはそれでまた謎が出てくるわけだが、解決策が思い当たらない以上、これ以上その事に頭を痛める必要は無い。
「まぁ、あの子に関してはまた後でどうにかするとして、買い物に行くのよね? お姉さんが手伝ってあげる」
「ホントですか!?」
先日の一件から、料理に関しては睦月にかなり依存していた。と言っても、あくまで指導関連の話であり、料理自体は兄妹二人の力でどうにかなっている、と言うのが実情だ。鈴音の腕は多少向上したものの、和佐の方はほとんど変わらない。とはいえ、和佐の方はある程度食べられるし、後は味付け次第だった為、そこまで手を入れる必要は無かった。……つまるところ、相変わらず雑だと言う事だ。
「和沙君も、もう少し繊細な味に調整できるようになれば文句は無いんだけど……ちょっとねぇ……」
食べられればそれでいい、という思考回路には、睦月を悩ませるには十分なものだった。味付けと言って塩の塊を投入する光景など、そう何度も見たいものではないだろう。厄介なのは、それで本人は大真面目だから更に質が悪い。
和沙の味覚の矯正は早々に切り上げ、鈴音の方に力を入れ始めた睦月は、最初からこちらを見ていれば良かった、と後悔したそうな。
「今日は何作るの?」
「どうしましょうか? 昨日は煮魚だったし、今日は……」
近くのスーパーへと向かう二人の背中をぼんやりと眺めながら和沙もその後を追う。前方で今日の夕食談義に花を咲かせている二人の後ろの和沙が考えているのは、瑠璃の事だ。
先ほど和沙に向けられた彼女の目、あの視線には明確な敵意があった。それこそ、抜き身の刃かと一瞬警戒すら見せた程だ。しかしながら、和佐には彼女から敵意を受けるような覚えは無い。会話をした事すら無いのだ、何をどうして敵と認識されろと言うのか。
……いや、もしかすると、彼女は和沙の知らない場所で、和佐を敵と認識するように仕込まれたのかもしれない。となれば、今現在行っている調査がバレた可能性もある。しかし、そうであれば自分の元に何らかの接触はあるだろうし、鈴音もまた、こうして呑気に買い物など行く事など出来ないだろう。可能性としては、泳がされている、と言う事か。
「……まぁ、今考えても仕方ないか」
少なくとも、今最も警戒すべき睦月からは何も感じられない。それは即ち、今ここで事を起こす事は無い、と言う事だ。
「兄さん? どうしたんですか? 体調でも悪いんですか?」
いつの間にか考え込んでその場で立ち止まっていたらしい。心配した鈴音が下から和沙の顔を覗き込んでいる。
「ん? あぁいや、なんでもないよ」
鈴音に要らぬ気苦労は負わせられない。彼女には、しっかりと陽動をこなしてもらわなければならないのだ。
「ならいいんですけど……」
やはりどこか心配そうだ。慣れない土地で疲労が出たと思われているのだろうか? しかし、別段和沙は体が弱いわけではないし、今は妹から受け継いだ力もある。そう簡単に体調を崩す事は無い。
「大丈夫だって。ほら、行こ」
鈴音の背中を押し、自分が元気だという事実を示す。
が、その後も妹から向けられる視線からは、心配の色が消える事は無かった。
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