十四話 潜入捜索

 織枝から休みにも関わらず仕事を押し付けられた和沙は、これまた休みにも関わらず律儀に鴻川家へと来ていた睦月に悪態を吐いた後、食事も摂らずに家を出る。途中で軽くパンでも買って行けばいい、などと軽く考えてはいたが、よくよく思い返すと、街の四分の一に近い面積が封鎖状態に陥っているのだ。流通ルートは制限され、コンビニであろうとその品数が満足に揃っているとは限らない。完全に予定が狂った和沙は、店にある水のみを購入し、それを口に含みながら目的の場所へと向かう。


 6511114。それが郵便番号であるならば、その場所はかつて鈴蘭台と呼ばれる住宅地があった場所だ。今では巨大な発電施設が立ち並ぶ地区になっており、付近に住宅などは存在しない。この施設があるおかげで、この付近を避難場所に指定する事が出来ないと織枝が密かに愚痴をこぼしていた。

 そんな大げさな、とは和沙も思ったが、今日改めて来てみる事で、これは避難場所にするわけにはいかないな、と納得する。

 デジタル化が進んだ現代において、消費電力というのは二百年前に比べて数倍に膨れ上がっている。それも、一部の機関、施設ではなく、一人一人の使用量がそれなのだ。当然、これまで賄ってきた電力では到底足りず、それを一挙に担えるだけの巨大な施設が必要になる。それがここ、御前市第一発電所、というのだが……その広さはとんでもないものだった。流石は現この国の首都の電力を一手に引き受けているだけはある。……のだが、同時にその広さは別の用途にも使えそうな気がしてならない。


「さて、そんじゃどこから侵入しますかね……」


 ライフラインの一つ、更に言えば一番重要とも言える施設だ。当然、警備なども厳重で、そこかしこに最新鋭の警備設備が見え隠れしている。

 今は昼、真正面から入る事も出来るが、それはあくまで正攻法での話だ。疑われる可能性も少ないが、必要な物は多い。ならば、と警備システムの隙間を付くとも考えたが、三百六十度、全方位をカバーするカメラに、フェンスの上には動体感知システムがこれまた高さ何メートルにも渡って設置してある。飛び越える事は出来ても、目立つのは確実だ。

 監視カメラの隙間を縫う事も不可能。なら、出来る事は一つだけ。これらの警備システムも、結局は電力をしようして動いている。一時的でもいいので、その電力を遮断する事が出来れば、これらは効力を失う。そして、和沙にはそれが可能だ。見る人によっては不自然ととられる可能性も高いので、迂闊にとれる手段ではないが、この際贅沢は言ってられない。

 しかし、だ。


「たかが電力にここまでするか……?」


 確かに、電気は重要だ。この街の八割を動かしている重要な存在と言ってもいい。だが、それにしても警備があまりにも厳重過ぎる。フェンスの上などは、せいぜい有刺鉄線でも張っていればまず人が入ってくる事は無いのだから、動体感知センサーなど不要のはずだ。


「こいつは……ビンゴか?」


 淡い期待を抱きながら、監視カメラが固定されているポールへと手を伸ばす。ほんの一瞬、蒼い光が和沙の手のひらから迸る。すると、和沙の頭上にある監視カメラが動かなくなり、そのまま沈黙する。

 とは言っても破壊したわけでは無い。単に回路に邪魔をするように神立を流し、一時的にショートさせただけだ。これほどのシステムなら、十秒もあれば復旧するだろう。その間にフェンスを駆け上がり、監視カメラの上を飛び越え、敷地内へと足を付ける。和沙が施設の中に入る頃には、既に監視カメラは復活しており、再び上下左右前後にくまなくレンズを向けている。

 おそらくは動作確認だろう。その間に近くにあった扉から中に入ろうとするが……認証システムのおかげで入ろうにも入れない。


「……仕方ない」


 これは祭祀局に忍び込む事で磨かれたダクト移動法を使うしかないか、などと考えていたが……。


「これでいいじゃん」


 先ほど監視カメラをショートさせたのと同じ原理で認証システムへと神立を流す。すると、運がいいのか、それとも計算づくなのかは分からないが、解錠音が鳴り響き、扉が開いた。

 中を覗き込む。人らしき影は無い。どうやら向こう側から開いたわけではなさそうだ。改めて、中に足を踏み入れる。閉鎖的な空間らしく、試しに壁を叩いてみたところ、音が響き渡っている。これだけで判断するにはまだ早いが、電力施設にしては随分とおかしな建築方式だ。

 周囲の気配を即座に察知できるよう、細心の注意を払いながら一歩ずつ足を進めていく。だが、聞こえてくるのは自身の足音のみ。それ以外の音らしい音は聞こえない。

 妙な話だ。この時代、流石にまだ核融合なんてエネルギー源は存在しない。いや、正確には理論は立証出来ているものの、そちらに割く手が足りない、といったところか。何せ、温羅への対抗手段を開発するので精一杯だったのだ。電力の確保は従来の方法でも問題ない。故に、この建物にも水力、風力、もしくは火力のいずれかが発電の為に稼働しているはずなのだが……、少なくとも今この段階ではそういった様子は確認できない。

 地下で行われているのだろうか。であれば、この施設は水力か火力、しかしながらこの近くに水力を賄えるような水源は存在しない。なら火力だろうが、それにしては静かすぎる。

 いくら発電所とはいえ、発電だけが仕事、というわけでもあるまい。

 だが、進めど歩けど一向におかしなものは見えてこない。ただ無機質な廊下が続いているだけだ。

 やがて、何やら開けた場所に出たが、そこかしこに荷解きがされていないものや乱雑に資材が置かれているところを見るに、ここは倉庫のようだ。


「外れか」


 おそらく入る所を間違えたらしい。浅く溜息を吐きながら、踵を返そうとしたその時、ふと思い立つ。

 ここが本当に倉庫であれば、あの長い廊下は何だったのか?

 さらに言えば、資材などが置かれているから当然とはいえ、こんな何の変哲も無い倉庫に、最先端のセキュリティシステムを導入する必要があるのか?

 考えすぎ、と言われるかもしれない。いくら倉庫とはいえ、最低限のセキュリティシステムは必要だろう。だが、しかし、だ、この場所で見る事が出来るもののほとんどが、セキュリティをかけてまで保護する必要があるのか、とでも言いたくなるほど乱雑に置かれている。おまけに、よくよく見れば何やら重要そうなケースなどもあるが、そのほとんどが開封済みで、尚且つ空だ。明らかにおかしい。

 そう思った和沙は、改めて部屋の中を捜索する。壁、床、天井……、それこそくまなく、だ。


 そして……見つけた。


「いかにも怪しげなボタン発見。さて、鬼が出るか、蛇が出るか……」


 恐る恐る、といった様子は微塵も見せず、勢いよくボタンを押した和沙を襲ったのは……揺れだ。

 決して地震のような激しいものではない。何らかの装置が動く際の微細な振動だろう。それを体全体で感じながら、何が起こるのかと期待している和沙だったが、少しした後にその振動は完全に止まる。拍子抜け、と言わんばかりの表情をしている和沙だったが、入ってきた入口から出ようと、扉を開いた瞬間、別の意味で呆気に取られていた。


 地下だ。


 それも、先ほどいたような倉庫にされているわけでも無く、いかにも研究所然とした様子に、和沙は確信する。ドンピシャだ、と。

 足を踏み出す。今度は上程音が響く事は無い。だが、和沙の音が聞こえないという事は、向こうの音も聞こえないという事。全身の神経を張り巡らし、曲がる角の先や、通路の影になっている部分に人の姿が無いかを確認しながらゆっくりと進んでいく。

 ふと、この状況を織枝に報告するかどうかを考え、端末の画面を見るが、すぐにその目を戻す。別に嫌になった、とかそういった事じゃない。端末の画面にははっきりと圏外、と表示されていたのだ。報告しようにも繋がって無いんじゃどうしようも無い。

 その状態のまま、ゆっくりと通路を歩いていた和沙だったが、ようやく突き当たりに到達する。しかし、行き止まりではない。明らかに研究所のような雰囲気を醸し出している扉がそこにはあった。セキュリティに関しては上と同じだ。コンソールなども特に変わったところは無い。先ほどと同じ要領で開く事が出来るだろう。


「その前に、と……」


 念の為、中を伺う。幸いにも人はいない様子。長尾が死んだ事で閉鎖されたか、と一瞬頭を過ったが、どう見てもついさっき入れたばかりです、といった感じのコーヒーがそこに置かれていた。

 人はいる。だが、今はいない。休憩か何かで席を外しているのだろう。そう考えた和沙がコンソールに手を当て、蒼い光を走らせる。すると、ビー、という甲高い音が鳴り、扉が勢いよく開いた。

 これには流石に驚くも、運よく扉の向こうには誰もいない。小さく息を吐き、中に入る。至って普通の……と言える程見た事は無いが、特に変わった様子の無い研究室だ。どちらかと言うとオフィスに近い。おそらく、ここでは研究で得たデータを整理しているのだろう。だからこそ、データが入っているであろうメモリ媒体があちこちに散乱している。

 一つ手に取ってみる。市販で売られているものと全く一緒だ。だが、問題はガワではない、中身だ。

 試しに近くにあった端末に突っ込み、中を確認する。すると、メモリの中からは容量いっぱいっぱいになるまで研究結果と思われるファイルが詰め込まれていた。その中の一つ、ある名称が付いたファイルに和沙の目が止まる。


「第十二回適応改造計画」


 この計画の名称を、和沙は聞いた事がある。以前、和沙の正体を時彦が問うた際にその口から出たものだ。残念ながら、その時は言われた本人は何のことかさっぱりだったが、ここに来てようやくその内容が理解できた。

 ファイルの中には、これまたいくつかのドキュメントが格納されており、試しにその一つを開いてみる。何のことは無い。中にあったのは単なる実験結果や、そこに至るまでの方法、それらによって亡くなった人間の名前だ。


「……悪趣味な」


 和沙としては、そうとしか言い様が無い。

 何せ、温羅と戦う手段を得るために、温羅の身体を移植する、などと書いてあるのだ。それ以外の言葉が出てこない。

 だが、読めばこれらは野生のものを捕らえてそこからもいだ物を移植しているわけでは無いらしい。どうやら、人為的に作られた温羅の部位を移植している模様。まぁ、コストを考えれば自分達で作る方が捕らえるよりも簡単かつリスクが少ない。合理的だとは思うが、一度失敗した事を何度も繰り返すのはどうなのか、とこれを読む人は誰もがそう思うだろう。

 また、中には一時的に適応はしたものの、やがて温羅の腕から流れてくる汚染された洸力に耐え切れず、その体は醜く変形し、やがて死に至る。これは結局どのような男性を使っても変わらない事が分かったようだ。

 ならばそこでやめておけばいいものを。未だに各地で成人男性を何らかの方法で確保しては、実験体にして殺しているらしい。

 どこをどう見ても失敗としか捉えられないその報告書を見ていくと、最後の方に丁寧に名前が記入されていた。

 長尾、と。


「……これ以上の証拠は無いよな」


 もはや何も言うまい。祭祀局の裏で実権を持とうと暗躍していただけではなく、こうして過去に封印されたはずの研究を復活させ、それにより大量の犠牲を生んでいた、というのだ。本人は既にいないが、残された親族が今後どういう扱いを受けるか、想像に難しくない。

 家族には罪は無い。そう言えればかっこいいのだろうが、それを判断するのは織枝と、司法に携わる者だ。和沙が口を挟むような事じゃない。

 しかし、だ。これだけでは少々物足りない。ここは一つ、見れば有無を言わせないような証拠を掴む為、更に奥へと足を踏み入れる事にする。職員がここにいない、という事は奥にいる可能性がある。その集まりを記録する事が出来れば、織枝に対する交渉材料としても使える。

 そう考えた和沙は、出来る限り足音を立てずに奥へと入っていく。頑丈な扉によって仕切られてはいたが、ここにセキュリティシステムは無い。からしか鍵がかけられないようになっている。……となると、向こう側にあるのは、人が大勢いる場所に来るとマズイものだろう。

 扉は開いており、その隙間から覗き込む。やはり、そこには何人かの研究者といった風貌の人物が数人固まって何かをしていた。何か、というのは、その研究者らしき者達が壁となって向こう側が見えないようになっているからだ。こうやって隠れて行っている以上、人様に言えるような事ではあるまい。

 都合良く、巨大な機材のお陰で気づかれる事なく研究者の近くまで来る事が出来たが、同時に彼らが行っている事を目にし、嫌悪感を隠せない表情になる。


 そこでは、温羅の身体を切り刻み、それを興味深げに眺めている白服の集団がいた。

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