第19話 激闘の後に……

「結論から言いましょう。あれを倒し切る事は、現時点では困難です」


 警備隊のテント内で治療を受ける和佐達の元へやってきた菫は、くるや否や早速本題に切り込む。せっかち、と言うよりは、そこまで優先順位の高い問題なのだろう。いつにも増して、表情が厳しいのは、決して気のせいでは無いはず。


「困難って、どういうことですか?」


 七瀬が問い返す。当然だろう、菫の言い方では、こちらは手も足も出ないと言っているようなものだ。


「言葉が足りませんでしたね。取り敢えず、本題に入る前に、あの温羅の事を説明しましょう」

「説明? ということは、あんなのがいるって知ってたの!?」

「それも含めて説明するから、少し落ち着きなさい」


 菫に言葉に食ってかかる凪。結果的には無事だったとはいえ、死んでもおかしくない程の猛攻を受けたのだ。凪が怒るのも無理は無い。


「とはいえ、納得出来ない気持ちも分かるわ。でもね、あれに関しては、こちらでもそこまで情報を持っている訳ではないの。ましてや、このタイミングで出てくるのも全く予想出来ていなかった。そのレベルよ。現時点で分かっている情報を共有するということで許容してくれないかしら?」


「……まぁ、そういうことなら仕方ないか」


 決して納得したわけではなさそうだが、落とし所を決めない限り、話が先に進まないと思ったのか?凪が渋々といった様子でこの場は引き下がる。


「ありがとう、藤枝さん。それで、あの温羅だけど……、これまで貴方達が倒してきた温羅は、それぞれ大きさによって呼称が異なっているのは知っての通りだと思うわ」

「個別の呼称ではないとすると、小型、中型、という事ですよね?」

「そう。けど、考えた事はなかったかしら? 小型、中型と来れば、次はどうなるのか」

「それって……、大型って事ですか?」

「その通りよ、大須賀さん。大型温羅、それが、貴方達が戦った温羅の一般呼称」

「大型……」


 そこにいる者全員が言葉を無くす。中型の時点で、倒す事は可能だとしても苦戦は免れなかったが、その上更なる強敵と思われる大型なるものが確認された。

 先程の戦闘では、手も足も出ずに完敗した。この事を考えると、中型とは比べ物にならない程の苦戦が予想される。いや、もはや確定的だ。


「この大型だけど、確認されている事が珍しく、全国でも討伐報告はほとんど無いわ。直近だと、神前市(みさきし)に本拠地を置く祭祀局本部に所属する巫女が、二年前に一体倒した記録があるだけね」

「……それ以外の情報はあるのでしょうか?」


 おそるおそる発言する仍美に、しかし菫は横に首を力なく振った。


「近代だとほとんど無し。あるとすれば、二百年前の大防衛戦の前まで遡る必要があるわ」

「大防衛戦って、ミカナギ様ですか?」

「えぇ。大防衛戦もそうだけど、その直前まで小型中型だけじゃなく、大型の存在も数多く確認されているわ。その資料がどこかに残っていればいいんだけど……」

「いかんせん、二百年前の事ですからね……。ですが、情報が無ければ手詰まりなのは変わりません」

「分かっているわ。今、その情報を情報統括部に探させてる。時間は掛かると思うけど、必ず何かを見つけてくれるはずよ」

「そう上手くいけばいいんだけどねぇ……」


 凪の一言で、再びテント内が重苦しい空気に支配される。普段ならポジティブな日向も、今ばかりは場の雰囲気に押されている。

 が、何処にも例外というのはいるものだ。


「でもさ、凄いよねミカナギ様って! あんなおっきな敵をバンバンやっつけてたんでしょ? あたし、戦ってみたい!!」

「戦ってみたいってあんた……」


 凪が風美の空気を読まない反応に呆れるが、同時にその顔には小さくではあるが、笑みが浮かんでいる。


「何はともあれ、今後は温羅との戦闘が激化する可能性があるから、それだけは理解しておいて頂戴。とはいえ、無理もしないように。……大型は本当に強いから」


 机の上に資料を置くと、菫はそのままテントを後にする。残された一同は、菫が置いていった資料に目を通す。それは、菫が言っていた二年前に本局所属の巫女が倒したと言われる大型に関する資料。

 「神童」が率いる本局巫女隊は、歴代最強と呼ばれる一人の巫女を中心として討伐計画を実行。巫女とは別に本局のみに存在する「守護隊」を交えて実に三日間に及ぶ激闘の末、大型温羅を撃破する。

 被害は、守護隊のメンバーが十八人殉職、巫女隊のメンバーも当時副隊長を務めていた少女が死亡。他、五十名近くが負傷したと記載されている。

 風美のおかげで明るくなったはずのテントの中だったが、その資料に目を通してしまったおかげで、再び陰鬱な空気に落ち込んでしまった。




「……で、頼んでいたものは?」

「こちらに」


 祭祀局佐曇支部、支部長室。

 いかにもお偉いさんが使っているような、重厚なデスクと椅子に座った時彦が、今しがた部屋に入って来た菫から一台の端末を受け取った。


「ご苦労。やはり、ここ最近は少しばかり異常だな」


 時彦が手に取った資料に目を通す。その内容は、最近の温羅の出現傾向だ。


「以前までは、ここまで頻繁ではありませんでした。ましてや、二週間に一度なんて、ここ数十年近く記録されていません」

「そうだな。私も知っている限りでは、このような頻度での襲来は記憶に無い。近いもので、せいぜい本局の大型襲来直前くらいのものだ」

「大型……、そうですね。今思うと、あの頃の襲撃は、まるで大型が来る前の露払いのようにも思えます。ということは、今回も?」

「恐らくは。そうなると、この街は二百年前の再現となりかねないが……」


 二百年前、つまりは大防衛戦の事だろう。記録によれば、その規模は過去最高などというレベルではなく、もはや温羅側にとっての総力戦とまで言われているレベルだ。今の佐曇市では持ち堪えるなど不可能だろう。


「本局への報告は?」

「指示通り、最低限に留めています」

「よし。あの子の件もある以上、迂闊に本局に存在を悟られるわけにはいかん。以降も、本局への報告は最小にするように」

「承知致しました」


 祭祀局も一枚岩ではない。それは今も、昔も同じ事だ。


 二年前の大型討伐以来、本局の影響力が飛躍的に高まっている。そのせいか、各地の支部に対し、余計な横槍を入れてくる事も多くなった。

 強大な敵を打倒する、とはそういう事だ。自身の力を見せつける絶好の機会とも言える。

 しかしながら、佐曇の戦力はそこまで恵まれているわけではない。それぞれの実力はそれなりに高いものの、状況を容易にひっくり返せるほどのものを持っている巫女はいない。利権目当てでねじ込んだ和佐が、多少奮闘しているものの、たかが知れている。

 本局に応援を頼むか、それとも無駄な介入を避け、佐曇市だけで対応するか、非常に頭が痛くなる案件になっていた。


「そういえば」


 時彦が腕を組んで悩んでいるのを、多少は緩和しようとしたのか、菫が別の話題を振ってくる。


「和佐君の素性の件ですが」

「裏は取れたか?」

「いえ……。ただ、支部長の仰っていた計画に関わっていた者の中に、似た人物を発見しました」

「そうか、やはりか……」


 時彦が触れていた端末の画面が切り替わる。そこには、赤い文字で「適応改造計画」と記載されていた。


「調べていて非常に気分が悪くなりましたので、特別手当を申請したいところですが……」

「気持ちは分かる。それとなく受理しておくから資料を出してくれ」

「承知致しました。……それよりも、この計画の内容なのですが」

「人を救うためには、非人道的な行為も許容されるとは、なんともあべこべな話だな」


 適応改造計画。その内容はシンプルに言えば、男性でも洸珠の力を使えるようにするものだ。

 口にしてしまえば、そんな事か、と思われるだろうが、この計画では時彦が口にしたように非人道的な実験が数多く行われていた。

 洸珠を使う為には燃料となる洸力は必要になる。が、それを生成する事が出来るのは女性だけ。実験の一部ではあるが、その条件をクリアする為に、予め洸力を充填しておいた洸珠を強引に男性の体に繋ぎ、これまた強制的にパスを繋いだ、という実験資料が残されている。

 結果など、言うまでもない。失敗だ。更に言うと、その場は散々たるものだったとの事。

 生成する器官が無い体に、制御する能力等ありはしない。強引に繋げられたパスを通して送られた洸力は、男性の身体を内側からズタズタにした。辛うじてガワは保っていたが、その中身はミンチの方がマシ、という惨状だったそうな。

 こういった実験が数多く繰り返され、最終的に成功例はゼロ。この計画に有用性は無しと判断され、事実上の打ち切りとなった。


「しかし支部長、この計画は五十年以上も前のものです。仮に、彼が成功例の一つだとしても、加齢が無いのはあまりにも不自然……」

「本当に、その当時計画が打ち切られていれば、だがね」

「ッ!?」


 菫も薄々は感じていた。資料上、記録上では打ち切られてはいても、秘密裏に続けられているのではないか、と。


「祭祀局は一枚岩ではない。それは先程の話からも分かっていたはずだ。そういった

情報を表に出していないところが二つ三つあったとしても、私は驚かんよ」

「あまり気分の良い話ではありませんね……」

「そこには同意する」


 今の話が実際に行われているのだとすれば、未だ数多くの犠牲者が生まれている事になる。ただでさえ、温羅の襲撃による犠牲は少なくはない。人を守る為に人を殺す、とは全くもっておかしな話だ。


「そうなると、最悪和佐君を取り返そうとする動きが……」

「あるやもしれん。こちらでも最大限警戒はしておくが、そちらも油断はせんようにな」

「承知しております」


 菫が力強く頷く。今では、一介のサポートスタッフに過ぎないが、彼女も過去には候補生として訓練を積んでいた。残念ながら、本隊への参入は叶わなかったが、それでも戦闘力自体は一般人よりも高い。

 一通り報告すべき事が終わり、菫が一礼した後に部屋を後にする。時彦はその後ろ姿を見送っていたが、ドアの向こうに消え、完全にに見えなくなると、大きな溜息を吐いた。


「全く、酷な話だな」


 その視線の先には、嫌がる息子を含んだ一家四人の姿の写った、写真が立ててあった。

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