第18話 新たな脅威 後

「これで……、三体目!!」


 勢いよく振り下ろされた刃が、温羅の炉心を両断する。

 流石に数が多いため、苦戦はしたものの連携を駆使してほぼ全てを殲滅した。残るは、最初に陣形を敷いていた時、一番後方にいた一回り大きな中型一体のみ。


「はぁ、はぁ……、流石にキツイわね……」


 和佐の隣で凪が息を荒くしている。無理もないだろう。いくら分断したとはいえ、全員で片方を集中的に攻撃していては、もう片方と合流してしまう可能性があった。それを考慮し、和佐と凪が足止めを行っていたのだが、これが想像以上にキツイ。


「最初にビルで一体倒せたのは幸運だったかもな」

「全くね。あれのおかげで数が均等になったし、なにより中型が一体減るってのが大きいわ」


 息を整えながら、残り一体を見据える。

 この中型、先ほどから和沙も凪も、横目で確認しながら戦っていたが、何故か一切攻撃をしてこなかった。もう一体の中型の援護に入るわけでもなし、ただジッと観察しているようなその様子に、二人はえも言われぬ不気味さを感じていた。


「……じゃ、行くぞ」

「防御は任せなさい。どんな攻撃もしっかり防いでやるわよ」


 なんとも心強い。この調子が常に続いてくれるのならば、自分の負担も減るのに、とは口が裂けても言えない和沙であった。


「それじゃ、吶喊……!?」


 凪が守ってくれる、そう信じて前に進もうとした瞬間、温羅が動きを見せる。ずんぐりとしたその体の中から、機械のような駆動音がしたと思ったら、今度は機械的に温羅のあちこちが開く。その様子は、まるでハッチが開き、攻撃準備が完了した兵器のような……


「マズイ、和佐!!」


 凪が何かを察知し叫んだ瞬間、温羅のハッチ部分から何やら棒状のような物が飛び出した。それを見た和沙は、すぐさま凪の後ろに滑り込む。


 刹那、爆音が一帯を支配した。


 周囲の建物が原型を留められないほど破壊され、いたるところに火の手が上がっている。倒壊していたビルも木っ端微塵に破壊され、その向こうには和沙と凪以外の四人が土埃にまみれた姿で驚いたような表情を浮かべている。


 そして、当の二人はというと……


「い、つつ……。何だよあれ、馬鹿じゃないのか!?」

「直撃はしなかったけど、流石に爆風でめくられたわね……。ちょっと、喉がやられたかも……」


 無傷ではないものの、無事のようだ。凪の盾は当然として、咄嗟に和沙が張った結界が上手く機能したのだろう。せいぜいかすり傷程度で済んでいる。


「先輩! 和佐君!」


 七瀬が珍しく大声を張り上げながら走り寄ってくる。他の三人も同様だが、目の前に鎮座している温羅から目を離さない。


「何があったんですか!?」


 和佐が凪を瓦礫の後ろへと引っ張る。そこに近づいてきた日向の質問に、二人は上手く答えられない。


「……分からない。変な棒状の物を発射したと思ったら、いきなり爆発して……」

「棒状? 爆発?」

「結構スピード出てたわよね? あれじゃまるで……」

「小型のミサイル、ですね」


 七瀬が動きを見せない温羅を窺いながら、凪の言葉に続ける。非常に小さくはあったが、あれは確かにミサイルと呼んでもおかしくはないものだった。


「あたしもミサイルには勝てないかな~」

「だったら何に勝てるの、お姉ちゃん……」

「でも、ミサイルかぁ~……、前にもビーム撃ってくる敵がいたけど、なんだか未来の武器みたいなのを使う敵ばっかりだね」

「温羅の生態は未だ不明……。もしかしたら、未来から来た存在なのかもしれませんね」


 各々が自身の考えや感想を言う中、和佐はこの惨状を作り出したあの温羅にのみ意識を集中させている。


「なんにしろ、あいつをこれ以上進ませるわけにはいかない。意地でも止めないと、一般人に被害が出かねない」

「そうね、それだけは避けたいところよね」

「それじゃあ、どうしましょう。あの温羅、動きませんけど今のうちに攻撃を……」

「? どうしたの仍美?」


 確認の為、顔を出していた仍美の表情が凍り付く。すぐさま一同が彼女の視線の先を追うと、驚くべきものがその場所に存在していた。


「何、あれ……」


 戸惑いの言葉を口にしたのは一体誰だろうか。

 和佐達の視線にいるのは、ミサイルを撃った後、その場で一切動かなかった温羅だ。しかし、先ほどとは体勢が違う。いや、体勢ではない、形が違っていた。


「何よ、あれ……。大きくなってない……?」


 凪が呟く通り、先ほどまでは他の中型よりも一回りほど大きい程度だったものが、今では周りの建物を優に超える大きさになっている。ずんぐりとしていた姿は多少スリムになり、より兵器感が増している。もはや、見上げなければ全体像を把握することすら出来ない。


「見れば分かる。あれは流石に”中型”じゃないだろ!」


 和佐の悪態も、温羅の体から発せられる機械音にかき消される。先ほどと同じように、体中の色んな場所が開き、今度はそこから弾頭のような物が覗いているのが見える。


「ッ!! 全員、防御態勢!!」


 急いで凪が指示を出し、自身も盾を構える。さっきの物よりも倍以上はあるかと思われるミサイルの襲来に耐えるため、各々が結界を張り、攻撃に備える。


 ――■■■■■■――


 全ての発射口が開いたのか、それと同時に衝撃波を伴うレベルの大きな咆哮が温羅から発せられる。


「ぐぅ……っ!?」

「ぐ、キッツ……!」

「……っ!!」

「流石に、これは……」

「お姉ちゃん……!」

「これ、ぐらい……!!」


 咆哮が鳴り響き、ようやく衝撃波が収まった……、次の瞬間


「来るわよ!!」


 ミサイルが、発射された。


 まるで家庭用の打ち上げ花火でも打ち上げたのかと思うほど、チープな音がいくつもなり続ける。しかし、その一つ一つが凶悪な破壊力を持った花火だという事を、和沙達は理解していた。

 再び鳴り響く爆音。その数は、先ほどの量とは比較にならない。まるで、この周辺を焦土にする気かと思うほどの勢いに、一同はただ、耐え続ける事しか出来なかった。




 土埃が晴れ、ようやく和沙達がまともに動けるようになったのは、爆撃を受けた十分ほど後のことだった。

 瓦礫の下から這い出た和沙が、周りを見回す。廃墟、と呼べるほどの建物が立っていた場所には瓦礫が積みあがっており、舗装された道路もクレーターまみれで、畦道の方がまだ歩きやすそうだと思うほどだ。

 自分達が隠れていた瓦礫も、今はほとんどが吹き飛ばされており、その上に新たな瓦礫が積み上がっている。どうやら、和佐達はその下敷きになっていたようだ。


「た~す~け~て~……」


 随分と間の抜けた声が聞こえた。そちらの方へと視線を向けると、大盾と、それを必死に引き寄せようとする緑の衣装に包まれた手が見えた。


「……これに押しつぶされてよく生きてるな」


 変身している間は、身体能力が強化され、かなりのパワーを発揮することが出来るが、その状態でも凪の上に乗っている瓦礫を撤去するのは苦労を極めた。むしろ、これを撤去した和沙よりも、これが上に乗っていた凪の方が異常と言えよう。

 改めて周りを見回すと、まだ下敷きになっている者がいる。声は聞こえないが、見えている体の一部がもがいている事から察するに、死んではいないようだ。

 ふと、和佐が道路の先へと視線を向ける。自分達が半壊した状態で、先ほどの温羅に攻められれば今度こそ死は免れない。そう、思っていたのだが……


「……消えた?」


 そこには既に温羅の姿は無かった。もしかすると、既に和沙達を素通りして、街の方に行った可能性もあるが、そうなるとあの大きな姿は非常に目立つ。建物が軒並み破壊され、視界が開けている今ならなおさらだ。しかし、どこを見回しても、温羅の姿は見受けられなかった。


『……こえますか! 応答してください! 応答してください!!』


 観測担当官の声が聞こえる。その元を辿ると、凪の端末に行き着いた。


「呼んでるぞ」

「あぁ、うん、ちょっと待って。まだクラクラする……」


 凪の事は放っておいて、和佐は他のメンバーの発掘作業に移る。


「よっと……、元気か?」

「あはは……、元気ですけど、色んなところは痛い……」


 さしもの日向も、今回ばかりはいつものはつらつとした様子は鳴りを潜めている。

 続いて、七瀬、風見、仍美を地中から引き摺り出す。それぞれ傷を負っているものの、そこまで大きな怪我は無さそうだ。


「あの、温羅はどうなりました……?」

「消えた」

「消えたって……」

「少なくとも、ここから先へ突破はしてないみたいだ。あんな巨体、そうそう簡単に見失わん」


 七瀬は呆気に取られているが、実際にあの温羅の姿は影も形も無い。


「目がぐるぐるする~……」

「すごい衝撃だったもんね……。お姉ちゃんは怪我は無い?」

「んー、色々擦りむいてるくらいかなぁ?」

「そう、なら良かった……」


 あの双子も、ある程度は回復したようだ。ただ、仍美は姉の事ばかりではなく、自分の事をもう少し気にした方がいいだろう。見た目だけなら、風見よりも酷い状態だ。


「あー……、みんな、大丈夫?」


 観測担当官との通信に対応していた凪が和佐達の元に駆け寄ってくる。


「温羅の反応は?」

「無いみたい。私たちに派手にぶちかましてどっかに消えたってさ。その事も含めて話がしたいから、さっさと戻ってこいって」

「人使いの荒い事で……」

「全くよね」


 一同は、ボロボロの身体を支えあいながら、外へ向かう。討伐失敗という、何とも情けない土産を持って。

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