六話 襲撃

 集合場所に到着した睦月は、既に集まっていた彼女の従巫女の子達と、少し離れた場所にいた瑠璃と千鳥の二人を交えて今日これからの予定を口にする。

 やる事は単純明快だ。自衛軍が壁を立てている間、襲ってくる温羅を片っ端から足止めする事、それが彼女達の役割だ。

 しかしながら、事前に話を聞いていたのだろう。守護隊の面々の表情にはかなり緊張感が漂っている。現在壁の建設が進行している中で、この場所が一番温羅の攻撃が激しく、建設が難航していた。だからこそ、主力をここに集中し、更には秘密兵器まで用意したのだ。出来れば今回で終わらせたい、というのが睦月の内心だ。


「予定通り、私と瑠璃ちゃん、そして千鳥ちゃんが前衛で、貴女達は各々サポートに回ってもらいます。無理はせず、怪我をしない事を第一に、建設が終わるまでなんとか持ちこたえましょう」

「「はい!!」」


 直属の従巫女達は、睦月の言葉に力強く頷く。紅葉のようなカリスマや、瑠璃のような天性の才能は持ち合わせてはいないが、こういった部隊運用や要所要所の冷静な判断力は睦月の長所と言える。


「……私達はどうすればいい?」


 前衛をする、という漠然とした役割は振られたものの、具体的な指示は無い。その時その時に出せばいいと思っていた睦月は、瑠璃の質問に困った表情を浮かべた後、二人に改めて指示を出す。


「二人は遊撃が主になるわね。敵を見つけ次第撃破……が好ましいんだけど、後が辛いと思ったらすぐに私達のところに引っ張ってきて。出来る限りの対処はするわ」

「辛いなんて事は無い。ただ、敵を見つけたからって、突っ走るのは良くないと思ったから……」

「……」


 睦月が珍しいものを見た、とでも言いたげな顔で瑠璃とその隣にいる千鳥の間を何度も往復する。彼女の知っている瑠璃は、敵と見るや一目散に飛び掛かり、敵を撃破するまで戻って来ない、という印象だった為か、これは予想外のようだ。それだけ、あの戦いが彼女を変えたという事か。それとも、根っこがこうだったのを、あの男が呼び起こしたのか。


「千鳥ちゃんは? どう思う?」


 おそらくではあるが、瑠璃の変化に気付いているのは睦月だけではない。彼女を一番近くで見ていた千鳥などは、真っ先に気が付いていただろう。


「……特には。瑠璃ちゃんがやりたい事をサポートするのが私の役目なので」

「ん~、そうかぁ」


 反対に、千鳥は以前と何一つ変わっていない。彼女はあくまで自身の役目に徹している。それが、彼女本人の意思なのか、それとも家が関係しているのかは分からないが、それでいいのならば、無理に触れるべきではない、と睦月は判断する。

 実のところ、ここ最近変化が見られるのは瑠璃だけではなかった。

 紅葉は和沙に負けたのが相当悔しかったのか、普段壁の建築のサポートをしているにも関わらず、訓練も同時にこなしている。もともと真面目一辺倒の人物ではあったが、ここ最近は異常と思える程に訓練に打ち込んでいた。見ている瑠璃達が少し引くレベルで。

 明はそんな紅葉に付き合っている。……というよりも、彼女とまともに打ち合う事が出来る人間が少ないから、頼まれて仕方なく、といった感じだろう。紅葉と明は現場が同じ場所になる事も多いので都合がいいからかもしれない。そうすると、彼女も特に変化が無いように見られる。

 だが、一番変わったと思えるのが紫音だろう。彼女の事情は薄々気付いてはいたものの、本人が話さない以上は触れるべきではないと考えていたせいか、その真意を測る事を睦月は出来なかった。しかしながら、和沙がそれを暴いてくれたおかげで、気軽に話す事も多くなったが、ここ最近は悪態のような口調で相談事を持ち込まれる事が多い。他の上級生がこういった事を得意としていなかったり、彼女の交友関係があくまで仮初だったりで気軽に話せる相手がいなかったからかもしれない。これに関しては、睦月は喜んで相手をしていた。何せ、面倒見の良さだけは、彼女自身も胸を張って言える長所なのだから。


「二人の動きは二人に任せるわ。でも、無理だけは駄目よ? 和沙君にやられたみたいに、ぼこぼこにされるかもしれないからね」

「「……」」


 二人が同時に反応する。が、その反応は別々のもので、尚且つ非常に対照的だった。瑠璃は和沙の名前を出した途端、何か期待するような目になり、千鳥は反対に不機嫌になっている。以前瑠璃が和沙にあからさまな嫌悪感を見せた時は特に反応しなかった事を見るに、どうやら彼女をとられるかもしれない、と危惧しているようだ。いわゆる嫉妬である。


「残念だけど、今日はにはいないわ」

「なんだ……」

「……」


 瑠璃は肩を落とし、千鳥は普段通りに戻る。二人はよく色んな人から反応が薄いだの、感情の起伏が少ないだのと言われる事が多いが、こうして見ると非常に感情豊かなのが分かる。反応が薄い事に関しても、自身が関心の無い事に無反応なのはどんな人間でも同じ事だろう。それぞれその対象が違うというだけで。


「この話はここまで。さて、私達が動かないと自衛軍の人も、従巫女のみんなも仕事が進まないから、早く行きましょう」

「……」

「……承知しました」


 どこかぶー垂れた様子の瑠璃と、普段とさして変わらない千鳥を連れ、睦月が件の場所へと向かう。

 先に向かっていた自衛軍と合流し、到着した睦月達の目の前に広がるのは、そこかしこにひしめき合う温羅の群れだ。しかしながら、それらは居住区へ向かう事もせず、ただその場でうろうろとしているものの、襲撃の意思は見せていない。……いや、指示されていないのだろう。


「時間はどれくらいで?」

「順調にいけば三時間程で出来ますが……、あれを見てつつがなく、というのは無謀でしょうね……」


 自衛軍の士官が目の前に広がる温羅の絨毯を見て溜息を漏らす。軍人ではあれど、敵わない敵というのは存在する。否、軍人だからこそ、そういった相手をどう扱うかで自分達の勝敗……生死が関わってくるのだ。この場において言えば、あの温羅の群れは、間違いなく彼らにとって脅威以上の死地となる事は確実だ。


「三時間……、難しいとは思いますが、出来る限りはやって見せましょう」

「お願いします」


 頭を下げ、士官は下がる。これから彼らは壁の建設にあたる。戦えないわけでは無い。実際、建設に必要な機材だけではなく、武器を手にしている自衛軍兵士も多い。が、それらはあくまで気休め程度にしかならない。小型を追い払えれば御の字、といった程度だろう。迎撃は巫女と従巫女、彼女達の領分だ。防衛線を突破されれば、下がるしか方法は無い。そのうえ、ここはこれまで彼らが建設を担当してきた現場の中でも、最も温羅が多く、建設難易度が高い場所だ。ただで済むはずが無い。


「……出来る限り、か。いざという時の保険は用意してるけど、後の事を考えたら使わないのが一番だけれど、そう簡単にいくかしら?」

「?? 先輩、どうかした?」

「いえ、何でもないわ。それじゃ、各自位置に付いて。敵が動くと同時に、こちらも作戦を実行します。それまで待機を」

「「了解です!!」」


 後ろに控えていた従巫女達がそう応え、一斉に自分達の持ち場へと散っていく。念の為、睦月は自身が動かせる守護隊の部隊を最大まで動員しているが、これでどうにかなるとは思えない。いや、逆にどうにかなっては困る。


「……憂鬱だな」


 プレッシャーというのは誰でも感じるもの。それは睦月とて同じ事だ。

 ほかのメンバーには聞こえないよう、小さな声で呟くと、これまた小さな溜息を吐いた。

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