第27話 蒼雷 後

 凪達が中型温羅を倒し、ようやく一息入れ始めた辺りで、和佐が戻ってくる。相変わらず、頭から足の先までずぶ濡れだが、大きな怪我は無いようだ。


「逃げられたっ!!」


 ……当の本人は不満タラタラのようだが。


「こっちは倒したわよ。やっぱり、攻撃してこなかったわね。中にも何も入ってなかったみたいだし」

「ですが、炉心周辺にスペースがあったのが気になります。やはり、和佐君の予想通り、あれは運搬タイプだったかもしれません」

「何にせよ、ここで叩いておいたのは正解だったな……」

「そ・れ・よ・り・も」


 凪が和佐に詰め寄る。笑顔を浮かべているが、心なしか少し怒っているような気がする。


「さっきのあれは何よ」

「あれって?」

「とぼけるんじゃない! あの雷の事よ! もしかして、記憶が戻ったとか……」

「それはない」

「えぇ……」


 和佐のあっさりとした返答に、凪は落胆ではなく、戸惑いのような表情を見せる。あれだけのものを見せられて、記憶が戻っていない、などと言われたのだ、無理も無いだろう。


「つまり、あれは新しい力だと?」

「いや、そういえばこんなのがあったな、程度で記憶自体が戻ったわけじゃ無い。……とはいえ、予感、って形で色々戻ってきているような気はしないでもないが」


 あの運搬タイプ、あれに危機感を覚えたのは、おそらく記憶を失う前の経験によるものだろう。だとするのであれば、一応、“戻って”きてはいるのかもしれない。


「それにしても凄かったよね?。バリバリって、凄い音が鳴ってたよ!」

「あれだけ苦労して捌いてた足も、簡単に倒しちゃいましたしね」


 日向と風見が和佐の雷の余韻に浸っている。が、反対に仍美は何故か和佐を怯えたような目で見ていた。


「?? どうかしたか?」

「(ビクッ)!!」

「あ、仍美はね、雷が苦手なの。だからね、雨の日とかに、一緒に雷が鳴ってるとおねえちゃ?ん、って言いながら、あたしの布団に潜り込んで来るんだよ!」

「お姉ちゃん!!」

「あはははっ!」


 仍美が涙目で風見に掴みかかる。しかし、風見は大して抵抗もせずに、その場で首を前後に揺さぶられながら笑っていた。


「それにしても、雷、ですか……」


 七瀬が何やら考え込んでいる。和佐の力で何か気になる事でもあったのか。


「どうした?」

「……単純な話です。巫女の力は基本的に身体能力の大幅上昇くらいしかありません。少なくとも、過去に物質や現象を具現化する事が出来た巫女など、聞いたことが無いので……」

「ん?……、俺も別に記憶を取り戻したわけじゃないから、どうとも言えないが、本来は発現するはずのものがしなかった、というのもあるんじゃないか?」


 無い話ではない。何せ、洸珠の原点となったものは未だ判明していない。分かっているのは、一番最初の巫女が持っていた、ということだけだ。

 今、みんなが使用している物は、あくまでそれのコピーでしかない。それも、中途半端に解析され作られた、謂わば劣化品だ。


「それよりも、やたら胃の奥がムカムカするんだけど……」


 悩んでいる七瀬を放置し、和佐が胃の辺りに手を当てる。


「水いっぱい飲んでたみたいですし、胸焼けでもしたんじゃないですか?」

「何をどうしたら海水で胸焼けすんのよ……」


 日向の真剣ともボケとも取れる言葉に、思わず呆れる凪。


『ちょっと! みんな大丈夫!? 返事をしなさい!!』


 そろそろ戻ろうと言おうとした凪の懐から、聞き慣れた声が聞こえてきた。観測班ではない、これは菫の声だ。

 おそらく、こちらの現状をまだ把握していないのだろう。焦りが見えるその声に苦笑いを浮かべながら、凪が端末を広げる。


「はいはーい。こちら凪でーす」


『ッ!! 良かった、繋がった! そちらの状況は!? 今はどうなっているの!?』


「?? 終わったわよ? 私達の勝ち」


 余裕のある凪とは正反対に、端末の向こう側にいる菫が何度見てもこちらの安否を確認してくる。


『観測班のレーダーが反応していないの。こちらからはそっちの様子が分からないのよ。とにかく、全員無事なのね? なら、すぐに迎えを送るから、GPSを付けていて』


「せんせー、和佐先輩お腹いたいってー」


『医療班も待機させているわ。すぐにそちらに向かうはずだから』


 おそらくだが、通信上で余裕が感じられない菫を和ませる為に言ったのだろうが、どうやら風見の言葉は逆効果になったようだ。


「……ごめんね、和佐先輩」

「謝られても……」

「お姉ちゃん……」


 その後、菫の言葉通り、すぐに迎えと救護班が到着する。……するや否や、和佐を担架に乗せ、救急車で連れて行かれる様子を、他のメンバーはただ呆然と見ているしかなかった。

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