第28話 不穏……?

「手元の資料をご覧下さい。これは先日巫女隊が戦闘を行った大型と……、同時に出現した中型になります」


 祭祀局佐曇支部の一室。中央に円卓を置き、その周りを囲むようにして支部の中心メンバーと市の重役達が席に着いている。

 その奥で資料にいち早く目を通し、巌のような真剣な表情を作っているのは、支部局長鴻川時彦だ。


「なんだ、ただの中型ではないか。これの何が問題だと言うのかね?」


 円卓を挟み、時彦の真正面に座る小太りの男性が口を開く。確かに、中型は今ではありふれた敵だが、子供達が命を賭けて戦っている相手をただの、と言うのはどうだろうか。


「資料に目を通されたのかな市長。ここには、この中型は高速移動が可能とある。更に、内部には格納スペースもあったとか」

「だ、だからなんだ。中が空洞と言うことは、それだけ脆いと言うことだろう」


 市長と呼ばれた小太りの男性が反論する。そう、何を隠そう、この男性は終業式で挨拶をしていた来賓の一人、次の選挙での再選を狙っている佐曇市長である。


「格納スペース、私はそう言った。あの温羅は貨物車両だ。ただし、空を飛ぶがな。今回、それに気づくことが出来たのは幸いだったな。もしこれが、内陸部まで来ていたのなら、今頃こうして呑気に会議などしていられなかっただろう」

「ふん、これくらいはやってもらわなければな。なにせ、市の財源を割いてまで援助しているのだから。市民の税金を無駄遣いされているのでは困る」


 無駄遣いをしているのはどちらだ、と時彦の口が滑りそうになるが、市の協力が不可欠である以上、迂闊に口を開くわけにはいかない。ここは真一文字に引き締め、口を噤む。


「ここ最近の襲来頻度といい、大型といい、今回の貨物型といい、彼女達には負担をかけますね。ちょうど夏休みに入ったところですし、ここいらで休養をしっかりととってもらわないと」


 時彦から見て右側、眼鏡をかけた理知的な初老の女性が口を開く。

 彼女は防衛省の本土侵攻対策部ほんどしんこうたいさくぶ、佐曇研究所所長だ。毎回凪が世話になっている観測担当官はこの組織から送られている。また、大結界の維持やメンテなども担当しており、巫女に次ぐ防衛の要となっている。


「そうは言っても、ここ最近の傾向からして、インターバルはおそらくそこまで長くはない。次はいつ来るか分からんのだぞ。そう簡単に彼女達に自由行動を許してどうする。現場まで遠い、なんてことになったら、被害は確実に増えるんだぞ!」


 女性の正面に座っていた男性が声を上げる。彼は佐曇警察署署長。毎度避難警報を発令し、戦闘予想区域から住民を避難及び、その周辺を警備する警備隊の派遣を行っている。小型程度ならば相手に出来る警備隊だが、それが逆に巫女以外の戦闘要員に温羅の恐ろしさを伝える事になり、それが署長にまで伝播している。彼が危惧するのも無理はない。


「……しかし、だ。彼女達にも限界はある。休養自体はこまめに取らせてはいるが、それで体の方が回復しても、精神までは難しい。出来る事ならば、落ち着ける場所でゆっくりとしてほしいものだが……」

「今は巫女がどうのではなく、温羅の話だろう!!」


 巫女の体を気遣う時彦の言葉を遮り、市長が声を上げる。おそらく、彼が懸念しているのは、今回初めて出現した中型よりも、逃した大型の事だろう。


「あの大型がまた攻めてきたらどうする!? 次は守り切れるかどうか分からんのだぞ! 逃げるまで追い込めたのなら、何故トドメを刺さない!?」

「簡単に言うが、大型は本局でも多大な犠牲を払い、ようやく一体討伐が可能かどうか、というもの。この街に常駐している巫女では限界がある」

「ならば、本局に報告して援軍を送ってもらえばよいではないか! 何の為の祭祀局だ!?」

「……既に報告は済んでいる。『現状維持を最優先とせよ』、これが本局からの返答だ」

「なっ……!?」


 手元の端末を操作し、円卓の中心にホログラムが現れる。そこに映し出されるのは、一通のメールの中身。……確かに、そこには時彦が口にした旨の言葉が書かれている。

 が、勘違いしてはいけない。そもそも時彦は、今回の事を全て報告しているわけではない。大型を佐曇支部で独り占めしよう、などと考えているわけではなく、全て報告するとなると、必ず和沙が絡んでくる。故に、あくまで和沙が関係しない、また報告しても重要視されないものばかりを本局に回している。

 警察署長は市長と似たような反応をしているが、防衛庁所長の表情は眼鏡にホログラムが写りこんでよく分からない。が、少なくとも前述の二人と異なるのは確かだ。その証拠に、時彦は先ほどから鋭い視線を感じている。


「大型はこれまで通り、無理に倒すのではなく撃退を目的とする。また、新型に関しては逐一報告が来るように指示しているので、その辺に関しては問題無い」

「問題、大有りだ!!」


 市長が机をに手を叩きつける。


「大型が出現しているのにも関わらず、本局は我々に一切の援助を行わないと言うのだぞ! それを貴様は黙って受け入れると言うのか!?」

「本局の決定は支局の決定でもある。あまり我儘を言って、こちらの立場を悪くするわけにもいかない。戦力に関しても、現在候補生の本隊採用を進めている。……温羅共を根こそぎ殲滅するのは不可能だが、押し返すくらいの事は出来るはずだ」

「ぬぐぅ……」


 市長の懸念も分からないでもないが、現状対処方法はそれなりにある。例え、本局からの応援が無くとも、先日と同規模の襲撃なら巫女本隊を含め、遣りようはいくらでもある。さしもの市長も、時彦の説得に納得せざるを得なかったのか、しぶしぶといった様子で席に座る。

 ……そもそも、本局が応援をよこさないのは目の前の男が原因でもあるのだが、それを知るのはこの場でも本人とその傍に控える菫のみだ。


「……候補生は、今何人いましたっけ?」

「全員で二十名ほど。本隊に比べると多いが、そもそも他の街ではこの倍以上はいる。……この街は少し前まで平和だったのだ。今から候補生を増やしたとしても追いつかないのは目に見えている」


 所長が手を口に当て、考える仕草をする。相変わらず、光が眼鏡に当たり、上手く表情が読み取れない。


「本局には、本隊とは別に候補生で構成される『守護役しゅごやく』があったはずです。こちらでもそれを採用してみてはいかがですか?」

「考えた事が無いわけではない。……が、コストがかかり過ぎる。防衛隊の武器でさえ、開発にはそれなりの予算と時間を要するのだ。守護役の装備となると、それらを遥かに超える恐れがある」

「本局はスポンサーも多ければ、浄位じょういの信者による寄付もありますからね。財源はこことは比べ物にならないでしょう」


 浄位、この言葉に時彦は眉を顰める。

 これは、現在祭祀局本局にて、祭祀局全てに対する絶対命令権を持ついわば最高権力者を指す位となる。祭祀局が設立された当時から、これまでその位を名乗れたのはとある一族のみ。

 御巫家、そう、「ミカナギ様」の血族である。

 現在の浄位も同じく御巫家より選定された女性の一人で、照洸会しょうこうかいと名乗る宗教団体から神と崇められ、本局に寄付し、その財源に多大な影響を与えている。

 それにしても、かつてはこの土地で大防衛戦を戦い抜いたミカナギ様が、何故近畿地方に祭祀局の本局を構えたのかは未だ不明である。唯一それを知るのは、現在の御巫家のみとされている。


「本局の財政とこことではそれこそ天と地ほどの差がある。流石に守護役は無理だろう。それに、人数が足りなさすぎる」

「そうですか……、いい案だとは思ったのですが」

「一先ずは、本隊に上げる者の選定だ。それさえ済めば、多少は楽になるはずだ」

「そうですね。新しい洸珠もそろそろ出来る頃です。……それと、以前頼まれていた廉価版れんかばんについても、試用段階にあります。」

「ふむ、守護役は無理だが、それを候補生に持たせて後方支援を担当してもらうのも一つの手だな。分かった、早急に試用機会を作るとしよう」


 時彦の視線に、所長は小さく頷く事で返事とした。


「……所長」

「なんだ?」


 傍に控えていた菫が、耳元で小さく囁く。


「例の件ですが、検査結果が出たようです」

「……そうか。では諸君、今宵はこれまでとしよう。色々と課題はあるが、今はお互いに手を取り、協力しあうべき時だ。あまり、足を引っ張るような事をしないようにな、特に市長」

「わ、私か!?」


 名指しで呼ばれ、狼狽える市長を見て小さく鼻で笑った時彦は、そのまま菫を連れて部屋から出る。


「誰が一番を足を引っ張っているのやら……」


 去り際に警察署長に悪態を吐かれるが、いつもの事なのだろう、時彦は特に気にはしていなかった。

 廊下を早足で進みながら、時彦が菫を視線を向ける。


「で、どうだ?」

「直接聞いてみるまで詳細は分かりませんが、少なくとも良い結果ではないようです」

「そうか……」


 時彦が落胆した様子を見せる。

 今、菫の元へと来ている報告が何の結果なのかは不明だが、少なくとも支部局長の彼を落胆させるほどの事だ。それほどの大事なのだろう。


「だから常日頃からあれほど体に気をつけろと……!」


 ……と思いきや、途端に私事っぽくなった。しかも、体に気を付ける、というフレーズから、おそらく和沙の事についてだろう。しかし、前述の言葉から、彼の体調に関しての報告だろうか。だとするならば、良い知らせ、悪い知らせというのがよく分からない。


「何はともあれ、あの子の事は頼んだぞ。私はまだやる事がある」

「承知しました」


 菫と別れ、時彦が自分のデスクへと向かう。デスクの上の端末には、新着のメールが大量に届いている事を告げる通知が出ている。それを見て、時彦の顔がさらにウンザリとした表情へと変わる。


「はぁ……」


 その重苦しい溜息は誰に向けられたものなのか。普段とは違う、のろのろとした動きで席に座った時彦。端末のキーボードを叩く音だけが部屋に響いていた。


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