三十九話 円満、そして修復?

 モールへとやって来た五人だが、色んな店をはしごしながらも、一切商品を購入する事無く次へと向かう女性陣に対し、少々ウンザリとした表情を浮かべる和沙。そんな女性陣に混じって辰巳もまた、彼女達の勢いに付いて行ってはいるものの、よくよく見れば、その顔にはどこか疲れが垣間見えていた。女性の扱いに定評のある辰巳でも、現役の巫女や守護隊の合同戦線には敵わないらしい。

 初めに紫音が和沙を誘った今回のショッピングだが、彼女達の動きに付いて行くことが難しい和沙は、既に蚊帳の外となっている。やがて、本人は道中でシレっと自分だけ購入したドリンクを口にしながら、目の前の混沌の渦を、エンターテイメントの一種と捉えて、ノンビリと眺めていた。

 中でも、琴葉はこういった経験が浅いのか、彼女もまた振り回される側ではあったが、一番楽しそうにしているようにも見えた。普段、その立場からあまり遊びに出る、という事をしないのかもしれない。そういう機会に恵まれながらも、そもそも人と接する事自体にフラストレーションを感じる誰かさんとは正反対と言えよう。

 店の中で着せ替えショーを行っている女性陣と、苦笑いを浮かべながらその様子を見守っている辰巳を店外から見ていた和沙だったが、ふと横から軽い衝撃を感じ、そちらへと視線を向ける。……どうやらぶつかったらしい。その場から動いていなかった和沙にしてみれば、相手が悪いのだから謝る事は無いが、それでもこのまま放置は体裁が悪いだろう。尻もちを着いている、自分と同年代くらいの少女に向かって手を差し伸べる。


「……大丈夫?」

「……」


 少女は、和佐の手をとらず、ただジッと目の前の少年を見上げていた。


「??」


 いつまで経っても和沙の手も取らず、立ち上がりもしない少女に、流石の和沙も業を煮やしたのか、強引に立ち上がらせようとして、彼女の手を取ろうとした、その時。


「どうしたの? 早く行くよ」

「……うん、ごめんなさい」


 母親だろうか、少し離れた場所で女性が手を振っている。その声を聞き、少女は素早く立ち上がり、女性の方へと向かった。そこからは一度も振り返らず、その女性の隣に並び、一緒に歩いていく。


「……まさか」


 和沙は目を離せなかった。少女に、ではなく、女性に、だ。その顔に見覚えがあったからだ。

 既に、二人の姿は人混みに紛れて見えなくなっていた。だが、和佐の目は変わらず二人が消えて行った先をただ一心に見つめ続けていた。


「鴻川、どうかしたか?」


 と、ここで辰巳に呼びかけられ、ようやく我に返った和沙。中での騒動が一段落したらしく、先んじて出てきたのだろう。その顔からは、疲労の色が滲み出ていた。


「……いや、まさかな。何でも無いよ」

「ん? 何の事だ?」

「気にする必要は無い。それよか、あの三人の相手はしなくていいの?」

「それだ。鴻川が一番最初に誘われたんだから、鴻川が相手をするべきなんじゃないか? 先輩にしても、真砂にしても、君の方が仲が良いだろ」

「やだよめんどくさい。誰が好き好んであんなのの相手しないといけないのよ」

「……この間の一件以降、チラホラ素が出てるよな。まぁ、いいんだけど」


 和沙の本来の性格、と言うにはまだまだ温い言葉使いに目を丸くしながらも、辰巳は和沙の隣に並び、同じ方向を向く。


「それで、だ。この間の事なんだけどさ……」


 頬を掻きながら、随分と言いにくそうに口を開く。この間の事、と言えば、それは一つしか無いだろう。


「すまなかった。まさか、あんな事になるなんて、俺も思いもしなかったから……」


 そう言いながら、和佐に向かって深く頭を下げる辰巳。

 父親の真意を知らなかったとは言え、和沙を窮地へと引き込んだのは自身の責任だ。責任感の強い辰巳はあの日からずっとそう思っていたのだろう。しかし、仮に謝ったとしても、許されるかどうかと考えた時、自分ならあんな目に会わされたら許せないと判断してしまったのか、今まで面と向かう事が出来なかった。今日、この場を借りる事で最後の後押しとはなったが、この雰囲気から、和佐があまり強く言えない事を少し後ろ暗く感じながらも、ここしかないと考え、こうして頭を下げるに至った、と言うわけだ。


「……」

「許してほしい、なんて都合の良い事は言わない。だが、それでも俺は君に謝る義務がある。だからここで改めて言わせてもらう、すまなかった」

「……」

「鴻川にとっては難しい問題だと思う。あんな目にあったのだから当然の話だ。だけど、いや、だからこそ、俺はこうするべきだと判断した。君との今まで、これからの話をする為にも」

「……」


 和沙からの反応は無い。唐突に身勝手な謝罪を突き付けられて怒っているのか、いやそれも致し方ない。そんな事を考えながら、下げた頭を少し上げて和沙を覗き見ると……

 非常に、複雑な表情をしていた。

 しかし、その表情で見ているのは、目の前で頭を下げている辰巳ではなく、他の客達に、であった。


「……何? そういう衆人環視の中でのプレイが好きなの? なんか、時代を先取りし過ぎて俺付いて行けないんですけど……」

「え? あ、いや、そういうわけじゃ……!!」

「違うんならさっさと頭上げてよ。俺に羞恥プレイでもしろってのか?」

「あ、あぁ、すまない……」


 頭を上げて、再び和沙の隣に並ぶ。呆れたような表情の和沙とは対照的に、辰巳の顔は羞恥で真っ赤になっている。このおかげで、そういう性癖ではない事は証明できたが、和佐からの印象はマイナスへと振られた事だろう。


「それで……どうなんだ? この間の事、考えてくれたか?」

「はぁ……」


 そうまで気にする程の事なのだろうか。辰巳にしてみれば、和佐など数多いる知り合いの一人に過ぎないだろうに。それとも何か? 辰巳は和沙に対して特別な感情でも抱いているというのか。

 変な事が脳裏をよぎりながらも、和沙は浅い溜息と共に口を開いた。

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