七十話 VS大型

「あぁ! もう!!」


 一方的に通信を切られ、恨めしそうに端末を睨みつける鈴音。流石に任されたとはいえ、相手が悪すぎる。戦った経験はあるとはいえ、それはあくまで先輩達のサポートとしての経験だ。鈴音が中心となって戦ったわけでは無い。


「どうだって~?」

「……こっちでどうにかしろって」

「お~、信頼されてるね~」

「どうだか。大方、向こうが白熱してこっちに手が回らないんでしょ。そういう人だよ、兄さんは」


 妹からの評価は散々な様子。しかしながら、任された以上は鈴音達がどうにかするしかない。あの大型相手に、無策なまま突っ込めばどうなるか。それは引佐姉妹も追った結末が待っているのは明らかだ。鈴音にとって今一番重要なのは、従巫女を、日和達を無事に帰す事だ。しかし、彼女達だけを帰そうとすると、本人達は確実にこの場に居残るだろう。ならば、最初から戦力として数えた方が後腐れが少なくて済む。


「日和、貴女達は後ろで援護をお願い」

「ん~、いいけど~、鈴音ちゃんはどうするの~? また一人で頑張るとか言ったら~、もっと怒るかも~」

「もうそんな事は言わないから大丈夫。私は前で主に陽動を行い、隙が出来次第そこに付け込む、って方法でいくから。……兄さんは任せるとは言ったけど、倒せとは言ってない。つまり、持ち堪えれば私達の勝ち……だと思う」

「そこは言い切って欲しいなぁ~」


 日和の言葉ももっともである。この場において、彼女達が最も頼りにしているのは、唯一大型とのまともな戦闘経験のある鈴音だ。当の鈴音が及び腰では、出来るものも出来なくなってしまう。


「結局、私達はどうすればいいんですか?」

「簡単な話だ。大型と戦い、これを耐え抜く。倒す必要は無い、という事だろ?」

「そういう事。倒せるに越したことは無いけど、あんまり無理をする必要も無いしね。それじゃあ、さっきも言ったように、私が前に出るから、四人は後ろで援護、もしくはバックアップをお願い」

「私も?」

「玲さんは……どうしよう」


 小型が相手であれば、彼女の殲滅力は目を見張るものがある。だが、今回の相手は大型だ。彼女の二刀ではなかなか攻撃が届かないだろうし、何より鈴音程の耐久と速度があるわけでは無い。至近距離まで接近する事自体が危険極まりないのだ。


「ん~……、陽動するから、背後から弱点っぽいところを突く……とか?」

「それしかないよね~」


 出来る事と今回の役目がマッチしていない以上、彼女の出番は必然的に少なくなる。だが、近接寄りの彼女であれば、不意打ちの一つや二つくらいは出来るだろう。そう考え、鈴音はいざという時の闇討ち要員として玲を指名する。そうでなくとも、鈴音が退避する際の陽動役も兼ねられる。意外と相性は悪くない。


「じゃあ、無理だけはしないように」

「鈴音ちゃんが一番やりそうだけどね~」


 今は彼女の軽口でさえ励ましになる。決して、頭に来たから無視している訳ではない。

 こうして、彼女達にとって、初めて自分達を中心とした大型戦が今、始まる。




「あぁは言ったものの、やる事は地味なんだよね……」


 和沙のように手から雷が出るわけでは無い。そもそも、巫女にそんな特別な力は無い。彼女達は、あくまで洸珠と親和性が高いだけのただの少女だ。また、洸珠も力は貸してくれるものの、特殊能力があるわけではない。せいぜい身体能力を大幅に強化してくれるだけのもの。その分、武装に特殊なギミックなどを搭載して戦力アップを図る事はあるものの、鈴音の刀にはそれも期待できない。

 結局、彼女達が駆使しなければならないのは、特殊な力でも、強力な武装でもない。頭、これに尽きる。


「……あれか」


 先程の現場まで戻り、建物の陰から根が露出していた部分を覗く。意外にも、温羅はその場から動いておらず、ただジッとそこに佇んでいた。その姿は、意思を感じると言うよりも、何かの指示を待っているようにも見える。いや、先程の事を思い出してみて欲しい。あの温羅は一体どうやって現れた? あの根から自然発生的に生まれたのか? 答えは否だ。

 あれはおそらく小型が集合して成った大型だ。もしかすると、佐曇で戦った大型とは異なり、個体の知能が大幅に低いのかもしれない。だからこそ、自分では動かず、ああやって何かの指示を待っている、と考えれば動かない事の理由にはならないだろうか?

 ただ、そうなるとあの大型に指示を下す何か、がいる事になる。それの正体や戦闘力が未知数である以上、ここであの大型に黙って指示を与えさせるわけにはいかない。


 鈴音は当初の作戦通り、自身が囮となり、まずは様子を見る事から始めようとする。が、建物の陰から出た途端、唐突に大型の向きが変わった。

 ぐりん、とその場で超信地旋回でもするかのように、向きを変えた温羅は、その正面、そこにある口と思われる場所を大きく開き、そこから覗く非常に鋭利な先端を持つソレを鈴音へと向ける。


「……杭!?」


 以前、彼女は和沙から聞いた事があった。佐曇で戦った大型の中には、杭を発射してくるモノがいた、と。そして、それに引佐姉妹がやられた事も。

 一瞬ではあったが、鈴音の足が止まる。自身があれに貫かれる様子を想像でもしたのだろうか? しかし、その一瞬は温羅にとっては非常に大きなものだった。

 鈍い音が響き渡る。その瞬間、先程まで温羅の口から覗いていた杭? のような物が消えた。否、発射された。温羅が向いている方向、つまり鈴音へ向けて。

 その発射速度は尋常ではなく、凪のような防御武装でなければ到底受けきれないものだろう。まぁ、受けなければいいだけの話だが。

 速度が尋常では無いとはいえ、距離が開いていたせいか、着弾までには時間があった。その時間で、鈴音は杭らしき物体が発射された事の確認、そしてそれが自分へと向かってきている事を認識すると、即座に回避行動を取る。伊達に佐曇にいる時、和沙の相手ばかりをしていたわけでは無い。初速だけなら、和沙の高速移動の方が早く、更に言えば、あちらは緩急を混ぜてくる。緩い動きからの神速の踏み込みは、目で見えていても体が追いつかない程だった。

 勢いよく飛来した杭らしき物体だったが、鈴音に命中する事はなかった。しかし、その破壊力は絶大で、鈴音が身を隠していた建物を根本から折り倒してしまう。その威力に目を見張ったものの、すぐに敵へと視線を戻す。


 装填は……されていない。どうやら、連射は出来ないようだ。

 鈴音にとって、連射が行えないというのは非常に都合が良いものだが、それと同時に疑問も湧いてくる。佐曇で戦った大型はの攻撃性能は、こんなものではなかった。降りかかる攻撃は、まさに雨霰の如く激しいものであったし、強力な攻撃を立て続けに行うなど、少しでも気を抜けば、一瞬で命を落としかねない程だった。

 だが、あの大型にはそこまでの脅威を感じない。確かに、あの一撃は凄まじいものだったが、連射が出来なければ一度避けた後に距離を詰めれば良いだけの話だ。

 そう考え、鈴音は今の内に少しでも距離を縮めようと前へと踏み出した……が、ふと視界の端に映ったものに気を取られる。なんて事は無い、ただあの大型が放った杭が地面に刺さっていただけだ。

 しかし、彼女が気になったのはその杭が何で出来ているか、である。報告によれば、佐曇に現れた温羅の杭は、今間の当たりにしている杭のように、黒く染められていたものの、その材質は一般的な鉄杭と何ら変わらないように見えた。しかし、この杭は違う。


「ッ!?」


 声にならない悲鳴が漏れる。鈴音の目に映ったのは、当の杭だったが、それは良く見ると、まるで小型の温羅を杭の形に強制的に圧縮したものだった。さらに歪なのは、杭となった温羅に走る亀裂からは、未だ光が漏れ、目と思しき場所が動いている事から、まだ生きている事が分かる。

 あの大型は小型が集合して固まったものだろう。その大型が撃ち出す杭は、小型が圧縮された物が撃ち出されている。これはつまり、自分の体を削って攻撃しているのと同じだ。これでは、連射など出来ようはずも無い。

 衝撃の事実から目を逸らしながら、鈴音は前へと踏み出す。どれだけ歪であろうと、アレが敵である事には変わりは無い。むしろ、この事実を目の当たりにした以上、彼女の中では一層あの大型を倒すべきだとの想いが強くなった。ここで仕留めなければ、あの大型は必要の無い狂気を振りまく事になる。それだけは避けなければならない。


「日和、攻撃準備」

『はいは~い~』


 相も変わらず気の抜けた声がSIDの向こう側から聞こえてくる。しかし、今だけはその声が鈴音の心の支えとなっていた。

 いくら連射が出来ないとはいえ、先程撃ってから、ある程度の時間は経っている。おそらく、二射目が撃ちだされるのも時間の問題だろう。

 予想通り、大型の口が大きく開き、その中に黒光りする杭が装填されている。あれが一匹の温羅だという事が分かった今、その攻撃に対し恐怖こそ感じるものの、それを受けるつもりはないのだろう。温羅の攻撃をしっかりと見極めるべく、温羅の一挙手一投足に注力する。

 鈍い音と共に放たれる漆黒の杭。それを先ほどと同じように避けると、その衝撃波で巻き上げられた瓦礫から顔を守りながら、前へと踏み出していく。


「はぁっ!!」


 目の前まで来ると、温羅の口が鈴音の目の前に迫るが、それを華麗にかわし、脇に回りながらその表面に刃を走らせていく。

 予想外にも、その外殻は抵抗も無く刃を受け入れた。バターのように、とはいかないが、それでも小型温羅と同じような感触に、鈴音は攻め手を止めずに次の行動へと移る。


「やっぱり……、日和!!」

『ま~かされた~』


 非常に重い音が、二発程響き渡る、その音の発生源は、ここから少し離れたビル、その屋上で構えられた一丁の銃によるものだ。スコープが無ければ到底見える事の無いその場所から、日和は正確に二発、鈴音が開いた傷を抉るように撃ち込んでいく。殺傷力の高い徹甲弾が温羅の露出した内側に潜り、中から甚大なダメージを与えていく。

 当然、温羅もやられっぱなしというわけでは無い。鈴音へと向けられていたその巨大な口が、今度は日和がいるであろうビルの屋上へと向けられる。しかし、いくら自分の身にそこまでダメージを与えられていないとはいえ、一番近くにいる者から視線を外すのは愚の骨頂と言えよう。

 ターゲットが自分から日和に移った事を確認した鈴音は、今の内に温羅の体に飛び乗り、上へ、上へと登っていく。目的は別にその頂上に登って初日の出を見る、などといった事ではない。遠距離攻撃を主とした相手には、取り付く事が一番というアドバイスを以前に聞いており、それを実践しているに過ぎない。しかし、この場ではその判断が最も最良だったようだ。自身の体に取り付いた鈴音に気付いた温羅は、なんとか振り落とそうと体を捩るも、その動きは緩慢で、到底鈴音が外に飛び出す程の勢いを生み出しているとは思えないものだった。


「とはいえ、油断は禁物、か」


 足場が動ている事には変わりは無い。今一番やらなければならないのは、落ち着く事だ。だが、一度そうしてしまえばあとは何て事は無い。


「悪いけど、このまま仕留めさせてもらうよ」

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