三話 真実

「さて、急遽集まったいただき、ありがとうございます」


 深く頭を下げる織枝を前に、この場に集まった祭祀局の幹部や、巫女隊のメンバー、そして守護隊の隊長格が慌てた様子で織枝に頭を上げるように言う。だが、彼女としては、ただでさえ忙しい状況にも関わらずこうして集まってもらった事、そしてその原因が身内にあるという事で、罪悪感に苛まれている様子。


「いえ、織枝様が悪いわけではありません! それもこれも、騒動を起こした本人が悪いわけで……」

「そう言っていただけると助かります。では、集まっていただいた理由なのですが……、言わずとも分かりますね?」

「「……」」


 そんな事、この場にいる誰もが口にするまでも無い、といった表情をしている。それを見た織枝は、一応形式を整える為に、議題――理由を皆の前で説明する。


「昨夜未明、本部長の長尾が亡くなりました」


 誰もが知っていた事だ。それ故に、騒然とする事も無く、誰もが黙って織枝の言葉を聞いている。……約一名、彼女の言葉を聞いた瞬間、顔色が変わった者もいたが、その場にいる誰もが気付いていない様子だった。


「鑑識の調べでは、本部長の死因は事故死か、もしくはとの事だそうです」


 自殺、その言葉を聞いた瞬間、流石にそれは予想していなかったようで、そこかしこから驚きの声が聞こえてくる。それもそうだろう。長尾は自己顕示欲の塊のような人間で、その癖責任感などは皆無と言っていい。追い込まれれば自殺をする程、メンタルは弱くない。にも関わらず、自殺が候補に挙がってくる辺り、何か証拠でも見つかったのだろうか。


「さて、自殺、と言われた経緯ですが……、実は彼のデスクにこんなものがありました」


 目の前で思案し続ける職員に答えるかのようにして、織枝が頭上に掲げたのは今時珍しい紙の便箋だ。その厚さは数ミリ程度で、中に入っているのは手紙である事を示している。実際、彼女が便箋の中から取り出したのは一枚の折りたたまれた紙のみで、それ以外は何も入っていない様子だった。状況的に考えれば、あれは遺書と捉えるのが妥当だろう。しかしながら、このデジタル化が進んだ時代において、紙の遺書とは……、長尾はそこまでデジタル関連が苦手だったのだろうか?


「織枝様、その中にはなんと……?」


 職員の一人が、手紙を握る織枝に問いかける。そうだ、今彼らが最も気になっているのは、残されたものの形式ではない。その中身だ。


「そうですね……、内容は色々と書いてありますが、要約するなら、今回の事件に繋がる先の事件……、昨年末から頻繁に温羅が襲来してきた事に関して、その原因が自分にある、というものです。実際、ここにある内容の裏は取れています。そして、それらを用いて本部長が一連の騒動のきっかけを作っていた事も、既に判明しています」


 その言葉を聞き、場が騒然となる。それもそうだ、これまで自分達が所属する組織のナンバー2とも言える人物が、これまでの騒動の原因を作っていた、と自供する遺書を発表したのだから当然の事だろう。こうなれば、これまで長尾の直属の部署や、部下の立場は窮地に陥る事は確かだ。


「この一件に関して、後程本部長が入り浸っていた部署に色々とお聞きする事があるでしょうが、ご協力をお願いしますね」


 何故だろうか、その声色は柔らかなのだが、拒否する事を許さない静かな圧力を感じる。今回の件が部署ぐるみである事は、検察の話ではまだ調査の段階ではあるのだが、彼女の中では既に何らかの関与があったと確定しているようだ。少なくとも、そうさせるだけの証拠を持っているという事か。

 織枝の言葉にチラホラと青ざめる者がいたが、その中に紫音はいない。それどころか、彼女はきょとんとした表情で織枝を見ている。目の前の女性は、長尾が懇意にしていた部署の者達に厳しい視線を向けてはいるものの、紫音に対して咎めるような視線などは向けていない。ここまで調べがついているのなら、彼女と長尾の関係性も知っていそうなものだが……。

 まるで牽制するような言葉を一言二言口にした織枝は、わざわざ集まってくれた事を再び感謝しつつ、その場はお開きになった。

 見ると、表面上は平静を装っているが、妙に足早だったりする者が何人か見られる。もしかしなくとも、長尾と何か企み、今回の件に少なからず関与していた者達だろう。そんな彼らを横目で見ながら、紫音は他の巫女隊メンバーに先に戻るように告げ、自身は織枝に真意を質すべく、その場に残る。

 織枝とその傍に付いていた者達は、集まった職員がその場から立ち去るまで離れる事は無かったが、紫音を除いた全ての者が出て行った後、織枝は傍に仕えていた者達に部屋から出ていくように告げる。

 その行為で確信する。彼女は知らなかった訳では無い、という事を。

 そば仕えの者達が完全に外へ出た事を確認した織枝は、ゆっくりと、まるで小さな子と話しかけるように問いかける。


「何か御用でしょう?」


 問い詰めるようなものではない。その言葉通り、彼女が何故この場に残ったのか、その理由が聞きたい、というものだ。


「……それ、本気で言ってるんですか?」


 対し、紫音が絞り出したのは、どこか怒りの籠った言葉だ。だが、それは自身のこれまでの行為が暴かれた事に対するものではなく、それを一切表に出さず、まるで彼女を無関係のように扱っている事に対する行いへの怒りだ。そして、織枝は彼女の怒りをその身で受けるも、ただ黙ってその言葉を聞いている。


「あの男と共謀していた部署の人間が分かるなら、そもそも私との関係性も分かっているはず。なのに、昨日から今日に至るまで、一度もその事に対する追及はありませんでした。それどころか、貴女は私に視線すら向けない。まるで、無関係だとでも言うかのように、です」


 裁かれる事を覚悟していた紫音にとって、お前は無関係だ、と正面から言われているようでばつが悪かった、とでも言いたいのだろうか。いや、そうではない。これまでやってきた行いの中には、その全てとは言わずとも、いくつか織枝の意思に反したものもあったはずだ。当然、それを理解して行っていた紫音としては、これを罪と捉え、いつか償わなければいけない時が来る、と覚悟していた。

 だが、今回それらが露見したであろうにも関わらず、織枝の反応は特に無し。酷い言い方をすれば、無視とも言える。あるいは、問題にするレベルですら無かった、というところか。いずれにしろ、自身の行いを自覚していた紫音にとっては、お前は意味の無い行動をした、と言われているのと同義だった。

 そんな彼女の苦悩を見透かすかのような瞳で、織枝は真っすぐに視線を紫音へと向ける。向けられた側が思わずたじろいでしまうようなその目で。


「……そうですね、貴女と長尾本部長の関係は以前から存じておりました」


 ようやく開かれたその口から出たのは、明らかな無礼ととれる紫音の態度に対する叱咤でも、露見した後の対応の理由でも無かった。


「……どういう、事ですか」


 今回の件で露見したわけでは無かった。その口ぶりからは、元々知っていた、と言っても同然だった。


「貴女が巫女隊に入隊した時、長尾から極秘裏にではありますが、情報役として推薦を受けていたんです。当然、最初は受け取る事すらしませんでしたが、ここ最近は他の支部との関係性が少しずつ悪化していっている最中だった為、その関係性を見直す一環として貴女を特別枠で巫女隊へと入隊する事を許可しました」


 織枝としても、紫音が他の支部から向けられたスパイなどを炙り出す事を期待していたのだろう。しかし、長尾の目的はあくまで自身の野望を達成する事。他支部の動きなど、どうでもよかったのだ。


「貴女が入隊後、すぐに長尾からの情報提供は断たれました。その直後からでしょうか、彼が怪しい動きをするようになったのは。こちらとしても、長尾の動きは逐一把握しておきたかったので、貴女をあえて泳がせる事で、長尾の動きを探っていたんです」

「……私を利用してた、って事ですか?」

「そうなりますね」


 即答。もはや気持ちいいくらいにきっぱりとそう告げられ、紫音がその場でふらつく。隠し通していたものが、実は筒抜けだった、という事に色んな感情が綯い交ぜになっているのだろう。


「ここ最近まで、それは変わりませんでした。あくまで貴女は長尾の動きを探る為の人材、そう思っていたのですが……」


 焦点の合わない目で紫音が織枝を見る。彼女の目は、紫音を哀れんでいるようにも、その境遇を悲しんでいるようにも見える。


「睦月さんと和沙君が教えてくれたんです。貴女が長尾と巫女隊との間で板挟みになって苦しんでいる、と」


 そういえば、以前和沙が睦月や辰巳の前で紫音が長尾と繋がっている事を暴露した事があった。あの時、彼女は紫音の事を織枝に報告したと思っていたが、それ以降何ら扱いが変わる事が無かったため、その胸にしまい込んでいる、と思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

 報告をしたうえで、自身の事を見逃されていた、という事実に紫音は不甲斐なさと自分に対する怒りを覚えたが、それ以前に気になる事があった。


「鴻川君が?」


 おっと、といった風に口を抑える織枝だが、その顔は隠すつもりなど最初からなかったようにも見える。実際問題、巫女隊のメンバーに和沙の正体は知られている。今更隠したところで、何の意味も無い。当然、その事を織枝は知っているはずだ。


「えぇまぁ、色々と働いてもらってますからね。その中には貴女の行動の報告も上がってきています。……大体が絡まれた事に関する愚痴ですが」

「そうやって、私をずっと監視していたわけですか……。なるほど、ずっとこっちが監視してると思ってたら、実はされる側だった、って事ですね」


 泳がされていた。改めて実感し、紫音の表情がだんだんと無表情そのものになっていく。だが、そんな彼女を見た織枝は逆に、悲しい表情を浮かべる。


「……そうですね。ですが、それで気付いた事もあります。貴女が家の為に身を粉にして働いていた事も知っていますが……、その事を調査したところ、貴女の実家に支援など一切行われていない事が分かりました」

「……は?」


 一体どういう事だ、と今にも叫びたそうな顔をしているが、上手く声が出てこないのか、紫音は傍から見れば間抜けだが、本人からすればどのような表情を作ればいいのか分からず、泣きそうな、それでいて怒りが混じった不思議な表情をしている。


「長尾家からも、この本部局からもそれらしき流れは確認されていません。……貴女は最初から騙されていたんです」

「……っ!?」


 紫音の口から赤い筋が伸びる。血だ。唇をこれでもかという程強く噛んだものだから、そこが破れて血が流れ出ていた。しかしながら、本人の心情を考えれば、むしろ取り乱さないだけよく耐えている、と言える。何せ、今まで自分が信じてきた者に裏切られ、それどころか取引として交わした誓約までまともに履行されていなかったのだ。悔しいと思わない人間などいない。

 そんな彼女に織枝は、聞く者の怒りを鎮めるような静かな声で語りかける。


「貴女のご実家に関しては問題無いでしょう。こちらでも調査を行いましたが、どうやらお母様が持ちこたえているようです。貴女の事を心配していましたよ。思い込んで突っ走る事が多い、と」

「お母さんが……?」

「それと、今回の件で長尾の家は取り潰しがほぼ確定しています。没収した財産の中から、既に貴女の実家へとこれまで支払われていなかった対価を送っています。ですので、家の事は心配なさらず、貴女はここですべき事を為すのです」

「ちょっと待ってください! それじゃ、私は結局……」

「今回の件で貴女を咎めるつもりはありません。どのような形であれ、祭祀局に貢献してきた人にそんな扱いは出来ませんから」


 その言葉を聞き、少女はようやく、自身の行いが蔑ろにされていたのではなく、報われるべきものだと理解し、小さく嗚咽する。

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