第25話 それは蒼光導く脈動

――――――体が軋む。


 叩きつけられた衝撃で肺から全ての空気が投げ出された。

 未だ体の上にある触手は重く、浮かび上がろうとしても簡単にはいかないことは明白だった。


 刀はどこだ?


 手が水を掻き、愛刀の場所を探る。が、水の抵抗を受け、簡単には見つからない。

 意識が体と共に深海に堕ちていくように微睡む。


 ダメだ、ここで意識を手放せば……


――呆れた。こんな状況でも戦う事を考えているのか。


 頭の中で誰かの声が響く。それは誰の声だったろうか。聞き覚えがあるような気がするが、頭に靄でもかかっているのか、思い出す事が出来ない。


――生き残る事よりも、戦う事を選択するのか。


 黙れ。

 余計なお世話だ。それが役目だ。

 覚えの無い言葉が口から漏れる。とは言っても、ここは海中だ。実際に声が響いているわけではない。


――馬鹿な奴。さっさと諦めれば楽になるものを。人なんぞを助けて何になる。


 知った事か。やらなきゃいけないから、やるべきだからやっている。お前にどうこう言われる筋合いは無い。


――全くだ。馬鹿に付ける薬は無い。だったら、そのまま海の藻屑となりな。……もしくは、とっとと思い出せ。


 思い出す? それが簡単に出来ればここまで苦労はしていない。記憶というのはそうホイホイと取り出せるものじゃない。


――果たして、そうかな?


 何?


――お前は思い出せないんじゃない。思い出さないだけなんじゃないのか?


 だから、それが簡単に出来れば……。


――キッカケなんぞ不要だ。強く求めればいい。が……、しかしそうか。お前が思い出そうとしない要因は周りにあるな?


 何、だと……?


――体は覚えているのさ。過去の出来事、そして、今は昔よりも幸福だと。なるほど、これは確かに思い出せない。なんせ、記憶が戻れば、お前は今を破壊しかねない。


 ……。


――俺はヒントをやった。これでどうするかは自分で決めろ。……昔は出来なかった。だが、今は出来る。せいぜい苦悩しな。それはやがてお前の力となる。


 意識が急速に覚醒していく。

 と、同時にあの声の主が離れていくような気がした。


 待て、お前にはまだ……!


――あぁ、それと、こいつは餞別だ。とっとと目の前の雑魚を蹴散らしてこい。お前なら、出来るだろ?


 そうして手渡され……、手渡された? 違う、これは俺の……。


 そう、この光は俺のモノだ。かつて存分に振るった力の片鱗。


「神……立……」


 音が響かない筈の水中で、俺は確かにそう呟いた。

 刹那、海面と俺の間を遮っていた、巨大な触手が、何かに弾かれたように爆発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る