第107話 作戦実行

「デ~カ~ブ~ツ~ッ、とったぞ!!」


 凪が防ぎ、日向と鈴音が隙を突く。そうやって地道に大型を追い込んでいた前衛一同だったが、唐突に彼方からすっ飛んで来た蒼い光が、彼女達が苦労して消耗させた温羅を問答無用で貫いた。

 当然、そこで戦っていた三人はその光景を茫然と見ているしかなく、中には恨めしそうに和沙を睨んでいる者もいた。


「ハッ! ざまぁみろデカブツ! ……何だよその目は」

「べ~つ~に~。せっかく私達が弱らせた敵を、横からかっさらわれて私達の苦労は何だったの、なんて思ってないわよぉ~」


 随分と険のある言い方だ。確かに、横取りのような形にはなったが、結果的にはこれ以上の消耗が避けられたのだから、和佐に感謝するべきだとは思うものの、これまでの苦労を考えたら彼女達の気持ちも分からないでもない。


「そんな事より、さっきの話だが……」

「私達の苦労はそんな事の一言で片づけられるんですね……。さっきの話とは?」

「私の武器のパイルが使えるか、って話でしょ? 今日はずぅ~っと防御に専念してたから、問題無く使えますぅ~。なんなら、アンタを杭の先に括りつけて、空に飛ばしてあげましょうかぁ~?」

「ああ、それだよ」

「……は?」


 何言ってんだコイツ、と言いたげな視線に三方から攻められる和沙だったが、当の本人は全く気にしている様子は無い。


「今自分で言っただろ? 俺を杭の先に付けて吹き飛ばす、って。その要領で上空に打ち出して、そこから奴さんの上を取れないか、って話だ。空中移動に関しては、さっき咄嗟の機転で可能にはなったが、いかんせん時間が掛かり過ぎる。それなら、カタパルトか何かで打ち出してもらって、飛距離を稼ごうって算段よ」

「あたしゃカタパルト扱いか」

「正直、今の状況じゃジリ貧だ。このまま押し込まれるくらいなら、そのくらいやっても構わんだろ」

「ん~……」


 和佐の言っている事は理解出来る。むしろ、一理どころか百理はある。しかしながら、その行動は和沙の体を温羅の元へと届ける事が出来る一方、中型温羅ならば一撃で倒す程の力を持った威力のものをその身で直接受けると言う事だ。二つ返事で返せるものではない。


「何を悩む必要がある」

「……アンタねぇ、簡単に言うけど、これの威力はアンタも見たことあるでしょ? どうやって防ぐ気なのよ?」

「結界五枚重ね」

「は?」

「結界五枚重ねで防ぐ。威力は殺せないから、正面で受けるしかないが、だったら結界を重ねて全て受け止めればいい。別に難しい事じゃないだろ?」


 和佐の言葉に、凪はただ呆れる事しか出来ない。


「それが出来るのはアンタだけよ……」


 重々しいため息と共に、絞り出した言葉が意味するのは何か。納得は出来なくても、この方法が最良であるならば、そうするしかない。残念ながら、今の凪には和沙以上の案が思い浮かばない。


「分かったわ。ただし、発射した直後にスプラッターなのはやめてよ。私だけじゃなく、ここにいる全員のトラウマになりかねないわ」

「トラウマが出来るなら生きてる証拠だ。まだマシだろ」

「そういう事じゃないんだけどなぁ……。まぁいいわ、今すぐやるの?」

「そうしてくれ。準備している間は俺がここを受け持つ」

「時間なんてかからないわよ……っと」


 凪が盾のギミックを起動させ、その姿を大盾からパイルバンカーへと変形させる。その状態で体勢を変える等はしない。ただ、杭の先を上へと向けるだけだ。単純明快、だからこそ、心配は残る。


「仰角は?」

「高さ優先だ。八十……いや七十度で頼む」

「ほいきた」


 凪がパイルバンカーを少し傾ける。ちょうどいい角度になったのか、和佐が手を止めるような仕草で彼女の行動を止める。


「よし、そんな感じで大丈夫だ。それじゃ、二回目の突入作戦、行くとするか。水窪、神戸、進路上の敵を減らせるか?」


『いきなり何ですか!? こちらもそれなりに忙しいんですが!』

『その進路がどこかが問題ですが……、一体か、影が重なるなら二体以上いけますけど……』


「よし、ならやってくれ。進路は東、仰角は七十度、一掃する必要は無いが、その進路上の敵をある程度減らしてくれ」


『また無茶を……分かりました、その進路上の敵を撃墜すればいいんですね?』


「頼んだぞ」


 端末から手を離した和沙は、凪の構えているパイルバンカーの先へと飛び乗ると、足下に結界を発生させ、その曲芸のような体勢を維持しながら待機している。

 和佐のやる事に慣れたつもりだった凪は、改めてその結界の使い方に関心と驚嘆の入り混じった視線を送っていた。


「器用なもんね、それ。海の上もぴょんぴょん飛んでたし、もしかして、空中に結界発生させて、それ足場にして上に行けるんじゃないの?」

「……その方法があったか」


 凪の言葉に振り返った和沙は、結界を使った空中機動に思い至らなかったらしく、その目を丸くして彼女の顔を見ている。


「そうかそうか、なら打ち出された後の移動は問題無いな」


 そして、そこから何かヒントを得たのか、一人でうんうんと頷いている。杭の先でつま先立ちになりながら頷くその姿は、シュールの一言だ。

 そんな事をしている間にも、温羅の侵攻は止まらない。今は日向と鈴音の二人が走り回って食い止めているものの、凪の抜けた穴は大きい。早いところ戻らなければ、いつ崩れてもおかしくは無い状況だ。


「そろそろ行くぞ」


 そんな状況を察したのか、和佐が凪に合図を出す。それに対し、凪もまた小さく頷く。


「それじゃ、第二突入作戦……ってほど大層なもんじゃないが、決行だ!!」

「いくわよ和沙! しっかり構えなさい!!」


 凪が体を低くし、衝撃に備える。和沙もまた、結界にこれまで以上の力を籠め、衝撃を全て受け止める体勢を作る。


「水窪、神戸、準備はいいか!?」


『いつでもどうぞ!!』

『こ、こっちも大丈夫です!!』


 端末からは力強い声が返ってくる。それを聞き、ニヤリ、と笑みを浮かべると、ただ一言だけ発した。


「よし、やれ!!」

「いっくぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ドン、と鈍い音が響き渡る。発射音、というよりも着弾音に近いその音は、その場にいた者達の腹の奥底を震わせるような振動を発生させる。

 打ち出した杭の衝撃に耐えた凪は、思わずその場にしゃがみ込む。少し疲れた表情を浮かべた彼女の顔が空へと向けられた。どうやら、第一段階はクリアしたらしい。遥か先、豆粒のように小さくなっていくたった一つの希望を見送りながら、小さく呟いた。


「全く、無茶ばっかりね……」

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