第48話 祭り 後

「しっかし、人の多い……」


 火照る顔を扇子で仰ぎながら、ウンザリとした表情の和佐が呟く。


「そりゃあんた、お祭りなんだから当然でしょ。そ・ん・な・こ・と・よ・り、何か言うことがあるんじゃないの?」

「……何だよ、言うことって?」

「何って、まさかあんた本気で言ってんの!? 目の前にこんな浴衣美人がいるって言うのに!?」

「……」

「ちょっと、なんで黙った」


 つまりあれだろう、褒めろと言うことなんだろうが、いかんせん、和佐にそういう事を期待する方が間違っている。


「……」

「ね、ねぇ、流石にそう舐め回すように見られると、恥ずかしいんだけど……」


 要求しておきながら、いざ値踏みされると恥ずかしく思うところを見るに、あまりこういう事には縁が無いのだろうか? 単に度胸が無い、とも言えるが。


「ん?……、あれだ、馬子にも衣装、って感じ」

「なんだとぉ!? 確かに若干着られてる感がしないでもないけど、言うに事欠いてそれかぁ!!」

「おぉ、正しい自己評価が出来ているのはいい事だ。そこだけは褒めてやる」

「むきぃーーーーーー!! 馬鹿にして!! 見てなさい、後でその言葉を言った事、後悔させてやるわ!!」

「……そう言うなら、その無駄に暴れるのはやめとけ。せっかく整えられてるのに、乱れるぞ」

「ん? ん? ははーん、口ではあんな事言っておいて、実は目のやりどころに困る程、見惚れてたってことね!」

「みっともない事をするな、って意味だよ。そのポジティブだがはた迷惑な自己解釈はどうにかならんのか……」

「プラス思考が魅力な女の子、ってね!」

「もう、何かするまでもなく疲れた……」


 まだ回り始めて十分程にも関わらず、和佐の顔には疲労の色が浮かんでいた。

 ただでさえハイテンションな凪が、まるでガソリンをぶっかけられた炎のような勢いで絡んでくるのだ、疲れないはずがない。


「なぁ、お前らもこれを何とかして……、あ?」


 和佐が背後を振り向く。後ろからついてきているはずの、七瀬と日向にこの暴走特急の対象を頼む為だったが、何故か二人の姿が見当たらない。


「ん? どうかした?」

「……二人は?」

「あぁ、ほっとけばいいわよ。日向は言うまでもないけど、七瀬も相当アグレッシブな方だかし、今頃はそこら辺の屋台荒らしまくってるんじゃないの」

「……」


 和佐が唖然とした表情で固まっている。唯一の生命線がいつの間にやら切れていた。まさしくそんな顔だ。


「待て、待て待て待て待て待て待て! 俺一人であんたの相手をするのか!?」

「なによぉ、こんな美少女と一緒にお祭りなんてそうそう無いわよ?」

「黙ってれば、な。口を開けばウザ絡みしてくる相手と、何を好き好んで一緒に回らにゃいかんのだ!」

「寛容な私でも、流石にそれは聞き流せないわね! 私のどこが不満だって言うのよ!」

「黙ってれば美少女、とか自分で言ってた人間がよく言う……。はぁ……、これも役目か……」


 凪の勢いに根負けしたのか、諦めたような表情で重い溜息を吐く。


「そー、そー、これも仕事よ。たまには私に侍らされなさいな」

「分かったから……、いい加減口を閉じてくれ……」


 祭りの雰囲気に浮かれているのか、いつもよりも遥かに高い凪のテンションについていけず、和佐の心労は増すばかりだ。本人に出来る事と言えば、せいぜい胃に穴が開かないように祈る事くらいだろう。


「そんなところでぼさっとしてないで、さっさと行くわよ」


 そんな和沙の気も知らず、凪は自分だけさっさと先に行ってしまう。再び重い息を吐いた和沙がその後についていく。


「んで、まずはどこから行く?」


 後ろ手に組み、前かがみになって和沙の顔を覗き込みながら和沙に問いかける。その仕草は年相応の愛らしさを感じさせるが、普段があれなだけに素直に可愛いとは思えない。


「好きなところでいいだろ……。むしろ、俺に聞いてどうするんだよ」

「何よそれ~、男らしくエスコートくらいしなさいよ。そんなんだから、女の子と間違われるのよ」


 凪の言う事にも一理あるが故に反論が出来ない。

 とは言うものの、記憶の無い和沙にどんなルートで祭りを回るのかと聞かれても、答えようが無いだろう。何せ、どこに何があるのかすら分からないのだから。


「じゃあ、小腹が空いてきたから、まずは食べ物系の屋台からか?」

「お? ようやくその気になってきわね。いいわね、まずはそんな感じで行きましょうか」


 凪の機嫌が良くなったところを見るに、間違いではなかったようだ。とりあえず、和佐は近くの屋台に向かってみる。


「え~……っと、ここは焼きそばか?」

「お! お嬢ちゃん、お目が高いねぇ! ウチんとこは名物の特製焼きそばだ! ほら、買っていきな!」

「お嬢ちゃん……」


 もはや何度目か分からないその反応にいい加減飽きてきたのか、和佐からの反論は一切無い。受け入れた、と言うよりも諦めた、と言った方がいいか。


「はいはい、可愛いお嬢さんですよ! ねぇ、おじさん、買ってあげるからちょっとおまけしてくれない? ただとは言わないからさぁ、ねぇ……いたっ!? ちょ、何で叩くのよ!?」

「壊れた機械は叩けば直るんだがなぁ……、人は無理か。あ、おじさん、焼きそば二つ」

「あいよ」

「ちょ、それ私が壊れてるって事か!? 言うに事欠いて壊れてるってか!?」

「ほれ、焼きそば二つ」

「ありがとう」


 喚いている凪を完璧にスルーしてお代を渡そうとする和沙だが、屋台の男性は気前の良さそうな表情を浮かべる。


「一人分でいいぞ。可愛いお嬢さんがたがせっかく来てくれたんだ。多少は良いところを見せねぇとな」

「んじゃ、ありがたく」


 屋台の男性に手を上げて感謝を示しつつ、焼きそばを持った和沙が次なる場所へと目指す。


「無視すんな!!」


 後ろで未だに凪が自身の扱いについて抗議しているが、どこ吹く風状態の和沙は、落ち着いて食事が出来る場所を探していた。

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