第49話 この光の中で…… 前

「この辺は意外と静かなんだな」


 道中いくつかの屋台に寄りながら、休める場所を探して回っていた和沙、とその後ろでイカ焼きを頬張りながらも、両手に持った食べ物に絶えず視線を送り続けている凪。そんな二人が行きついたのは、祭りの中心から少し離れた神社の境内だ。

 二人以外にもいくらか人がいるものの、そこまで多くはない。あくまでまばらに見える、程度だ。


「この辺りでいいか。……いい加減どうにかしたらどうだ、それ」

「んむ?」


 イカ焼きがみるみる内に口の中へと吸い込まれていくその様子は、見ていて面白くはあるが、いかんせんそのせいで持ち前の容姿が台無しになっている。


「口だ、口。みっともないったらありゃしない。せめて歩きながら食うのはやめろ」

「もが……、ごくん……。いちいち私の事気にしてるなんて……、あんたも私の魅力に虜って事? これぞ、サマーミラクル!!」

「自分で奇跡って言ってる辺り、自覚はあるんだな。……悲しくならないか?」

「うるさいやい」


 手頃な段差へと腰掛けると、買ってきたものを広げる。その量はかなり多く、和佐一人では到底片づけられない量だ。そう、和佐一人では。


「次はどれにしようかな~」


 食い意地の張った食欲魔人が悩み箸よろしく、指先を右へ左へと移動させる。そのラインナップのほとんどは、ここに来る道中に凪が欲しがった物がほとんどであり、逆に和沙は最初の焼きそば以降、彼女が次から次へと購入していくのを眺めているのがほとんどだった。


「にしても、よく食うもんだ……。その胃袋どうなってんだよ」

「ん? ほら、好物は別腹、ってよく言うじゃない」

「あんたのそれは腹じゃなくてブラックホールだよ……。四次元空間にでも繋がってんのか」

「何それ、どれだけ食べても太らないって事!? いくらでも食べ放題じゃん!!」

「燃費の悪さも折り紙付きだがな」


 見た目では特に変わっているようには見えないのだが、やはり凪も女性だ。体重に関しては人一倍気を使っているのだろう。普段からあまり食べる事のない和沙には、分からない悩みだろう


「よく食べる方が健康的って言うでしょ。ほら、あんたも食べなさい」

「分かったから、適当に押し付けるのはやめろ! それまだ熱いから!!」


 押し付けられたおでんを避け、手頃そうな物へと手を伸ばす。次から次へと口の中へ放り込む凪とは異なり、和佐のペースは遅々としている。ある程度冷めた物や、そこまでボリュームの多くない食べ物を口にしながら、少し離れた場所に広がる祭りの輝きを眺めている。


「早いものよね。もうすぐ半年になるんだから……」

「あん? 何がだ?」


 しみじみと言い出した凪の言葉に、和沙が問い返す。……のだが、その声色にも関わらず、口の周りをソースやら何やらでデコレーションしている凪に、思わず呆れる和沙。


「口、どうにかしろ」

「え? あ……」


 何か拭くものは無いかと懐をあさる凪に、和佐がポケットから取り出したハンカチを手渡す。


「全く、格好のつかない……。で、何が半年なんだよ?」

「ん、ん~……、よし。ほら、あんたと知り合ってそろそろ半年でしょ?」

「俺があんたと初めて出会ったのが、三月の半ばよりも少し後ろ……、まだ一か月以上あるじゃないか。何言ってるんだ」

「ほとんど半年よ半年。一か月くらい大目に見なさいな」

「なんとも大雑把な……」


 確かに大雑把ではあるものの、やるべき事はしっかりやる、メンバーの面倒はしっかり見る等、何気に仕事は人一倍行っている。こうして和沙を祭りに連れ出したのも、その一環だろう。また、祭祀局とのやり取りや、ボランティアへの対応も含めると、受ける心労も相当なものになるだろう。にも関わらず、凪の優先度は自身よりも周りのメンバーのケアの方が高い。日向や七瀬もそうだが、彼女達は他人への気遣いが行き過ぎる部分が多い。役目への責任感なのか、それとも別の部分があるのか。少なくとも、今の和沙には分からない事だ。


「慣れた? なんてもう聞かないわよ。これだけ一緒にいて、慣れない方がおかしいんだから。むしろ、あれだけ美少女に囲まれておきながら、未だに狼狽えもしないってどういうことよ!?」

「何にキレてんだよ……。慣れる、とか慣れない、とかはもう気にしちゃいない。ただ、理解はしていても納得が出来ない事が余りにも多すぎる。それはあんたたちの人柄もそうだし、何より巫女に対しての扱いがそれだ」

「何がどう納得出来ないって言うのよ」


 凪は随分と不満そうだ。


「……命懸けで戦っているのに称賛なんかはロクに無く、それどころか地域への奉仕活動の名目で強制させられているボランティアは、行ってしまえば市民のご機嫌取り兼雑用だ。巫女の活動資金が税金から捻出されているとはいえ、あまりにも度し難い」

「まぁ、言わんとすることは分かるわ。私だって理不尽だ、って思った事、一度や二度だけじゃないしね。それこそ、最初はなんでこんな事までしなきゃいけないのか、って思う事が何度もあった。けどね、そうやって活動をしていくことで分かった事もあるのよ。どんな些細な事でも、助けを求められるなら協力するし、何より達成した時のその人の笑顔が私は好きなの。そんな時に私は思うのよ、あぁ、この笑顔を守ってるんだなぁ、ってさ」

「その行動に、意味が無くともか?」

「意味は無くても理由はあるわ。少なくとも、私は今の活動が間違っている、なんて思ってない。きっとどこかで実を結ぶ。そう信じている」

「……」


 彼女の言葉は、自身を正当化する為だけのものではない。責任を背負い、義務を果たし、その果てに得るものこそが彼女の最大の報酬なのだと。

 ……和沙には到底納得の出来る事では無かった。また、その考え方に理解も出来ない。しかしながら、凪がそれを過ちだと思わない以上、それに対し非を唱える気はさらさら無い。いや、和佐にはそんな権利は無い。


「これ以上失っても……、その言葉、言い続けられるか?」


 これ以上。それは、あの双子を失った事も含んだ言葉だ。おそらく、凪はこの役目を果たす上で、色々な物を失ってきたはずだ。それでもまだ、続ける意思を持つ言葉。それをこれからも言い続けられるかどうか。


「……始まったわね」


 凪は答えない。しかし、代わりに彼女は祭りの光へと視線を向ける。すると、向けた先では、一つ、また一つと、光の球が空に向かって飛んで行く。一瞬、それが何なのか分からなかったが、よくよく目を凝らして見てみると、その正体が判明する。

 紙灯篭だ。それも、掌の大きさの小さな物だ。

 普通の物とは異なり、球皮が薄い紙で出来ているそれは、浮力を生み出している小さな灯の光を伴っているおかげで、遠目から見ると光の球のようになっている。空に飛んで行く数は、時間を追うごとに増えていき、やがて無数の光が空へと上がり、幻想的な風景を作り出す。


「なんでこの祭りが送り火祭り、って呼ばれているか、これがその理由」

「灯りを灯した小さな紙灯篭を、空へと飛ばしているのか……」

「でも、ただの紙灯篭じゃないわよ。あれには一つ一つ、魂が乗せられているの」

「魂……?」

「そ。昔はもう少し先にお盆、って言う行事があったんだけど、この送り火祭りはその代わり、じゃないけど、似たようなものよ。地上に留まる魂を、空へと送る祭り。還すと共に、空から見守ってね、って意味もあるのよ」

「空へと、送る……」

「元々はね、この佐曇湾、かつては牧野湾って名前だったんだけど、ここで起きた大防衛戦での犠牲者や、ミカナギ様を弔う為の祭りだったの。それが時間を重ねて、今みたいに亡くなった人たち全員を送る祭りになった、ってわけ。……この中には、風美と仍美もいる。私はね、誰かがこうして送り続けてくれる限り、さっきの言葉を言い続けるわよ。絶対、何があっても」


 凪は空へと上がっていく光から目を逸らさずに言い続ける。例え、無念のまま亡くなったとしても、こうして誰かが想い続ける限り、彼女は止まらない。ただ、前に進み続ける。

 常人に出来る事ではない。少なくとも、和佐はそうだ。

 恐るべきは、その精神力か。ただ、一途に人を信じているのかは分からない。だが、こうして誰かが送り、送られ続ける以上、凪は巫女として、全力で戦い続けるだろう。誰からも称賛されずとも、誰かが救われるのであれば、それこそが彼女にとって最大の報酬なのだから。


「さてと、それじゃ、私達も行くわよ」

「行くって、どこに?」

「送りに、よ! あの二人には、向こうに行った後も元気でいてほしいからね!」

「そりゃまた……。少しは休ませてやれよ、仍美なんかそろそろ胃に穴でも空きそうな雰囲気だったぞ」

「何言ってんの、仕事は山積みよ! 巫女隊のメンバーである以上、隊長の命令は絶対順守!!」

「はいはい……」


 いつの間にか、買ってきていた食べ物が全て空になっていた。その食いしん坊っぷりに呆れながらも、ゆっくりとその場で立ち上がった和沙の口元には、小さく笑みが浮かんでいた。

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