第50話 この光の中で…… 後

「二人共、こっちですよ~」


 立ち上る光の根本へと向かっていた二人は、そこで先に来ていた七瀬と日向、二人と合流する。その手に持った小さな紙灯篭を見るに、二人は既に送り出す準備が出来ているようだ。凪と和沙も近くで配っていた紙灯篭を手にし、二人の横に並ぶ。


「こうして光の下で見ると、圧巻の一言ですね……」

「立ち上っていく光の奔流……、みたいな?」

「凪先輩が言うと、何故かこう勇ましさを感じるのは気のせいでしょうか……?」

「凪先輩、男子よりも男らしいですからね~」

「ちょっと待ちなさいよあんたたち。何? 私の事そんな風に思ってたわけ!?」

「男らしいと言いますか、おっさん臭いといいますか……」

「何よそれぇ!?」

「……はぁ。こういう時くらい大人しく出来んのか……」


 本日何度目か分からない和沙の呆れたような溜息だが、これこそが彼女達だとも言える。


「それじゃ、飛ばしますね~」


 日向が所定の位置に着き、そこから手に持った紙灯篭を空へと放つ。日向の手から離れた紙灯篭が、ほのかな光を放ちながら空へと上がっていく。その様子を眺めながら、日向が何やら小さく呟いている。


「ん? 何て言ったんだ?」

「えっと、みんながこれからも元気で、それでいて無事に役目を終えられますように、って」

「お願いか? 空に上がっていく魂には、願いを叶える力もあるのか?」

「そういうわけじゃないですよ。ただ、そうなる様に見守って下さい、って事です」

「なるほどな」


 その言葉を聞き、日向は一体誰を送ったのか、少し気になる和沙だったが、それを聞くのは野暮というものだろう。

 和沙には送りたい人がいない。いたとしても、風美や仍美、それくらいだ。かつてはそういう人がいたのだろうが? 考えたところで仕方の無い話ではあるが。

 見ると、凪や七瀬も日向と同じように紙灯篭を放っている。彼女達の口も小さく動いている事から、同じように願いを口にしているのだろうか。


「……」


 願う事など、あるはずも無い。ただ、これから先、無事に事が進むように願うくらいはしておくべきだろう。


「……我らの未来に幸あらん事を」


 この願いは、誰かに叶えてもらうものではない。自分達がどれだけ尽力するかによって叶うか否かのものだ。……努力をしたのでは、願いとは到底言えないのだが。

 そんな事を考えながらも、和佐の手が紙灯篭を離す。それはゆっくり、ゆっくりと空へと上がっていく。やがて、和佐の飛ばした灯篭は、他の人が飛ばした物に混じり、大きな光の束の一部となって空へと流れていく。


「幻想的で、どこか物悲しくなる光景ですね……」


 空へと上げる、と言う事は自らの手を離れる、と言う事だ。別離、とも言える。その行為の意味を理解しているものは、これらの灯篭を寂しげな目で見つめている。分からない者でも、いつかは気づく。故に、今は目を光らせて見ている者へ何かを告げる事は無い。


「……」


 和佐が放った灯篭は既に見えなくなっている。それでも、まだ視線を注ぎ続けているのは、あの灯篭を手放した事に対する哀愁を感じているのか。


「よっし! それじゃ、次行きましょうか!」


 飛んで行く灯篭に意識を持っていかれていた和沙だが、すぐ隣から聞こえた声に意識を取られ、同時に苦笑いを浮かべる。


「もう一回言うぞ、こういう時くらい大人しく出来ないのか?」

「何言ってんの、お祭りなんだから、どういう形であれ楽しまなきゃ! ほら、行くわよ」

「また、あの中に特攻するのか……。明日は一日中ゆっくりしたいなぁ……」


 和佐の腕を掴み、思いっきり引っ張っていく凪は、そんな和沙のぼやきもどこ吹く風。そんな事は知った事かとばかりに、次の屋台目掛けて突っ走っていく。

 一瞬、七瀬と日向に救いを求める視線を向けるものの、微笑ましく送り出されるに留まる。


「明日は一日中寝とこう……」


 再びのぼやき。それは無駄な方向への硬い意思の表れだった。




「いやぁ、満足満足ぅ」

「また食ったのか……」


 散々遊び倒したと思ったら、今度はお腹空いた、などと言っていた凪は、人もまばらになっていた食べ物系屋台に向かい、これまた片っ端から買い込んで腹に詰め込んでいた。また間の悪い事に、客の足がほとんど無くなっていた屋台ばかりだった為、ほぼ全ての場所で歓迎され、まけてもらう、オマケしてもらう等で、その両手は瞬く間に食べ物でいっぱいになった。


「無限の胃袋、底無しの食欲……、はっ!」

「いらん事を言うなよ?」

「残念ですね……、せっかくいい感じの名前が思い浮かびそうだったのに」

「この食欲魔人の胃やら食欲に固有の名前を付けようとするんじゃない! 調子に乗って連呼しまくったらどうするつもりだ? ただでさえ痛いのに、これ以上は手が付けられなくなるぞ」

「ねぇ待って? なんかさらっと言われたけど、私普段から痛い子なの!?」

「色んな意味でな」

「色んな!?」


 帰り際、他の祭り客に紛れないように固まって移動する四人。それぞれが祭りを堪能しきったのか、余韻に惹かれている者はいない。後は、このまま家に帰り、明日を迎えるだけだ。


「そういえば、俺に先輩押し付けた事、恨むからな」

「和佐君なら、先輩を任せるのに相応しいと思ったから、そうしたまでです。信頼しているからこそ、ですよ」

「おい、耳障りの良い言葉を並べてたら誤魔化せると思うなよ。残念ながら、俺はそう単純に出来てるわけじゃないんだ。ほんと、単純ならどれほど良かったか……」

「あはは……。でも、楽しめましたよね? 凪先輩って、自分だけ楽しむ事はしないですし」

「それは、まぁ……、否定はしないけど……」


 和佐の視界の端で、まるで悪戯好きな小悪魔のような笑みを浮かべている凪を見て、和佐は日向の言葉に納得しかけていた自分を引き戻す。このままではあれの思い通りになる事が癪だったのだろう。


「何にせよ、リフレッシュが出来ました。これで、明日からキッチリ切り替えて……」


 七瀬の発言に割り込むようにして、突如として鳴り響くアラーム音。周りにいた祭り客は何事だと、見回しているが、もはやこの四人には聞き慣れたその音色に、七瀬は嘆息しながら、端末の画面へと視線を向けた。


「……訂正します。今から、ですね」


 画面上に現れた、これまた見慣れた表示。また、端末のアラームからいくらか遅れて、街にサイレンが鳴り響く。サイレンを聞いた人々はが一斉に避難の為に動く中、凪がウンザリした表情で口を開く。


「こんな日くらいは休みでいいと思うのにねぇ……。仕事熱心な事で」

「こちらの都合も考えて欲しいですね」

「え、えっと?……、ブラック企業!」

「日向、ボケ大会じゃないんだ。無理に何か言おうとしなくていいんだぞ」

「ボケてるわけじゃないんですけど?……。まぁ、いいか。ほら、仕事よあんた達。準備は……って、する必要もないか」

「大丈夫です」

「私もすぐに行けます!」

「よし、問題無いわね。それじゃ、目標に向かって全速……、何よ?」

「その格好で……、いや、やっぱいい」


 今にも駆け出しそうな面々を見て、浴衣で走るのはどうかと指摘しかけた和佐だが、変身する以上必要無いだろう。既に若干乱れている。


「とりあえず、先に変身だけしとかないか。その辺の影で」

「言い方がやましい」

「そんな所に連れ込んで何をする気なんですか!? いやらしい事する気なんでしょう! ゲームみたいに!!」

「和佐先輩、意外と大胆ですね」

「……」


 ふざけている彼女達を置き去りにし、目が据わった状態の和佐が人の目に付かない暗がりへと入る。その中で一瞬光が瞬いたかと思うと、次の瞬間には、暗がりの中から黒い影が飛んで行った。


「あ、ちょっ! 置いてかないでよ!!」

「怒りましたかね?」

「怒ってたね」


 何とも締まらない話である。

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