第46話 気晴らし
風美と仍美、二人の通夜から数日が経った。
部室に集まり、次のボランティアの準備をしていた一同だったが、彼女達の纏う空気は重々しく、まるで部屋そのものが鉛にでもなったようだった。
原因は分かっている。ムードメーカーがいなくなった事、そして和佐の口数が目に見えて減った事だ。
「……」
今も黙々と準備を進めている和佐に、凪や七瀬が気を向けるも、向こうは気付いた様子すらない。
非常に気まずい空気が流れる中、やはり作業は続いていく。
今日のボランティアは近場の幼稚園で行われるお遊戯会の飾り付けだ。幼稚園の規模がそれなりに大きい為、必然的に飾りも多くなる。それを四人でやろうと言うのだから、一人一人の作業が多くなるのも当然だ。
それ故に、無言になる事が更に多くなり、空気の重さも重くなっていく。
「ね、ねぇ、ここはどうするんだっけ?」
「……ん? そこは折り返すって言われただろ、何言ってんだ」
「そ、そうよね、確認よ確認!」
「??」
こういう時に空気を読んで発言するのが凪だ。自分のペースに持っていけなければ弱い、という弱点はあるが、フォローや話の切り込み時などには滅法強い……はずなのだが。
やはり後ろめたさが勝っているのか、和佐に話しかけるのもどことなく余所余所しい。それは凪に限った話で話ではない。七瀬は元からあまり変わらないように見えるが、その実言葉数が減り、日向に至っては常時狼狽えているような状態だ。それらに対し、素っ気ない和佐の対応が更に彼女達との間に隔たりを作っていく。
「……ねぇ、どうしよう」
「どうしよう、と言われましても……」
凪が七瀬に小声で話しかけるも、この相談を持ちかけられるのは、この数日で優に二桁を超えていた。
鈴音にも、家ではどんな風か聞いた事があった。が、彼女も同じような状況で、解決法を知っているかもしれない父は現在祭祀局に缶詰になっており、母に至っては特に何も語らず、ただジッと見ている事が多いらしい。肉親ですらそれなのだから、彼女達の今の状況は当然と言える。
「でも、今の状況が続くと、下手したら連携にも響くわよ……。早いとこどうにかしないと……」
「ですが、こればっかりはどうにも……。本人の考え方次第としか……」
チラリ、と和佐へと視線を向ける七瀬。聞こているのかどうかは分からないが、今のところリアクションが無いので、何を考えているのか分からない、といったところだ。
「はぁ……、これは私の威厳も形無しね……」
「威厳があったなんて……、今年一番の驚きですね」
「そこに驚かないでよ!! あるでしょ!? 威厳!? え、本当に無い……?」
「少なくとも、威厳を感じるような場面に遭遇した事はありませんね」
「酷くない!?」
しばらく和佐がツッコミ役として機能しない為、凪の相手を七瀬が務めているが、いかんせん七瀬は純粋なツッコミよりも毒を吐く事の方が多い。容赦の無い一言が、確実に凪を抉っていく。
「はぁ……」
その横では、こちらは少し落ち込み気味な日向が溜息を吐きながら、飾りを量産している。しかし、時々手が止まる事があり、あまり効率良く進んでいないようだ。
「どうかしましたか?」
「ううん、何でもないよ……。はぁ……」
何でもない、という割には、溜息の吐き方が露骨過ぎる。とはいえ、これに関しては素だろう。少なくとも、嫌味でこんな事をするような人物ではない。それに、彼女もまた和佐の件で悩んでいる一人なのだ。
騙していた事に対する罪悪感を感じているのだろう。実際に本人の反応を見るまで、認識自体をしていなかったようだが、先日の和佐の反応を見て、改めて自覚した、という事だ。
あまりこういった事が得意じゃない性格なのは、日頃の彼女を見ていれば分かる。だからこそ、人一倍受けるダメージも大きい。
「はぁ……」
何度目か分からない溜息が、部屋を漂う。一朝一夕に解決出来る事柄ではない事を理解はしているものの、このままでは戦闘や活動に影響が出る可能性がある。
「……よし! 決めた!!」
「うわっ、びっくりした」
「ど、どうしたんですか?」
何を決めたのかは分からないが、いきなり立ち上がった凪に驚くメンバー。凪はカレンダーのとある日時を指差して言う。
「この日! 何の日か分かるわよね!」
「えっと、その日って確か……」
「送り火祭り、ですね」
「当たり!! そう、この日は市を挙げてのお祭りよ!! 私達はこれに行きます!!」
「そういえば、準備のボランティアが入ってましたね。あれ? もしかして行くってそういう……」
「ちーがーうー! 準備の為に行くんじゃなくて、楽しむ為に行くの!! 確かに色々あって落ち込む事が多いでしょうけど、だからこそ、一度リフレッシュを兼ねて遊びに行きましょう、って事! 分かった!?」
「なるほど、趣旨は理解しました。ですが……」
「あんたの言いたい事は分かるわ。でもね、こういう状況だからこそ、リフレッシュが必要なのよ。いつまでも滅入ってちゃ、私達だけじゃなく他の人にも迷惑をかけるかもしれないでしょ? 特にそこの二人」
「え? えぇ!?」
「……」
「あんた達の気持ちも分からんでもないわ。けどね、悩んでも答えの出ないものに、いつまでも囚われるんじゃないの。後ろを見るのも大切だけど、見過ぎると足元が疎かになるわよ」
凪の言うことにも一理……、いや、これに関して言えば、彼女の言葉は正論だ。先日の件で明確に命に関わる事と再認識したのだ。引きずり過ぎていては、戦闘時の動きにも影響が出かねない。
「……はぁ、そうだな。あんたの言うことは十割方正論だ」
「あら、あんたがこんな簡単に納得するなんて珍しい」
「正論だ、と言っただけだ。納得はしちゃいない。けど、まぁいいだろ。たまにはあんたの口車に乗せられてやる」
「なんか言い方に棘が無い?」
「いつもだろ」
「いつもですよね」
「……まぁいいわ。んで、そっちの考え過ぎガールはどうするの?」
凪は未だに答えを出さない日向へと話を向ける。振られた彼女は、少しの間逡巡したものの、横目で和佐を見ると、そのまま小さく頷いた。
「……私も、賛成です」
「ふーむ、ちょっと歯切れが悪いわね。それこそ日向にしちゃ珍しいけど、ま、これに関しては七瀬に任せるわ」
「日向の事でしたら全てお任せ下さい。これでも、ネトゲ内ではカウンセラーとしても人気があるんです、私」
「あんたゲームでなにやってんのよ……」
それはそれでどうなんだと思わせるような七瀬の発言だが、不特定多数を相手していると考えれば頼もしい……のか?
なんにせよ、ある程度活気が戻った部室内にて、その後もボランティアの為の飾りを作り続けた一同は、それぞれが数日後に控えた祭りへの想いを馳せながら、手を動かすのだった。
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