十五話 それは唐突に
また数日が過ぎた。
あれから和沙は度々立花に話しかけられるようになり、その影響からか、何故か紫音に絡まれる事も多くなっていた。
和沙としては、情報を得る機会が増えると何とか我慢をしているが、家に帰ってくると布団に入ったと思ったら、その中で大声を出して暴れる等、相当にフラストレーションが溜まっている様子だ。
そんな兄の現状を苦笑いを浮かべながら眺める事の多くなった鈴音だが、実のところ彼女の元にも何度かおかしな話が舞い込んでいた。
その話とは、今の生活に困っていないか、とか、祭祀局でもっと上に行きたくないか、といったものだ。
直接そう言っているわけではなく、そんなニュアンスを思わせる話である為に、鈴音は強く拒否する事も出来ず、時には自分で、時には日和に助け船を出してもらい、その場を乗り切る事が多くなっていた。
「また勧誘~?」
「うん、今日はただの部活の勧誘だったけど。巫女隊の方もあるし、断ったよ」
「大変だね~」
本当に大変だと思っているのだろうか。いつものように、日和ののんびりとした言葉には、ついつい絆されてしまう。以前はその雰囲気に流されまいと抗う姿勢すら見せていた鈴音だったが、今では常に隣に彼女がいる状態だ。
「大変だよ、ほんと。いくら断っても何度も来るし、何より勧誘の仕方が強引な人がいるから、その都度どうやって断るか考えなきゃいけないしね」
「人気者だね~」
「あれって人気云々の問題なの……?」
やって来る人間のほとんどが、まず最初に口にするのがマニュアルでもあるのかと言いたくなるほどテンプレ臭のする勧誘文句ばかりだ。鈴音の元へ来る度、コピーしてペーストしているのではないかと言う程、勧誘されるものは違えど、口にする言葉は非常に似通っている。
要は、彼らにとって必要なのは鈴音が所属している、という事実であり、そこに鈴音の考えや力は必要とされていない。改めてそう認識すると、気分が悪くなるものだが、当の本人は有名税として半分諦めている節がある。それほどまでに、鴻川鈴音の名は校内どころか市内にまで素早く伝わり、その名を利用しようとする者が増えてきているのだ。
幸いなのは、その影響が和沙へと及んでいない事か。聞けば、クラスメイトから度々遊びに誘われる程度で、今のところ不審な人物に付けられている、と言った事は無いようだ。
とはいえ、それも時間の問題であるのは明白だ。あまり事を長引かせれば、本来出ない場所にも影響が出かねない。
「色んな場所で聞くからね~、鈴音ちゃんの名前~。やっぱり有名なんだよ~、佐曇の天至型を撃退した巫女隊の一人だもんね~」
「……」
鈴音の表情は非常に複雑なものだ。
確かに、彼女は佐曇神奈備ノ巫女隊の一員として天至型と戦い、これに勝利した。しかし、その勝利に貢献したかと言われると、首を傾げざるを得ない。
結局のところ、あの戦いで一番大きな戦果を上げたのは和沙だ。本人は納得しないだろうが、あの場にいた誰もがそう思っている。そんな兄を差し置いて、そこまで活躍したとは言えない自身がこうして評価されているのを何度も歯がゆく感じていた。まぁ、和佐自身は全くと言っていいほど気にしていないのだが、周りの者はそうはいかない。
どれだけ努力しても評価されない者もいれば、その逆もいる。悲しい話ではあるが、所詮人はうわべだけの情報しか理解出来ないものなのだ。
「ん~、何か難しい事考えてる~?」
「え? いや、そんな事は無い……事も無いけど……」
「ダメだよ~、そんな顔してちゃ~。おでこに皺が出来ちゃうよ~」
つんつん、と指先で鈴音の額を突く日和。鈴音は、そんな日和の指を見つめ、小さく笑みを作る。
「そうね、解決しない事を考えても仕方ないわよね。ありがと、日和」
「んふふ~、どういたしまして~」
決して頼りがいがあるとは言えない。しかし、彼女のような存在は、時として何よりも心強くなる事もある。鈴音にとって、決して失う訳にはいかない大切な友人だ。……そのほんわかとした雰囲気に台無しにされる事もあるが。
「そういえば~、今日はどうするの~?」
「ん? どうって?」
「ほら~、今日は訓練自主練だよ~」
「そういえばそうだった……」
佐曇の巫女隊とは違い、ここでは巫女全員が集まる事が少なく、ほとんどが基本的に自主的な訓練を行っている。例えば、紅葉は毎日訓練場に足を運び、その度に異なる訓練を行っている。一応、ルーチンはあるらしく、それでも一週間ずっと同じ訓練をしない等、工夫を凝らしている。また、その次に訓練量が多いのが意外にも瑠璃だ。と言っても、紅葉のように満遍なく訓練をするのではなく、主に自身の役割、切込み役として必要なものしかしない。彼女に付いている千鳥も同じだ。
残り三人の内、一番多いのがこれまた以外な明で、その次に睦月、紫音となる。紫音は言わずもがな、モデルとしての仕事があり、そのせいで不在になる事が多く、訓練の量は他のメンバーと比べるとガクッと落ちる。明は女子生徒と共に遊びに行くことが多く、そのせいで、基本的にチームプレー前提の訓練がメインの睦月とそこまで訓練量に大差は無い。
以上のように、各々が自身のペースで訓練を行うのが御前市の巫女達であるが、鈴音がそれに合わせる必要は無い。むしろ、彼女としては守護隊の方を見てみたい、という思いが以前からあり、近い内にそちらの訓練に参加出来ないか考えていた。
「そうね、ちょうどいいし、今日は守護隊の訓練にお邪魔しようかな? って言っても、許可が出れば、の話だけど」
「お~、守護隊の訓練見に来るの~? いいんじゃないかな~。みんな喜ぶよ~」
「喜ぶ……かな? いきなり来て、迷惑だとか思われない?」
「思わないよ~。むしろ~、巫女に見てもらうのって滅多にないから~、張り切っちゃうんじゃないかな~?」
「そう? それならいいんだけど……」
御前市守護隊は、言わば巫女隊の予備役だ。予備役と言っても、巫女隊に欠員が出た際に補充要員としてその穴を埋めるだけが役目じゃない。彼女達は常日頃から訓練を欠かさず、力を付け続けている。そのおかげか、一個小隊で上手く連携すれば、中型程度ならば問題無く倒す事が出来る程度の実力を持っている。いくら統一規格の武装とはいえ、その性能は巫女の持つ武器よりも遥かに劣る。しかし、それらのハンデをチームプレイで補い、巫女の代わりに、小型や少数の中型の対処を行うのが守護隊の役目だ。実際、近年では巫女隊の出撃数よりも、守護隊の出撃数の方が数が多い。その数値が、彼女達の実力を裏付けている。
「それじゃ~、行こうよ~」
「そうね。勧誘だ何だかんだで時間食っちゃったし、早く……」
日和が急かし、鈴音が荷物を纏めている、その時だった。
『――――――』
「サイレン……?」
「あ~……」
佐曇で聞き慣れたものとは異なり、幾分か高いが、その音は確かに敵の襲来を告げるサイレンの音だった。
その音を聞き、少々体を強張らせた鈴音とは違い、どこかうんざりしているような声を漏らす日和。
「ごめんね~、見学は無理になったよ~」
「今のって、もしかして……?」
「うん~、温羅が来た音だよ~」
日和が教室の出口まで足早に駆け出すと、教室から出る直前にクルリ、と鈴音の方を振り向く。
「だからね~、また今度かな~」
「私も……」
「鈴音ちゃんはまだ無理なんじゃないかな~。チームプレイの訓練もまだだよね~?」
「でも……!」
守護隊、と名の通り、基本的には温羅が襲来した場合、真っ先に現場に駆け付けるのは彼女達だ。その後、敵の規模を確認し、巫女隊に要請を行うかどうかの判断がされる。つまるところ斥候、先遣隊と言ったところか。
「今日はお留守番だよ~。ごめんね~」
「……」
どことなく寂しげに口を開く日和に対し、鈴音は手を顎に当てて何やら考え込んでいる。
「??」
「……要は参加しなければいいんでしょ? 付いていくくらいは問題無いはずよ」
「むぅ~、強情~。そんなにわたしの力が信用出来ない~?」
「そういう事じゃないの。ただ、これから先、もしかしたら戦うかもしれない相手を私自身の目で確認しておきたい。だから、見学だけでいいの。一緒に連れて行って。絶対邪魔はしないから」
「ん~……」
気のせいか、少し日和の目つきが鋭くなった気がした。しかし、次の瞬間にはいつも通りとろんとした目に戻ったが、その表情はあまり歓迎しているようには見えない。
「……まぁ~、邪魔にはならないって言うなら~」
「大丈夫! 邪魔なんてしないから!」
「仕方ないな~」
そんな事を言いつつも、日和はどこか嬉しそうだ。どんな形であれ、やはり友達が傍にいてくれるのが心強いのだろう。その足取りは先ほどと異なり、少し軽い気がする。
「それじゃあ早く~」
「あぁごめん! 今行く!」
果たして、日和の戦いぶりを見て、鈴音が何を得るのか。今はまだ誰にも分からない。
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