第23話 蒼光 中

『距離、三百五十です』

「まだ遠いですね……」


 端末から発せられる音声を拾いながら、七瀬が先手を取れないかどうか試していた。が、流石に巫女仕様の弓でも、この距離は難しいようだ。


「しっかし、海から来るんだな……」


 和佐の視線の先には、件の温羅達が海に浮きながらゆっくるとこちらに向かっている。


「……地域によっては山から出てくる事もあるそうですよ」

「すごいよね?。あんなにおっきなのが浮かんでるんだよ? プカープカーって」

「気が抜けそうな事を言わないでくれ……」


 和佐にとっては、初めての海上戦。それなのに、敵は遥か遠くにいる。攻撃が届くのは七瀬か風見くらいだが、それだけの火力では先手を取る意味が無い。


「で、どうするんだ、隊長」


 和佐の声が、水平線と一体化している温羅を睨みつけている凪に向けられる。


「ん?、待ってる時間も勿体ないし、こんだけ広い場所ぜ戦えるのも滅多に無いからね?……」

「え、先輩、もしかしてアレやるんですか!?」

「えぇ……アレ疲れるからやだなぁ……」

「私もあまり得意じゃないです……」


 和佐を除き、口々に文句を言う一同。それを聞いた凪も、非常に苦い表情をしていた。


「私だってそうよ。でも、ここでやっとかないと、上陸されてからじゃ後手に回る可能性があるわ。だから、多少強引でも、ここで叩く」

「仕方ありませんね……」


 完全に置いてきぼりの和佐を他所に、話がどんどん進んでいく。意を決して、和佐が横から口を挟む。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。アレってなんの事だ!?」

「あれ教えてなかったっけ? そっかぁ、やってなかったかぁ……、どうしよ」

「ぶっつけ本番で大丈夫でしょう。和佐君ならすぐに慣れますよ」

「俺の意思関係無しに話が進んでいくんだけど……」

「ごめんごめん。一応、みんな候補生の時点でマスターするんだけど……、よっと」


 言いながら、凪が海に飛び込んだ。


「え、ちょ!?」


 いくら御装で強化されているとはいえ、あの服装での着衣水泳は難しい。急いで和佐が凪の元へ行くと……


「ほら、こんな感じ」


 泳いでいなかった。いや、そもそも水の中にすら入っていない。浮いていた。


「……」

「呆気に取られてますね。まぁ、無理も無いでしょう。私達も最初はそんな感じの反応でしたし」


 そう言いながら、七瀬もまた海へ入ったと思いきや、水の上に立っていた。


「よいしょっと……、とと」

「うーあー、これ難しいんだよねぇ……」

「仕方ないよお姉ちゃん」


 全員が海の上に立つ。彼女達を表現するならば、さしずめ海の上のスケーターと言ったところか。しかし、和佐は別の感想を抱いたようだ。


「アメンボ?」

「誰が虫じゃい! 海上の妖精とおっしゃい!」

「妖精も虫と大して変わらない気はするけどな……」


 凪と和佐のやりとりを無視し、横から七瀬が割り込む。


「このように、足の下に結界を張るんです。とはいえ、完全に固定されているわけではないので、多少滑りますが」

「結界を足場にするってことか……、何ちゅう力技……」

「時間も無いからさっさと実践。土壇場で二つ結界張ったあんたならどうにでもなるでしょ」


 おそらく、ビルを倒壊させた時の事を言っているのだろう。確かに、あれは二つ同時に結界を発動したが、こちらの方が難易度は遥かに高い。


「そんな無茶な……、あ、出来た」


 が、思いのほか上手くいった。浮くのは、だが。


「あ、ちょっと待って。これ凄い滑る!」

「言ったじゃないですか、滑る、と」

「流石にこれは滑りすぎ……うわっ!?」


 落ちた。飛沫を上げ、海の中に。


「……まぁ、第一段階はクリアしたからいいか。あんたはそこで上手く動けるようになるまで練習してなさい。それが出来るようになったら参戦。分かった?」

「ぐぐぐ……、努力する……」

「よし、それじゃあ私達はこのまま温羅を叩きに行くわよ」

『はい!』


 凪の号令で一斉に跳躍する。


「なるほど、あれなら滑るのもあんまり関係無いのか……」


 どうやら、一応のヒントは得たようだ。そのまま、和佐はその場で海上歩法の練習をする。

 その後、和佐が参戦したのは十分程後の事だった。ご丁寧に再びずぶ濡れになって。




「しかし驚きましたね」

「何が?」


 七瀬が後ろを横目で見ながら凪と言葉を交わす。


「和佐君のことです。私達ですら、海上での歩法はマスターするのにかなり時間がかかったのに、こんな短時間で……」

「経験があるんでしょ。もう驚かないわよ」

「……やはり、あの仮説は正しいと?」

「支部長の話? 信憑性は十分ね。と言うよりも、これ以外無いでしょうね」


 和佐の正体、それは巫女隊の隊長である凪にもそれは知らされていた。そして、次期隊長予定の七瀬にも。


「けどまぁ、まだはっきりしたわけじゃないから、決めつけるのはどうかと思うわよ?」

「それもそうですね。今は目の前の事に集中しましょう」


 ちょうど自分のレンジ内に到達した七瀬が、弓を引き絞る。


「そーそー、一つ一つ地道にやっていくしかないのよ」


 凪が盾を構える。眼前に迫った大型の温羅を見据えながら、大きく息を吸い込んで、声を上げる。


「全員戦闘態勢!! 気合い入れて行きなさい!!」

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