七十八話 激闘の果てに……
予想外の事態は先の棘に留まらず、その後も何度か危ない場面はあったものの、大型の動きをほぼ完全に封じていた彼女達の相手ではなかった。
この短期間に二体の大型温羅と対峙し、それに勝利した彼女達は、自身らの足下でゆっくりと塵になっていく温羅を見下ろしながら、それぞれが深く息を吐く。そうした後に、ようやく自分達が勝利を収めた事を再認識する。
「勝った、ぞ……」
満身創痍ながらも、なんとか勝鬨を上げようと紅葉が声を上げるが、その様子は今にもその場に倒れ込みそうだ。そしてそれは、他のメンバーにしても同じ事。睦月が額の汗を拭い、その足下では明がうつ伏せに倒れている。少し離れた場所にいる瑠璃と千鳥に関しても、普段はあまり表情を表に出さない二人だが、今ここにおいては、その顔に相当な疲労の色が見て取れる。彼女達に関しては、他のメンバーが準備をしている間も戦っていた為、その疲れはかなりのものだろう。
鈴音もまた、他のメンバーに負けず劣らずの活躍をしていた為か、その顔には疲労の色が濃く出ていた。しかし、その隣で地面にへたり込んでいる日和達に比べれば、幾分か余裕が見える。この辺りは自力か、それとも御装と贋装の差か。何にしろ、守護隊と比べれば、まだ戦えるようにも見えなくもない。
「とにかく、ここから出ましょう。こんな場所にいては、回復するものも回復しません」
死屍累々、という程ではないが、力を使い果たした面々を見回し、鈴音は冷静に進言する。ここは先進都市の下水道とあって、他の街の下水程汚れは見当たらず、むしろ清潔な印象すら受ける。しかし、あくまでここは下水道、人が滞在するには不適切な場所である事には変わりは無い。
「そうだな。私も早く外の空気が吸いたいと思っていたところだ」
「穴開いてるんで、換気はされてるはずですけどね」
「……単なる比喩だ、察しろ」
そんなやり取りを交わしながらも、崩れた瓦礫を階段のようにして、地上へと向かう。
地上へと上がる途中で、鈴音達はある音を耳にする。それは戦闘音と思しき甲高さと轟音が混じったものだ。どうやら、和沙の方はまだ終わっていないらしい。
「あれだけ大口叩いたくせに、まだ終わってないんですね」
「……お前もなかなか言うな」
その辛辣な言葉は勢いよく啖呵を切った兄に向けてのものだろう。大型の脅威は、今しがた戦ってきて分かっているにも関わらず、まだ戦っている最中であろう兄に向ける言葉には労わりの欠片すら見えない。
そこまで言う程兄の実力を信用している、という事であれば美しい兄弟愛とも取れたが、如何せん普段の和沙に対する鈴音の態度を知っている者が見れば、そんな微笑ましいものではない事が分かる。とはいえ、そこに信頼が無いわけではな無い。口にした事は必ず実行する。そう信じているからこその言葉、ともとれる。
「一先ず、ここは援護に向かうべきだろう」
「待って。私達が援護に向かって何をするの? こんな状態で戦いに参戦すれば、和佐君の足を引っ張る事は分かってるはずよ」
「だった、ここで指を咥えて見ていろ、とでも言うつもりか?」
「時にはそれが必要な事もあるの……。とにかく、私達はこのままあの戦いが終わるまで下がっておくべきよ」
「だが……」
「そいつの言う通りだ」
紅葉が反論しようとした時、頭上から声が聞こえた。そちらに視線を向けると、温羅の攻撃で吹き飛ばされ、ちょうど彼女達の背後のビル屋上付近まで飛んで来た和沙が体勢を整えているところだった。
「そんな状態で来られても足手まといになるだけだ。だったら、そこで大人しくしててくれ」
「そういう割には、結構時間が掛かっているように見受けられますが?」
「言っちゃ悪いが、ごり押しは趣味じゃないんでね。弱点を見つけて、確実にそこを突くってのが俺の戦法だ」
「……冗談ですよね?」
「何おう! 俺のこのインテリジェンス溢れる戦い方が理解出来ないってのか!?」
「頭を使うって、頭突きすれば良いってわけじゃないんですよ? 知ってます?」
「知っとるわ!!」
未だ大型は健在にも関わらず、なんとも気の抜ける会話をしている鴻川兄妹。周りのメンバーはそんな二人のやり取りを呆れた目で見ていたが、忘れてはいけない、まだ大型は残っているのだ。
「っと、それはマズい!!」
ビルの側面に突き刺していた長刀を抜き、別の建物の屋上へと投擲、突き刺さった事を確認すると、一拍の後にその姿が蒼い光を一瞬迸り、いつの間にか刀が刺さっているすぐ傍に移動していた。しかし、驚くべきはそこではない。一瞬前まで和沙がいた場所目掛けて、オレンジ色の糸のようなものが突き刺さる。が、糸だと思われたものは、時間が経つにつれ、徐々にその太さが増し、やがては大の大人二人分ほどの直径になったところで、唐突に消えた。しかし、その消えた跡を見た瞬間、その場にいた者は全員顔を青ざめた。
抉れているのだ。ちょうど、消え去る直前の太さくらいだろう。円形に抉られ、建物の壁の向こうどころか、建物そのものの向こう側が見えている。抉った、と言ったが、この様相を見るとそれが適切な表現ではない事が分かる。くりぬかれた、もしくはその部分だけ消失した、と言うべきだろう。
それがあの温羅の力の正体。触れる物全てを消し去る怪光線、と言ったところか。
「近づいたら拡散する熱線、離れたら今の照射……。まったく、大型はどいつもこいつも遠距離攻撃ばかりするくせに、何でこうも至近距離まで対応してくるかね。流石に反則だろ」
傍から見れば、和沙の能力もそれに負けず劣らずだ。双方が異常と言わざるを得ない。しかしながら、温羅はある目的の為に最適な性能のみを搭載された兵器とも言える。ならば、能力自体が異常でも、その扱いに長けているのは向こう側だろう。和沙の言っている事もあながち間違いでもない。
「もう近づくのめんどくさいな……。炉心もどこにあるか分かったし、ここからでいいか」
そう呟くと、和沙は長刀を逆手に持ち、その場でやり投げのような構えをとる。おそらく、また刀を投擲するのだろうが、何やら様子がおかしい。普段であれば、刀を投擲した後に神立を使う為、投げるその手には蒼い光は宿っていないのだが、今、その手は蒼い稲妻を纏っていた。
その状態で何をするのかと思いきや、しっかりと地面を踏み込んだ和沙は、上半身の回転と下半身の踏み込みでその長刀を……全力で投擲した。それは、普段行っているような移動の為のものではない。その一投は、間違いなく敵を仕留める為のものだった。
その印象通り、和沙の投げた長刀は真っ直ぐに残った一体の大型目掛けて飛んで行く。そして……、その外殻ごと、中を貫いた。
和沙の戦法の一つとして、敵目掛けて刀を投げる事は多々ある。しかし、その大半は敵のすぐ傍まで高速で移動する為の手段の一つとして、あくまでダメージは二の次といった様子だった。しかし、今の一撃は間違いなく敵を確実に絶命させる為の一撃だ。そこに手加減など微塵も存在しない。
その一撃の効果は絶大で、貫かれた大型は炉心を砕かれたのか、ゆっくりと塵になっていく。それを見た巫女隊メンバーは唖然とした表情を浮かべていた。
「……弾道ミサイルじゃないんだからさ」
大げさな例えだとは思うだろうが、それでもそうとしか思えないものだった。その気になれば大型など一撃で倒す事が出来る。そんな現実を目の当たりにした彼女達は、揃って肩を落としていたが……。
「あんなもん、そう何回も出来るか」
そこに、肩が痛むのか、ぐるぐると回しながら和沙が建物の上から降りてくる。
「あれは弱点が分かっている状態じゃないと正確に撃ち抜けないし、何より力を集中させている間は無防備になるからな。距離が開いて尚且つ向こうが油断してたから出来た芸当だ」
「普段、手を抜いてやってた訳じゃ無いんですね」
「手を抜くくらいなら戦わんわ。アホか!」
どうやらあの攻撃はそうそう簡単に出来るものではないらしい。必殺を心掛けている以上、ここぞという場面でしか使えないのだろう。まさしく必殺技、奥義と言うべきか。
「さっきので最後か?」
「の、はず。追加が出てきてなければ、の話だけどな」
「ホントに一人でやっちゃった……」
そんな風に話していると、これまで別の場所で全体の確認と援護射撃を行っていた紫音と日和が手を振りながら和沙達へと向かってくる。
「やぁっと合流出来た……。もうホント疲れたよ……」
随分と疲労が溜まっているのだろう。紫音が膝に手を当てながら辛そうに声を絞り出す。
「走り回ったもんね~。疲れたよ~」
「?? 二人は何をしてたんだ?」
「紫音さんと日和には、兄さんの援護をお願いしてました。いくら一人で大型を何体も相手に出来るとは言え、万が一は考えるべきだと思いましたから」
「時折飛んで来た豆鉄砲みたいなのはお前らのか。……まぁ、あっても無くてもどっちでもよかったけど、あるに越して事はないわな」
「……あれ? これって褒められてるの?」
「さてね」
ぷい、と顔を逸らした和沙の真意はどこへやら。何はともあれ、これで目下の問題であった大型の排除は完全に終わった。後は、例の根を調べるだけだが……。
「待て、あれを調べるのは我々がやる。鴻川兄はここで待機していてもらおう」
動きかけた和沙を制止するように、紅葉が口を開く。いくら助力を得、協力しあったとは言え、ほんの少し前までお互いに剣の切っ先を向け合っていたのだ。完全に信頼する、というのはどだい無理な話だろう。
「……、分かったよ。どうぞ、お嬢様方。足下にはお気を付けください」
一瞬、納得のいかない表情を浮かべたものの、すぐに彼女達に向き直り、うやうやしく礼をして見せる。が、その動作一つ一つが嫌味として行われている事は自明の理であった。
そんな和沙を一瞥し、特にリアクションもせずに紅葉は和沙の横を通り過ぎ、調査を始めようとした、その時だった。
「……!! 地震か!?」
「え、ちょ!?」
「……大きい!」
突如として、凄まじい揺れが彼女達を襲う。その強さは、これまでのものの比ではない程の大きさだ。思わずその場にいた誰もがよろけ、地に手を着くものまで出る程だ。
「……なっ!?」
そして、その揺れの最中、彼女達の目の前に唐突にある物が出現した。
ソレが現れると同時に、揺れは小さくなり、それぞれが安定して立つ事が出来る程になっていく。
しかし、彼女達はまともに立つ事よりも、目の前に現れたソレに全ての意識を持っていかれていた。
街のど真ん中に巨大な穴を穿ち、そこから空高く、天まで伸びたその姿は、これまでどこに隠れていたのか、と疑問に思わずにはいられない程の大きさを誇る。
「なるほど、これが正体か」
和沙が呟く。目の前のソレを目にし、どこか淡々とした様子で。
巫女隊の前に現れたのは、高さ数百メートル以上はあるかと思われるような、巨大な、いや、あまりにも巨大過ぎる黄昏色の樹だった。
二章 終
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