七十七話 逆襲の狼煙
「話は聞いたな? 一体は我々が対応し、それ以外は鴻川兄がやるそうだ」
「え~……」
「何だ筑紫ヶ丘。文句でもあるのか?」
「そういう事じゃ、ないけど……」
文句はあるだろう。少なくとも、ここに至るまでの戦いで彼女達は十二分に消耗している。そろそろ休む必要がある、というのは紅葉以外ここにいる誰もが思っている事だが、大型が依然健在である以上、ここから離れる訳にもいかない。
瓦礫に隠れながら、様子を窺う紅葉に、睦月が下から問いかける。
「やるのはいいけど、作戦とかはどうするの? もうさっきのは使えないし、そもそも形からして別だし……」
「言いたい事は分かる。が、私も考え無しというわけでは無い。我々が対峙するのは、あの長い尻尾を持つ奴だ。なのだが、おそらく奴の攻撃手段はあの尾の先端の鋭い刃だろう。サソリをモチーフにしているのか、それとも恐竜でも参考にしているのかは分からんが、あんなものを振り回されたらたまったものじゃない。そこで、だ。リーチの長い武器を封じるにはどうすればいいか、分かるな?」
「狭い場所へ誘い込む……ですか?」
「そうだ。しかし、この辺りの狭い場所と言えば、それこそ路地くらいしか無い。そんな場所に誘い込もうとしても、入れずにせいぜい尾だけ伸ばされ、攻撃を受けるくらいだろう。だが、私はある事に気が付いた」
そう言いながら、紅葉はブーツのつま先で地面を突く。
「下だ」
「さて……向こうは上手くやってるかなぁ……っと」
小さな虫の群れのようなものをかわしながら、和沙は横目で妹たちを眺めている。紅葉達が作戦を立てている間、こちらはこちらで既におっぱじめており、大型の波状攻撃を受けている状態だ。しかし、その中でも先ほど紅葉に相手をするよう伝えた大型に関しては、少し離れている為かこちらを見る事すらしない。無視をされている……ならば、不意打ちの絶好の機会だ。
などとは言わない。アレは巫女隊に任せたのだ。任せた以上は職務を全うしてもらわなければ、和沙にあそこまで言わせた意味が無い。
「意地は……多少あるだろうが、それでもプライドであの言葉が出たわけでは無いなら、正直見直すべきだな。職務に全うと言うか、がむしゃらと言うか……、懐かしい話だ」
思えば、今でこそこんな調子だが、和沙にもあんな感じの時期があった。ひたすらに課せられた役目を果たす為、日夜飛び回り、それこそヘロヘロになって家に帰ったものだ。それがいつからだったか、気付けば周りの人間は和沙の味方のふりをした者ばかりで、本気でその体を心配している者などいなくなっていた。いや、中にはいただろう。茜などはその最たる例だ。そんな状況でありながらも、ひたすらにやるべき事をする為、奔走したものの、その果ては知っての通り。
それを思い出すと、少しばかり彼女が羨ましく思えるのか、和沙の目が小さく細められる。
と、そこで目の前に迫っている物体の正体を思い出し、現実へと引き戻される。感傷に浸るのもいいが、それは目の前の敵を倒してからにするべきだろう。
「それじゃあ、ちょいとばかり本気で行くぞ」
そう呟くと同時に、蒼い閃光が迸った。
「うわぁ……」
鈴音がこれまた呆れたような声を出す。どうやら、遥か前方で行われている和沙の戦闘を見ての感想らしい。もはや言葉にすらならないようだ。
「前にも一度見たけど、とんでもないわね、あの子」
睦月もまた、遠目で和沙を見ながら呟く。人とは思えない動きで宙を飛び回る姿なんて見れば、誰だってそう思うだろう。むしろ、まだ人間扱いされてるだけマシだろう。
「二人共、さっさと手を動かせ。時間は待ってくれないぞ」
前方で和沙が温羅と怪獣戦争を繰り広げているのとは逆に、こちらは地面に何かを埋めていた。それぞれを線で繋ぎ、連結していく。その様子は、まるでどこぞの国家で行われている地雷の設置のようであった。
彼女達から少し前では、瑠璃と千鳥が大型と大立回りを繰り広げている。しかし、彼女の攻撃はあくまで温羅の気を引く程度に留まり、決定打はおろか、その外殻に傷を付ける事すら叶っていないように見える。いや、そもそもそうする気すら無いようだ。
そして、温羅が戦っている所を挟んで反対側、そこでは紅葉達と同じように、守護隊の四人と、明がこちらも地面に何かを埋め込んでいる。
彼女達が埋め込んでいる物、その正体は数分前、日和が口にしたある物だった。
曰く、紅葉が想定している作戦を実行に移すには、相当な破砕力が必要との事。また、それは二か所ほぼ同時でなければ効果が薄いどころか、そもそもハマってくれない可能性がある為、この中で一番破砕力に長けた明一人では足りないとの事。どうしたものかとうんうん唸っていたところに、合流した日和が口にした一言。
―こんなのがあるんですけど~―
―……一つ聞こう。何故、そんな物がここにある?―
―そりゃもう~、何かあった時にこう~、どか~ん、と~―
―待て待て待て待て、お前の言う何かとは何だ!? そして、その状況で何故C4が必要になる!?―
―瓦礫に埋まった時~、とか~?―
―それは抜け出す為じゃなく、自決する為の物じゃないのか……?―
―あぁ~、そうなるかもしれませんね~―
―鴻川、こいつ怖いぞ―
―あははは……―
何がどうなってそうなったのか、詳しく聞く事は出来なかったが、ともかくとして、日和が所持していたC4爆弾をこうして全員で手分けして地面に埋め込んでいるところだ。おそらく、これだけでは火力がまだ足りない為、確実に成功させる為には、温羅の真下で地面を思いっきり攻撃する必要が出てくる。そちらはめでたく明の担当となった。本人は脂汗を垂らしながら、引き攣った顔をしていたが。
「……こちらは完了だ」
「こちらもです。あちらはどうでしょうか?」
『はぁ……、こっちも終わったよ。それよりも鈴音ちゃん、やっぱり日和ちゃんちょっとおかしくないかい? 何を言っても軽く流されるんだけど。その癖、ときどき来るジャブ妙に痛いんだけど』
「そういう子です。諦めて下さい」
どうやら向こうは向こうで仲良くやっているらしい。自身の従巫女が本隊メンバーである明に何か失礼な事をしていないか、少しばかり気になった鈴音ではあったが、よくよく考えてみれば、いつもそういった行為を率先して行っているのは明の方だ。偶にはこういう人の面倒を見る、という事も必要だろう。
「よし、なら各員設置位置から離れろ。筑紫ヶ丘、灘と樫野に合図を送れ」
「えぇ」
睦月が前で戦う二人に向かって大きく薙刀を振るう。それを目にした瑠璃と千鳥は、大型の周りを飛び回る事を止め、睦月達の元へと後退する。それと入れ替わりになるようにして、前に出たのはやはり苦渋の表情を浮かべている明だ。彼女は火力こそあるものの、基本的に防御力は皆無に等しい。タイプとしては、和沙よりも更に一撃に重きを置いたタイプだろうか。
それ故に、こうして一人で出ていくのはほとんど自殺行為に等しい。何せ、彼女の戦闘スタイルは誰かと共に戦う事を前提としたものだからだ。……その割には、訓練をよくサボる姿が見られるが、そこは持ち前の資質でカバーしているつもりなのだろう。
とはいえ、彼女が自身の役目を果たさなければこの作戦が成功する事は無い。笑顔の日和に見送られながら、まだ温羅が瑠璃達に気を取られている間にその足下へと潜り込む。あとは紅葉の合図を待つだけ。
「よし、やれ!!」
「はい!!」
隊長の声に合わせ、各員が一斉に手に持った起爆装置のスイッチを入れる。その瞬間、地面に埋められていたC4が順番に爆発していき、まるで温羅がいる一区画を切り取るようにして囲んでいく。仕上げは……
「櫨谷!!」
「えぇい! もうどうにでもなれ!!」
明の右腕、そのリボルバー式のカートリッジが回転し、撃鉄を弾く。それと同時に、明が温羅の足下、つまり真下を思いっきり殴った。すると……
「よし!!」
ひび割れる音が地面から聞こえ、そしてその罅はまるで蜘蛛の糸を張るかのように、温羅を囲うようにして起爆されたC4へと伸びていく。そして、次の瞬間だった。
「うぉわぁ!?」
明のおよそ少女とは思えない叫びと共に……地面が陥没した。
そう、この温羅の真下、地下は先ほど日和達が大型の向こう側へと回り込むのに使用した下水道となっていた。一応、現在の日本の主要都市でもある街である為か、下水道の大きさはかなりのものだ。それこそ、今鈴音達が相手をしている大型の横幅くらいならすっぽりとハマってしまいそうな程に。
つまりはそういう事だ。この下水道に大型をハメて、上手く攻撃が出来ないようにしよう、というのが紅葉の作戦だった。そして、その作戦はものの見事に成功した。いや、第一段階がクリアした、と言うべきだろう。そもそも、温羅の動きは封じたものの、それでもまだ長い尻尾は動きが制限されながらもそれなりに自由に動いている。
しかし、この状況であれば方向転換は容易ではない。尻尾にさえ気を付けていれば、もはや動きを封じた時点で彼女達の勝ちも同然だ。
「かかれ!!」
再び紅葉の号令が辺りに響き渡る。同時に、下水道へと飛び降りていくメンバー達。温羅はそれを迎撃しようと尻尾を振り回すも、その長い尻尾はこの狭い空間では上手く機能せず、せいぜい後方部位が向いている方向にしか攻撃が出来ない。
「……」
それを見て、それぞれが好機と判断し、一斉に攻撃を加えようとするが、何故か鈴音だけはその様子をジッと見つめていた。
あそこまで動きを封じられているにも関わらず、温羅が動かしているのは尻尾だけ。本体はその場で身じろぎすらしない。それに嫌な予感を感じた鈴音が、紅葉達に向かって制止するように叫ぶ。
「待って下さい!!」
「何を、今こそ好機……、ッ!?」
しかし、飛び掛かる瞬間、紅葉の顔色が変わる。彼女の視線の先には、依然動けない姿を晒しているように見える温羅が一体。だが、彼女もまた、先ほど鈴音が気づいたように、温羅が本体を一切動かそうとしない事に言い知れ様の無い予感を感じた。
「全員、止ま……」
即座に制止をかけようとするも、時すでに遅し。
一瞬、尻尾が完全に動きを止めたと思ったら、次の瞬間には、温羅の外殻、その上部が開き、そこから無数の棘が突き出て来た。
「!?」
すぐさまその棘を回避しようとするも、メンバーのほとんどがその身を宙に躍らせ、その棘に向かうような形をとっていた。このままでは串刺しになる。その光景があと数秒後に迫っていた時だった。
「うぅおりゃあああああ!!」
ズドン、と凄まじい音を響かせて、温羅の体が下水道の形に沿って前へと大きく動いた。別に、温羅自らが移動したわけでは無い。温羅の巨体を突き飛ばした人物がいた、というだけだ。それは……
「誰もボクの事を心配してくれないのかい!?」
……そういえば、温羅が下水道に落ちた時、それに巻き込まれる形で彼女も先にここに来ていたのをどれだけのメンバーが覚えていただろうか。
しかしながら、彼女の活躍のおかげで、温羅の動きを封じる事が出来たどころか、予想外の温羅の攻撃から守る事もして見せた。今、この場で最も輝いているのは明以外にはいないだろう。
「助かった。後で何か奢ってやろう」
「紅葉ちゃんのあつ~いチッスがいいな」
「ふざけている暇があるなら、もう一発くらい叩き込んできたらどうだ?」
「振って来てのはそっちじゃないかよ!!」
なんとも賑やかな話である。
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