七十六話 尽きない戦力

「またか!!」


 文句の一つも言いたくなるだろう。ようやく終わったと思った戦いが、実はまだ序章に過ぎない事を思い知らされるのだから。


「マズい……。紅葉さん、一度退避を……!」

「駄目だ! ここで引けば後ろが……」


 鈴音の後退の提案に、紅葉は無情にも首を横へ振る。それもそうだろう、今彼女達の目の前に現れているのは最初に戦っていた大型もどきではない。れっきとした個別の体を持つ大型だ。それが一体や二体ではなく、複数体地上へと姿を現しているのだ。

 大型もどきであれば、攻撃手段や弱いところも分かっている為、そのまま置いておいても受ける被害は最小限に留まる。しかし、新しい大型となると話は別だ。何もかも未知数な状態で、このまま下がれば大型は避難区域の外へと侵攻を始めるだろう。そこから先は、数こそいるものの、彼女達程の戦力を持っている者はいない。そのうえ、攻撃手段が分からない以上、対策もままならなくなるのがオチだ。


「食い止めるのは無理でも、せめて攻撃手段くらいは……」

「無茶です! あれが完全な大型であれば、こちらの攻撃が通るかどうかすら分かりません。そんな状況で向こうの攻撃を見るなど、自殺行為としか……」

「ならどうすると!!」

「……」


 答えられない。鈴音の言葉は、あくまで彼女達巫女隊の身を案じるものに過ぎない。その先にいる者達の事を考えていないわけではないが、まず彼女達がここで倒れれば、その時点で守るべき者達が守れなくなる。何が何でも退くべき、という鈴音の考えは、決して自己保身の為のものではないのだ。


「……防御を固めましょう。とにかく、攻撃は二の次です。でないと、戦うべき時に戦える人がいなくなる、なんて事になりかねません」

「……仕方ない。全員後退!! ここは防御を固めて……」


 そう紅葉が判断し、指示を出そうとした時だった。突然、彼女達の足下を地割れを襲い、地面が大きく開かれる。そこから出て来たのは、巨大なミミズのような大型だ。地割れ自体は何とか回避したものの、ちょうど真上にいた鈴音と紅葉、その大型の足下にいる形となる。


「くそ……足場が」


 地面が割れ、辺り一帯が瓦礫塗れとなった事で、ここから急速離脱する為に必要な足場を失う。しかし、目の前には巨大なミミズ型温羅が鎌首をもたげている。頭と思しき先端が開き、そこから覗くのは非常にグロテスクな口腔内だ。何もそこまで再現しなくてもいいのではないか、と思わざるを得ない。

 しかし、こうやって今にも食べられそうな状況ではあるが、問題はそこではない。ミミズ型の後ろには、それぞれ形がバラバラの大型が複数体見える。この状況でミミズ型をいなしても、その後続から攻撃を受けてしまえば意味が無いのだ。


「こうなったら……!」


 多少足場が悪くとも、鈴音ならば十分加速は可能だ。このままやられるくらいなら、せめてこの目の前のミミズ型くらいは、と刀を強く握ったところで、ふとある事を思い出した。


『少しだけ細工をしておいた。もしもヤバくなったら連絡と同時にこれを投げろ。移動先のアンカーになるようにとして使えるようにしてから、これを目印にして一瞬で駆け付けられる』


 そう、和沙と離れる前に、刀に施された細工。今こそ、これを使う時ではないのだろうか?


「イチかバチか……」


 左手で端末の通信モードを入れ、右手は刀を逆手に持つ。やり投げの要領で大きく振りかぶると……


「おい、何を……」

「頼みましたよ、兄さん!!」


 刀を放り投げた。

 和沙がよくやる投擲とは違う。真っ直ぐ飛ばずに、山なりに、それでいて縦に回転しながらである為、紅葉は当然の事、大きく口を開けていた温羅ですらもその顔のまま茫然と宙を舞う刀を眺めていた。


「なんだ、ようやく出番か」


 刹那、閃光が走る。その眩さに、一瞬目を閉じた鈴音と紅葉だが、その次に目を開けた時には、既に事が終わっていた。

 先程まで、鎌首をもたげていたミミズ型温羅がのたうち回っている。その巨体故か、地響きや、舞う砂ぼこりでその全貌を見る事は叶わないが、それでも一瞬、鈴音は和沙が宙に浮かんだ刀をその手に取り、移動してきた勢いを利用してミミズ型の首? 辺りを斬り抜けているのが見えた。


「……あっさぁい。やっぱこっちじゃないと上手くいかないな」


 左手に持った鈴音の刀を地面に刺し、愛刀を肩に担ぐ。その状態でゆっくりと未だにもんどりうっている温羅に近づくと、蒼い光と共に姿が消え、次の瞬間にはその巨体に深々と長刀の刃を突き刺していた。

 再び攻撃を受けた事で、ミミズ型は再度暴れようとするが、一度大きくその場で跳ねると、そのままぐったりと動かなくなり、ゆっくりと塵になっていく。その様子を眺めていた和沙だったが、思い出したようにクルリ、と振り返りただ一言。


「お呼びかい? お嬢さん」

「ほんとに、白々しい事で」


 嬉しそうに鈴音はそう呟いた。




「ほれ」


 刀を鈴音へと返した和沙は、彼女の薄汚れた姿を見て呆れた表情を浮かべる。


「酷い恰好だな」

「誰のせいですか!」


 元はといえば、和沙がおかしな事を言い出したせいだろう。そもそも、最初から最後まで和沙がやっていれば、鈴音もこんな姿にならずに済んだと言うものだ。


「まぁ、そうカリカリすんなって。ストレスで胃に穴が空くぞ?」

「だから誰のせいだと……! いえ、こんな事を言っている場合ではありませんでした。こうして兄さんを呼んだ以上、やる事は分かってますね」

「応よ。これはまた随分と暴れがいがありそうだ」

「はぁ……。ほどほどにしてくださいね」


 和沙が来る前以上に疲れた顔をしている鈴音。これ以上無い程の助っ人である事には変わりは無いのだが、それ以上に何をやらかすか分からない兄の事を考えると頭が痛むのだろう。頭痛を抑えるかのように、手を頭へとやっている。

 大型を前に、長刀を肩に担ぎ直し、いざ行かんとするところだったが、それに水を差すかのようにその背中へと声が掛けられる。


「待て……待て!!」

「……何? マテ茶でも飲みたいの? 後にしてくれない?」

「そういう事じゃない!!」


 ジトっとした目を向けられた紅葉が一瞬たじろぐも、今一度前に出る。まるで、和沙がここにいるのが信じられないとでも言いたげに。


「あの百鬼の群れはどうした!?」

「始末したけど……、それがどうかした?」

「なっ……」


 絶句するとはこの事か。自分達では到底倒す事の出来ない相手を、それも一体や二体ではない。二十体近い群れのようなものをその手で討伐してきたと言うのだ。信じられないのも仕方ないだろう。


「驚く事じゃないだろ。弱点さえ分かればどうにでもなるんだ。俺にとっちゃ、むしろ人の形をしてない方が厄介だ」


 弱点、つまりは炉心の事だろう。以前の戦いでは、百鬼の炉心がどこにあるのかが分からなかった為、正攻法でぶつかったが、今はそれがどこにあるかを把握している。それさえ分かっていれば、動き自体は人間と同じな為、そう時間はかからない、という事だろう。本来は人型特化、とその口で言うだけはある。


「ここで駄弁ってるのも別にいいんだけど、さっさと終わらせようぜ。じゃないと、まーた鈴音に臍曲げられる」

「曲げてません。今度は本気で怒りますよ」

「それ見ろ、これだ。他の連中は?」

「少し後ろに下がってます。ですが、皆さんかなり消耗しています。これ以上の戦闘は難しいかと……」

「いや、いける」

「え!? ちょ、紅葉さん!?」


 大剣を支えに、紅葉がゆっくりと立ち上がる。真っ直ぐに和沙へと向ける視線は、少なくとも弱っている者の目ではない。


「我々……いや、私はまだ戦える。鴻川兄、助力は感謝するが、見くびってもらっては困る。ここで私達が引っ込んでしまっては、そもそもこの街を守るという我々の存在意義が危ぶまれる」

「……そうやって、意地やプライドで引っ込みつかなくなって、最終的に酷い事になるかもしれないけど、それでもいいのか?」

「これはそう簡単な話ではない。私は義務を果たすだけだ。プライドなど……、お前が現れた時点で粉々に砕けている」

「……え、何したんですか、兄さん?」

「まぁ、ちょっと。なら、手前の奴をやれ。残りは俺がやる。それでいいな?」

「残り……? 私の目には五体程いるように見えるのだが?」

「たかだか五体程だ。そう時間もかからんさ」

「……ふ、そうか。なら、そのいけすかない口車に乗ってやろう」


 紅葉が大剣を担ぐ。どうやら、こちらもやる気は十分なようだ。温羅といい、巫女といい、血の気の多い者ばかりな事に、思わず鈴音は溜息を吐く。

 正直なところ、鈴音としてはこの状況を招いた全ての元凶とも言える和沙に丸投げしたいところではあるが、自分達のチームの長がやる気な以上、それに付き合うのが下っ端というものだろう。


「はぁ……」


 その溜息に籠められた意味、それを知るのは本人以外誰もいなかった。

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