七十五話 大型討伐戦二

「ハァツ……!」


 気合一閃。大型の懐を斬り抜けながら、鈴音は周囲を見回している。かなりの数の大型もどきを倒したが、それは同時に奥の大型から自分達の体を守る為の盾が無くなるという事だ。前に進むのは、これまで以上に気を付けなければならない。

 とはいえ、もう目的の相手は目の前だ。後はあの巨体の懐へと潜り込み、段取り通り攻撃を与えていけばいい。問題は、あれに有効な攻撃手段を持っているかどうか、なのだが……。


「よし、攪乱は任せる。決定打に関しては私と紫音が担当する」


 後ろにいた紅葉が紫音に合図を送る。紫音の方も、それを聞き、即座に照準を一番奥の大型へと合わせていた。

 あの大型が本来の大型なのかは不明だ。そもそも、これまで出てきていたもどきとは違う形をしており、尚且つ攻撃手段まで異なるときた。少なくとも、同じ量産型、というわけではないだろう。

 かなり近づいたが、攻撃は……無い。鈴音達の様子を窺っているのか、それとも単に引き寄せているだけなのかは分からない。だが、無数の針が発射されるであろう砲口が自分を向いているのはいい気分では無いらしい。そのせいか、少しばかり鈴音の足が鈍っている。


「躊躇うな! 駆け抜けろ!!」


 後ろで叱咤する紅葉。見ると、右からは睦月と明、左からは瑠璃と千鳥が接近してきている。彼女達もまた、別ルートから大型もどきを盾にして近づいてきていたのだろう。もしかすると、今あの大型は三方から攻め入られている状況にどう対処するのかを考えているのかもしれない。広範囲攻撃が可能とはいえ、あまりにばらけると隙間が出来てしまう。そうなれば、当たる物も当たらなくなり、結局その隙間から攻め込まれる事になる。

 一網打尽になる可能性としては、全員が合流する地点だろうが、そもそも彼女達には一か所に固まって進むつもりは無い。このままから攻め、相手に的を絞られないようにし、懐に潜り込むのが作戦だ。


「鴻川!!」

「分かってます!!」


 やはり正面から来る鈴音達が一番の脅威だと判断したのか、針が覗く穴が一斉に鈴音へと向けられた。


「……千鳥」

「分かってる」


 まるで温羅の攻撃を阻むかのように、横っ腹に突き立ったのは大鎌だ。ウエイトが足りないせいか、それこそ温羅の体勢を変える程の勢いは無かったものの、温羅の意識を引く事は出来たようで、鈴音へと向いていた砲口が向きを変えようとしている。


「今だ!」

「はい!!」


 砲口が完全に向き終わるまでそう時間はかからない。だからこそ、出来たわずかな時間で一気に詰め寄る必要がある。


「まだ……遠い」


 しかし、辺りは瓦礫が積みあがっており、足場が安定しない。一気に踏み込むのに必要な平らな場所が無いのだ。こんな時、和沙のようなどういった場所で可能な高速移動術があればどれだけ楽だろうか。

 考えても仕方ない、とばかりに頭を横に振り、瓦礫を一つ一つ踏み砕いて加速する。届くか? いや、まだ届かない。中~遠距離攻撃が可能なメンバーが少ない場合、こういった事態に対処する事が非常に難しくなる。明と睦月にしても、両方とも近接武器だ。睦月の多節棍に関しては、多少伸びるものの、その用途は捕縛に留まる。温羅の気を引ける程の威力は無い。頼みの綱の千鳥の大鎌は今使ったばかりだ。間の悪い事に、大型の横っ腹に深々と突き刺さっていて、直接抜く以外に手元に戻す方法は無い。

 もはや打つ手無しか? 否、こういった事態を想定して、もう一つ別の手を打っている。今こそ、その手札を切る時だろう。


「玲さん、今!!」

『了解』


 手に持ったSIDが繋がっているのは、先程後方に下がっていた筈の玲だ。彼女の声が端末の向こう側から聞こえた数秒の後、大型を挟んだ向こう側で轟音が鳴り響く。


「――――――」


 かなりの衝撃だったのだろう。少し大型の体が揺れ動いた。その理由は非常に明白だ。今、大型を挟んだ向こう側には玲を初めとした、守護隊の前衛メンバーがいる。

 何故、彼女達がそんな所にいるのか、簡単だ、現在温羅が出現しているのは地上であって、地下を通る下水道などから反応は検知されていなかった。その隙に、守護隊の前衛メンバーを地下を通して向こう側に回り込んでもらい、挟撃するような形を取る事にした、という事だ。しかしながら、守護隊の装備ではダメージを与える事自体が難しい。その為、いざという時の保険程度、と事前に伝えてはいたが、彼女達はどんな形であれこの戦いに関われる事自体が嬉しいのか、快く引き受けていた。

 それらが功を奏し、非常に大きな隙を作る事に成功した。とはいえ、気を引いた、という事は即ちその次は攻撃を受ける、という事だ。少なくとも、このまま地上に出続ける訳にはいかない。


「すぐに地下に戻って!」

『分かった。私達はここから離脱する』

「ありがとう、助かったよ」


 千鳥と瑠璃へと完全に向いていた大型の砲口は、少し前まで玲達がいたであろう場所へと素早く向けられる。が、既にその場には誰もいない。それを見て、また一瞬温羅の動きが止まるも、すぐさま体勢を整え直していたが、ようやくかなり近くまで鈴音達が接近した事に気付いたのか、その場で反転しようとするも時すでに遅し。


「遅い!!」


 鈴音が近くの瓦礫を足場にし、それを蹴って温羅へと飛び掛かる。ここまで加速による威力を上乗せし、刀で温羅の外殻を斬り付けた……が、切り開くどころか多少傷を付けたに留まる。


「ッ!? かった……!」


 だが、それは想定の範囲内。そもそも、鈴音の役割は火力ではない。温羅の気を引いた、それだけで鈴音は役目を果たしている。

 そこまで近づかれれば、温羅も黙ってはいない。近づいた鈴音を迎撃しようと、脇の小さな砲口が開く。どうやら、近接迎撃用の針が収納されているらしい。それら鈴音へと向けられ、その一拍後に砲口一つ一つから先ほどよりかは一回り、二回り程小さな針が飛び出した。


「はぁ!!」


 しかし、それらが鈴音へと突き立てられる事は無かった。何故なら、こちらも既に目と鼻の先まで接近していた睦月が、伸ばした多節棍を上手く操作し、柄と鎖の部分で上手く針を弾いたからだ。


「こんな使い方も出来るの……よ!!」


 更に鞭のようにしならせ、その勢いで薙刀の刃の部分を使って温羅を斬り付ける。こちらもそこまで威力は高くないが、それでも温羅の集中力を分散させるには十分だった。


「ん、鎌、返してもらう」


 また、反対側からは、千鳥が温羅に突き刺さった自身の大鎌目掛け、躍りかかる。そのまま引き抜くと、空中で一回転し、その慣性を利用して斬り付ける。こちらは武器の大きさと回転力が相まって、かなり大きな傷……いや、ちょうど鎌が突き刺さっていた所を狙ったためか、完全に外殻を開いた形になった。立て続けに、その場所に攻撃を加えるのは瑠璃だ。長く一緒に組んできたからだろう。千鳥が下がると同時に前へと進み、千鳥が下がる隙を埋めると同時に、開いた傷を大きくする。


「よし、真砂!」

『はいはーい』


 ビルの上で待機していた紫音が、開いた傷口に照準を合わせる。装填されているのは、温羅の体内に撃ち込まれると同時に中で弾が拡散する性質を持つ極めて殺傷力の高い弾丸。引き金が退かれると同時に、重い音と同時にライフルの長い銃身、その先から光が瞬く。ライフルから弾が発射され、それこそ一秒程の後、温羅の傷口に着弾、そして、もんどりうつ大型。容赦無く体の中を弾の破片に抉られながらも、狙撃を受けた方角へと砲口を向けようとするが、それが大きな隙となる。

 遠いビルの上へと意識を向けている間に三方から飛び掛かる影。一撃が重い紅葉と明、そして弱点を確実に、的確に切り裂く瑠璃。そんな彼女達から一斉に攻撃を受けて、無事に済むはずが無い。

 上からは叩き切られ、下からは突き上げられ、そして横からは無慈悲に一閃される。当然、そんな状態で遥か遠くにいる紫音を狙えるはずも無い。即座に近距離用の針を全方位へと向けるものの、それが撃ちだされるのをただボーっと見ている者など、ここにはいない。

 攻撃を全て防がれ、逆に自身はあらゆる方向から攻撃を受ける。そんな状況が続けば、長く持ち堪える事など不可能だ。やがて大型は、受けた攻撃に報復も出来ず、満身創痍の状態となりながらも、目の前の小さな少女達をその針で穿つ為にその巨体を起こし続けていたが、それも叶わず、最後は一斉攻撃を受けて地に伏し、沈む事となった。

 その様子を見守っていた一同だったが、大型が倒れてもしばらくはその姿をジッと見つめていた。いきなり起き上がり、攻撃を仕掛けてくる可能性もあったからだ。しかし、その体がゆっくりと塵になり始めているのを見て、ようやく自分達が勝利した事を認識する。


「勝った……?」

「……あぁ、勝ったぞ」


 鈴音が茫然としながらも、自分達が勝利したという事実に気付き、それを紅葉が後押しした事で、歓喜の表情を浮かべる。それは他のメンバー達も同じ事のようで、普段は無表情な千鳥でさえも、どこか表情が和らいでいる気がする。


「はぁ~……、疲れた……」

「おや、そうかい? なら、ボクが手取り足取りその疲れを癒して……」

「結構です」

「睦月君は最近厳しいなぁ……」


 どうやら明は、色々とサポートに奔走していた睦月を彼女なりに労わっているようだが、いつも通りの対応を受け、しょんぼりとした様子を見せている。


「……喜んでる?」

「別に」


 こちらは瑠璃と千鳥だが、彼女達は彼女達で、言葉少ないものの、お互いの健闘を讃え合っている……ような気がする。二人共、普段からそこまで口を開くタイプではない為、少し誤解を生みそうなやり取りをしているが、特に問題は無いだろう。

 紅葉が大型の討伐に成功した旨を紫音へと伝えると、こちらでも歓喜の声が漏れ出ていた。どうやらすぐ傍にいた日和が犠牲になっているらしい。助けを求める声が紅葉の端末から聞こえてくるも、鈴音は敢えてだんまりを決め込んでいる。


「喜ぶのはそこまでだ。まだ私達にはやる事が残っている」


 全体的な祝勝ムードはその後しばらく続いたものの、まだ解決すべき問題が残っている事を紅葉が全員に告げると、そこはやはり本局専属の巫女隊、即座に切り替わる。そして、紅葉が指差したのは、依然その場に鎮座し続ける巨大な根のようなもの。


「結局、これが何なのか分からずじまいね」

「そうかい? ボクには巨大な根のように見えるけどね」

「そうとしか見えないから困ってるんじゃないの。逆に、こんな街のど真ん中に、何で木の根っこが生えてくるのか、それが問題なんじゃない」

「……樹齢どれくらいなんだろ」

「灘、安易に近づくな。樫野、お前もちゃんと灘を見ておけ」


 切り替わりはしたものの、現状、彼女達にこの事態を説明する程の知識と情報は無い。その為、ここで立ち往生するしかないのだが……。


「あの……、大型が出て来た場所から中に入るっていうのはどうですか?」


 鈴音が小さく手を上げ、そう提案する。増援こそいつの間にか増えていた大型もどきではあったが、最初はあの木の根の真下から這い出るように出現していたのを彼女は目撃している。あそこが出入り口ならば、どこかしらに繋がっており、尚且つあの大型もどきがどのようにして作られたのかも分かる筈だ。


「だが、それは……」


 明かに難色を示す紅葉。流石の鈴音も、この提案は飲んでくれないか、そう思った時だった。


「紅葉ちゃん!!」


 睦月が武器を構え、声を上げる。その声に釣られ、紅葉が先程の木の根へと視線を向けると、厄介な事に、新たな大型の姿が見える。それも、一体ではない。順に出ようとしている為か、全容がなかなか見えないが、少なくとも片手で数えられる程度の数では無いだろう。


「全く、次から次へと……」


 第二ラウンドの始まりである。

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