七十四話 大型討伐戦
鈴音の考えは至ってシンプルだ。あの針は真上に撃ちだされ、そこから雨のように降って来るわけではない。あくまで、あの大型の手元から、放物線を描いて飛来しているに過ぎない。その為、何か障害物を前に立てながら進めば、攻撃をまともに食らわずに済む、という話なのだが……。
「その障害物はどうするんだ? 私はこの大剣があるからどうにかなるが、他の者達は無理じゃないか?」
「あるじゃないですか、とびっきり大きな『盾』が」
そう言って、鈴音が視線を向けた先にいるのは……件の大型とは別の個体。つまり、最初に鈴音達が戦っていたあの杭を撃ち出す大型だ。
「まさか……」
「どのみち殲滅しなければならないんです。なら、盾にするくらいいいじゃないですか」
「……鴻川、お前、何気に恐ろしい事を言うんだな」
紅葉だけではない、他のメンバーも見るとどこか引いているような雰囲気を醸し出している。鈴音は思わず首を捻った。利用できるものは利用する、和沙の受け売りの一つを実行したに過ぎないのだが、彼女達には少々刺激が強すぎるようだ。
「とにかく、作戦はそんな感じです。接近さえしてしまえばどうにでもなるので、それまでが勝負と言えます」
「了解した。要はこれまでと同じ、という事だな」
「そういう事です。ただ、奥の大型に少し気を付ける必要がありますが、皆さんなら大丈夫でしょう」
鈴音が巫女隊のメンバーの顔を見回す。こんな状況でありながらも、戦意を喪失している者はいない。
『ねぇ、こっちはどうすればいいの?』
「紫音さんも同様にお願いします。こちらでは手が届かない弱点に直接撃ち込んで下さい」
『おっけー』
SIDの向こう側から軽い返事が返ってくる。彼女の動きもこれまでと変わらない。隙を見つけてズドン、これだけだ。
「あの……私達はどうすれば?」
各々の役割が決まったところで、その為の準備をしようとしていた矢先、おずおずといった様子で鈴音に声をかけて来たのは梢だ。彼女達、第八小隊は先ほどから待機を命じられている。自らの身に危機が迫れば抵抗しろとは言われているが、先の戦闘ではついぞそんな場面は訪れなかった。
「貴女達には、ちょっとやってほしい事があるから、少し待っててね」
「??」
てっきり自分達は変わらず待機だと思っていたところだったのだろう。鈴音のその言葉に守護隊メンバーは、一同首を傾げていた。
「さて、作戦通りにお願いします」
「分かっている。分かってはいるのだが……、やはり敵の体を盾にする、というのはなかなか考えさせられるな」
「気乗りがしないのは分かります。私だって、こんな方法取りたくないですからね。ですが、使えるものはなんであろうと使う。兄の受け売りなので」
「鴻川兄、か……」
紅葉が少し考え込むような仕草をとる。彼女が考えているのは、十中八九先ほどあれだけ苦労させられたにも関わらず、ロクにダメージを与える事すら叶わなかった和沙の事だろう。結局、決着は着かず、更にはその最後も乱入者が現れたが故の最後となった。巫女としては、メンバーの兄という事もあり、複雑な気分ではあるが、敵としてはこれまで戦った中でも間違いなくトップクラスの実力を持っている。そんな相手を雌雄を決する事が出来なかったのは、ある意味で悔やまれるというものだ。
「奴がどのようにしてあれだけの力を手に入れたのか、是非とも聞いてみたいが……」
「多分一言だけですよ。『経験だ』、って」
「経験って……、何をどうすればああなるんだ……?」
流石に普通の経験に戦いを経験するだけでは、ああも簡単に自分達を蹴散らすどころか、紅葉達でさえ敵わない瑠璃をあそこまで容易にあしらう事すら不可能だろう。何だかんだ言いつつも、瑠璃も二年以上前から巫女としての活動を行っている。実は紫音よりも前から巫女隊にいる”先輩”でもあるのだ。
「そこはまぁ、本人に聞いていただければ。……来ましたよ」
「……あまり気乗りはしないがな」
再び大型もどきと対峙する鈴音と紅葉。紅葉が最前衛なのは今に始まった事では無いが、鈴音がここまで前に出る事は珍しい。とは言っても、それはこの街に来てからの話で、佐曇では将来的に和沙と同じ立ち位置であった為、実のところそこまで珍しいわけでもない。しかしながら、この街の巫女隊は守護隊を率いるという役目上、前衛が飽和気味であり、積極的に前に出る必要が無かった。その為、これまでは控え目だったが、ここに来てようやく本来の役目に戻ったという事だ。
「では、行きます」
「あぁ、後ろは任せておけ」
その心強い言葉を背に、鈴音は前へと踏み出す。後ろを守ってくれるというのであれば、好き勝手にやらせてもらう。まるでそう言っているかのようだ。
「……」
自身の視線の先で、まるで蝶が舞うかのような動きで大型もどきを切り裂いていく姿は、瑠璃のような極端に何かに振り切れたものではなく、純粋な鍛錬と反復の繰り返しによって成ったものであると分かる。
確かに、鈴音は瑠璃とは違う。多少の才はあれど、それはあくまで出発点の違いに過ぎない。ただただ自分の才能を伸ばす事に注力した瑠璃と、あくまで自分に出来る事を片っ端から習得していき、その中から改めて磨いていった鈴音とでは、動きの粗や洗練さの違いが目立ってしまう。
しかし、だからこそだ。彼女達はどんな形であれ、自分の力を発揮できる場で、それに沿った役目を全うしている。それに対し、紅葉はというと、これまで彼女にあったのは立場ばかりであり、そこに彼女の地力が反映される事はほとんど無かった。その為、彼女達がこうやって活躍している姿を羨まし気に眺めているしかなかったのだ。
「……そんな事を考えても仕方ないだろうに」
自嘲気味に笑みを作る。今の紅葉がすべき事は、他のメンバーが戦っている後ろで彼女達の背をカバーする事だ。それでいて、常に全体を見回し、何かあれば伝達する。隊長とは、案外地味な役目なのだ。
しかし、和沙と戦った事で自分の中の何かが花開いた。後々聞いたところ、その疼きを押さえるのに、紅葉は随分と苦労した、との事だった。
「次、来ます!!」
「承知した。全員、陰に入れ!!」
紅葉の指示を聞き、近接は全員自身が戦っていた大型もどきの体の陰へと隠れる。そうする事で、一番奥の大型からの広範囲攻撃を防ぐ事が出来るうえ、大型もどきの方にもダメージが入る為、一石二鳥というものだ。その目論見通り、広範囲に広がる針は鈴音達に届く前に大型もどきの体に阻まれ、大型もどきの方には目に見えるレベルのダメージが入っている。
このままこの状態を続けていけば、いずれは大型もどきが全て倒れるだろう。しかし、それは同時に彼女達が前進するのに必要な壁が無くなる事を意味している。
「盾が完全に倒れ切る前にあの大型に詰めます!」
「無理をするな! まだ盾はある! 徐々に詰めて行けばいい!!」
紅葉の言葉に、一瞬考え込んだ鈴音は、その場で急停止し、即座に方向転換を行う。その先には、やはり大型もどきがいた。大将狙いを、小物から地道に詰めて行く事に変えたのだろう。
「お前の作戦が間違っているとは言っていないし、私達も今のところそれが一番だとは理解している。だから、もう少し落ち着いて行動しろ」
「……すみません。どうやら気が逸っていたようです」
そろそろ日が落ちる。にも関わらず、事態は未だに好転していない。鈴音が焦るのも無理は無いだろう。このまま夜にでもなれば、視界不良から不利になるのは鈴音達人間側の方だ。今の内に勝負を決めたいと思うのは仕方の無い話だ。
「ですが、流石にそろそろ大型の数が少なく……、あれ?」
「どうした?」
「何で数が減ってるんですか?」
「……?? 意味が分からん。倒せば減るのは当然だろう?」
「いえ、先程までは倒しても倒しても次が出て来たのに、何で今になって増援が来なくなったんだろう、って……」
「そういえばそうだな」
鈴音の言葉通り、先程までは次から次へと大型もどきの増援が追加されていた。それのせいか、一体を倒すまでに二体が増えている、といった感じで増えていた為、いつの間にかその数が二桁を超すレベルにまでなっていたのだ。それがここに来て増援速度が減速した。考えられる原因としては、先にいる例の大型だが、あくまで推測に過ぎない。
「頭の片隅にでも置いておけ。今はそこまで考える必要は無い」
「そうしておきます」
今はそんな事を考えても仕方ない。まずはアレを倒す事に集中すべきだ。そう判断したのか、鈴音は再度前へと進む為の構えをとった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます