七十三話 大型大型、また大型?

「間に合ったか!?」


 ビルの陰から飛び出してくる五つの影。それが増援である事に気付くのに、たっぷりと一分近くは要した。特に、いつの間にか自分のすぐ傍に来ていた紫音を認識した日和など、まるで自分が何を見ているのか理解できないといった様子の顔をしていたくらいだ。

 増援が来る可能性は十分あった。あったのだが、来るのは十中八九、和沙の方だと思っていた為、紫音達を目にした際の日和の驚きようは、普段からは想像が出来ないものだった。


「鈴音ちゃん、大丈夫!?」

「は、はい。なんとか……」


 差し出された手に引っ張られ、倒れた温羅から抜け出す事に成功した鈴音。彼女の目の前には、少し薄汚れてはいるが、いつもの頼れる先輩達が立っていた。


「助かりました。……ですが、連絡してから結構時間が経ってる気がするんですが……」

「お前の兄にかなり足止めを食らってな。何のつもりだったのかは知らんが、それで来るのが遅れた」

「兄さん……。何をしてるかと思えば……。すみません、後でキツく言っておきます」

「いや、こちらも少し考えるべきところがあったからな。足止めは食らったが、悪い事ばかりでもない。足止めは食らったが」

「すみません……」


 責めている訳ではない……と思いたいが、どことなく伝わって来る怒気から、やはり苛立ちを禁じ得ないのだろう。とはいえ、言わんとすることは分かる。


「けど……、流石にこれは想定外ね……」


 睦月が見上げる先には、更なる大型もどきの増援がこちらへと向かってきている。総勢でそろそろ二桁に行くだろうか? いくらもどきとはいえ、数を揃えられればこちらに不利である事は変わらない。二の足を踏んでいる暇は無い。


「攪乱します。その隙を順次突いていってもらえますか?」

「駄目だ。こちらも数を揃えた以上、確実に一体ずつ撃破していく。……張り切るのもいいが、また同じ目に合わないとも限らないぞ」

「そう……ですね。分かりました。指示に従います」

「よし。従巫女は下がらせろ。これ以上は邪魔になる。自衛だけはさせておけ。いざという時、我々が助けに行けるとも限らない」

「安心してくれ! その時はボクが颯爽と助けにいくからサ!!」

「そうだな。いざとなったら全てお前に押し付ける事にしよう」

「みんなの愛を一身に受ける。素晴らしい事じゃないか!!」

「はいはい。ごめんね、さっき和沙君に一方的にやられたから変になってるの」

「は、はぁ……」


 どうやら和沙との戦いで頭でも打ったらしい。いや、和沙が百鬼を引き受ける事に対し、冷静に同意していたところを見ると、これが平常運転のようだ。それはそれで厄介な話ではあるが。


「よし、それじゃあ訓練通りに行くぞ」


 紅葉の声に合わせるようにして、それぞれが声を上げる。しかし、ただ一人だけその輪に入ろうとしない者がいた。


「……」


 瑠璃だ。彼女は、鈴音をジッと無表情で見つめていた。


「瑠璃」


 そんな瑠璃をみかねたのか、傍にいた千鳥が服の裾を引っ張って意識を向かうべき場所へと向かわせる。瑠璃は、少しばかり躊躇いを見せたものの、すぐに意識を目の前の大型もどきへと向けていた。

 鈴音もまた、そんな瑠璃の様子に疑問符を浮かべたものの、今自分のやる事ではないと判断し、改めて立ちはだかる強大な敵へと視線を向ける。

 相も変わらず、温羅は鈍重な動きでこちらへと照準を付けようとしているが、巫女隊が全員揃った以上、もはやそれが叶う事は無い。紅葉が引き付け、意識が彼女に向いたところで側面から明がこれを叩く。そして、普段ならばトドメは瑠璃の刀が引き受ける事が多いのだが、今回は敵が巨大という事もあり、トドメを刺すのは高さが関係無い紫音の役割となっている。その鮮やかな連携に、もどきとはいえ、大型をあっという間に一体仕留めて見せるその姿は流石と言えるだろう。

 完全に見せ場が無かった鈴音だが、同じように今回は相性が悪いからか、少し離れた場所で瑠璃が頬を膨らませている。温羅の大きさを考えれば仕方の無い話だが、二年前の話とはいえ、一度は温羅と戦った事もある彼女としては不満この上ない様子。

 そんな彼女を見かねてか、それとも最初からそうだったのかは分からないが、温羅がひしめき合うこの戦場に紅葉のハスキーボイスが響き渡る。


「灘、樫野、行け!!」


 その声を耳にした途端、無言ではあったが、確かに歓喜の表情が見えた。そして、その場で足に力を溜め、今にも前に飛び出そうとする瑠璃よりも一拍早く、千鳥の大鎌が宙に軌跡を描く。本来は、雑魚散らしの目的で使う事の多い投擲だが、相手の的が大きい場合はそれに限らず、その重量と大きさを利用した投擲武器としても使う事が可能だ。そもそも、千鳥の手にありながら、直接振るわれている姿を見る方が稀と言える程、この大鎌が本来の用途で使われる事はほとんど無い。……だったら、紫音と同じように遠距離武器でもいいのではないか、という話は出たが、本人が他の人と武器が被るのが嫌という理由で却下された。役割とは一体……

 大鎌の投擲を受け、一瞬体勢を崩した温羅に襲い掛かるのは神速の銀閃だ。その体格から、重さや膂力は期待出来ないものの、十分に速度の乗った居合は、中型並の硬さ程度の外殻では到底防げるものではない。残念ながら、致命傷となりそうな程のダメージでは無いが、それでも温羅の外殻を切り開き、その隙間を紫音の撃った弾が潜り抜け、温羅の隊内を蹂躙していく。聞いた話では、彼女のライフルは通常の弾以外にも、徹甲弾や果てはダムダム弾のような非常に凶悪な弾を扱う事が出来るとの事。いかに大型とて、対温羅用に改良されたそれらの弾を受ければタダでは済まない。事実、今の一発で大型の炉心は破壊され、鈍い音を立てながら地面に倒れていく。


「凄いね~」


 紫音の隣でその様子を眺めていた日和が、大分気の抜けた声でそんな風に呟いていた。その横で紫音が苦笑いを浮かべている。


「アタシじゃなくて、この武器が凄いだけなんだけどね」

「そうですか~? でもあの弾って~、かなり抵抗が大きいから~、あんなピンポイントに狙いを付けられるなんて~、かなり凄いですよ~」

「そ、そうかな? ありがと。……なんか調子狂うな」


 周囲を見れば、自分が大して秀でている訳ではない事を嫌と言う程思い知らされてきた、という事もあるのだろう。素直に褒められていない紫音は、日和の手放しの称賛に対し、頬を掻きながら苦笑いを浮かべるに留まった。

 そんな風に今のところは特に危機感とは無縁の状態がしばらく続いていたが、ふと紫音が大型もどきの中に、何やら不穏な物を見つけた。


「……隊長、ちょっといい?」

『なんだ? 何かあったか?』

「奴さん、どうやらマジモードみたいよ」

『はぁ? 何を言って……』

「別個体!! 今までの量産型じゃない、いや、ちょっと形は似てるけど、多分別のタイプ!!」

『……なるほど、こちらでも視認した。すぐに対応する。真砂はそのままそこで敵の動きの確認を頼む』

「……了解」


 奥から出て来たその一体に照準を合わせながら、紫音が静かに呟く。




「あれは……!?」


 見上げた先から鈴音達へと向かってくるのは、これまた大型もどき……なのだが、どうもその形に違和感がある。いや、率直に言ってしまえば、これまで鈴音達が戦っていたものとは別種の個体だ。しかしながら、体を構成するは同じなのか、厳密に違うのは造形のみだろう。だが、禍々しさを増したその姿に比例し、攻撃力が上がっているのは確定的と言える。


「どういう事? 大型はこの一種類しか出てこないんじゃなかったの!?」

「……」

「鈴音ちゃん、何か心当たりでもあるの?」

「あ、いえ……そういう事ではなく。もしかしたら、私達は根本的に勘違いをしていたのかもしれません」

「勘違い?」

「えぇ、もしもあの大型がもどきではなく、別の要因でああなっていたのだとしたら……、あの姿もおかしくはありません」

「その要因って?」

「そうですね……」

「悪いが話はそこまでだ。何やら嫌な予感がする」


 紅葉の視線は突如として現れた大型もどきの別バージョンへと向けられている。これまでの経験からかなのか、それとも生来のものなのかは分からないが、どうやら紅葉はあの大型もどきから言い知れぬ何かを感じているようだ。


「紅葉ちゃんの嫌な予感って、大概当たるから私嫌いよ」

「同感だ。私も何度当たらなければと思ったか」


 とはいえ、この状況だ。その予感には感謝こそすれど、この場で邪険にする事は出来ない。そして、次の瞬間、彼女達はその紅葉の予感にただただ感謝するしかない事態に直面する。


「ちょ、何だいアレは!?」

「マズイ……。下がれ!!」


 一瞬、大型が空に向かって吼えたと思いきや、その体から夥しい数の何かが噴き出す。そして、それは空中で一度制止すると、その全てが向きを変え、鈴音達へと向かってくる。その一つ一つは今まで戦っていた大型もどきの杭よりかは幾分かサイズダウンしているが、それでも彼女達の体以上の大きさがある。間違いなく、当たると痛いじゃ済まない類のものだ。


「どこへ!?」

「屋根のある場所だ! それも硬めの!! 屋外から退避しろ!!」


 紅葉の指示に従い、一斉に近くの建物の中へと避難する。全員が建物内へと入った後、少し遅れて空に上がっていたソレが地面へと到達する。

 音自体はそこまで派手なものではない。むしろ、あの杭に比べるとかなり静かだ。しかし、それを軽く見たのか、少し離れた場所に同じように屋内へと避難していた梢が外を見た時、その顔色が一瞬で青く染まった。

 針だ。それも、全長が梢程もある長い針。それが深々と地面へと突き刺さっていた。


「杭の次は針か……。奴らの長距離攻撃手段は細長い物を飛ばすくらいしか無いのか?」

「中にはミサイルを飛ばしてくる大型もいたそうですよ」

「ミサ……いやまぁ、確かに細長いが……。それをアレと同じに考えていいのか? いや、そもそもよくそんなのと遭遇して生きていたな……」


 和沙達が佐曇で初めて遭遇した大型。今思えば、原始的な攻撃手段が多い温羅の中では、かなり異質なものだった。しかし、あれはそもそも黒鯨が二百年前から連れて来たものだとの事なので、厳密には佐曇固有の種ではない。


「それよりも、あれ、どうするんだい?」

「さっきまでは一点に火力を集中したタイプだったけど、今度のは広範囲を一度に攻撃してくるタイプ……。どちらも張り付ければ対処自体は可能だけど、それを許してくれるのか、って話よね」

「……鴻川、お前ならどうする?」

「私ですか?」

「そうだ。はっきり言って、この中で一番大型との戦闘経験が多いのはお前だ。戦闘自体の経験は私達の方が多いが、いかんせん大型と真正面から戦ったのは二年前のあの時くらいだ。お前の経験には劣る」

「……そうですね」


 鈴音も温羅と戦った回数など片手で数えられる程度しかない。しかし、逆に言えばこの大型がほとんど出現しない昨今で、それだけの数と戦っているという事だ。その経験は決して馬鹿に出来るものではない。

 そして、少ないながらも得た知識、経験を元にどうすればいいのかを考える。作戦と呼ぶにはあまりにも稚拙なものだが、それでもやらないよりかはマシだろう。


「私の考えは……こうです」

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