六十六話 予想外
和沙の言っている事が理解出来ない。出来なかったが、あれやこれやと話しを聞く内に、彼女達は自分達がもはや引き返せない所まで来てしまった事に気付く。そもそも、和沙が呼んだのは鈴音だけであり、従巫女の彼女達まで呼んだ覚えは無いが、来た以上は有効活用させてもらう、との事で、まんまと和沙の目論見に巻き込まれてしまった。気付いた時には、時すでに遅し、というやつだ。
「待って、待って!! ホントにやるんですか!?」
梢が涙ながらに訴えるも、その程度で前言を撤回する程和沙は甘くない。
「……なんだかなし崩し的に兄さんの口車に乗せられてますが、ホントに大丈夫なんですよね?」
「問題無いだろ。小型相手なら大して苦戦しないって聞いたぞ」
「ん~、相手にもよるかな~。それと~、流石にあれは多すぎるよ~」
「大丈夫だよ。なんせ、ここには佐曇の英雄様がいるからな」
「ちょ、兄さん!? そもそも、あの戦いで黒鯨を倒したのは兄さんですよ!!」
『え゛』
傍で聞いていた全員が和沙へと視線を向ける。珍しく、その中には日和の姿もあった。それらの目には、驚きよりも困惑の色が強く、一瞬鈴音が何を言っているのか理解出来ていない様子だった。その空気を察したのか、鈴音は思わず手で口をふさぐような仕草を取る。茫然とした従巫女達と、思わず口を滑らせた鈴音を交互に見やり、和沙は小さく溜息を吐く。
「はぁ……、まぁ、いずれはバレる事だからいいけどさ……。別に今じゃなくてもいいんじゃないかぁ」
「す、すみません……」
鈴音の申し訳なさそうな様子を見て、流石の和沙もそれ以上厳しく言うつもりは無いようだが、どことなく責めるような目で鈴音を見ている。
「それはそうとして、とりあえず出来るところまででいい。君らにはあそこに行ってもらい、出来る限り敵を殲滅した後、今回奴らが大量発生するに至った原因を暴いて欲しい」
「ん~……、それはいいんだけど~、これって独断専行だよね~。後で怒られないのかな~?」
「……気にするとこ、そこ?」
「安心しろ。その辺りはちゃんと手を回してある。守護隊の隊長からは色々言われるかもしれないが、罰則を受ける事は無い」
「兄さん、まさか……」
鈴音が何やら訝し気な目で和沙を見ている。もしかしなくても、ついこの間出来た浄位とのパイプを利用したのだろう。確かに、浄位にさえ話を通しておけば、多少の独断専攻は不問に処される。とはいえ、誰もが同じような恩恵を受けられる訳では無い。和沙の場合は、本物の御巫がその実力を認めている、という保証の下、許可が下りたに過ぎない。あくまで、和沙と織枝の間柄であるからこそ、成り立ったと考えるべきだ。
「使える物な何でも使う。それが俺のスタンスだ。忘れたか?」
「……いえ、呆れはしましたが。はぁ……、分かりました。これも一つの経験だと思って吶喊して来ます」
「鈴音さん!?」
梢の驚くような声も分からないでもない。最後の防波堤とも言える鈴音が陥落したのだ。先ほど彼女が漏らした、和沙が黒鯨討伐の立役者だと聞いた後でも、その言葉に大人しく従うのは抵抗がある。それを阻むべき鈴音が落ちた今、後はその指示に従う他無いだろう。
「けど、一つだけ。彼女達を付き合わせるつもりはありません。ですので、安全な場所まで兄さんが連れて行ってあげて下さい」
『……は?』
その言葉に驚いたのは和沙ではない。安全な場所まで連れて行ってもらえるように言われた本人達だ。
「……鈴音ちゃん~、流石の私でもそれは怒るかな~」
珍しく、日和の声音に怒気が孕んでいる。それもそうだろう。これまで一緒に戦ってきた仲間から、直接ではないが、必要無いと言われたも同然の事を告げられたのだ。彼女の他にも、梢は当然の事、玲やあまり表情を表に出さない燐ですら、怒りの表情を露わにしている。
「そうですよ! 鈴音さんが私達の事を思って言ってくれてるのは分かりますけど、だからってそんな風に言われたくは無いです!」
「私も梢に同意だ。正直、鴻川の隣で一緒に戦える自信は無いけど、それでもそれを理由にしてまで戦線から離れるつもりは無い」
「……私も同じ。それに、鈴音さん一人だと、遠距離が不安だし」
そこまで言われてもなお、鈴音の表情は晴れない。確かに、ここから安全な場所まで連れて行って欲しいとは言ったが、どうやら、これからの戦いについてこれないから、という理由ではないような気がする。
どことなく、ばつの悪そうな顔で思案していた鈴音だったが、少し考えた後、和沙に向かって真っすぐ指を伸ばす。
「そう言ってくれるのはありがたいんだけど……、そう言うわけじゃ無いの。見て、あの顔。絶対ロクな事考えてない顔だよ!?」
「ん? そんな事は無いさ。この事態に乗じて、妹をちょっと過酷な状況に放り込んで判断能力とか対応力を養わせようなんて、これっぽっちも考えてないぞ」
「……!」
なるほど、どうやら鈴音の予想は当たっていたらしい。
和沙の目的は簡単な話、この事態の収拾や原因の解明などでは無い。むしろ、この混乱を利用して、鈴音の成長を促すつもりだったようだ。獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言う。即ち、過酷な状況に身を置かせ、更なる成長を促すというものだ。和沙のやり方は合理的ではないものの、短期間で力を付けるにはうってつけと言えよう。しかし、その方法は決して人道的とは言えない。
「鬼ですか!?」
「応ともさ。妹の成長の為ならば、鬼にも悪魔にもなってやるよ」
「鈴音ちゃん愛されてるね~」
「随分と質の悪い愛情ですね……」
和沙の目論見が分かった以上、尚更日和達を連れて行くわけにはいかない。小型ならば何十体、何百体来ようと、巫女である鈴音ならば対応は可能だ。最悪退避すればいいだけの話。しかし、あくまで人として常識的なブーストしか受けていない従巫女となると話は別だ。いかに贋装が優秀でも、身体能力の大幅な向上は無い。その場で耐え続ける事が出来たとしても、退避するのは難しいだろう。そうなると、いつかはその頑丈な壁にも罅が入り、やがては決壊する。後は貪られ、無惨にも死に絶えるのみだ。
「鈴音ちゃんが~、心配して言ってくれてるのは分かるよ~。でも~、私達だってやる時はやるんだよ~」
「それ、普段は本気出してないって事じゃないの?」
「隠された力が~、今~、目覚める~」
「どういう事なの……。はぁ……、まぁいいわ。分かりました。それじゃあ、これから鴻川鈴音率いる第八小隊は下に見える温羅の発生源と思われる場所の制圧に向かいます。正直、私は私の事で手一杯になるから、フォローは最低限しか出来ないけど、本当にマズい状態になったらすぐに逃げる事。分かった?」
「それはダメ~。逃げる時はみんなで~、ね~」
「貴女達がそう決めたのなら、私はもう何も言わないよ。ただ、これだけは言わせて。無理はしないで」
無言だが、日和達は確かに力強く頷いた。それを見て、鈴音は背後にいた和沙へと目配せを送る。こちらもまた、その様子を見て小さく頷く。
「んじゃ、俺は邪魔者が来ないようにとうせんぼでもしておくよ。あぁそれと、鈴音、ちょっと刀を貸せ」
「?? はい」
渡された抜き身の刀を持つと、一瞬和沙の手から光が迸り、それが鈴音の刀の全身を駆け巡っていく。その光はほんの一瞬の事で、すぐに消えたが、どことなくその名残が残っているような気がしないでもない。
「これでよし。少しだけ細工をしておいた。もしもヤバくなったら連絡と同時にこれを投げろ。移動先のアンカーになるようにとして使えるようにしてから、これを目印にして一瞬で駆け付けられる。分かったな?」
「分かりましたが……そこまでするなら、最初から一緒にいればいいのでは?」
「一緒にいたら、俺が全部やりかねない。流石にそれをするとお前らの身にはならないからな。少し離れた場所で足止めをしておくから、上手くやりな」
それだけ言って刀を返すと、和沙は踵を返して鈴音達に背を向ける。一体何を足止めするつもりなのかは、鈴音達には分からない。しかし、いざという時には和沙が来てくれる。ならば、そこまで深刻に考える必要は無いのかもしれない。彼女達がやるべきは、ただ、敵を殲滅して、その先にあるものの確認だけだ。
それを再認識した彼女達に背を向け、和沙はその場から立ち去る。必ず来るであろう、『敵』を迎え撃つ為に。
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