六十五話 試練

 八田の端末は忙しいのか応答が無く、やむなく録音だけ残した鈴音達は、和沙の指定したポイントへとやって来ていた。彼女達の足でも十分程かかった事から、ここが前線からそれなりに離れた場所である事が伺える。

 そんな所だからか、この辺りで温羅を見かける事はほとんど無かった。そのポイントに来るまでは、だが。


「な、何、あれ?」


 梢がおびえたような声を出すのも当然だろう。彼女達の眼下には、木の根元から引きずり出た温羅達がその場に留まり、まるで何かの指示を待っているかのように固まっていた。気づかれれば物量で確実に圧倒される。鈴音と守護隊の一小隊ではどうにもならない数がそこにはいた。


「これは流石にシャレにならないよね……」


 かつて佐曇で黒鯨と相対した鈴音でさえ、その数の多さには辟易したような声を漏らす。単純に戦力だけで見た場合ならば、中型や大型も混じっていた佐曇の方が脅威だろう。しかし、ここにいるのはほとんどが小型だが、その数は百や二百では済まない。その光景は異常としか言い様が無い。

 目の前の光景に息を呑み、それぞれが各々の反応を見せる中、鈴音が何かを探すかのように周囲を見回している。


「どうかしたの~?」

「ん? いや、ここに私達を呼んだ本人がいないなぁ、って」

「そういえばそうだね~。隠れてるのかな~?」

「隠れてるって……、何でそんな事する必要が……」


 言って、すぐに失態に気付く。彼女達にとって、和沙は鈴音の兄ではあるが、同時にただの一般人でもある。迂闊に口を滑らせると後でどうなるか分かったものじゃない。そう思い、咄嗟に口を噤んだが、まるでその行動は無意味だとでも言いたげな声が少女達の耳に届いた。


「別にいいだろ、今更隠すような事でもなし」

「え? あ、兄さん!?」

『え!?』

「や、鈴音以外は久しぶり? そんなでもないか」


 いつの間にか、彼女達の後ろには和沙が立っていた。それも、普段と何ら変わらない姿で、だ。


「遅かったじゃないか。寄り道はダメだって、学校で習っただろ?」


 いつもと変わらない様子ではあったが、鈴音以外は和沙に少しばかり違和感を感じていた。それもそのはず。以前彼女達に出会った時は、まだ和沙は一般人の仮面を付けたままで、態度は当然の事、話し方まで変えていた。むしろ違和感を覚えない方がおかしい。


「いや、そもそも何故こんな場所に呼び出したんですか?」

「ん? 見て分からないか?」


 眼科を指差す和沙。どうやらこの見晴らしの良い場所を選んだのは偶然ではなかったようだ。彼女達にあの温羅の群れを見せるつもりだったのだろう。


「大方の想定通り、あそこが今回の事態の原因ってところだ。そう、原因なんだが……、どうにも様子がおかしくてな。鈴音、佐曇の黒鯨は覚えてるだろ?」

「はい、私達が戦った天至型、ですよね?」

「あいつらの動き、おかしくなかったか?」

「おかしい……ですか?」


 顎に手を当て、思い出そうとするも、頭に浮かんでくるのは次から次へと上陸してく温羅の群れだけだ。それを捌くのに手いっぱいで、動きがどうのとかはあまり気にしていなかった。


「覚えてないのかよ……。簡単な話、妙に統率されていなかったか?」

「そういえば……」


 確かに、普段戦っていた温羅と比べると、全体的に動きが統率されていた気がする。普段もそういった面は見せるものの、ある程度のばらけが見られる。指示を出しているのが一体だけではなく、二体や三体、それこそ小型であろうと温羅自身が考えて動いている可能性があった。

 しかし、あの戦いでは全ての温羅が上陸するという一点を全体目標として動いていたように見えた。おそらく、全体へと指示を出していたブレーンがいたのだろう。それが黒鯨自身がどうかは分からないが、そうやって小型や中型を統率できる温羅がいるという事実が判明している以上、今の状況もそういった何らかの目論見で発生していると考えれば辻褄が合わないだろうか。


「つまり、兄さんはあの温羅達に何かが指示を出して、今回の事態を引き起こした、と?」

「そういう事。ただ、問題は何を目的としているのかが分からない事」

「単なる侵攻……ではないんですか?」

「そう考えるのが一番だが、それだと戦力を分散する意味が分からない。それに、小型を大量に出すよりも中型を二、三体出せばそれだけでかなりの脅威になるはずだ。にも関わらず、温羅達は数は揃っているものの、本当に攻める気があるのかすら分からないような展開をしている。なら、侵攻が目的であったも、それはって事になる」

「……分かりやすく纏めてください」

「簡単な話だ。本命の為の準備をしてるんだよ」


 この事態が単なる準備であると、和沙はそう言った。しかし、考えてみれば、その予測は決して間違っているとは言えない。現実、温羅の動きはこちらの戦力を直接削るレベルではないものの、その範囲は広く、それに従って巫女や守護隊がばらけている。もしも、この状況が仕組まれたものだとすればどうだ。彼女達はまんまと黒幕の掌の上で踊らされている事になる。それに対しどう感じるかは彼女達の自由だが、客観的に見れば彼女達が追いつめられていく様子が窺える。


「あれらは捨て駒……と?」

「いんや、場を整える為のロードローラーみたいなもんさ。ただ、潰すんじゃなくてあくまで足止め目的の、だけどな」

「ちょ、ちょっと待って下さい!!」


 和沙の頓珍漢な比喩表現に納得がいかなかったのか、梢が声を上げる。が、すぐさま燐と玲が彼女の口を押さえる。

 かなり大きな声ではあったが、どうやらあの温羅達には聞こえていないようだ。もしくは聞いていないのだろうか? それを確認した二人は、抑えていた梢の口を解放する。


「ぷはっ……! はぁ、はぁ……。ちょっと待って下さい……、いまいち状況が呑み込めないんですけど」


 梢の言葉に頷く傍にいる二人。確かに、話は進んでいるものの、それを理解しているのはこの話を持ってきた和沙と鈴音だけだ。そもそも、彼女達はどうやって和沙がここまで無傷で来る事が出来たのかを知らない。そんな人物から、今回の騒動についての持論を聞かされたところで、納得など出来るはずも無い。そもそも理解すらしていない可能性がある。


「あ~……、まぁ、そうだよなぁ」

「どうしますか? ここまで来た以上、隠しても無駄な気がしますし、いっそ全部言っちゃった方が良いような気もしますが」

「今言う必要は無いだろ。どうせ追々知るんだからさ。っと、その前に、だ。俺が言いたいのは、この場にいるのは君らだけ。なら、後はどうすればいいか分かるな?」

「ん~? どうすればいいの~?」

「なんだか凄く嫌な予感がするんですが……」


 日和が首を傾げているが、鈴音を覗いた三人も大方同じような反応を見せている。唯一鈴音だけは和沙が何を言おうとしているのか薄々察している、といった様子だ。


「そうか、なら話が早い。君らには、今からあいつ等の相手をしてもらいます」

『……へ?』


 四方向からの随分と気の抜けたサラウンドボイスと共に和沙へと向けられる唖然とした視線。そんな間抜け極まりない彼女達の顔を睨み返して、和沙は実に意地の悪い笑みを浮かべた。

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