四十二話 子と親
「さっきの声……やっとあの子が出てきたってわけね」
背後を振り返りながら、神流がどこかしみじみと呟いている。その視線の先には、ようやく目覚めた今回の戦いでのパートナーの姿があるのだろう。ここまで巫女隊との戦いを引っ張った甲斐があったというものだ。
「またデカブツか……、どんだけ弾あるんだよ」
「女の子に対してデカいだのなんだの言うもんじゃないよ。あの子も思い切った事してるけど、結構繊細なんだからすぐに傷ついちゃう」
「物理的に傷つけられてる人間はお構いなしに、な」
「千里って、そういうの気にする方だっけ?」
「今も昔も大して気にしない」
「だよね」
崩れた建物、その残骸となった瓦礫を踏み砕きながら、再び二人は構えて対峙する。
戦いを始めてからどれだけ経っただろうか? 一時間は流石に言い過ぎとはいえ、半刻程度は過ぎているだろう。その激しさは尋常では無く、周囲が瓦礫で覆いつくされてもなお、決着は着いていない。にも関わらず、二人の姿は満身創痍とは程遠い。
それもそのはず、お互いが自分の全力をぶつけ合う、と言えば聞こえはいいが、既に二人とも持ち前の再生力、回復力を生かしてノーガード戦法で殴り合っているのだ。傷つこうとすぐに塞がり、再び怪我をしようと次の瞬間には元通りになっている。
お互い、相手を完全に倒すには即死させるレベルの強力な一撃が必要になるという事は分かっている。分かってはいるのだが、そもそも攻防一体の動きがメインの和沙と、読みと反射で相手の動きを受け流す神流とではお互いに致命的な一撃が与えられずにいた。
神流が大きく手を掲げ、それを地面に叩きつける。持ち前のパワーで地面を砕き、足場を崩していく。和沙の高速移動は線移動ではあるが、実際点と点を結んで移動するようなものだ。着地点を崩しておけば、何らかの隙は生まれるだろうとの考えなのかもしれないが、こんな行動をとっている時点で神流が苦戦している、という事が分かる。
長刀を投擲し、即座にその場に高速移動を行う。先も言ったが、もはや和沙は防御の事など考えてはいない。その戦闘スタイルから、どうしても回避との攻防一体にはなるが、それは無理に避けにいく、といったものではなく、あくまで攻撃動作に混じる防御行動をとっているに過ぎない。
馬鹿正直に真正面から突っ込んでくる和沙にカウンターを合わせるように神流が拳を振り抜く。あの速度で受ければたまったものじゃないだろう。あくまで受ければ、の話だが。
次の瞬間、再び和沙の姿が消える。だが、刀は未だ神流の目の前にある。一瞬混乱した様子を見せる神流だが、すぐに自身の影が異常に大きい事に気付き、頭上を見上げると……いた。
どうやって上に飛んだのか? あの体勢ではまず無理なはずだ。そうコンマ数秒の中で思案するも、その答えは意外と簡単だった。
和沙の手に、細い針のような物が握られている。
いや、近くでよく見ると分かるが、針よりも断然太い。言うなれば、小型の杭と言ったところだろう。おそらく、あれをアンカーとし、神流の目の前に移動してきた時点で頭上に放っていたのだ。考えてみれば自分の手が既に認識されているにも関わらず、同じ事を何度も繰り返すような馬鹿ならそもそもここまでに来る時点で戦いは終わっている。地道に少しずつ攻撃パターンを変えていき、それらを神流に悟られないようにしたうえでの策だろう。だが、タネが分かってしまえばどうという事は無い。
頭上に飛んだ和沙は、次に神流のすぐ横を通り過ぎた刀へと移動する。そして、その勢いのまま長刀を振るい、背後からの強襲を行う。
「考えたじゃない! でも、一手足りないよ!!」
刃が神流を捉える前に接近され、柄を握っている手を止められる。がら空きの胴に、神流の渾身の一撃が入る、そう見えた瞬間、和沙の姿が消えた。
気付けば、少し離れた場所に先ほど神流の頭上に放り投げた物と同じ杭が刺さっていた。退避用の保険として刺していた物だろう。随分準備がいい事に関心するが、同時に彼女の頭にそういう使い方も出来る、という事がインプットされる。
「にしても、ピョンピョンピョンピョンと飽きもせず……、それ、酔わないの?」
「酔わないように鍛えたんだよ。ただでさえとんでもないスピードで移動するのに、着地点に到達するまで三半規管がバカみたいになるし、アホみたいなスピードを止めなきゃいけないし……、どんだけ苦労してると思ってる」
「まぁでも、目印があればそうやって高速で移動できるんだから便利なもんじゃない。私もそんなの使えたらよかったのになぁ~」
「あくまで線の移動だ。空間跳躍じゃない。そもそも神立の扱いは昔からドが付く程下手だったろ。やろうともしても無理だ。諦めろ」
「それもそうだわ」
そもそもの話、元々”神立・蒼脈”は神流が所持していた力ではあるが、先ほどから見ていると使う素振りを一向に見せない。今しがた和沙が言ったように、下手だから使いたくないのか、それとも使えないのか。可能性としては後者が近いだろう。何せ、かつての姿を再現しているとはいえ、その身体は温羅の細胞で構成されている。神立が宿るのは正確に言えば身体では無いものの、その人物本来の肉体でない以上、使う事は困難だろう。和沙にしても、母親の身体の一部を移植する事で使用を可能としているうえ、少し前まではそれの影響で体の内部にダメージを負っていた。神流が今の身体で使うとどうなるか分かったものじゃない。
とはいえ、神流の戦い方は悉くが自身の身体を使ったものがほとんどだ。もともと神立を多用するタイプではなかったのかもしれない。本来の持ち主よりも、移植先の人物の方が扱いに長けているとは、なんとも皮肉な話だ。
もはや何度目か分からない蒼い光が神流へと襲い掛かる。次から次へと新しい手を披露していく和沙だったが、それはつまり手札を切らなければ倒す事がままならない相手という事だ。あとどれだけ隠し札があるのか、それは神流には分からないし、そんな事は関係ない。ただ、向かってくるなら真正面から叩き潰す、それが彼女のスタイルだ。
何度かの剣戟と拳の応酬が交わされ、距離をとった和沙。そんな息子に好機など与えまいと一気に距離を詰める神流だったが、次の瞬間、地面から突き出た黒い結晶の棘を紙一重で避ける。が、今度は瓦礫の中を突き進んできた蒼脈が彼女に襲い掛かる。しかし……
「……身体が違うから通用すると思ったんだがな」
蒼い稲妻は一瞬神流の身体を巡るように輝いたが、彼女はケロリとした表情で拳を構えて襲い掛かって来る。大型の炉心すら焼き切る程の威力があるにも関わらず、神流には通用しない。
そもそもの話、蒼脈を攻撃に転じる際は、その”通す”という性質からどうしても直接触れるか、何かを媒介にして流す以外に方法は無い。それこそ空気中の塵を媒介にする事も出来ない事は無いが、それでは一度に通す事の出来る量は限られてくる。だからこそ、今しがたやったように地面に通したうえで離れた距離にいる相手にダメージを与える、といった使い方をしたわけだが、その性質上、相手が雷に対する対処を知っていると有効打にはまずなりえない。先ほどの神流もまた、自身の身体に蒼脈を流されはしたが、片足で受けてもう片方の足をアース代わりにし、地面に流して対処をする、といった方法でダメージを受ける事を避けていたのだ。
これまでの大型が容易に炉心を焼き尽くされていたのは、奴らが常に浮遊しているなどで雷を逃がす場所が無かった為だ。汎用性が効く能力なだけに、対応手段は多い。そのうえ、神流は元の使い手だ。例え扱いが下手だとしても、対処手段の一つくらいは知っていてもおかしくは無い。
「となると……」
和沙が取れる最後の手段、おそらく、神流でさえも想定外の攻撃手段を彼は所持している。左腕のパイルバンカーだ。
凪の盾程の威力は無いが、隠し武装としては優秀なうえ、届きさえすれば温羅の炉心を易々と貫く事が可能である。ダメージを与える度再生を繰り返してはいるが、神流の外殻はそこまで厚くは無い。元々の戦闘力が高い為、そこまでやる必要は無いと判断されたのかもしれない。だとするなら、勝ち目となるのはそれくらいだけ。
問題はどう当てるかだが……
「な~んか狙ってるねぇ」
「無駄に鋭いな。昔から、それで人よく怒らせてただろ? 察しが良すぎてサプライズが軒並み潰される、って」
「あははは、そうねぇ。でも、それがあったおかげで私はあれだけ生き延びる事が出来たんだから」
「もう死んでるけどな」
「セカンドライフっていうじゃない? あんな感じじゃダメ?」
「アホ抜かせ」
何気無い軽口の応酬ではあるが、その最中にも和沙は常に神流の隙を伺っていた。いや、既に布石は撒いている。後は、彼女がそれに引っかかるかどうかだ。引っかかってもらわなければ困る。でなければ、和沙に勝ち目は無いのだ。
他愛の無いお喋りもほどほどに切り上げた和沙に何かを感じ取ったのか、神流もまた低く構えている。攻撃的なものではない。あくまで迎撃の為の構えだ。そう言われれば大したことは無さそうに思えるが、あの状態の神流に攻撃が通る事はまず無い。核弾頭でも持ってくるなら話は別だが、そんなバカな事が容易に出来るはずも無い。
彼女の目の端には各ポイントに打ち込まれたアンカーが映っている。和沙は攻防の中で常に色んな場所へとアンカー代わりの杭を打ち込んでいた。これだけあれば、前後左右上下どこからでも攻撃を行えるように見えるが、アンカーが増えれば増える程、和沙の一瞬の判断に左右される比重が重くなる。故に、本命は一本だけ。
やはりと言うか、和沙の姿が消え、神流は先に目星を付けていたアンカーへと振り向く。すると……いた、やはり背後をとる形の場所に打ち込まれた杭の所に移動していた。攻め方さえ分かればどうにでもなる、そう彼女が思った時だった。
「!?」
突如として日の光が遮られる。否、神流と和沙を覆うように黒い結晶のドームが作り上げられる。大きさとしてはさしたるものではない。だが、和沙の速度であれば、どこにいても一瞬で踏み込む事が出来る程度の大きさだ。はっきり言って狭い。
この中で一体何をしようと言うのか、そう神流が口にしようとした時だった。再び和沙の姿が消える。しかし、この移動は悪手と言えよう。何故なら、このドームを作った事で、神流もそうだが和沙もまた移動に制限が付いている。ドームの外にあった杭に移動は出来ないし、ドームの中にある杭も片手で数えられる程度どころか、今しがた和沙が移動したところと神流の背後に隠されるように打ち込まれている一本しかない。
長刀を投げてもいない。という事は、移動する場所はただ一つ。その一か所に向かって、神流もまた足を向けた。
だが、ここで一つ疑問が湧いてくる。
これまでの和沙の戦闘を見ていれば、彼の一番の持ち味がそのスピードである事、視界外からの急襲性である事は否が応でも分かるだろう。にも関わらず、こんなドームを作り、自身の最大の長所であるスピードを制限し、尚且つ急襲する為の杭を減らしたこの状況を何故作り出したのか? むしろ自分から追い込まれているのではないのか?
答えは簡単だ。最初から、和沙は地面に刺さった杭など見ていなかったのだ。
ならば、和沙はどこへ行ったのか? この一撃に賭けている和沙が向かうのはただ一つ、神流の懐だ。
「なっ!?」
まさか自分と肉薄するような距離にくるとは思っていなかったのだろう。神流の目が驚愕に見開かれ、同時にその口から驚きの声が漏れる。
だが、距離として見れば一メートルも無く、和沙の刀が振り下ろされるも、神流の驚異的な反射で弾き飛ばされる。
刀を弾き飛ばされてもなお、和沙は想定内といった表情をしている。もしここまで織り込み済みであるのなら、今度はあの弾かれた刀か、もしくは杭へと移動するはず、そう考えた神流だったが、和沙はいつまで経っても移動しない。それどころか、更に一歩突き進み、左の掌底を行おうとする。
「このっ!!」
咄嗟に突き出した手刀が和沙の右胸を貫く。だが、止まらない。いや、むしろその手刀のせいで神流の身体が固定された。
和沙の掌底は手刀によって威力を大幅に削られたせいか、ダメージを与える程の勢いは無くなっている。その状態で胸の中心に押し当てられても、神流としては痛くも痒くも無い。破れかぶれの特攻か? そう思った瞬間だった。
ガキン、と何かが外れる音がした。
次の瞬間、凄まじい衝撃と共に、神流と和沙の身体が勢いよく吹き飛んだ。
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