四十三話 一つの決着
「あぁくそ……、やっぱり何度も使うもんじゃねぇな、これ……ゴホッ」
右胸を貫かれ、肺に穴でも空いたか、少し血の混じった咳をしながらも、おそらく外れたであろう左肩を抑え、ゆっくりと神流に歩み寄る和沙。すぐ傍まで来た時、自分の予想が外れていなかった事に安堵するも、同時に哀愁のようなものが襲ってくる。
「……負けちゃったかぁ」
ボソリと呟いた神流の表情は、悲しそうだがどこか嬉しそうでもあった。
大きく穿たれ、空洞となった胸からは塵になっていく炉心が見える。和沙は面積的な理由や、百鬼との戦いでそこが炉心の場所だと予想を付けていた。そして今、その予想は完全に的中した事になる。
そして、神流の巫女服の袖から落ちる一本の杭。それは、和沙があの二段移動を披露して見せた時に交わした攻防の最中に、神流の服の中に忍ばせていたものだった。
自身の機動力を最大限まで制限し、神流の意識が空間全てを覆う狭さのドームを作り上げ、あえて見えづらい場所に杭を設置までして見せた。そこまでの布石を打っておきながら、和沙が最初から最後まで見ていたのはこの一本だけだったのだ。なんとも気の遠くなるような回り道だことか。
「……けど、親からもらった体は、もっと大事にしなきゃ駄目だぞ」
「冗談。自前の部位なんかほとんど残っちゃいないさ。ほぼあんたの体の一部に侵食されてるんだから」
「そっか……、それは、悪い事したかな……」
しみじみと口にする神流。そんな彼女の身体は、既に半分程が塵と化していた。
「……言い残す事はあるか?」
その勧告は誰の為か。言葉通りに受け取るのであれば、神流の想いのこしを受け継いでやる、とでも聞こえなくは無いが、そうではない。これは、かつて失った母の言葉、その本当の真意を聞くためのものだ。
「ん~……、そうだねぇ……、ちゃんと野菜は食べるんだよ」
「ここに来てまでそれかよ……。全く、ぶれないと言うかなんと言うべきか」
「だってさ、千里、野菜ほとんど食べなかったじゃない? 親としてはやっぱり気になるんだよ。息子の身体の事は」
「そこまで考えてくれてるなら、もう少し手加減してくれても良かったんじゃないか?」
「千里の成長っぷりを見た時、やっぱり嬉しくなっちゃったからさ」
そう、最初から最後まで、彼女は母親だったのだ。例え本気で刃を交えようとも、殺し合いに発展しようとも、神流は終始和沙の事を考えてばかりいた。だからこそ、こうして倒された後もどこか清々しい表情で逝けるのだ。親の本望というやつだろう。
「あぁあと、夜更かしはほどほどに、学校の宿題はちゃんとする、自分の部屋の掃除くらいはする」
「はいはい……」
「それから……、流石にもう無理かな……」
気付けば、神流の身体は既に八割方消滅していた。もともとの体積が少ないせいだろう、普通の大型と比べてもやはり消滅速度が速すぎる。だが、本人はこれに対し文句の一つも溢さない。
「最後に一つ、いや二つかな? あの子を、お願いね。それから、妹だけは悲しませちゃ駄目だよ」
「っ……」
その言葉が、ぐさりと和沙の胸に刺さる。かつての妹は、態度には表さなかったものの、いつも和沙の事を想い、悲しませていた。そんな想いをするのは、和沙としてもゴメンだろう。
「それじゃ、そろそろ私は逝くよ。色々と言いたい事もあったけど、こうしてもう一度千里と話せたのは良かった」
「……」
もはや存在しない手を振っているのが容易に見て取れる。そんなあの時と全く変わらず、また役目を終えれば家に帰って来ると思わせるような母親を前に、和沙は一言だけ呟いた。
「じゃあな。あっちに行ったら、茜によろしくな」
その言葉への返答は無い。最後に残った目元が微笑んだのを最後に、神流の姿は完全に消え去った。
「……」
ほんの一か月程度の再会。和沙にとっても、神流にとっても二百年という時を感じさせないものであっただろう。
この先、またどこかで出会うかもしれない。だが、その時にはお互いをお互いと認識できないかもしれない。
それでも、親子であった事は何物にも覆せない事実だ。それだけを胸に、和沙はこの場を後にする。母親が残した、小さな光の粒子に背を向けるようにして……。
キィン、と甲高い金属音が鳴り響いた。
太刀を振りぬいた瑠璃、そしてそれを見守っていた紅葉の顔が驚愕の色に染まる。
「連携プレイは結構。でもね、私にもそのくらいは出来んのよ」
刃が止められていた。それも、智里の背中から生えた巨大な顎に噛みつかれて、だ。その顎は大きく首? を横に振ると、まるで重力など関係ないかのように瑠璃を人形のように振り回し、やがて咥えた刃を離して瑠璃を壁に叩きつける。
「カ、ハッ……!?」
「冗談じゃない……。人を辞めた、とは聞いたが、まさかそこまでとは思っていなかったぞ」
「人間を辞めるってのはこういう事を言うんだよ! さぁ、絶望に震え上がれ!!」
メリメリと尋常ではない音を立てながら、智里の背中が盛り上がっていく。そして、まるで脱皮でもするかのように彼女の背中から出てきてのは、巨大な木の化け物だ。異様なのは、背中からそんなものが生えているのにも関わらず、未だ人格を有している人型の方か。
繋がっていたのは下半身だけ、そう思っていた一同には驚愕の光景だ。先ほどまでならいざ知らず、今の彼女を人間と呼ぶにはあまりにも形が違い過ぎる。
『――――――』
智里の背中から生えた異形が吼える。生き物とも不協和音とも判別し難いその声を耳にし、思わずその場にしゃがみ込む者が出てくる程だ。少なくとも、あまり長く聞いていたいものではない。むしろ、一秒でも早く聞こえない場所に行きたい、と思えるようなものだ。
だが、その咆哮は攻撃行動ではない。むしろ、今のは前兆でしかない、と言えよう。その巨大な口から、突如として少しオレンジがかった黄色の霧を出している。一見すれば、そこまで攻撃力があるようには思えない。一瞬、酸での攻撃かとも思ったが、そうでは無いらしい。だが、その攻撃を呆然と眺めている睦月達とは違い、紅葉と瑠璃、千鳥は急いでその霧から離れようとしている。
「マズ……、全員下がれ!!」
紅葉が焦ったようにそう叫んだ時だった、カチン、という音が鳴り響いた瞬間、辺りが光に包まれた。それは、先ほど明が至近距離で受けたものと全くと言っていいほど同じものだった。
問題は、その爆発の規模だろう。広範囲にばら撒かれているわけではないので、範囲自体は狭いが、いかんせん密度が高く、連鎖的に爆発していくせいで衝撃が波状攻撃のように襲い掛かって来る。当然、一度目や二度目は防げたとしても、それが連続的に発生し続けるのだ。例え防御に特化した巫女でも耐えきるのは難しい。
「ぐ……」
下がったとはいえ、比較的至近距離で受けた紅葉はボロボロだ。幸いなのは、彼女の御装は近距離での殴り合い仕様である為、比較的防御力が高いお陰で身体へのダメージはそこまででもない、といったところか。それでも衝撃が漫勉なく伝わればそれだけで動きに支障が出るし、意外と身体へのダメージは抜けづらい。明らかに後に尾を引くダメージである事が分かる。
「灘、樫野!!」
それなりに近くにいた二人もまた紅葉同様に吹き飛ばされていた。彼女達はその機動力の高さから紅葉のようにダメージを受ける事は無かったものの、そもそも防御力に振られているわけではなく、ダメージを受ければ受けた分だけ傷付く。当然、紅葉が立つ事が出来るレベルでも、二人には起き上がる事さえままならない、といった事もあるわけだ。
一目で見れば分かる。負傷とは言わないものの、そのダメージは大きく、戦闘を続行する事は難しい。加えて、先ほど神流との戦いで負ったダメージが抜けていなかったのも挙げられる。二人を即座に抱え上げると、とうに目が再生し、牙を剥く二頭の龍相手に立ちまわっている睦月達の下へと戻る。
「瑠璃ちゃん、千鳥ちゃん! 大丈夫なの!?」
「見た目はそこまででも無いが、とにかく中身へのダメージがデカい。これ以上の戦闘は難しいだろうな」
「そんな……」
二人の状態を心配する睦月。また、この二人は攻撃面で言えばこの巫女隊の要とも言える存在だ。ここで離脱すれば、最悪智里を倒す手段がなくなってしまう事になる。紫音の狙撃でどうにかならないか、と事前に相談してはいたものの、やはり智里自身も狙撃に関しては最大の注意を向けているのか、ここまで一度たりとも射線を通していない。
「……どうするの?」
「技術班待ち……と言いたいところだが、奴の攻撃手段があれだけとは限らない。出来ればここで戦力を削いでから下がりたいところだが……、装置の状態は今どうなっている?」
「八割方完了との事よ。ただ、最後の接続作業に難航しているらしいわ。このままだと、接続を手動で行う必要がある、と」
「……仕方がない。もう少し粘るぞ。技術班には私から急かしておく。例の装置の操作が困難だという事は分かるが、それの時間を稼ぐ為に我々が犠牲になっているのでは本末転倒だ」
中には守護隊を予備であると認識し、減ればそこから補充すればいい、などと宣る者もいるが、才能や経験、そして技術など簡単に補充できるような存在では無い事を理解するべきだろう。そんな彼女達がここで斃れるわけにはいかない。戦力的にも、カリスマ的にも。
「私では灘さんの代わりになりませんか?」
振り向かず、刀を構えながらそう問いかけてきたのは鈴音だ。紅葉は一瞬考えるものの、首をゆっくりと横に振る。
「使っている武器は同じと言えど、スタイルが違い過ぎる。それに、彼女のあれは才能に起因するところが大きい。鴻川も決して劣っている、と言っているわけでは無いが、それでも方向性が違うんだ。君に彼女の代わりは務まらない」
「……」
鈴音は答えない。分かっていた事だ、彼女と瑠璃が全くタイプの違う巫女だという事くらいは。
だからと言って、このままただ敵の動きを受け流すだけなのはあまりにも不毛過ぎる。一撃が強力な者、と言えば紅葉が真っ先に挙げられるが、そもそも彼女は前に出てガンガン攻撃を行っていくタイプではない。待ち、受け、そして一瞬の隙に高威力の攻撃を叩き込む。そういった戦闘スタイルの人間だ。
圧倒的な火力不足。元々低かったわけでは無い。ただ運が悪すぎた。明が離脱した時点で戦力の大幅な低下は否めなかったが、瑠璃と千鳥まで倒れてしまえば本格的に攻める役目がいなくなる。それを補うためには、やはり少々無謀とはいえ、紅葉が前に出るしかないのだ。
「……隙を誘発させる。真砂、あの龍の目を撃ち抜け」
『滅茶苦茶にも程が無い? まぁ、やるけどさ』
彼女の腕ならば、一瞬動きを止めるだけできれいに撃ち抜いてくれるだろう。龍はそれで対処し、あとは本体を殴るだけだ。
紅葉が睦月に向かって小さく頷く。睦月もまた頷き返し、真正面から走りだした紅葉とは別に側面に回るように弧を描いて走りだす。当然、その動きには気付いている二頭の龍だったが、まずは真正面から無防備に近づいてくる紅葉に狙いを定める。
左から襲い掛かって来る顎を避けると、今度は右側から迫る首目掛けて大剣を振り抜く。鈍い音と共に大剣が弾き返されるが、それは敵も同じこと。紅葉の膂力で大きく弾かれた首は脳震盪でも起こしているのか、あまり動きが機敏とは言い難い。だが、紫音の位置からでは、龍の目を狙うのは困難だ。そして、こういう時の為に睦月がいる。
「はっ!!」
薙刀を多節棍に変形させ、龍の首の一番細い部分に巻き付ける。そのまま後ろに体重をかける事で龍の顔を横に向けようという算段だ。だが、そう簡単にいくほど甘くは無い。もう片方の首が睦月に襲い掛かる。大きな口を開け、今にも噛みつかんとしたその時、何かがぶつかったかのように、首が弾かれた。
「させませんよ」
鈴音だ。居合の構えをとっているが、行ったのはショルダータックル、所謂当身だ。別段刀を抜いたわけでは無い。
もう一方の龍にも大きな隙が出来た内に、今度こそ睦月が首を移動させ、紫音が狙いやすい場所へと向けさせる。そして……
「紫音ちゃん!!」
『……』
端末の向こうにいる紫音は黙っている。だが、その数秒後、パンと乾いた音が鳴り響き、その一秒後に睦月が拘束していた龍の目が破片を撒き散らせながら穿たれた。ゆっくりと倒れていく龍から離れ、三人は残ったもう片方を見据える。
「まず、一体!!」
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