第103話 候補生達の激闘

 常に全力、そんな印象の強い少女だった。


 何をするにも一番を目指す強い向上心、それでいて仲間達を気遣い、時にはユーモラスを見せる等、あらゆる方面で隙が無い、とまで言われていた。

 そんな彼女が候補生を纏める立場になったのは必然と言える。慎重でありながらも大胆不敵に動き、時に飛んでくる支部局長からの指示を的確にこなしていく。この候補生のみが集まる戦場に限定すれば、彼女は確実にこの場をコントロールしていた。

 だからこそ、一瞬生じた隙を突かれた。

 余裕が油断を生み、彼女に痛恨の一撃を与える事となる。


「美月!!」


 眼鏡の少女が叫ぶ。先ほどまでの冷静沈着な様子とは異なる、非常に感情の籠められた声色だ。そんな声を向けられた少女は、想定外の不意打ちを受け、地に伏すまではいかないでも、傷口を抑え、片膝を付いていた。


「ぐっ……」


 不意打ち、そう不意打ちだった。空中、地上共に小型を確実に処理していた彼女達を襲ったのは、突如として初戦闘だらけのこの戦場に乱入してきた中型だった。

 しかし、いくら油断があったとはいえ、これでも候補生のまとめ役。一時に限定すれば、本隊メンバーに勝るとも劣らない実力を発揮する事も可能だ。その力を使って、即座に反応した為大事には至っていないが、それでも傷を負った事に変わりは無い。


「さっちゃん、フォロー!!」


 想定外の事態だったのか、眼鏡をかけた少女が一瞬狼狽えた表情を見せるが、そこに素早く指示を飛ばす美月は流石と言うべきか、自身もまた後退しながら、他の候補生達にも指示を行っている。

 現れたのは、巨大なムカデ型の中型温羅だ。以前、凪が和沙に無理矢理戦わされたヤスデ型とは異なり、今度は凶悪なまでのムカデだ。……凪が相手を嫌がってわざとスルーした、と思いたくもなる形をしている。


「美月、傷は?」


 中型の相手をする為、前に出たメンバーのフォローをしながら美月と共に下がった少女は、美月の様子を確認する。受けたダメージが大きいのか、返答は無い。しかし、抑えられた腕に出血が見当たらないところを見るに、止血は必要無いようだ。


「大……丈夫! まだやれる!!」


 立ち上がり、構える。御装の隙間から見える腕には、青痣が目立つ。構えられる程度には動けるということは、少なくとも折れてはいない。だが、それなりに大きな傷である事には変わりはない。


「……一旦、退くのも手ですよ」

「珍しいね、そんな弱音を吐くなんて」

「戦略と言ってください。美月は候補生のまとめ役であり、支柱でもあるんです。こんな場所で倒れられれば、全体の士気に関わります」

「わ~お辛辣ぅ~」


 しかしながら、少女の言う事は最もだ。美月の立場は、本人が思っている以上に重い。それこそ、彼女が無事か否かでこの場の状況が一変しかねない程度には。


「けど、だからって自分一人だけ安全な場所で見ている事なんて出来ないよ。一緒に戦ってこそのリーダーだもん。まだまだ頑張るよ!」


 トンファーを握る手に力が入る。油断と余裕から今回の不意打ちを許したものの、普段通りであればそんな下手は打たない。初の実戦、そして想定以上に自身の力が通用した事により生じた心の隙間に付け込まれた一撃。これを勉強代として内心に留めておく事に決めたのだろう。既に、その表情には先ほどまでのような”隙”は見られない。


「……なら、少し慎重に攻めましょう。小型も依然、殺到してきています。注意するに越したことはありません」

「……えぇ!? あのさっちゃんが慎重に!? どうしたの!? 熱でもあるの!?」

「……」


 戦略的な話を少しでもするとすぐこれだ。少女の眼鏡越しの視線に、美月は思わず身を竦める。本人も自身の事を脳筋寄りである事は認めているが、だからと言って、この扱いはどうかと思う。


「と、とりあえず、慎重に、ね。陣形はいつもと同じで。突出し過ぎないように、ね?」

「……はぁ、言いたい事は山ほどありますが、一先ずはそれでいいです。……腕っぷしだけが取り柄ってわけじゃないんですが」


 ボソリ、と口にした言葉が決して聞こえていないわけではないだろう。しかし、聞こえていないふりをしているのか、当の美月はそっぽを向いている。

 これまた小さく嘆息した少女は、改めて眼前の敵に相対す為に構えなおす。非常に見るに堪えない姿ではあるが、小型はともかく中型を後ろに逸らすわけにはいかない。ここで止めなければ、自分達よりも後ろにいる合同部隊に被害が出かねない。


「それじゃ、改めて行くよ!!」

「承知しました」


 トンファーで自身を守るように構えた美月が前に出る。凪程ではないものの、防御力の高さには定評があり、先のような不意打ちでなければ、中型の攻撃すら正面から受け止められる。必然的に、立つのは最前部だ。それに続くように、眼鏡の少女が後ろにぴったりと張り付いている。立ち位置的に日向だろうか? いや、その攻撃力を考えれば、一時的にとは言え、高火力を叩き出せる事を考えれば、和佐と同位置ともとれる。

 押さず、引かずを徹底させていた周りのメンバーに下がるように指示すると、二人は身を低くかがめ、前へと踏み出す。これまで周囲の候補生と睨みあいを続けていた温羅が、二人に反応して動きを見せる。それを見逃さない美月がすかさず中型の動きに反応し、防御の体勢をとる。その直後に鈍い音が響き、同時に美月の体が大きく横に流れる。ムカデ型の温羅が胴体を薙いでその勢いを側面から受けた形だ。しかし、彼女の体勢は崩れていない。

 そして、その反対側から飛び出てくる灰色の影。その影は、中型に一気に接近すると、その横っ腹に鋭い一撃が入る。流石に最初の小型のように吹き飛びはしないものの、それでもその大きな体を少し下がらせる事には成功した。したのだが……


「硬……」


 温羅の外殻は、小型はそこまででもないが、中型になると途端に硬質化し、これまで小型相手に立ち回ってきた候補生にとって、その硬さはこれ以上無い脅威となる。何せ、こちらの攻撃は通りにくいうえに、向こうの攻撃は防御自慢の美月でさえかなり堪える威力だ。こうなると、長期戦にもつれこむと、必然的に候補生達が圧倒的に不利になる。戦闘が泥沼化する事は、イコール彼女達の敗北を意味する。何としてもそれだけは避けなければいけない。


「貫通力のある武器を持ってる人は!?」

「少し前なら神戸さんがいたんですが……」

「今は本隊か……」


 葵の中型の外殻を易々と貫くあの貫通力。あれは他のメンバーが容易に代替出来るものではない。更には遠距離と言う事もあり、今回の中型相手にはこれ以上無いくらいの成果が期待出来るだろう。

 しかし、ないものはない。いない人間に対して望みを持っても仕方が無い。今はここにいるメンバーだけでどうにかするしかないのだ。


「美月、とにかく敵の攻撃を引き付け続けてもらえますか?」

「?? いいけど、何か策があるの?」

「策、と呼べるようなものではありませんが、一つ気になる事がありまして」

「何?」

「いえ、あぁいった虫というのは、背中の甲殻部分は確かに硬いのですが、大抵腹部は柔らかいものです。あの温羅、攻撃をする際に体を持ち上げる事が多いので、その隙を付いて弱いところを打ちぬこうかと」

「なるほど。年頃の女の子が何で虫の弱いところの知識を持ってるのか、とか疑問に思う事もあるけど、取り合えずは分かったよ。耐えればいいんだね?」

「あと、出来れば首が上に……叩きつけるような攻撃を誘発出来れば十分です。その隙を私が突きます」

「オッケー」


 再び美月が中型と対峙する。先ほどと違うのは、眼鏡の少女が美月の後ろではなく、少し離れた場所に待機している事か。どうやら、徹底的に動きを見極めるようだ。

 少々危険ではあるが、中型の気を引くのは美月一人だけだ。他のメンバーには、徹底して小型の相手をするように指示を出している。決して他のメンバーが足手まといだというわけではなく、あくまで美月が敵の動きをコントロールする為だ。そして、美月が作り出した隙を眼鏡の少女が突く。シンプルだが、これ以上は無い作戦だろう。


「よし! 行くよ!!」

「承知しました」


 候補生達による、第二ラウンドが始まった。

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