第104話 第二ラウンド

 序盤の反省を生かし、迂闊に間合いに入る事をやめ、ひたすら大きな動作の攻撃を誘発する。そんな行動を徹底していたおかげか、出だしは非常に好調と言えた。とは言っても、あくまで大きなダメージが無い、という意味であり、依然こちらの攻撃が届く事はない。外殻は硬く、その奥までダメージを浸透させるには、今の彼女達の装備では辛いものがあった。

 防御役の美月に負担が偏るのは分かっていたが、それでも辛いものがあるのか、時折苦渋の表情を浮かべる事がある。無理も無い、自身よりも遥かに大きな相手から一方的に攻められているのだ、苦しくない方がおかしい。


「う、ぐっ……、さっちゃん、まだ!?」

「さっちゃん言うな。まだです。もう少し頑張って下さい」

「流石にこれ以上は私も辛いんだけど……!!」

「辛いか否かであれば、少し前からそれっぽい事を言ってませんでしたっけ? もう無理とかなんとか」

「そうだよ!! もうかなりキツイんだから、早く!!」

「仕方ないですねぇ……」


 必死な形相で訴えかける美月とは反対に、随分と落ち着いた様子を見せている。……気のせいだろうか、参戦すると決めた瞬間、彼女の表情が少し残念そうだったように見えたのは。


「さて、それでは私も……もうちょっと上向かせられませんか?」

「ぐぐぐ……これで限界~……!!」

「仕方ありません、最後の一押しは私……が!!」


 美月が引き受けた攻撃によって出来た胸部の真下、その隙間に踏み込むと、その勢いと全身のバネを使い、一気にその腹部を打ち上げた。

 その体躯が頭上に吹き飛ぶ……程ではなかったが、彼女達の何倍もある巨体を浮かせるだけの威力を持った拳、それが腹部の柔らかい部分に直撃したのだ。ただでは済まない。それを裏付けるかのように、今の今まで獲物として狙っていた美月から視線を外すどころか、完全にフリーの状態でその場にのたうち回っている。

 流石にその状態の温羅に近づくのは難しいらしく、美月も少し離れた場所で注意深くその様子を見ている。今は迂闊に手を出せないが、その動きが鈍くなり次第トドメを刺しに行くつもりなのだろう。いつでも飛び出せるように構えている。そして、それは隣にいる少女も同じ事だ。

 しかし、余程ダメージが大きかったのか、それとも単に別の意図があるのか分からないが、その激しい動きは止まる兆しを見せない。これでは攻撃を加えようにも、近づく事すら出来ない。そう思っていた時だった。

 突如として、それまで暴れていたのが嘘のようにピタリとその動きを止める。それこそ、徐々にではなく、まるで時間が止まったように、唐突に、だ。


「??」


 流石の美月も、これには疑問を浮かべざるを得ない。その隣にいる少女も同じ事だ。

 ダメージが大きすぎて絶命したのか、はたまた気を失っているだけなのかは分からない。何にしろリアクションは取るであろう、と思われていた矢先にこれだ。こうなっては迂闊に近づく事も出来ない。

 だからと言って、このまま放置するわけにもいかない。現に今彼女達の背後では、小型に対応する候補生達が頑張りを見せている。それに答える為にも、この温羅だけはどうにかしておかなければならない。

 しかし、そんな彼女達の思惑とは裏腹に、温羅の状態は変わらない。特に変わった動きは見せない。


「そ~……」

「近づかないで下さい。何があるか分からないんですよ」

「え~……」


 だが、眼鏡の少女のその言葉が、美月を救う事になる。

 何の動きも見せずに静止していた温羅の体が、これまた突然振動しだす。それも小刻みといったものではなく、大きくゆっくりと、だ。まるで中から何かが出ようとしているかのような……。


「!! 美月!!」


 彼女にしては珍しい、悲鳴のような呼び声に、美月は咄嗟にその場から飛び退き、温羅から距離を取る。その直後、メリメリ、と何かがまるで皮を破るような音が聞こえ、そして……


「うげぇ……」

「……」


 温羅の腹部、今まで弱点と思われていた部分が大きく裂かれ、中から若干色の薄いムカデ型温羅の姿が現れる。……脱皮だ。

 しかも、ただ色が薄くなっただけではない。先ほど美月が相手をしていた時よりも、妙に刺々しくなっている。足、いや体中の至るところに鋭利な棘のような物が増えていた。当然、それは弱点だろうとめぼしを付けていた腹部にも生えている。いばらのように……程ではないものの、その密度はかなりのものだ。先と同じように攻撃をしに行けば、傷つくのは避けられない。


「あんなの聞いてない!!」

「むしろ聞いてたらマズイと思いますが?」


 取り乱す美月と冷静さを取り繕う少女の間には、得も言われぬ悲壮感が漂っている。光明が見えたと思いきや、そこから絶望に叩き落とすかのようなフォルムチェンジを見せられたのだ。無理も無いだろう。

 だからと言って、ここで退く訳にもいかない。ただでさえ、彼女達の背後にいる合同部隊は、ある程度対抗出来るとはいえ、こんな中型と真正面からぶつかれば、まず壊滅は免れない。よしんば耐えきったとして、それでもその次に迫ってくる小型や、中型を凌げるとは思えない。小型はともかく、中型はここで止めなければいけない。そう思っているからこそ、目の前で姿を変えた温羅に対し、絶望的でありながら未だ強い炎の宿った視線で睨みつけている。


「美月、引き続き気を引き続けてください。脱皮した直後は皮が弱い、これは同様の性質を持つ全ての生き物に当てはまります。であれば、あの温羅も……」

「脱皮したばかりだから柔らかい、って? なら、それに賭けてみましょう」


 脱皮したばかりの今だからこそ、逆にチャンスになる。そう信じた少女達が、三度温羅の前に立ちはだかった。

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