二十八話 死線の陰で……
鈴音の声を聞き、真っ先に前へと踏み出したのは玲だった。二刀を抜き放ち、一直線に一番先頭にいる温羅へと突進する。当然、温羅達もその様子をただ呆けて見ているだけではない。すぐさま臨戦態勢を整え、迎撃しようとそれぞれが身を低くしたその時、両サイドから飛び出した梢と燐による一斉射を受ける。明確なダメージを与える事は叶わなかったものの、怯んだ温羅が数歩後ろへと下がる。そして、それを見逃す玲ではなかった。
「はぁっ!!」
戦闘の温羅の頭を渾身の力で叩き斬ると、敵の状態がどうなったかも確認する前に次の獲物へと肉薄する。こちらも一刀で両断、という程ではないが、十分致命傷となる傷を与えてその場から離脱する。玲が下がると同時に、再び二人のアサルトライフルが火を吹き、温羅達に思い通りの動きをとらせないように上手くコントロールしていた。
「ホント、良い連携ね。誤射しないように上手く位置取りしてる。一朝一夕には出来ないよ、あれは」
「頑張ったからね~」
誇らしげ胸を張る日和。あれだけの実力を得るのに、どれほどの努力を積み重ねたのか、彼女達の動きを見れば、その一端が理解出来るだろう。
本来であれば、機動力で攪乱するのが役目であろう小型の温羅でさえ、玲の動きにはついていけていない。早さがどうのではなく、単純に細かい動きに付いていけていない印象を受ける。強いて言うならば、フェイントや急停止、急速接近など、基本的に動物のように本能的な動きをする温羅、特に小型にとって、その動きは非常に対処が難しいものだ。更に言えば、玲のその動きは鈴音ですら目で追うのが精いっぱいで、実際に相対した際に対応出来るか、と聞かれると首を傾げざるを得ない。
鈴音の隣では、日向が下にいるメンバーが撃ち漏らした温羅を次々に狙撃していく。日和もまた、普段の態度からは想像がつかないが、冷静に観察しているとその異常さが分かる。何せ、先程から何発の撃っているが、一撃たりとも外していない。その正確さは、武器自体は異なるとはいえ、佐曇の七瀬を思い出させる。
「ん~? どうしたの~?」
スコープから目を離さず、視線すら向けずに日和の口が開く。その問いかけは、下を見ていたと思いきや、ずっと日和に視線を向ける鈴音へと向けられていた。
「え? あぁいや、なんか、私が何か言う前に終わりそうだな、って」
「油断は禁物だよ~。でも~、確かにこれはやる事無いかもね~」
「下手に手を出すと、連携を崩しそうだし、このまま何も無く終わってくれれば一番なのにね」
「……鈴音ちゃん~、それはフラグだよ~」
「え? あ……」
しまった、と口を抑えた時にはもう遅く、日和が銃口を向けた先にはいつの間に現れたのか、一体の温羅が鎮座していた。大きさは、今まで守護隊が戦っていた温羅達よりも遥かに大きく、その形はより複雑なものとなっている。というより、その形は……
「うわぁ……」
つい日和がいつもの間延びした語尾を忘れる程、衝撃が強いものだった。その形とは、所謂節足動物である。それも、一般的な昆虫などではなく、あれは等脚目、つまるところダンゴムシだ。
本来の大きさであれば、子供が親しむ程度に愛される虫ではあれど、こうも大きくなればその体は脅威となり、同時に見る者に精神的なダメージを与えてくる。
「……前々から思ってたんだけど、小型は普通の動物タイプが多いのに、何で中型以上ってああいう虫タイプが多くなるのかな……?」
「虫って~、人と同じ大きさになるとすごいらしいよ~。そういう事なんじゃない~?」
「そんな情報、知りたくなかった!!」
小型をあらかた片づけた玲達三人だったが、奥に突如として現れた中型を見て動きが止まる。いや、固まっている。無理も無い、足が大量にある虫が、人間の何倍もの大きさを持って自分達の目の前にいるのだ。性別等関係無く一番最初に生じる感情は恐怖だろう。
「散って!!」
そうやって硬直していた三人だったが、玲が何かに気付いたのか、二人に向かって声を上げる。同時に自信も後方へと大きく距離を取る。次の瞬間、先程まで玲のいた場所が爆発……いや、炸裂した。その場から姿を見せたのは、鋭利な先端を持つ触手だ。元を辿れば足の一本なのだが、本来のダンゴムシとは異なり、どうやら伸縮自在のようだ。更に言うと、今しがた行った攻撃、単に地面を貫いて来るのではなく、炸裂したところを見るに、あの足の先端には何らかの力があるように思える。爆薬でも仕込まれているのだろうか?
「ね~、どうする~?」
「……」
日和が鈴音に向かって問いかけてくる。否、言い方は軽いが、彼女は指示を仰いでいるのだ。さっきまでの小型とは異なり、あの中型と戦闘を行うとなれば、被害が出かねない。事前に説明を受けている通り、守護隊でも中型を相手にする事は出来るが、それは複数の小隊が連携を取れば、の話だ。そのうえ、確実に倒せるという保証は無い。ここは、最悪撤退も視野に入れるのが妥当だろう。少なくとも、安全を第一に考える睦月辺りならそうすると思われる。
しかし、だ。今の状況を見て分かる通り、いついかなる時でも複数の小隊が揃っているという事はまず無い。他の面子がどうかは分からないが、今から増援を呼んで、一分以内に着くというのであれば、撤退も視野に入れた遅滞戦闘を行うのも有りだろう。だが、時として援軍は期待できず、さりとて逃げる事も敵わないという事態に陥る事も可能性としては存在している。
ならば、ここで撤退を選ばず、敢えて火中に飛びこむ事で、そういった事態を迎えた際の予行演習とするのも一つの手だろう。
別段、ここは黒鯨と戦った佐曇湾のように後が無い場所ではない。危なくなれば下がればいい。となれば、やる事は決まっている。
「……玲さん、その場で待機。梢さんと燐さんは先ほどと同じく、両サイドからの牽制射撃を行ってください」
『了解だ』
『わ、分かりました』
『了解』
端末から聞こえる返事にも目をくれず、鈴音の視線はただ中型温羅のみに注がれている。あれがどのような動きをするのか、どこが弱点なのか、しっかりと見極める必要がある。いざとなれば、鈴音自身が体を張って弱点を暴くのも辞さない、とでも言うかのような表情をしている。流石にそれは日和が許さないだろうが、そこまでやるという覚悟を決めているという事だ。
鈴音の指示通り、梢と燐による牽制射撃の弾幕が張られる。その音に驚いたのか、はたまたそれが防御形態なのかは分からないが、温羅がその場で丸くなる。表現の上では、可愛らしいものだが、実際のビジュアルは巨大なタイヤだ。むしろ、あの状態でよく転がらないものだ、と感心さえ覚える程だ。
しかし、やはりというか、当初の予想通り、あれの外殻は弾丸すら通す気配を見せない。それどころか、跳弾による街への被害の方が懸念されるくらいだ。鈴音は早々に指示を出し、発砲を止めさせる。どのみち、これを続けていても、あの温羅にダメージを与える事は難しいどころかそもそも無理とさえ思えたからだ。
「さて、どうするか……」
どうやってあの外殻と突破するか考える鈴音を嘲笑るかのように、タイヤのような丸まった姿を維持する温羅。その姿を前に、逆にある事を思いついた鈴音は、それを矢継ぎ早に守護隊のメンバーへと指示を飛ばす。それを受けたメンバー達は、その言葉に対し、疑問の一つも見せずに動きだす。
こうして、この街に来て初めての中型攻略戦が始まった。
鈴音達が中型と真正面からの攻防を繰り広げているその裏では、とある計画が進行していた。
温羅と守護隊がやりあっている場所からそう遠くない暗がりの路地の中、そこでは数人の男達が暴れる何かを取り押さえながら、その何かを籠のような檻の中へと押し込もうとしている。抵抗むなしく、黒い何かが檻の中へ完全に入った事を確認した男の一人が、端末を手にし、ある場所へと通信を行う。
「捕らえました。えぇ、生きの良い上物です。傷なんかは無いので、このまま何もしなくてもしばらくは生きてると思いますよ」
後ろで檻に体当たりをし、甲高い音を鳴り響かせているそれに視線を向けながら、男の口角が歪む。
「そもそも、こいつらは何を食って生きてるんですかね? その辺ご存知ないんですか?」
『知るか。そいつらの構造解析は我々の役目ではない。そんな事はどうでもいいから、とっとと仕事をしろ!』
「了解、っと。おいお前ら、さっさと運べー。ただでさえこんなところ見られたらヤバいんだから、迅速に、且つ隠密にな」
男の声に答えるように、檻を運ぶ男性達から返事が返ってくる。
路地の奥、車の載せられようとする檻が一際大きく揺れたが、相当頑丈に作られているのか、壊れる事はおろか、軋みすら上げる事は無かった。
檻が車の中へと消えていくその瞬間、檻の奥で小型温羅の赤い目が鈍く輝いていた……。
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