第68話 小さな不信

「さて、ようやく再開となるボランティアの件なんだけど……、あの馬鹿はどこ行った!!」


 残暑、と呼ぶにはまだ日差しの照り付けが厳しい今日こんにち、部室に集まったメンバーを前に、隊の予定を告げようとした凪が、本来いなければいけない残り一人の姿が見当たらない事に怒声を上げる。


「さぁ? 今日は見てませんが……」

「鈴音!」

「わ、私も今日は会ってません……。家の方にもいませんでしたし……」

「……逃げたな」

「あの和佐君がですか? 俄かには信じられませんが……」

「誰だってサボりたい事はありますよ?」

「それを実行に移されると、それはそれで困るんだけど……。七瀬、和佐の現在位置は?」

「例の通り、反応しません。端末も、洸珠も」

「くっ……、小癪な」


 まるでアニメや漫画の悪役のような事を口にする凪を、日向や鈴音が宥めている。


「にしても、あの和佐君がサボりとは珍しいですね。いつもは口では何だかんだと言いながら、最終的にはキッチリとこなすんですが」

「最近様子がおかしかったので、その影響かもしれませんね……」

「やはりそこに帰結しますか……」


 だからと言って、今までやってきた事を簡単に放り出すものか。実際そういう状態に直面してもなお、彼女達には信じられなかった。


「まぁ、来ない人間を待ってても仕方ないわ。今は私達だけで進めましょ」

「それもそうですね。和佐君には、後ほど鈴音さんから伝えてもらう方向で」

「分かりました」


 ともかく、話は纏まった。……来ないメンバーへの対処の、だが。

 凪がこれからの予定を確認しようとするが、もう一人、この場にはいるが、先程からピクリとも動かない人間の視線を向ける。


「で、そこのワガママボディはいつになったら起きるのかしら?」


 一同の視線が一点に集中する。そこには、机に突っ伏して寝息を立てている葵がいた。

 机と体の間で押し潰されて、非常に窮屈そうな胸が目に留まるが、それが気にならない程眠いらしく、むしろクッション代りにして熟睡している。


「葵ちゃん、葵ちゃん!」

「ふぇ……?」


 日向が体を揺する事で、非常に間の抜けた声を漏らしながら、上体を起こす葵。しかしながら、まだ頭は完全に起床していないのか、目がトロンとしたままだ。


「おはよう、ゆっくり眠れたかしら?」

「……え、はっ! ほ、ごめんなさい! ついウトウトと……!」

「ウトウト、っていう割にはガチ寝だったと思うけど……、まぁいいわ。全く姿を見せない誰かさんよりマシだし。ただし、あとでお仕置きはキッチリ受けてもらうわよ」


 ワキワキと奇怪な手の動きを見せる凪に、葵は思わず自分の体を抱くようにして庇っている。お仕置きの内容に一喜一憂する面々だが、すぐさま凪が姿勢を正した事により、彼女達もそれ以上は追求しなかった。


「んで、予定なんだけど……」


 スケジュールを出すと、そこには赤丸がビッシリと描かれていた。それが示すのモノは至ってシンプル。


「うわぁ……、いっぱい……」


 覗き込んだ葵からは、その数の多さから来る驚愕か、もしくは休みが潰れる事への落胆か、その二つは入り混じった何とも言えない声は漏れる。


「これ、全部私達で?」

「流石に全部はねぇ……。手が付けられる分、ってトコかしら? 半強制の掃除関係は、夏休み中ほとんど出来なかったし、それに加えてこの時期は秋祭り関連のボランティアが多いからね。これくらいは当然じゃないかしら?」

「夏休みに活動出来なかったのが本当に痛いですね。掃除関係は後に回して、急ぎのものだけ片付けてちゃいましょうか」

「それが一番ね。それじゃあ、まずは町内会の方の方を先にやっちゃいましょ」

「承知しました」

「はい!」

「分かりました」

「うぅ、働きたくない……」


 約一名、返事とは程遠い言葉を口にしているが、いざとなれば和佐を連行してきた凪の手腕が炸裂するので、そこまで苦労はしないだろう。


「……」


 視線が主人のいない空の椅子へと向けられる。本来そこに座るべき人物は、果たしてこれからも彼女達と活動を共にするのだろうか。空のパイプ椅子からは、答えなど帰ってくるはずもなかった。

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