第102話 とんぼ返り

 跳躍では届かない。ならば、と逆手に構えた長刀を思いっきり投げ放つ。蒼い光を纏い、長刀が宙を疾駆する。その剣先が、外殻へと突き刺さるのに、時間は要らなかった。

 貫通力を高めた刀身が外殻に深々と突き刺さる。それを確認すると、次は……和佐の嫌いなアレだ。

 バチン、と何かが弾けるような音がした。その数瞬後、その場にいたはずの和佐が、黒鯨の表面に突き刺さった長刀に掴まり、ぶら下がっている。


「いい加減、この使い勝手の悪さをどうにかしないとな……」


 いかんせん速度の調節が効かない技だ。下手をすればその勢いのまま、壁にぶつかってお陀仏、なんて事になりかねない。

 出来れば使いたくない、そう思うのは和佐だけではないだろう。

 何にしろ、取り付きには成功した。次は、ここからどうするかだが……。


「まぁ、一筋縄ではいかんよな……」

 突如として周囲に浮かび上がる魔法陣のような紋様。そこから和佐目掛けて、レーザーのようなものが発射される。

 相手の照準をずらす事で、器用にその場で躱す和佐だったが、流石にこのままではいずれ落とされると思ったのか、その場からの移動を試みる。

 しかし、下に行けばここまで戻ってくる為、また要らぬ苦労を強いられる。ならば、と和佐が視線を向けたのは……上だ。

 攻撃を避けるついでに長刀を引き抜き、体の回転で上空に思いっきり放り投げる。当然、足場を失った和佐は自由落下の状態になるが、そこはつい今しがた使いたくないと思ったコレに頼るしかない。

 近くにいた手頃な小型を引き寄せると、それを足場に跳躍。手の平が柄を打つ軽い音を響かせながら、その身が上空へと瞬間移動する。


「う、おっ!?」


 何度も経験がある……というほど使っている技ではない。足場の無い場所だと、勢いを完全に殺す事が出来ず、そのまま放り出される形になる。

 しかし、上まではまだまだだが、高度は取れた。後は迎撃するだけ……そう思っていた。


『■■■■■■』

 突如、響き渡る咆哮。

 その声に呼応するかのように、複数の紋様が浮かび上がる。先程よりも巨大な、和佐の目の前に。


「まっ……」

 マズイ、その一言を口にするよりも早く先に手が動いたのは、普段の鍛錬の賜物と言うべきか。長刀を黒鯨の表面へと蹴り飛ばすと、その方向に向かって手を伸ばす。先程の移動は足場が必要だ。だが、ここではそれが望めない。今の咆哮で周りの温羅は離れていった。

 ならば、と和佐はとある手法を取る。彼は神立を利用して一定距離にある愛刀を引き寄せる事が出来る。ならば、その逆も可能なのではないか? 先程の超速移動はあくまで長刀を目印としたもの。だが、こちらは長刀を引き寄せる物として扱う。

 結果は……成功した。多少前髪が焦げたが、まさしく間一髪の距離で回避に成功した。

 突き刺さった長刀の柄にぶら下がりながら、視線の先で光線が光を放っている。以前は正面から受けたが、改めて見るとよく生きていたな、と思う程とてつもないものだ。

 とはいえ、あれを撃っている今ならば、この黒鯨の弱点を探れるだけの時間がある。そう、思っていた。


「……冗談!」


 あの光線を放っている間は攻撃が出来ない、何故そんな先入観があったのかは分からないが、そのせいで突如として目の前に現れた砲門への対処が遅れる。咄嗟に手を放し、宙に踊りだす事で何とか躱したものの、腕に少しばかり触れてしまう。その熱に一瞬顔をしかめたが、その表情が保てないくらいに激しい攻撃を受け、すぐさま目の色が変わった。


「チッ!!」


 縦横無尽に宙を飛び回る和沙は、一見すると相手を翻弄しているような動きにも見えなくもない。しかし、実際に弄ばれているのは、飛び回っている本人だという事に、一体何人が気付くだろうか。

 見れば、いつの間にか正面から発射していた極太の光線は徐々に細くなり、最後には消えていく。射線上には味方はおろか、敵すらいない。いや、消し飛ばしたのだろう。まさに見境なし、ということだ。それにしては、人間側に被害はほとんど無かったが。

 逆に、この攻撃が地上に撃たれなかった事を幸運に思うべきか。本人はそれどころではないだろうが……。


「あぁくそ! 鬱陶しい!!」


 照準を向けられる度、右へ左へと今しがた会得した方法で飛び回るものの、砲門はしつこく和沙の傍に現れる。その度に前後左右上下へと移動を行うが、それが続けば続く程、当然の事だが和沙の体力と集中力は削られていく。そうなると、この根競べ、敗北するのは確実に和沙だろう。どうにかするべきだとは思うものの、打開策があるのならば、早々に手を打っている。要は打つ手が無い状態だ。

 更には、この黒鯨、何もオールレンジ攻撃だけが能ではない。先ほどから巨体の遥か下方、海上に展開された陣のようなものからチラホラと中型や小型が出てきているのが見える。おそらく、体内で温羅を生成し、それを転送しているのだろう。場所が場所なだけに、小型は飛行可能なタイプが多く、攻撃能力が低いものばかりだが、それでも空から攻められると、それだけで対処が難しくなる。一応、その性質上、外殻等はそこまで硬くはないが、補足されなければ防御等関係無い。

 物量では既に敗北を喫している。そもそも、常時生産可能な相手では、数で勝負するのが間違いなのだ。


「……これ以上ここにいても無駄か」


 いくら敵の最大戦力の攻撃を引き受けているとはいえ、これ以上長期戦になると地上がおろそかになるのが目に見えている。範囲攻撃や、機動力のある和沙の存在が欠けるだけでもかなり負担になっているだろう。


「仕方ない……!」


 苦渋の決断なのだろう、その表情は非情に苦々しいものだ。

 まるで網のように張り巡らされた光線を潜り抜け、足場となった長刀を蹴り、次に目指した場所は……下だ。

 これ以上の放置はマズい。そう判断した結果だろう。いくつかの砲門が付いて来るが、構わず自由落下に身を任せて落ちていく。

 やがて、砲門が和沙の行動の意図に気付いたのかどうかは分からないが、一つ、また一つと追いかけてくる数が減り、最終的には完全にフリーとなる。体を大の字に広げると、空気抵抗を利用してブレーキをかけ、その中で陸上の様子を見る。辛うじて食い止めてはいるものの、大型が近づいてきた辺りから崩れだしたのか、あまり芳しくは無い様子だ。

 そのようにして、向かうべき場所を定めていた和沙だったが、不意にけたたましく鳴り響く端末の音に眉を顰め、未だ宙にいる状態で通話を始める。


『どんな感じ!?』


「なんだ、藪から棒に……。今の状況が全てだ。まだ終わってない、分かるだろ?」


 随分と冷静な口調だが、再度確認しよう。和沙は現在海面に向けて落下中である。


『納得……はしてないけど、理解はしたわ……! それで、出来ればでいいんだけど、一匹後ろに逸らしたから、その対処を頼みたい、の!!』


「一匹? 今更だろ。候補生に任せとけよ」


『中型なのよ!! ってか、今大型の対処で手一杯なの!! せっかく上に上がってもらったアンタには悪いんだけど、あの子達のフォローを……』


「なるほど、まぁいいか。ちょうどいい。このまま直で向かう」


『?? ちょうどいいってどういうこと? それに直って……』


 ブチリ、と凪が最後まで言葉を発するのも待たずに、和佐は通信を切ってしまう。


「……」


 距離がある為、ここからではよく見えないものの、確かに最前線への敵の殺到っぷりは異常だ。あれなら空はおろか、地上もかなり抜かれていたとしてもおかしくはない。そんな中、一体に抜かれるまで中型を食い止めていた凪と日向、鈴音は大したものだろう。

 彼女達が頑張っているのだ。和沙が奮わない道理は無い。


「目標……あそこか……!!」


 力を籠め、大きく振りかぶる。照準を定めながら呟き、蒼い光を纏わせながら、全力を以て長刀を投げ放った。

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