第92話 訓練の最中に……

 黒鯨に対抗する事が決まり、候補生達が黒鯨との闘いに向けて廉価版洸珠をの慣らし運転をしている頃、和佐達は特にこれと言った訓練もせず、いつも通りの日常を過ごしていた。

 というのも、候補生達は実戦を控えている事もあり、洸珠に慣れる事も含めてやる事が山積み状態だが、和佐達本隊においては、実際に戦いが始まるまで対策のしようが無い事、今からまた新しい事を始めようと訓練をしたところで、付け焼刃以上のものにならない事、後は単に和沙が無理を出来ない等の理由により、現在は普段行っているものから逸脱しない程度の範囲で動いている。葵や鈴音のように、本隊に上がって日が浅いメンバーの訓練に付き合う事はあれど、自分から積極的に動く事が無い状態だ。無理をして本番前に潰れるわけにもいかない。また、何時敵が来るかも分からないので、それに備える、という意味での日常だ。決して怠けているわけではない。わけではないのだが……


「こうもぐうたらしてる姿を見せられると、不安に思いたくもなるわよねぇ……」


 対策会議から一週間、市のスポーツ施設を改良した訓練施設で、巫女隊のメンバーが訓練をしている。そんな彼女達の中に混じってはいるのだが、先程から一切動かない人物が一人。ベンチの上で小さく寝息を立てている和沙だ。


「余裕なのか、それとも単に神経が図太いだけなのか……」

「多分、力を温存しているんですよ。多分……」

「やる時はやる人なので、今はその時ではないのでしょう。それよりも、仕上げなければいけないのは、何も鈴音さんと神戸さんだけではありませんよ」


 パン、と両手を打ち合わせて乾いた音が施設内に響く。七瀬がそれに合わせて訓練を促していた。

 新人二人がいち早く馴染めるように訓練に付き合っている一同だったが、別に彼女達には訓練が不要というわけでもない。確かに新しい事を試す時間は無いが、それでもこれまで覚えてきた動きや、培ってきたチームワークを再認識する程度の事は行っている。今の彼女達にはそれくらいしか出来る事は無いが、だからと言って意味の無い事でも無い。


「はぁ、はぁ……、も、もう一回……!!」


 葵が方を上下に揺らしながら、施設をコントロールしているスタッフに見えるように、大きく手を上げる。それを見たスタッフは、手元のコントロールパネルを操作し、設備を動かしていく。

 機動力に難のある葵は、例え一秒でも素早く動く訓練を行っている。持久力を上げている為、和佐のような高機動による高速戦闘は不可能だが、敵の攻撃を回避する事に関しては十分と言えるだろう。とはいえ、後衛、それも超遠距離から狙撃を行う葵が攻撃を受ける状況になっている時点で、戦線は崩壊していると言えなくもないが。


「葵さんも限界でしょうに……。これは私も負けていられませんね」


 対して、鈴音は攻撃に重きを置いた訓練を続けていた。武器が太刀である以上、一撃の火力はそこまでではなく、和佐のように特殊な力を持っている訳でもない。だからこそ、研ぎ澄まされた一撃を、的確に打ち込む事に注力し、ひたすらに磨き続けている。

 また、鈴音はそれに加え、機動力の上昇を目的とした訓練も行っており、その際には和沙が直接見る事になっている。本人は、適当に動き回ってればいい、と言っていたが、七瀬の無言の圧力と、鈴音の懇願によりまともな指導を行う事を約束させられていた。

 ……しかしながら、それ以外の訓練中、和佐がまともにその様子を見ている事は少ない。畑違い、というわけではないだろう。実際、和佐は専門ではないものの、メンバーの役割を代役出来る程度には、それぞれの技術を体得している。アドバイスをする程度ならば、問題無いはずだ。

 にも関わらず、口を出す事も無ければ、助言をする事も無い。この場において、誰もが和沙の存在意義に疑問を思い始めたころ、訓練場に聞き覚えの無い声が響いた。

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