四十八話 エピローグ

 戦いは突然に、そして呆気なく終焉を迎えた。


 和沙が確保した智里は、すぐに祭祀局へと身柄を渡され、研究機関へと移送された。直前に和沙が織枝に口添えをしたおかげか、悪いようには扱われないだろう。一応とはいえ、母親から頼むと言われた以上、無下には出来ない。あれほど彼女を殺す気だったはずの和沙も、今では智里寄りになっており、万が一その身に何かあれば簡単に織枝と敵対すらしてみせるだろう。


 そしてその智里に破壊された街はというと……。


 樹が完全に崩壊する前に彼女が止めた為、結局根の部分は残ったままであり、そのおかげで街の地盤が沈まずに済んでいる、といった様子だ。元はと言えば智里がこの街の各地に根を張り巡らせたお陰、という言い方も出来るが、だからと言って彼女一人を責める事は出来ないだろう。結果的には彼女自身が今回の事件を起こしたように思われているが、実際は皇樹が彼女の魂をサルベージし、記憶と共に温羅の身体に埋め込み、祭祀局への復讐を唆したのが発端だ。大元の原因は温羅なのだ。

 それにしては、彼女の主導権を一時的にとはいえ奪ったにも関わらず、そのすぐ後には逆に智里によって崩壊させられるなど彼らの関係性には謎が残るばかりだ。樹の根の部分は残っているが、既に温羅の母体としての力は残っていないのか、新しい温羅が生み出される事は無い。

 祭祀局自体にダメージは無かった為か、未だ温羅の身体の一部が残る場所も、破壊され尽くした場所も等しく復興の手が入っている。この辺りの仕事の早さと規模は流石首都と言えよう。そこに人が戻って来るかどうかはまた別の話だが。

 あの戦いで受けた大きな被害はその程度か。幸いにも、負傷者はいくらか出たものの、死者はゼロという喜ばしい結果に終わっている。二年前の対大型戦では、当時の巫女を始め、守護隊や自衛軍にも犠牲者が出ていた。そう考えると、彼らの成長は凄まじいものだと言えよう。


 とはいえ、巫女隊の中ではかなり大きなダメージを受けた明に関しては、今後の彼女の人生を左右するレベルの傷を負ったとの事だ。彼女自身はそれを気にしてはおらず、むしろこれは勲章だ、などと口にしていた事から、上手く傷を利用する事に成功したらしい。おかげさまで、病室は見舞いの女の子でいっぱいになっていた。これはこれで彼女にとっては幸運だったのかもしれない。

 祭祀局の動きとしては、上述する通り街の復興に全力を注いではいるものの、ここ一月に渡り激務が続いているせいか体調を崩していく職員が多いとの事。かくいう織枝自身も戦いが終わって三日もすれば真っ当な体調とは思えないような顔色をしていた。彼女は早死にする可能性が高い。そうなれば智里にとっては好機だろう。彼女は一日でも長く、この状況が続くのを祈るばかりだ。

 街や祭祀局はそんな様子ではあるが、和沙はというと……


「もう行っちゃうの? もう少しここにいてくれても……、何ならこっちに完全に移籍してもいいと思うわよ?」

「すべき事は終えた。なら、帰るべき場所に戻る、それが一番だろ」

「大層な事を言っていますが、この人の性格を考えれば本音はもっと不順ですよ」


 リニアの駅、そのエントランスの端で、睦月に見送られるような形の和沙と鈴音がいた。

 二人は既に住んでいたマンションを引き払っており、今日この日に佐曇に戻る予定となっていた。

 元々この街での滞在期限は決めておらず、睦月が言うように事が収まった後も神前市にいてほしいという声は色んな場所から上がっていた。当然、織枝もその中に入っている。だが、和沙としてはこれ以上面倒事を押し付けられるのも嫌なうえ、新学期に向けてゆっくりと体を休めたいという思いもあったのだろう。周りのそんな要望を全て蹴り飛ばし、佐曇市への帰郷を強行した。この街で友人が出来たであろう鈴音辺りには反発されるかとも思われたが、意外にも彼女は和沙の行動を支持、こうして大人しく付いて来ている、というわけだ。


「こんな大変な時期に急いで帰らなくてもいいんじゃないの? 何なら織枝様と相談して、二人に特別枠でも……」

「これ以上の面倒事はゴメン被る。残ってたらまた仕事を押し付けられるだけだ。俺はとっとと帰って休みを満喫したいんだ!!」

「……はぁ」


 和沙の熱弁に対し、隣で鈴音が深い溜息を吐く。現状この街の誰もが大変な状況だというのに、この兄は一体何を言っているんだ、と言いたげな表情だった。


「か、和沙君の言い分は分かったけど、他の人に挨拶とかしなくてよかったの? 瑠璃ちゃんとか」

「アレは最近面倒極まりなくなってきたからな。別段個人的な付き合いがあるわけでも無し、あくまで成り行きで交流があった人間は全て省いてある。……まぁ、御巫織枝には少し挨拶には行ったがな」

「何か言われた?」

「この街に残る事を熱望された。何なら、名実共に御巫家の人間にならないか、とも」

「それって……」


 言わずもがな、御巫家に入らないか、という事だろう。つまるところ織枝との婚姻、というわけだ。だが、それを現御巫家がどう思うか、それに、和沙自身が純正の御巫だ。それを取り込もうとするような織枝の発言には少しばかり機嫌を悪くしていた。それを見たのか、すぐに謝罪を受けたが、今後の付き合い方は考えるとだけ言い放ち、その場を後にしてきた。


 交渉決裂、なんてものじゃ済まない。下手をすれば一触即発の事態だ。


「ですが、兄さんは御巫に行くのではなく、私の兄であり続ける事を選択したんですよね」

「……」

「ちょっと、目を逸らさないでくれませんか」


 妙に機嫌の良さそうな鈴音に対し、少しばかり気まずそうな表情を浮かべ、そっぽを向く和沙。


「同級生の子達はどう? 見送りに来てもらわなくてよかったの?」

「そこまで深く関わるつもりは無かったからな。あくまでいたから付き合った、程度の間柄に過ぎないさ」


 一度はヤの付く家業に引き込まれそうにもなった。あの時に暴れていればまだ違う結果になったのかもしれないが、皇樹のお陰で例のパワーバランスが一気に崩れ、もう配慮をする必要など無くなったのは大きいだろう。そのせいか、辰巳も以前あった時と比べるとノビノビと過ごしていたようにも見えた。


 ……皮肉な話だ。皇樹の出現で自分の生活を壊された者もいれば、これまでがんじがらめになっていたしがらみから解放された者もいる。良くも悪くも大きな影響を受けたあの樹は、今現在この街を支える土台として地下に眠っている。

 織枝曰く、樹の完全排除には時間がかかるとの事。どうやら、昨年から頻繁に起きていた地震、あれは樹の根がかなり強引に地下を食い荒らしたせいらしい。建物の基礎だけでは無く、この街を根本的に支える土台部分にまで深刻なダメージを与えているとの事。樹の根を排除し、尚且つ元の地下に戻るには長い年月がかかるとも。


「そういえば、佐曇市とはしばらく連絡を取り合って、援助とか近況報告とかで繋がりを強化していく、って話だったから、もしかしたら私がそっちに行く事もあるかもね」

「え~……」

「何、その顔」


 口をへの字に曲げる和沙に対し、不満そうにこちらも唇を尖らせる睦月。ようやく色々なところで介入してくる彼女から逃げられるというのに、今後も繋がりがあると聞かされると今までの苦い思い出が浮上してきたのだろう。面と向かって嫌とは言わないが、それでもあまり歓迎していないようには思える。


「私は歓迎しますよ。観光都市とかじゃないですけど、見所はそれなりにある所ですから」

「見所? あったかそんなもん……痛い!!」


 ボソリと呟いた和沙の足を、鈴音が笑顔で踏み抜いている。腹に穴を空けられても平然としていた和沙が顔を顰めている辺り、かなり体重が乗っている模様。


「兄さん、そろそろ……」

「ん? あぁ、もうそんな時間?」


 ここで鈴音が時刻表が表示されているモニターへと目を向ける。二人が乗るリニアはこの次で、出発まで既に三十分を切っていた。


「ごめんね、こんなところに長居させちゃって」

「いえ、どのみち時間が経たなければ乗れなかったので。それに睦月さんにはさんざんお世話になったので、最後くらいはちゃんと挨拶をしておきたかったので」


 鈴音が一礼をし、それを微笑みながら受け取る睦月。大層なやり取りだが、なんてことは無い。二人の関係は姉妹のようなものだ。ここまで礼を尽くす必要は無い。だが、最後くらいはちゃんと見送らせて欲しい、と睦月は口にする。

 アナウンスが流れ、いよいよ二人が佐曇市に帰る為のリニアへと向かう。その後ろを付いていく睦月だが、やがて手荷物検査場でそれぞれ別れる事となった。

 検査場の向こうへと消えていく二人に睦月は手を振り続け、鈴音もまたラウンジに入る前に一礼をする。そして、最後、和沙が小さく手を上げたのを見届け、二人の姿が睦月の視界から消えた。

 踵を返す彼女の目には、別れの悲しみなど無い。いつかまた会える、そう信じてやまない少女の姿がそこにはあった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神奈備ノ巫女 御巫転移譚 表裏トンテキ @hyouri_tonteki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ