第81話 その名は

 超巨大温羅が現れ、一方的に蹂躙し姿をくらました翌日。巫女隊の一同は、もうお馴染みとなった市内の病院、その談話室のような場所に集まっていた。

 談話室とは言っても、現在は貸し切りのような状態であり、巫女隊のメンバーしかおらず、その場には重々しい空気が流れていた。

 それもそのはず、この場に集まっているのは、全員で昨日の温羅について話し合う為だ。この後、時彦や防衛省のお偉いさんなども合流してくる予定なのだが、本来そういった会議等は祭祀局で行われるのが通例となっている。ならば何故ここに集まっているのか。理由はただ一つ、和佐の体の容態が非常に思わしくないからだ。

 昨日の戦いの後、和沙の吐血はしばらく止まらず、病院に直行という流れになった。そこで一度は解散となり、こうしてまた集まったわけだが、未だ和沙は面会謝絶となっている。肉親である鈴音も同様に面会を断られてる為、相当に危険な状態なのか、それとも別の理由があるのか……。


「すまない、遅れた」


 誰一人、一言も発する事の無い部屋の中に、扉の開閉する音と共に響いたのは彼女達をこの場に呼び出した張本人、時彦だ。その背後から同じように部屋の中へと入ってきた数人の大人達。その中には、見覚えのある者もいれば無い者もいる。

 一瞬、その光景に談話室の中で緊張が走るが、最後に入ってきた菫の姿を確認すると、巫女隊のメンバーに走っていた緊張が解かれる。


「しかし、和佐はまだか……」


 談話室を見回した時彦は、そこに息子の姿が無い事に気づく。しかし、昨日の経緯を知っているのか、特に気にした様子は見せない。その姿に、凪達は一瞬冷たさを感じたが、ここにいるのは鴻川時彦支局長であって、鴻川和沙の父親ではない、ということだろう。公私は分けている、と言う事だ。


「それですが、治療は終わったのでもう少ししたら来るそうです」

「そうか、では先に話を進めておこう」


 時彦がそう言うと、彼の後に付いてきた人物達がそれぞれ席に着く。まるで時彦に対峙するように座ったのは、防衛省の佐曇研究所所長、警察署長、そして佐曇市長の三人だ。菫は時彦のサポートをする為か、その隣の席に着いている。まるで勢力毎に分かれているようにも見える。そこから少し離れた場所に巫女隊のメンバーが座っている。彼女達こそ当事者のはずだが、何故だか蚊帳の外に置かれている気もしない事はない。


「さて、昨日確認された温羅の件ですが……」


 菫が手元の端末を操作し、スクリーンに画像を表示させる。それは紛れもなく、昨日和沙達を苦しめた巨大温羅の姿。凪達は真下から見ていた為か、その全容は上手く捉えられなかったが、観測班が撮ったであろう写真を見ると、巨大な黒い鯨にも見える。


「藤枝さん、昨日戦った温羅はこれで間違いないわね?」

「……えぇ、そうよ。私達は真下からしか見れなかったけど、コイツで間違い無いわ」


 少し言葉に詰まったのは、昨日のあの攻撃を思い出したからか。


「こんな大きな温羅がいたなんて……」

「対応は可能なのかね?」

「ひ、避難をした方がいいんじゃないか……?」


 各代表が各々口を開くものの、具体的な対処方法ではなく、ただ戸惑いを見せるだけだった。そんな中、落ち着いた様子の時彦が一つ大きな咳払いをする。


「この温羅の事だが、言っておくと今回初めて出現した、と言うわけでは無い」

「はい、実は過去に一度だけ出現が確認されています」


 菫がそう言いながら、スクリーンの画像を切り替える。映し出されたのは、おそらく今回見られた温羅と同型のモノがかなり遠くに見える画像だ。しかし、画像の解像度が荒く、到底最近撮られたものとは思えない。


「これは、二百年前の現在で言う佐曇湾、当時の牧野湾上空を撮影した画像になります」

「二百年前……? そんな昔の物に映っているのが今回の温羅だと言うのか?」

「はい。更に言うと、これはかの有名な大防衛戦を記録した数少ない画像の一部です。……残念ながら、ミカナギ様は映っていませんが、それでも当時出現した温羅の姿は十分確認出来ます」


 画像は今映されたもの意外にも存在した。それが次々と切り替えられていき、そこから当時の戦いの激しさが物語られる。


「二百年前の温羅……、それが時を超え、現代に現れたとでも言うの?」

「真実は不明です。ですが、当時の資料によると、この温羅は『天至型』と呼ばれ、この戦いでミカナギ様によって討伐された、とあります。と言う事は、別個体として考えた方が良いかと」

「二百年かけて二体目が生まれた、か……。奴らの生態が分からない以上、何が起こっても不思議ではないな」

「はい、はい! どうやって倒したか、とかの記録は無いの? 今の私達じゃ、防御する事は出来ても攻撃が届かないから、倒す倒さない以前の問題よ」

「対処方法……、記録にはいくつかあるわ。けど、そのどれもが、あくまで街側の自衛方法であって、巫女が天至型を倒す方法ではないけれど。その天至型についても、詳細はその名前以外一切が不明。唯一記録されている名前が……」


「黒鯨、だ(よ)」


 タイミングでも図っていたのか、菫のその言葉に重ねるようにしてその名前を口にしたのは、扉のところで壁にもたれかかるようにして立っていた和沙だ。既に吐血はしていないが、その顔色はお世辞にも良いとは言えない。


「兄さん!」


 その姿を目にした鈴音が駆け寄るも、これを抑えるようにして片手を翳すと、和佐はスクリーンに映し出された画像を忌々し気に睨みながら口を開く。


「黒くて鯨っぽいから黒鯨だそうだ。なんとも安直で捻りの無い名前だとは思わないか? ん?」


 その言葉の端には、どことなく棘があるようにも思える。名前を付けた人物に心当たりでもあるのか?


「この温羅を……知っているのか?」

「知らなきゃあの時防御なんて出来なかっただろうよ。それと、今までに確認された回数は一回じゃない、二回だ。非公式ではあるがな」


 その口から語られる内容に、一同は驚きを隠せない。菫が資料を見るまで知らなかった名前を知っていたり、非公式などという情報を持っている等、到底普通とは思えない。

 それらの情報を耳にした時彦は、顎に手を当て考えるような様子を見せる。いや、実際に考えているのだろう、こうして彼の本来の一面を目の当たりにした以上、真実を追求するか否かを。


「なるほど、お前がアレを知っていると言う事は、本局もあの天至型の存在を把握していたと言う事か?」

「本局? 何で今そいつらの話が出てくるんだ?」

「今更とぼける必要は無い。お前の正体は凡そ健闘が付いている」


 そう言いながら、時彦が机の上に出したのは彼の持つ端末だ。その画面上には、とある人物の顔写真が添付された資料が表示されている。……その顔写真には、驚く程和沙とそっくりな顔立ちをしている人物が写っていた。


「何だこれ?」


 和佐がそれを手に取り、マジマジと見ている。が、その資料に見覚えが無いのか、首を傾げている。横にいた鈴音がそれを覗き込み、和佐と端末の間に、視線を何度か往復させている。


「そっくり……ですね。何ですか、これ?」

「適応改造計画、言ってしまえば、男性でも洸珠の力を扱えるように、体に色々な改造を施すプロジェクトだ」

「改造って……。いやそれよりも、そんな計画があったんですか? だとするなら、和佐以外にも男性の巫女が……」

「いや、公には……いや、そもそも極秘プロジェクトだから表に出ている情報は無いが、それでも現状で成功例は確認されていない。実際、記録にも失敗例は残されていても、成功した例は一切残されていない。そのどれもが無残な最期を迎えている、という結果以外はな。しかし、それも五十年も前の話……。今はどうなっているか分からん」


 時彦が横目で和沙を見る。つまり、和佐は現在行われているであろう実験の結果、巫女としての適性を得たのではないか、というのが時彦達の見解だ。男性であるにも関わらず、洸珠の適性を持ち、他の巫女と変わらないどころか、それ以上の力を持つ。体が原因不明の症状に冒されている。本来存在しない筈の物質の顕在化能力を持つ等、判断材料は十分過ぎる程に揃っていた。


 その場にいる一同が和沙に視線を向ける。当の本人は、興味深そうに手元の端末に目を通している。手元以外に一切気を向けず、一心不乱に端末に目を通している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る