第15話 合宿 終

「……本日が最終日になります。目標の達成が未完とはいえ、無茶をすれば思わぬ事故に繋がる事もあります。気を抜かずに、尚且つ気負い過ぎないように頑張ってください。では、始め!」


 菫の号令と共に、一同が一斉に訓練を開始する。最初は軽い自己鍛錬から、徐々に全体の合同訓練へと移っていく。これが、この一週間ずっと続けてきた訓練の流れだ。最終日の今日も、いつも通りに事を進めると思われたが、何やら和沙の様子がおかしい。何をするでもなく、例の壁やターレットの方を凝視している。


「どしたの?」


 近くにいた風美が声をかけてくる。が、和佐はなんでもない、と一言だけ呟き、その場から離れていく。風美が首を傾げるが、彼女自身も特に気に留めず、自分の訓練へと戻っていく。そんな二人を、七瀬は少し離れた場所から見ていた……。




 それぞれがしばらくウォーミングアップも兼ねた自己鍛錬を終えた後、ようやく例の目標へと向き合う。流石に最終日ということもあり、軽口を叩く者もいない……


「そ・う・い・え・ば~、昨日は二人で仲良く温泉に入ってたけど、一体何を話してたのかな~?」


 いない、はずだと思う方が甘かった。


「別に、何でもありません。ただの世間話です」

「おんやぁ~、あれだけ和沙の事を敵視していた七瀬ちゃんが、和佐と世間話だなんてそれこそあ~やし~いな~」


 肩を組まれた七瀬が一瞬、和佐に視線を向けるも、露骨に逸らされる。昨晩の事を根に持たれているのか、それとも単に気恥ずかしいだけなのか。


「何てことはありませんよ。ただ、本当に他愛の無い話と言いますか、これからの事と言いますか……」

「これからの事って……、え、何? あんたら付き合ってんの?」

「そんなわけないでしょう!!」

「冗談にしても笑えない」


 声を張り上げる七瀬と、冷静ではあるが明確な不快感を表情に表している和沙。流石の温度差に、凪は何かを悟ったような表情になる。


「ちょっと待ってください。流石の私も、その反応は傷つくのですが?」

「あくまで事実を冷静に言っただけ……、ちょ、ま、絞めるな、首を絞めるな!!」


 襟元を掴んで絞め上げる七瀬を止めようと、和佐がもがくもなかなか外れない様子。


「七瀬ちゃん、和沙先輩と仲良くなったんだ。良かったね」

「待て大須賀。これが仲良く見えるか? 俺は今にも意識を手放してもおかしくない状況なんですけど!?」

「七瀬先輩、そのへんで……」


 仍美が止めに入ったことで、ようやく地上に降ろされる和沙。


「上、上か……」


 だが、地上に降ろされた和沙はと言うと、何かを確認するようにぶつぶつと呟いている。


「?? まぁ、いいわ。ほら、さっさとやるわよ、準備しなさい」


「話が逸れたのは誰のせいだと思ってるんですか……」


 それぞれが自身の役割を果たすべく準備をする。和沙もまた、何かを確認しながら、普段と同じように構えている。

 準備が終わるまで、数分。やること自体はこれまでと変わりは無い。基本的なコンビネーションを用いて、敵を崩す戦法だ。この場合、敵とは言っても、ターゲットの前に立ちふさがる壁なのだが。


「そんじゃ、行くわよ!」


 凪が号令をかけると、全員が一斉に動く。

 ターレットの攻撃を防ぐため、凪が一番前、その後に日向と和沙が続く。仍美と風美は遊撃、というより、ターレットの攻撃を引き付ける役だ。七瀬は、後方から援護射撃を行う。

 このメンバーにおいて、基本且つ鉄板の布陣。しかし、これで崩せるものなら、最終日までもつれ込んではいない。

 それぞれが、色んなアドリブを効かせ、なんとか壁を突破しようとするも、その悉くが失敗に終わっている。それは、この攻撃でも同じだった。

 ターレットの攻撃を凪が防ぎ、タイミングを見計らって和佐と日向が攻撃を仕掛ける。が、結局は壁に防がれる。どれだけ肉薄しようとも、攻撃が届かなければ意味がない。まるでその事実を再確認させるかのように徹底的にに防がれる。


「もう一回!」


 凪が体勢を立て直し、再度突撃の意志を示す。和佐と日向がそれに続く。……が、何やら和佐があまり積極的に動かない。


「何やってんのよ、さっさと準備しなさい」

「あぁ、うん……」


 先程と同じように凪を盾にし、同様の形態を取り、駆け出す。やはりターレットの攻撃が集中するも、凪の持った盾はそう簡単には破れないうえに、攻撃の半分を風見や仍美が引き付けている。攻撃に対する防御は完璧と言える。問題は攻めだ。


「……」


 先程から様子のおかしい和佐が、日向の背中から壁を睨みつけている。何か考えでもあるのだろうか。


「よし、ここで日向……、和佐!? あんた何やってんの!?」


 唐突に、和佐が段取りを無視して飛び出す。凪が焦るも、盾を構えている状態では、和佐に追いつくことは出来ない。

 飛び出した和佐が一目散にシールドへと向かう。ターレットが迎撃するも、追いつかない。結果、壁に肉薄することに成功した和佐は、一気に刀を振り抜いた。が、弾かれる。


「ま、そうだよな」


 この結果は予想済み、と言いたげな顔をしながらも、動きは止めない。今度は壁の外周を回り出した。

 当然、そこらに設置されているターレットが反応するが、軸が合わないように直線ではなく、横にブレながら動く。そうやってターレットの攻撃を避けながらも、その視線は壁を凝視している。

 丁度、最初に攻撃したところの真反対まで来ると、その部分の壁に向かって力いっぱい刀で斬りつける。が、やはり傷一つ付かない。


「後ろだけ脆い……、なんてそんな都合のいい事ないよなぁ」


 呟いた口調に落胆の色は感じない。予想はしていたようだ。


「あんた、何してんのよ!?」


 凪達の元へと戻ってきた和佐を待っていたのは、当然叱責の声。特に、凪の怒りが非常に激しい。

 しかしながら、怒っているのは凪だけで、菫は驚いているものの、静観を決め込み、普段であれば凪以上に怒る七瀬も、どこか納得したような表情をしている。


「ん?……ちょっと考え事」


 凪の怒りも何処吹く風。流石の凪も、これには勢いを削がれたのか、呆気に取られたように口を開いている。


「か、考え事って、あんたね……」

「とりあえず、攻略法は見つけましたよ」

「……あん? 今なんて?」

「攻略法。見つけたって言ったんです。俺が考えているのか事が正解なら、の話ですが」

「……話しなさい」


 全員がターレットの攻撃範囲圏外ギリギリの場所にいる和佐の傍まで近寄って来る。菫は定位置から動かない。どうやら、干渉する気は一切無いようだ。


「まず、さっき改めて確認したこと」

「そういえば、壁の周り回ってましたけど、何かあったんですか?」


 日向の質問に対し、和佐は壁を指差した。


「あいも変わらずとにかく硬い」

「何よそれ。そんな事を確認しに行ったの?」

「まぁ、そんな事は分かりきった事です。問題は、その硬い壁が四方八方を覆っている事」

「だーかーらー、それは見れば分かるって言ってるでしょ。だから壁を壊さないと中にダメージが……」

「本当に?」

「は?」


 和佐の切り返しに意表を付かれたのか、間抜けな声が漏れる。


「本当に壁が四方八方を守っていて、壁を壊さないとダメなんですか?」

「だって、そうじゃないの? どう見てもあの壁を壊さないと中には……」

「四方は壁に囲まれていても、天井は無いでしょう?」

「……あ」


 気づいたようだ。確かに、ターゲットを囲むようにして壁が配置されているが、上には無い。


「ですが、それって反則では……?」

「思い出してみてくれ。攻略しろとは言われたけど、壁を壊せとは言われていないだろ?」

「そういえば……」


 全員おぼろげではあるが、確かに菫はあの時、目標の破壊は指示したが、壁を壊せとまでは言っていない。


「つまり、最初から方向性が間違っていたということですね?」

「そういう事」

「……ん??」


 和佐達が何を言っているのか、風見には未だに理解出来ないようで、首をしきりに捻っている。


「壊すんじゃなくて、飛び越えればいいって事だよ、お姉ちゃん」

「あ?そういうこと?」


 深く考えるのは苦手だが、シンプルに説明すれば理解してくれる。そういうところが風見の長所と言えよう。


「とはいえ、飛び越すにしてもそれはそれで問題が出て来ませんか?」

「対空中は無防備だからなぁ……(ジー)」

「あ、あの……なんでしょうか?」

「こっち見てどうかしました? 和佐先輩」


 和佐に凝視され困惑する仍美と、単純に首を傾げる日向。


「本気……?」


 凪は和佐の意図に気付いたのか、苦々しげに問いかける。


「本気。流石に先輩には及ばないけど、真似事くらいは出来る。今こそ特訓の成果を見せる時ですよ」

「なるほど、そういう事ですか」

『??』


 和佐の言葉でようやく理解した七瀬。しかし、肝心の仍美と日向、そして風見にはイマイチ伝わっていない様子。

 チョイチョイ、と和佐が仍美と日向を手招きする。風見もそれについていこうとするが、襟首を七瀬に掴まれた。


「あなたはこっちです」


 作戦会議が開かれる。簡単だが、この合宿のを締めくくる、最後の一撃の為の会議を。




「気づいたようね。正直、この合宿中は無理だと思っていたのだけど、意外と和沙君が良いアクセントになってくれてるみたい。……少々、やりすぎな面も目立つけれど」


 菫が仍美と日向に説明をしている和沙へと視線を向ける。初めて彼を見た時は、頼もしさ以前に、まともにやっていけるのか心配だったが、周りのサポートも充実しているおかげか、馴染むのにそこまで時間がかからなかったのは僥倖と言うべきか。


「さて、どうなるかしらね……」


 果たして、それは“今”の事を言っているのか、それとも……。




「段取りはこんなとこだ。分かった?」

「はい」

「分かりましたー」


 和佐の説明が終わり、仍美と日向が持ち場に付く。見回すと、凪や七瀬達も既に準備が完了しているようだ。

 チャンスは一回コッキリでは無いものの、繰り返せば繰り返すだけ精細を欠いていく。出来ることなら、この一回で決めたい。

 和佐が凪に合図を送る。それを見て、凪は全員の準備が出来た事を確認すると、手を上から振り下ろした。

 状況開始のサイン。それを確認した一同が一斉に動き出す。

 布陣は、和佐と日向、凪と仍美がそれぞれ両サイドから挟み込むように距離を詰め、それを後ろから遠距離武器の二人が援護するという形だ。

 本来、凪と和佐、つまり壁役とアタッカーが離れる事はあまり考えられない。それが二手に分かれている、ということはつまるところ、和佐が今回担うのは壁役だ。武器が盾である凪程の防御力は無いが、普段あまり使う事の無い結界の使いどころだろう。

 和佐が壁役、という事で、今回アタッカーは仍美と日向が担当する。一撃一撃が軽い二人だが、体重が軽く、身軽という点もあり、今回は本体を叩く役目を担っている。

 動き出した一同にすかさず反応するターレット。防御行動に移る……と思いきや、いつもとは違い、回避行動に専念している。おそらく、余計な力を消費する事を避けているのだろう。

 弾切れの概念があるのか、と疑いたくなるほどの弾幕を形成するターレットを躱し、前衛四人が壁の直前まで到達する。

 ここまで来ると、迎撃の勢いが凄まじく、考え事などする暇は無い。先に日向と仍美が体勢を整えると、垂直の跳躍する。少し遅れて、和佐と凪が後を追うようにしてジャンプする。それを撃ち墜とそうとターレットの銃口が一斉にに和佐達に向けられる。いくつかは七瀬と風見のフォローで照準がズレるが、それでも数が多い。体勢の安定しない空中でそれを避けるのは不可能だろう。

 しかし、アタッカーにそれぞれ一人ずつついた壁役は飾りでは無い。

 凪は主武装の大盾で、和佐は最初の訓練で徹底的にシゴかれた結界を張って追撃を防ぐ。


「大須賀!!」


 日向はターレットに銃弾を必死に防いでいる和佐の言葉に頷くと、和佐の肩に足をかけて前に飛ぶ。


 日向が横に視線を向けると、ほとんど同じタイミングで凪の肩を蹴り、壁の中へと飛び込んだ仍美が視界に入る。

 お互いの存在を確認した二人は、飛び込んだ勢いのまま、武器を構えて眼前に座しているターゲットを見据える。

 着地と同時に、壁の中にも配備されていたターレットが反応し、全ての銃口が二人に向けられるが、時既に遅し。

 接地したと同時にターゲットの目の前まで踏み込んでいた二人は、同時に武器を振りかぶり、そして……




「かーっ! 一仕事終えた後の風呂はサイコーね!!」

「先輩、おじさん臭い事を言わないでください」

「凪ちゃんおじさんだったの!? 凪おじさん!」

「やかましい! 私はピッチピチの女子校生よ!!」

「はふぅ……」


 あの激しい訓練から数時間後、溜まった疲れとを流し、渾身の作戦の成功の余韻に浸りながら、合宿最後の温泉を堪能していた巫女隊一同。

 仍美が何故か顔を真っ赤にしているが、その他の面子は大体リラックスしている。昨日まで温泉の中でも落ち着きが無かった風見ですら、今は湯船の中で蕩けきっている。


「……で、何でまたこんな事になってんの」


 巫女隊一同、そう一同だ。その中で唯一不満げな表情を浮かべる和佐が、これまた苦虫を噛み潰したような声を出す。


「何でってあんた、女湯が故障中なんだからしょうがないでしょ?」

「だから、最初に、言っただろ! 俺が先に入って、その後に女性陣も入ればいいって!」

「うん、だから入ったじゃない」

「入りましたね」

「入ったね」

「入ってるよ?」

「……」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛俺が上がった後でって意味だろうがあああああ!!」


 和佐の叫びは悲しいかな、目の前で温泉を楽しんでいる五人に、あっけらかんと笑って流される。


「水窪ぉ! お前までボケに回ったら収拾がつかないんだけどぉ!?」

「私だって、たまにはハメを外したいんですよ」

「昨日散々ハメ外したと思うんだけど!?」

「何を言ってるんですか、あれは日常会話です。娯楽にすらなりえません」

「色んな意味でレベルの高い日常会話だな……」


 ツッコミ不在、ではないが、この面子のボケを全て対処するとなると、和佐の負担が尋常ではないのだろう。思わず立ち上がったものの、度重なるボケに対応してきた為か、頭に血が上り、立ち眩みを起こす。流石に危ないと感じたのか、未だに少し顔が赤い仍美が、和佐を支える。


「だ、大丈夫ですか……?」

「あ、あぁ、助かった引佐妹」


 和佐の言葉に、仍美が眉を顰める。


「あの……、その引佐妹、って呼ぶのはちょっと……」

「そういえば、なんであんた私以外のメンバーは苗字で呼んでるのよ。ただでさえ、双子がいて厄介なんだから、下の名前で呼べばいいじゃない」

「それはちょっとな……、気恥ずかしいと言うか、なんと言うか……」

「んまぁ! この子ったら、超初心っ子じゃないの!」

「ぐ……」


 悔し気に口元が歪む。見る者全てをイラつかせる凪の上から目線に、和佐は何も言い返せない。と、そこで、まだ不満げな表情を収めていない仍美が口を開く。


「でしたら、これからは下の名前で呼んでください」

「うぇ!?」

「それじゃあ、あたしも~」

「私も!」

「私も今度からそうしてもらいましょう」


 仍美の提案に次々と乗っかっていく一同。

 口の端を歪め、表情筋が壊れたとしか思えないような顔になった和沙を、女性陣が追いつめていく。


「ほらほら、み~んなこう言ってるわよ? そろそろ観念したらどう~?」

「クソ、ここは一旦退却を……」

「ざーんねーん。ここは通行止めよ」

「だから真っ裸で俺の目の前に立つな!」

「先輩、流石に前くらいは隠しましょう……」


 見かねた七瀬が凪を嗜めるが、そんなものがこの暴走隊長に通じるはずがない。

「うひゃひゃひゃひゃ、観念しろ?い」

「おい待て、やめろ、どこ触ってる!?」


 流石に疲れたのか、エスカレートしだした凪を止める者はもういない。先程まで、和佐を支えていた仍美も、被害から逃れる為なのか、既に離れていた。


「そういえば」


 疲労の為か、ずっと黙りこくっていた日向が不意に口を開く。


「なんで和佐先輩って、凪先輩だけ下の名前で呼んでるんだろうね?」

「そういえばそうですね。もしかして、親密な仲だったとか……」

「ふっふっふ……、とうとう気づいてしまったかね、諸君! そう、私と和佐は実は」

「アンタが毎日毎日病室に突っ込んできて、やれ、あぁ呼べだの、こう呼べだの言ったからでしょうが!!」


 凪に抵抗しながら和佐が反論する。どうやら、病院いた頃から、今みたいに絡まれていたようだ。


「ちなみに、他にはどんな呼び方があったんですか?」

「凪様とか隊長様とか……、あと、お姉様とかもあったな。……頭イカれてんじゃないのかアンタ」

「ふーはははははは! 女王さまとお呼び!!」

「つくづく残念な人ですね」

「自覚はあるみたいだぞ」

「好き勝手言うなぁ!!」


 凪の手が一瞬緩んだ隙を突いて、和佐が湯船から上がり、逃亡を謀る。ここまでは来る気が無いのか、それとも力を使い果たしたのかは分からないが、流石にもう追ってくる事はなかった。

 露天風呂と脱衣所を仕切る戸を閉め、力なく背中を預ける。まさしく満身創痍と言うべきだろう。


「せんぱーい、呼び名の事、よろしくー」


 戸の向こう側から聞こえた日向の声に、和佐は小さく呟く。


「はぁ……、努力するよ……」


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