第58話 いつか見た夢
和佐と凪が無事に帰ってきた時、拠点ではつい数十分前とは比べ物にならないレベルで多忙を極めていた。
凪は傷こそ多いものの、命に関わるようなものは無いが、念の為病院での再検査後に入院という形になった。
酷いのは和佐の方だ。
傷が絶えないのは凪と同じだが、特に腹部の傷が非常に大きく、内臓を数カ所、大きな血管も傷つけていた為、出血多量状態に陥っており、この状態で動けていた事自体が奇跡だと言わんばかりの重体だった。
事実、あの大型との戦闘中に倒れてから、和佐は一度も目を覚ましていない。医者に言わせれば、むしろ生きている方がおかしいレベルだとの事。
戻ってきた和佐を見た瞬間、その表情を和らげた鈴音も、意識の無い和佐を見てから救急車で運ばれるまで、悲痛な表情を浮かべていた。
「運良く意識が戻ったとしても、何らかの障害が残る可能性がある」
搬送された病院、和佐のほぼ専属になっていた医師は、仕事そっちのけで駆け付けた時彦と亜寿美に対しそう告げる。最悪、記憶喪失どころか、日常生活に支障をきたす。そう付け加えられて……。
あの激戦から一週間が経った。病院の廊下を歩く七瀬と日向、その後ろには付き従うかの様に、鈴音が付いてきている。
「もう大丈夫なんだけどなぁ……」
「またそんな事を言って……。一応、何か障害が残っていないか、確認する為の検査なのですから、ちゃんと受けないといけませんよ」
「そうですよ、日向先輩。ただでさえ、頭にダメージを負ったんですから……。念には念を、という事です」
「むぅ……、七瀬ちゃんが二人になった……」
口を尖らせ、後ろ向きに歩く日向を諌める七瀬。その様子を楽しそうに見ている鈴音。
今日はあの戦いで、意識を失う程強く頭を打った日向の検査に来ている。検査結果は特に問題無し。あの怪我による後遺症なども見られず、経過は良好だとの事。
ついでに、夏休みを病院のベッドの上で過ごす事に、一日中不平不満を漏らしていた凪の見舞いも兼ねている。ついでとは言ったが、彼女が入院してから今日まで、ほぼ毎日見舞いに行っている。七瀬と日向は隊長命令による強制招集なのだが、鈴音は違う。
その手に持った花は、未だ目を覚まさない兄への物だ。
『こんにちはー』
件の病室へと入ると同時に、病室内にこだまする少女達の声に、個室のベッドの上で胡座をかいている人物が凄まじい勢いで振り向いてくる。
「ふははは、ようやく来たか、我がしもべ達よ!!」
「はいはい。今、相手をする体力がありませんので、また今度にしていただけますか。あ、こちら、頼まれていた物になります」
「わー反応うすーい……。うん、ありがと」
「またお見舞い増えてますね。人気者だぁ」
「性格はともかく、人徳はありますからね、先輩は」
「ちょっと、性格は、って何よ! どこに出しても恥ずかしく無い立派な淑女でしょうが!!」
「その発言がもう恥ずかしいのでは……?」
「何て事!? 七瀬が二人いる!?」
「凪さんも同じ事を言うんですね……」
「内輪ネタみたいなものです。気にしてはいけません」
相も変わらずの扱いの酷さに、凪が口を尖らせているが、七瀬に軽く流される。
「もう体は大丈夫なんですか?」
「勿論よ! むしろこの一週間、力をあり余してたくらいね。私の場合、そんなに大きな怪我とかは無いんだから、ちょちょっと検査するだけで、あとは解放してくれれば良かったのよ」
「そういうわけにもいかないでしょう。何せ、敵の攻撃を受けすぎて、体の色んな所にガタが来ていたのですから」
「そんな酷かったっけ? あんまり実感無かったわねぇ」
「知らぬは本人ばかりなり。まだ大丈夫、そんな風に思っている時が一番危ないんです。まぁ、それすら通り越してしまった人もいますが……」
「……」
「とっとと起きてくれないもんかねぇ。じゃないと、張り合いが無くて寂しいわ」
七瀬が口にしたのは、和佐の事だろう。その瞬間、鈴音の表情が一気に曇り、日向は口を噤んでしまう。しかしながら、凪だけはあくまで自分のペースで軽口を叩いている。今だけは、それが彼女達にとっての救いなのだろう。
「あ、私そこにある果物切りますね! 何がいいですか??」
「え、あんた料理とか出来たっけ?」
「酷いっ!? 私だって最近は簡単な物くらいは作れるんですよ!」
「……ここで流血沙汰はやめてね」
「ふふ……、手伝いますよ」
「それでは、私は兄さんの様子を見てきますね」
「ん、行ってらっしゃーい」
危なげにナイフを持つ日向を、これまた心配そうに見つめる凪。そんな彼女達を見て小さく笑みを浮かべた鈴音は、病室から出ようと、ドアに手をかけた。
のだが、鈴音がドアを開くよりも早く、向こう側からノックの音が聞こえた。出ようとしていた鈴音が少し迷い、凪へと視線を向ける。
「どうぞ~」
その視線に答えるように、凪が中に入るように促した。菫辺りが見舞いにでも来たのか、と思いきや、入ってきたのは女性の看護師だ。
「あれ? 今日って検査無いですよね?」
「はい、検査じゃないですよ。えぇっと……」
何故か、部屋の中を見回している看護師に、部屋の中にいる本人以外の全員が頭に疑問符を浮かべる。
「何か探し物でも?」
「そうじゃないんですけど……。あの、一つだけ聞いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ?」
えらく軽い調子の凪とは反対に、看護師の方は随分と言いづらそうだ。しかし、この後、彼女の発した言葉に、全員が固まる事になる。
「鴻川和佐君って、ここに来ました……?」
「……え?」
予想だにしていなかった言葉だ。
「待ってください……。ここに来たか? と言うのは?」
「あ、その反応だと知らないみたいですね……。えっと、まだご家族の方には連絡してないんですけど、どうやら目を覚ましたみたいです」
「みたい……? 直接確認したわけではないのですか?」
「えぇ……。と言うのも、担当の看護師が部屋に行くと、ベッドが空になっていたんです。点滴なども全て抜かれてました」
看護師が口にした内容に、一同の顔が強張る。
「あの、つかぬ事を聞きますけど、今日って誰か面会に来ましたか?」
「いえ、誰も来ていないはずです。朝見た時も、特に異変は無かったみたいですし」
「七瀬」
「はい」
七瀬が端末を取り出して何らかの操作を行なっている。画面上には、彼女を中心としていくつかの光点が点滅している。光点は一つ一つ色が異なり、画面の端の方に色毎に名前が分けられている。
これは、端末のGPSと洸珠を連動させたものだ。以前、和佐が不意打ちで登録されていたが、万一の時の為、全員の端末に全員分の洸珠情報が登録されている。何も和佐を監視する為の機能だったわけではない。
和佐の洸珠情報にアクセスし、その居場所を探るが……、結果はエラー。画面上には無情にも、赤い文字列が並んでいる。
「どうしたの?」
「わ、分かりません。何故か、和佐君の洸珠の位置が検索出来ません!」
「ちょ、それどういう事よ!?」
「私に聞かれましても!」
七瀬が狼狽えている間に、看護師は別の場所を探しに行くと言って、部屋を後にしていた。
「洸珠の反応が探知出来ないって……、破壊されても洸力が途切れない限りは反応するのですけど……まさか……!」
洸力が途切れる、という事は即ち死亡を意味する。しかしながら、例え何らかの理由で死亡したとしても、しばらくは洸珠の中に残留している洸力に反応して探知自体は可能だ。それすら出来ないとなると……。
「何らかの手段で遮断している可能性がありますね……」
「遮断?」
思い当たる節が無いわけではない。本局は支部局よりも潤沢な資金と技術を使い、様々な物を作っているという噂だ。その中には、洸力を遮断する物もあるかもしれない。
今回の一件はあまりにも派手過ぎた。本局に大型討伐の情報が行った際、和佐の情報も漏れた可能性がある。
そうなるとどうなるか? 決まっているだろう、世にも珍しい男性の巫女だ。本局が黙って見逃す筈も無い。
つまり、拉致ないしは誘拐された、と考えるのが妥当だろう。
「私、お父様に連絡してきます」
「それがいいわ。支部局長なら、的確な対応をしてくれるだろうし。何にせよ、GPSで捉えられない以上、迂闊に動く訳にはいかないわ。七瀬も、分かったわね」
「……分かりました。私は待機しておきます」
いなくなった最後のメンバーへの対応を話し合うも、ここで彼女達に出来る事は少ない。一先ずは、大人に判断を委ねる事に落ち着いた一同だったが、その中で日向の心配そうな声が凪の耳に入る。
「……和沙先輩、帰ってきますよね?」
「大丈夫よ。あいつはあれでも一人で大型倒しちゃうような奴なんだから……。うん、大丈夫よ」
繰り返した言葉は、自身へ言い聞かせる為か。凪もまた、彼の安否を願う一人でもある。
果たして、和佐は無事に戻ってくるのか。それは本人のみぞ知る。
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